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2020年9月

2020年9月30日 (水)

音楽備忘録420 魔改造悲喜こもごも⑫

前回で改良方針の一応の確定迄漸く漕ぎ付けたが、「1.歪ませたい深さに応じて余剰低音を削減」「2.歪み以外の音質微調整は歪ませた後で 」であった。
正直それからでも25年も経ったのに、色々あって未だに終息を見ていないとは何だかなぁ…。

この2つの既に解決済みの部分と課題として残ってるのを分けて行くが、何れにも大きく影響してるのはケースのサイズだ。
放熱の事情等もあって近年の石のみたいにギチギチじゃ無いから、細かいのならそこそこ自由に追加の物を収められる。

だが一塊のサイズがそれなりの部品が多く、これ等が当たっちまうから配置変更にかなり制約があるのだ。
これは小型SWなら追設可能でも、可変抵抗器(ボリウムやToneツマミの中身)の数は増やせないのを意味している。

そこで一時期はそこから先は大型のケースを入手して、TD-1とTO-2を纏めてしまう事等も考えていた。
がグズグズしてる内にLiveでGuitarを弾く機会をほぼ逸して、今後の処遇が棚上げになっちまってる。

なので公約達成率!?は不満足なものに留まってるが、当初とは逆側に調整機能を持たせるとしたのが1.なのだ。
理想としてはほぼ歪まない感度時に最適な量に低域は固定しといて、感度が上がるのは高域だけ且つ上がる程その範囲が狭まってくのを目標としていた。

しかし中間タップ付きの特殊なポットでも手に入らんと最低限しか無い増幅回路では、必要なGainを維持したままで一度に複数の要素を可変させるのは無理だった。
最初のニーズは当該機の前に繋いだTreble Boosterを不要とするのが喫緊だったので、コンデンサで低域をCutさせる処から試行錯誤。

その当時の俺の計算力不足もあったにせよ、この手のは単純過ぎて結局は現物合わせ必須なんでかなり手古摺った。
が取敢えず一応普通の歪みサウンドが得られる様になったものの、今度はトリオ編成で伴奏をする際の低音不足が問題になって来た。

俺が歌う頻度が高かったから、歌ってる最中はあまり高度な裏メロ等はGuitarじゃ出来ない。
となりゃ他に明確な音程を出せるのはBassしか居ないんで、Bassが歌って無い間はそっちへ任せたい。

すると本来はBassであってもルート感が不足したり、コードでもテンションノートを全部は網羅出来ないケースが出て来る。
それでGuitarの伴奏はリフの無い部分は、自動的にコードカッティングが主体となる。

これは他所様でも古くからの王道的手法だが、その分Guitarが低音部も曲の伴奏に耐え得る状況へ持ってく必要が生じる。
コード感が不足すりゃ聴き手に曲が良く分からなくなったりするし、そもそもこっちが歌うのに大変だ。

これを実現するには回路全体はワイドレンジにしときつつ、盛大に増幅するのは高域だけってのが必要になった。
美味しく歪ませるには初段は低域に貢献させられないので、2段目だけで対応させなきゃなんない。

それで最終出力経路のコンデンサ容量を大胆に増やした処、音色的には及第点に到達するも前述「電源トランスからの磁気ノイズ」が初めて問題レベルで表出したのだ。
意地悪く推察すればもしかして設計者は既に気付いてて、苦し紛れであんな中途半端な音色と回路定数にしたのか?。

しかしそれでは随分勿体無い話しで、トランスの問題さえ解消すればもっと良い音が簡単に得られるのよ。
これを見てて他所のメーカも懲りたのか、球でもストンプのはすっかり低電圧駆動のばっかになっちまいやがった。

それで電池駆動が実用に充分耐え得るようになるならまだ分かるが、どうせACアダプタ駆動しないと1ステージ持つか不安なら高圧駆動のメリットの方が大きいんだけどな。
そう云や石のでも高音質に拘ると9Vの四角い電池が、1個でも動かすだけなら足りるのを2個ってのが昔は幾らかあったな。

低電圧で動かせる程便利なのは分かるんだけど、音質を気にしたら駆動電圧の高さが大きな影響を持つのが意外と知られてないみたいだね。
参考に音質性能が要求される半導体回路の定番電源電圧を提示しとくと±15Vってので、最大電圧巾は30Vある。

<つづく>

2020年9月29日 (火)

音楽備忘録419 音色の過剰演出とはⅣ

今回は過剰演出の害悪の内、音楽制作者にとってのについて絞って行こう。
それも録音技師とかより、演奏や作曲者に対してのを中心にね。

現潮流の源泉はゲーム音楽や打込みへの「下手な対抗心」辺りからの様な気がするが、とどのつまりは「隣の芝生は青く見える」の亜種みたいなもんだ。
本気で対抗するなら相手の土俵で相手のルールに従って競うべきを、要領良く良い処取りしたつもりになってんだろうな。

両方に精通してる人達には、これで酷くなってるのをあまり見掛けない。
そして一番恐いのは当初は芝居のつもりでいても、長くそんなのにばかり浸っていると感性に何時の間にか狂いが生じる処だ。

ここで皮肉なのが明瞭度や派手さを好む者程、過剰演出された機器を好んでしまう処。
単純な心情的には勿論自身も目一杯頑張るが、それだけにその成果はフルに味わいたいと思うもんだ。

だが自身が至高の派手さを獲得したいなら、寧ろ過少演出な機器を使うべきなのだ。
そんな地味地味ボケボケなヤツで演ったり聴いたりして、それでもカチッとしてたらそれこそ本物ってもんよ。

次に随時頻吠えの「音楽は比較で成り立ってる」の問題で、全部を強調したつもりのを他人が聴けば「特に強調した処は何処にも無かった」としかならない処だ。
これで損なのは他人の曲に混じって聴こえた際にド派手じゃんと気に入られ、気に入ったからとそればかりを続けて聴かれた時だ。

そこでイメージ通りかそれ以上に凄く聴こえりゃ新ヲタ一名様ご案内と洒落込めるが、「聴き込んでみたら大した事無かった」ではやるせない。
そりゃ第一段階で耳に留まらねばそこ迄すら至らないのは確かだけど、最初から曲を丸毎全部聴いて貰える可能性は低い。

のへ着目すれば例えばBeatlesのA Hard Day’s Nightみたいに、Introの1拍目だけが強力でも事足りる場合もあるのだ。
この曲の編曲が秀逸なのは頭だけじゃ無く、一番最後を同じコードでアルペジオにしてFade Outさせてるのが決め手だ。

ド頭と一番最後は他の場所に比べ、圧倒的に記憶に残り易い。
何しろ音量だけでも0~100・100~0へと、両極迄変動するんだから。

これ頭は実際は100迄行って無いかも知れないけど、Introジャぁ~んの後は歌だけだからその時点迄ではジャぁ~んが最高点だ。
Endingの方だって100の保障は皆無だが、歌の最後の部分より弱くはなって無いからね。

それからするとこの「100」ってのは電気物理的なのでは無く、心理的な音量って事なのよ。
音楽家が重視すべきは物理じゃなくこの「心理的」な方で、物理の方は最終的に聴者がボリウムツマミで勝手に決められるもんなんですわ。

特に今となっては何百何千W出した処で、既に誰かがどっかでもっと出してただろうから。
Beatlesみたいに「初めて100WのAmp使いました」なんてのは、歴史上の幸運な偶然と巡り合わぬ限り起こせるもんじゃないもの。

これだって現場的な真の爆音王はBandメンバーじゃなく、お客の半狂乱のお嬢さん方だ。
その「キャー」と比べたら折角の100Wも、デビュー当時の30Wより全然聴こえない。

室内個人練習用のより聴こえないんだから、対比的には下手すりゃ1Wにも満たない有様かも知れないよ。
音色の場合とて同じ事で例えばそれがFuzzだったらJimi Hendrixが象徴的過ぎて、それ以前に使ったのもそれ以後のも亜流っぽく感じられちゃったりすらーね。

最初に使いこなし切った点ではそれがJimiなのは確かだが、機器の完成度の影響だってあった筈だ。(Fuzz初登場は’50年代後半なんだってね)
ここで拙ブログらしく変な方向へ科学してみたくなって来たが、それはお嬢さん方キャーは一体何dB位の音量になってたのかだ。

ので抜け道まっしぐらになるが、次回計算して比較検討してみよう。
因みに一般的な喧噪はググった処では60~70dB位らしいが…。

<つづく>

2020年9月28日 (月)

音楽備忘録418 楽器の機械的雑音の話し①

先程某所某記事でSpeedkingの雑音に対し誤認があったのを目にし、居ても立っても居られなくなって本稿の割込み緊急開設だぁ。
現実的には高経年の中古品が主体だと、摩耗が最大原因でも実際結構カチャカチャ鳴っちゃったりするけどさ…。💦

俺はSpeedkingは買った時点では新品のと、持出しと予備兼用で新古品のを持ってて常用してる。
が他のペダルと比べてそんなにカチャカチャなんて言わないぞっで、冒頭の持ち主が披露してた動画のは案の定全体が銀色の高年式のだった。

その人にとっての現状としては確かに嘘じゃ無いんだろうけど、新製時の具合を知らない人に誤解を与えそうなのが俺には我慢ならなかったのよ。
同じ金型で作られてたって後年のになる程、幾ばくかは多分加工精度等が上がってるんだろうし。

そもそも昔になる程演奏音量が小さ目だったんだから、新品でもしそんなに酷かったんなら大問題になってちっとも売れなかった筈だ。
そこで雑音発生と関係しそうなペダル構造の変遷を考えてみるが、大きな変化があるのはフットボードとビータを取り付ける所の連結部分位しか無い。

特にSpeedking以降はそうで、近年のでもフットボードのヒール側のヒンジ等可動部全てがベアリング化されてる実機に触れた事が無い。
少しはありそうなあった様な気はするけど、俺みたいなのでも簡単に出逢える位じゃ無きゃ一般化してるとは言えないからね。

そうなると動作時由来の雑音は、加工精度に差があったらそのせいって事になる。
俺知りでは一般用途の金属部品の可動部の遊びが減り出したのは、どの分野でも’90年代以降だった。

これは多分特に量産品の場合、加工機器の制御がコンピュータ化されたのに依っていると思われる。
制御系統がデジタル化されるとエラーが激減されるので、その分誤差余裕を減らしても品質が維持出来るからだ。

そこで他の高名なペダルの基本設計年次が次の鍵になるが、機械屋的観点からだと是又Speedking以降ではこれといった進化は皆無に等しいのだ。
例えばAXIS等の片持ち軸受だが例の如く微かな記憶に基づきプチググれば、軸受の付く柱は2本のの方がやっぱり後発だった。

詳しくは http://www.vintagedrumguide.com/pedals.html 等こんなのを見て回って貰うとして、ペダルに大きな変革があったのは寧ろSpeedking以前なのよ。
なので摩耗に依る変化しか主因が考えられず、けれど2つの要因で古いの程この影響が出易いのは確かだ。

1つ目は使用時間の長さでこれは必然だが、2つ目の材質強度の違いもある程度は考えられる。
後者も私的体感では大きな変動があったのは上記「遊び減少」と同時期だが、悲しいかな本件に絶好の証拠物件を俺は持ってんだわ


それが’70年代後半製造の、従兄から譲渡して貰ったYAMAHA FP-702だ。
オリジナルオーナーもLive等で5年程酷使したが、当時ド下手な癖にゴリ脚の俺がSpeedkingを買う迄超酷使したんだから減り具合は半端じゃねーぞ。😅

これで一番摩耗が感じられるのは、フットボードヒール側のヒンジ部だ。
もうねえ凄いよ、横から眺めるとシャフトの通る穴が露骨に「楕円形」なってるのが明視出来んだから。

しかし程度は俺が著しく進行させたとしても、偏摩耗はもう貰った時点で既になってたんだ。
して核心たる演奏時の状況へ進めると、真っ直ぐ踏む分には違和感も異常な雑音も未だ特には御座居ません。

俺がスイベル奏法不使用(出来ないだけとの声も…)なのでそれもあるかもだが、速度と打数を稼ぐには無駄はおろか必要最低限の動作にしなくてはなりませぬ。
それには外見上足が斜めになったり左右に動いてても、フットボードへ働かせてる力のベクトルはほぼ真っ直ぐになってる筈でやんす。

差し詰め歩きスマホでも色々ぶつかったりするってのに、F1のハンドル握ってて余所見・脇見運転出来るんならやってみろってなもんだい。
だからもし遊び由来の雑音が凄く気になるんなら、ホントに深刻なのはきっと踏み方なんだよ。

昔ならそんな方々をFuck Youとかざまあみろなんて思ってただろうけど、齢取った今はひたすら老婆心的に心配でゲス。
演奏の可否は自己責任で済ませたとしても、誰かが少しでも怪我とかをし易そうになってるならね。

<つづく>

2020年9月27日 (日)

音楽備忘録417 魔改造悲喜こもごも⑪

引続き回跨ぎせざるを得ないのが残ってるが、何とか今回で解決致しましょう。
読み難くて済まんが、一応話しの順番があるです。

Toneツマミから始めたのが概述「歪ませた時の基本的な音色」の事情からで、これは以後述の改良に依って他の方法・部分が主体になった。
のにこれから行ったのは付いてたらそれだけでも、少しはどうにか出来ないかと思った
からだ。

ストンプ次第では実際そうなってるのも多数あり、しかし両機の「球のパッシブTone回路」ではそこ迄の変化量はキツかった。
その後の多くのは心臓部は球でも他へ石を多用したのが殆どで、そのお陰で音色改変量が石のと同等化出来てるんざんす。

当両機にだって回路だけならそれは追設も可能なんだけど、内蔵電源トランスが電力容量的に球1本とLED1個分にしか対応しとりゃせん。
それにケースの小ささ等も加わるので今後は兎も角、当時は基本的な回路構成の変更の不要な範囲で捏ねてみやした。

続いて共通の①②を追い越して❸へ進めてくけど、これは「伴奏に充分供せる低音」が不要なら許容範囲に収まってた問題だ。
原形ではスーパー籠りマンで、何を繋いでどう弾いても低音過多だったんだしのぉ。

だが実はこれが曲者で、多いから全部余ってたと感じられてただけだったんよ。
そして明確にこれが確認出来たのは、Ampだけで存分に歪ませたのを体験してからだった。

マトモなGuitar Ampは高2位から持ったけど、音量制限を突破するのにそれから5年位掛った。
これでどんな認識差があったかってったら絶対音量の小ささから、従前は実際よりナローレンジで成立してると思ってたんだな。

頻述の如く出てても音量が小さ過ぎるとそこの部分は聴こえんから、出てるのを分からなかった・知らなかったのである。
頻述Ⅱで単体でおかしくなくても比べたらアリャが付き物の音問題なんで、実体験比較をするまではもしかしたら出てるかもとすら思えなかったのだ。

で❸の原因は球等と電源トランスが近過ぎなのと、取付向きが今一なのが原因だ。
これに関しては原型が無余裕だったのでケースを別の大型のに換えるか、トランスだけ外に出すにしてもやはりそのケースが新規に要る。

ので未だ課題のまま残存推移してるが、向きだけでも変えられたらどうだったか分からない。
多分不完全にしかならないだろうけど、電磁雑音を許容範囲に収められた可能性は否定出来ない。

でⅡで実物比較後に判明したローエンドが残存してたのに加え、回路のどの場所で低域を温存せねばならせなくなったかも影響している。
ここから共通①②と密接な関係が出て来るが、Amp歪みと異質になって構わなきゃ平気なのだ。

①についてよぉーいじゃ無いわは概述の通り、歪ませる元が低域過多だとFuzz系のにしかならない。
俺知りで一部に後からとても複雑な音質調整を加えて凌いでるのもあるが、それだと案の定Ampのより再生出力周波数レンジが狭隘化している。

共通②の方はAmpに必ずあったスピーカってフィルタもだが、音声出力トランスと電力増幅回路の無いのが原因だ。
これ等は現物ではかなり複雑な動作をしてるから高度再現は望めないが、Ampでもプリ段だけで何とか歪みサウンドを偽造しようとしてるのには大抵は付加されている。

これ等から導き出された結論は、以下の通りとなった。
1.歪ませたい深さに応じて余剰低音を削減
2.歪み以外の音質微調整は歪ませた後で

<つづく>

2020年9月26日 (土)

音楽備忘録416 Hi-Hat「踏み叩き」の効能②

さて例に依って裸体を見せてからその後で顔みたいに変な順番になっちゃってるが、ズバリ「踏み叩き」の魅力とはが本日のお題だ。
それは何たって表現力の追加で、フレーズ自体は一切弄らずにそれが達成出来る数少ない貴重さがあるのだ。

とほざきつつ俺自身はJohnny 吉長氏程の頻度では使って無いんだけど、曲に依っちゃその有無で別物になるケースだってあるからそれを紹介しとこう。
出てから随分経って耳に残ったその曲は、Steely DanのPegだ。

俺はかつては理知的なのより直情的なのの方が興味があったので、出た当時はちゃんとは聴かなかったのもあろう。
それが20年位前にBGMとしてFM放送を流してたら、突然現れてそのノリ(リズムニュアンス)
にノックアウトされたのだ。

これを叩いてるのが俺のイメージではダルでアーシーなRick Marottaだったのはかなり意外で、恐らく「踏み叩き」のお陰で普段以上の軽快感が出せてたんだと察している。
彼は普段からフレージングはシンプルなのが多いが、それにも増してシンプルなフレーズであれだけのウネリを生めたのはこれ以外に考えられない。

尤も俺言い踏み叩きがここ迄珍しいのは本邦だけらしく、太鼓を叩く方でのバチで皮を押えるのとか世界では誰でも知ってるバリエーションだ。
ある意味本邦に於けるDrum演奏法は超ガラパゴスで、エレキGuitarのバッキングでの「刻ませ方」と対比させりゃそれが一目瞭然だ。

Rock系でのエレキGuitarバッキングの定番ってば今本邦でも所謂パワーコードだが、大昔の黎明期のRock’n’Rollのみたいに歪みレスのは先ず存在しない。
だがJ-POPではRock’n’Rollより名称の如くPOPさがより要るので、常にノーミュートでジャンジャン演るのも憚られて当然だ。

それでどうしてるってば所謂ハンドミュートを適宣掛けて、必要時にだけ「ちょい悪」演出をしつつ歌の邪魔はしないなんてのが「常套手段」だ。
是又近年本邦でだけBassでもピック弾きに依るハンドミュートの価値が殆ど無視されてるが、これ等って通学時夏は夏の冬は冬の制服で体育の時だけ体育着ってだけの事なんだよね。

勿論学校だって制服が無い所とか運動会や避難訓練の日にジャージ登校なんてのもあるけれど、何のニーズも無くわざわざ非最適な格好なんてさせたら虐待問題で大騒ぎだ。
J-POPでだけ問題視されないってんならそれはヤンキー校同然で、それが気にならない日本国民はきっと隠れヤクザにちげぇねぇってなもんだ。

っと俺は暴走族では無いのでしれっと戻しちまうが、世界じゃ誰でもが適宣活用してるのに気付けぬようなら只のアホちゃうかでんがな。
Drumだとブラシなんかも本邦じゃ同傾向だが、たまにしか使わないのの練習は確かに非効率かも知れない。

しかし世間を広く知る事で普通のの真の価値を知るとか、滅多に他の奏法を演らなくても決して無関係で済ませられる話しじゃ無いのだ。
踏み叩きは唯のAccent Open以上にタイミングがシビアなので、これが使える人の方が唯のAccent Openだってよりバッチリ決まる様になったりする。

しかも開ける方だけじゃないから、例えばOpen直後のClosedがより安定する様になるとかさ。
なのでClosedのキレもこれから多くを自然と学べてたみたいだが、個人的に比較的気になってたOpenの「開け損ね」も大分減った気がする。

Accent Openを俺には時にOrchestraの最後のCymbalsの一撃みたいに感じられる処があって、他人はどうか知らんけど何かしくじると勇気の足りない奴みたいに思われそうで嫌なんだ。
従兄の場合太鼓の先生としては昔からずっと2言目には「ルーディメンツ」とウルサイが、それに近い要素をコレは秘めてるんじゃないかと思っている。

<つづく>

2020年9月25日 (金)

音楽備忘録415 魔改造悲喜こもごも⑩

前回列挙の詳述が「回跨ぎ」となって済まんが、必要に応じて適宣「タブ出し」で見比べておくんなまし。
ではTD-1:音質調整非搭載・TO-2:付いたと思ったら期待程は…、何れも個人差はあろうが兎に角続きを。

現代の歪み系ストンプではToneツマミの無いのの方が珍しくなったが、TD-1の登場時期でももう珍しい方だった。
他に球のなんて無かったからって甘く考えられたのかどうかは知らんが、曲中での切替えに対して当時のは配慮の足りないのは他でも少しあった。

これ何の話しったら単に音色の調整なら、AmpにToneツマミの皆無なのは先ず無いからストンプ側に無くても困らんって考え方の事だ。
だが上記の通り1曲中でバイパス使用があるとなると、ストンプの都合に合わせた音色では不適合になる方が多いってもんだ。

故に仮にベストには程遠かったとしても、Effectを掛けるので必要が生じる最低限の補填は可能なのが望ましい。
メーカも使用者の声に答えたのかTO-2では搭載されたが、しかし使ってみると補填よりも音創り主体に考えられた物の様だった。

そりゃあ音色バリエーションは増えるに越した事ぁないが、切替使用の方が「ストンプ」なら大事と思うのは俺だけかい!?っとね。
純粋なパフォーマーとしての立場に立つと、他機器と独立してて「フットSW」が付いてるご利益は「随時切替使用」が容易になる処なんだよな。

音色の方はこれも一面でストンプの特権で、適宣他のも繋げといて使い分けられるからね。
もしかしたら音色や性能的にはそれなりのを出せてたのに、この辺の「思想の旧態化」が原因でGuyatoneは1回閉店の憂き目を見たのかも知れない。

しかしスマートな話しじゃないが俺みたいなのが色々チャレンジするには、そんなので弱って割安にでもなっててくれないと厳しい。
し元々オーディオや電気には興味はあったけど、電気楽器にここ迄詳しくなったのは必要に迫られた唯その一点のみが原因だ。

一寸蛇足になるが近年歴女だとかプチお城ブームみたいなのがあるけれど、それなのに先駆者を軽んじてるのはなんともやるせない。
鎖国の影響で多くで欧米に後れを取った戦前の日本で、TVとエレキGuitar等だけは最低でも同等・下手すりゃリードしてたんだよね。

なのでもしその首謀者たる日本VictorやGuyatoneが、もっと元気で主流を為せてたら大威張りで歴史を語れてる処なんだけどねえ。
それ処かSONYの井深氏とかじゃないけど、最近事ある毎にやれBill GatesだSteve Jobsがって日本にだって一杯居るし居たんだよ。

まあそれこそそんな社会認識ってか意識だから世界の後塵を拝してばかりになったんだろうが、ストンプなんかじゃそんな呑気な事言ってたら使えないから通用せんですよ。
但し買った状態で完成してるのを期待し過ぎるのには疑問で、それだと各自への最適化率はどうしたって低下しますんでね。

俺も今は表立ってやってないから責任の足りない発言かもだが、この点では現代本邦ではこっち方面の所謂「カスタムショップ」の少なさは気になる処だ。
魔改造なんてな誰にでもお勧め出来る様なもんじゃないが、だからって個人の最適化を量産メーカだけに依存するのは無理がある。

なのでもし自身にスキルの無い方でも、仮にそんな店があるって前提で各自への最適化はもっと考えても良いんじゃないかと思うんだよね。
そうする事でより各自のスタイルとかが、極まって行く訳だから。

<つづく>

2020年9月24日 (木)

音楽備忘録414 音色の過剰演出とはⅢ

全部がハッキリ聴き取れちゃ駄目ったって、聴いて貰おうと思って演るんだからどないせいっちゅうんじゃな貴方へ。
それって拙ブログのクドイ文章みたく、情報量過多は却って理解の邪魔をするって事でんねん。

その為にわざと読み難く書いて来た…は嘘で、単なる俺の国語力不足でスマソある。
その代り苦労して読んでくれてたら、多過ぎは大変なのは既に豊富に実感出来てるでしょ。

制作者としてはなるべくなら全てを捉えて貰いたいし、全部を分かって欲しいと願うのは当然。
でも受け手との温度差がかなりあったりするのも要配慮で、しかも相手次第でそれは千差万別だ。

音楽と云う「内容」を抜きに音(音響)だけで考えたら、常に全てが明瞭且つ聞き耳を立てなくても聴こえてしまう音量バランスレベルになってるのがそりゃ良いでしょうよ。
だけどそうしちゃうと例えば「歌物だけどそこに入ってるBassだけが聴きたい」なんて人が居たら、そのニーズに対しては応えられなくなっちまう。

勿論そんなお客さんは奇特な方だが、楽しみ方が無制限なのも音楽の長所なのだ。
そもそも楽しみ方に制限を設けるのが殆ど無理だし、PVの女優さんが好きで見てたらついでに聴こえちゃったが無くなっても困る場合だってある。

これからすると理想としては曲を構成してる最低限の要素は、どなたにも嫌でも聴こえちゃうのは我慢して頂く。
が、それ以外のは気にしなけりゃ楽にスルー出来る程度に「抑えておく」のが良いんじゃねっと。
んでそれの実現方法として、わさびが苦手な人のお寿司を比喩に持って来てみよう。

カウンターに座して大将に直に注文して握って貰うなら、その都度「サビ抜きで」と加えれば良い。
でもスーパーのパックのだったら注文前に作っちゃうから、シールで入ってるのの有無を表示するとか小袋に入れて添付しとくとかになる。

これが音楽だとカウンターのはLiveにパックのはCD相当するが、通常は常に2バージョン用意するとか何かを添付するのが困難な処は違っている。
これを補えるとしたら「聴こうと思えば何とか聴き取れる」、「聴きたく無かったら聴き逃せる」様にしとくのが唯一の手段に近いのだ。

そしてこれを実現するには制作側と聴取機器の両方が対応してるのが必須で、後者がこれに反する方が罪深いのである。
それがヘッドホンだったら過剰演出タイプで、言い過ぎかも知れないけど「強姦魔」ってなもんだ。

誰に対してってば音楽制作者に対してで、「彼氏にしか見せない」様に作っといたのが「露出狂のアバズレ」扱いされ兼ねなくなるんだからね。
これに従うとホントに音楽用途を意識して作られてたら、過剰演出は最も避けようとしてる筈なんだ。

では何故一部の過剰演出タイプが音楽でも使われてるかってば、アナウンスより音楽の方が雑音により弱いからだ。
定番のCD-900でも音楽が聴けなくは無いが、音楽より雑音を見付ける使命が与えられた物なのだ。

又CD-900にケチ付ける訳じゃ無いが、その雑音検知にしても特殊な状況下ではKOSS PRO4AAより劣る場合もある。
それは雑音に大きいのと小さいのが同時に混入してた際で、大きいのが目立ち過ぎて小さい方のが聴き取れなくなる時だ。

どんなのだろうと雑音はあった時点でNGだからどっちでも良さげだが、折角大きいのを退治したら初めて小さいのが聴こえてガッカリってね。
最初から2つとも聴こえてたら、1回で両方共処理出来てたかも知れないんだよ。

これからすれば批難覚悟で申せばCD-900は自称プロ、KOSSのはホントのプロ向けって事になるねえ。
って単にKOSSを忖度しようってんじゃなく、考え様に依っちゃ「使い手を選ぶ」ような性質を内包してるとも言える。

入ってたらその音はちゃんと出してはくれるものの、小さいのは小さいままで地味なのは地味なまま。
だから聴く方の特に判断力が一定以上じゃないと、聴き逃す可能性が高い。

その点CD-900の方は重要箇所にマーカーでアンダーラインを書き加えてくれてる様なもんで、疲れてボーっとしてても大きな失念はし難い。
良く言えばKOSSより親切だが、裏目に出れば大きなお世話に
もなり得るとね。

この裏目となるのは日常使用時で、聴き手の耳能力(主に判断力)を育むのには宜しくない。
時としてカンニングペーパーみたいになっちゃって、集中力の最大値を段々と低下させちまうんだ。

<つづく>

2020年9月23日 (水)

音楽備忘録413 魔改造悲喜こもごも⑨

筆者は音響の専門学校卒だが、電気楽器の具体的な按配はこの様な格闘の中からしか学べなかった。
近年ではその手の学校はもっと実用化してるとは思うが、只使うだけにしても知らなさ過ぎると厳しい面があるのは拭えない。

エレキ奏者として要るのは音色生成の基本部分で、それさえ押えられれば買い物での大きな失敗が防げたりする。
ので取敢えずは技師より奏者に関係する部分に絞って行くが、先ずは懸案事項の列挙だ。

TD-1
①Toneツマミ無しでは環境適応力が足りない

TO-2
①Toneの効きがニーズと合わない

TD-1・TO-2共通
①中低域過多により歪みが非実用的
②そのまま高域を増やしたんじゃ超高域が出過ぎる
❸内臓電源トランスの球への近さと向きに依るハム雑音

この内先ずは共通の①と②が喫緊の課題で、ほぼ手探り状況下から色々と捏ねくり回す事となった。
当時既にTreble Boosterを持ってた分近道にはなったが、では何故他のに先んじてそれを入手したのかからだうぞ。

楽器Ampが無くて他ので代用を試みた時、初めてエレキとオーディオの音響特性の違いを体感させられた。
それ迄はAmpは主に恰好が違うだけで楽器本体のせいであんな音になってると思い込んでたが、想定より遥かに音色に対してAmpの貢献度は高かったのだ。

もし最初から楽器Ampを持ってたら、何かの気紛れでそれからオーディオを流してみても違いにだけは気付けたかも知れない。
だが典型的な歪みサウンドを得るには、感度以外に何が必須条件かは分り難かっただろう。

しかも代用品が球機器だったのも大きく、歪みの質自体は唯わざと入力オーバーさせるだけで充分だった。
今ではその手の文献や資料も昔よりは充実したから、方向性だけならそこからも知れそうだ


けど肝心なのは具体的な「程度と加減」で、体感しないと分かり難いのは未来永劫多分不変なんじゃないかな。
で結局それは楽器本体から出せる高域量が電磁Pickup等の方式由来のせいで、生音よりかなり割合的に減ってしまうのから来ていた。

因みにソリッドボディ(音を響かせる為の空洞が無い)のを本体だけ鳴らして聴くと、音量自体の小ささのせいで実際以上に高域部しか殆ど聴こえなくなる。
これの真犯人は楽器より随時述の人耳の性質の方で、最低可聴限界音量に近付く程低域の感度が鈍化するのに依る。

なんて理屈じゃ大袈裟になるけど普段誰もそんなの意識してないから、Ampに繋がないエレキの音はシャカシャカチャリチャリなんてイメージになってるもんだ。
回路特性に対して正直にTreble Boosterと名付けられてるが、この面からは使用目的からしたら増し盛りするってよりゃ損ねたのを補ってるのが実態だ。

そして歪ませる為に感度を上げる際は、もう1つの理由で高域程増やさないと出て来る音の特性が「フラット」になってくれない。
これも概述だったと思うが耳に同音量でも、低音程程その振幅が元から大きいのに依っている。

そのままだと音程の低い方程大きいから先に歪み始めるし、元から余韻の短い高い方が相対的にはより短くなる訳だ。
これを纏めて耳にすると歪ませて無い時より低音過多で、籠って聴こえたりしているとな。

つまり歪ませたい分「余ってしまう低音」を適正値迄削る必要が生じ、これが球だろうと石だろうと完全な共通必須事項なのだ。
それでも何でTreble Boosterって命名したか敢えて食い下がるならば、もっと歪ませられる様にする為の「増量」も込みにしたかったからだろう。

<つづく>

2020年9月22日 (火)

音楽備忘録412 Hi-Hat「踏み叩き」の効能①

Closed Hi-Hatは普通踏んだままで叩くもの、今更分り切った事を変な言い方すんじゃねーって…。
そりが違うんだわさ、ここでの俺言いは足でも同時に演奏するヤツの事なんでさぁ。

元からどっちかっちゃマイナーな奏法だったけど、時代が進む程使い手がどんどん減って悲しいな。
興味や縁に恵まれなかった人に既に故人しか勧められないのは何だけど、日本でだったらJohnny 吉長氏のが最適だ。

他の使い手達と比べて圧倒的に頻度が高いからで、しかし使ったのが稀でも良けりゃ世界一有名なあのお方のなんかもある。
これRingo StarrがBeatlesの曲、The End(アルバム:Abbey Road)でも何気に演っていた。

って俺が勝手にずっと失念してただけだが、Ringoの演り方(求めたニュアンス)は他では殆ど記憶に無い独特なのだったせいか?。
どうせ杜撰大王ですからアレですけど、正確には聴き洩らしたってよりゃずっと誤認してたんですよ。

ショワンショワンみたいな音になってっからシャンシャンとは微妙に違ったんだけど、Openでワイルドに叩いただけだと思い込んでたのよ。
これ機材に恵まれ続けて来た方には先ず分からないんだけど、昔貧のRock系は当時は所望の厚さのHatに恵まれず一寸変な音になってただよ。

一般的にリズムを刻むのにOpenのままにするのって、盛り上げの他に「音の途切れを無くしたい」とか敢えて拍を目立たせたくない時なんかだと思うんだ。
それなのにニーズに対して特にTop Hatが薄かったりすると、余韻よりアタックが強く出ちゃったりするねん。

そんで昔のだからきっとCymbalは今のより薄いから、普通のOpenでもそんな風に聴こえるんだって…。
ロクに検証もしないで思い込んじゃってただけだけど、実際自分で厚み不足ので叩いたのにかなり近かったのも事実で御座居まし。

でも年の功でちったあじっくり聴ける様になったのか、恥ずかしい位今更だけど漸く違いに気付いたんす。
「薄いせい」のは「ショワン」ってよりゃ「ションション」とでも言った方が近く、シャンシャンの「ャ」が「ョ」になったのは余韻の音量が小さいせいでゲス。

半分は緻密な計算で半分は都合の良い偶然だけど、この擬音表現は我ながら傑作なんじゃないかと思ってたりする。😃
ショワンの「ワ」だけ大文字になってるでしょ、これ他のの小文字のと比べて実際に音量がそんな感じなのよ。

Ringoの「ワ」は良く聴くと凄く大きくて、それでもしや叩くと同時に踏むのでも鳴らしてるんじゃって気が付いたんだ。
んで物は試しでやってみたらビンゴで、他のあらゆる方法を試しても同じニュアンスにはならなかったとよ。

Openな感じのフットHatってば盛り上がったDrum Soloのとかに似てるのがあるけど、「手抜き」(足だけ)のだとアタック音の内の鋭利な要素が欠けてるですねん。
なのでこれを擬音化するなら差し詰め「ショウォンショウォン」ってなもんで、「ワ」みたいに強くハッキリとは出ねんでさぁ。(BONZOの有名なシャッコンシャッコンは要因が違うので本件とは別)

何れにしてもそんな音を出したいと思わなきゃ、どうでも良い話しなんですがね。
俺の忌み嫌う近年本邦の主流じゃ、Hat刻むのにDouble Strokeすら使わないのなんかも多いしさ。

だきんどもよっと、全部Single Strokeにしちゃうと表現巾が凄く狭くなるのよね。
恐らく現潮流の元は「素人が打込んだ音源」のの影響だと思ってるが、それの登場期の効能は他が殆どDouble Strokeのばっかりだったから新鮮味があったんだと思うんだわ。

昔Punkが初めて出て来た時と同じで、所謂意図的な差別化を図ったんですな。
それからしたらある方法が過半数に達したら、少ない方へシフトしなきゃ無効になる訳ですよ。

前にあったのじゃ嫌って気持ちも分かるけどね、だったら大変でも俺みたいにTriple Strokeで刻む練習でもしてみてるかい?。
苦労してある程度マスター出来ても基本3拍子系限定だし、適応テンポの範囲も狭いけれど。

何れにしてもⅡでClosed Hi-Hatは専用のを別にセットに組み込んどかない限り、どっちみち足を使わなきゃ出来ないよね。
だったらたまにはその足を動かしてみたって、ええじゃないかってさ。

<つづく>

2020年9月21日 (月)

音楽備忘録411 音色の過剰演出とはⅡ

今回は具体的にどんなのが過剰演出なのかと、その判断方法について記して行こう。
近年本邦J-POPみたいに音源の段階から演出過剰では、主犯格の割り出しが多少困難化してるがさて如何に。

音楽自体の方は好みや流行もあるけれど、やはりコントラストの弱い側に著しい不足があるヤツは有罪だ。
個人的にはそんなむさ苦しいのは好かんが、曲側はアホやりゃその分評価が下がるだけだからまだマシ。

問題なのは再生装置側で、過剰演出状態でしか鳴らせないヤツだ。
それでもテンコ盛り大好き様専用とでも銘打ってりゃ救いもあるが、そんな奇形の癖に何でも聴けますなんて謳ってるのは詐欺罪を適用すべき位悪どいと思う。

ソース選択権を使用者から剥奪せぬには、不要な際は必要最低限の補正に留めなくては音源作者の意図にすら反する。
ここでの必要最低限とは、例えば小型スピーカの低域再生能力の足りない分だけなんて意味だ。

それだって一体型じゃないのだったら、スピーカだけ違うのにした途端もう駄目になるんだからね。
俺から見てこれが実にバカバカしいのが「折角デジタルになったのに」で、要は素人が聴く時点で可能な加工が飛躍的に増えて自由になってるからだ。

その昔はMixer卓だって素人用廉価品ではEQレスでも当然な期間が結構続いてて、それが今じゃスマホ無料アプリ等で誰でも持てるんだからさ。
つまり現況のは待合わせで両方が移動しちゃうからスレ違ったりして、結構近くに居るのに中々会えないみたいになっとると。

これに輪を掛けて困るのが殆どの機器が同じ「盛り」一辺倒を向いてる処で、こんな相応しく無い所に迄「数の倫理」なんて持ち込むなってのよ。
どれで聴いても同じに聴こえるからこれで普通って、全員が人殺しだから殺すのが普通みたいに騙されてんだよ。

各業界内でどんな申し合わせがあったかどうかすら定かでは無いけれど、生の楽器音に詳しい人だったら録って聴いたら変化してるのにはもう少しは気付けそうなもんなんだがねぇ。
俺が執拗にKOSS PRO4AAをゴリ推す真意は正にここで、他にスピーカも含め無演出のが
見つかり難くなったとのこれがたかだか¥1万程度で買えるからだ。

過剰演出の判定基準としてそれがヘッドホン限定なら、人耳の特性以外の面でモニタ音量の大小のせいで違って聴こえ過ぎたりしないかがある。
部分的概述だが過剰演出タイプのは小音量時はリッチな印象が強いが、大音量にすると不要な刺激が強まったり歪みが増える傾向が強い。

過剰演出タイプのを無理に擁護すれば極小音量専用とも看做せ、但しそれは自然状態とは掛離れている。
どんなに視力の良い人でも遠過ぎたり暗過ぎると字は読めなくなったりするが、それは光が途中の空間で劣化して混濁するからだ。

又多分皆がこの件の聴こえで勘違いし易いのが、原因無関係に只全部聴こえたとか明瞭だった方を正解としてしまう処。
それでは自らの耳の性質に対して認識不足で、人間の耳如きはどんなに健全でも自然界での音全てを対象としたら聴き取れないのの方が遥かに多いのを失念してるんだよ。

よう考えてみなはれや、そんなに何でもアレは○これは□の音なんて全部即座に分ちゃったら眠れへんのとちゃう!?。(病気等でそうなってしまっている方、影乍ら回復をお祈りします)
少し音がするのだけは分かっても別に呼ばれとらんし、問題無さそうなのしか聴こえんからほなおやすみなさいましってな。

平等なアンサンブルの音楽だからって無造作に聴いてるのに、全部明確に聴き取れるって↑これから考えたら偉いけったいやがな。
「定番モニタ」だからそれでOK、全てに対して基準になり得るってそこが物に依っちゃ間違っとんねんな。

今本邦で「思われてる」定番には、本来はその前にくっ付く言葉があったんや。
これを即答出来る方に10,000点プレゼント!。(正解は「検聴用」:主に雑音の出)

<つづく>

2020年9月20日 (日)

音楽備忘録410 魔改造悲喜こもごも⑧

Liveでも使える歪み系が必要になった当時、本邦のガキに選べるのは球のだと最初はたった1つしか無かった。
それで買ったのが今や殆ど世間からは忘れ去られた、Guyatone TD-1だった。

これ国産の量産品としては球使用のストンプでは第1号で、他の既に定評のある石のより高価だったが俺には他の選択肢が無かった。
これには個人的な体験の影響が大きいと思われるが、俺にとっての初代エレキGuitar Ampが真空管式オープンリールテープレコーダだったせいだ。

楽器遍歴ではBassよりGuitarの方が早かったが、他人の評価の都合で早々にBassの方が当時はメインとなっていた。
それでBassのは素人練習用のを程無くして買ったけれど、Guitar用はずっと上記の魔代用品で賄っていたのだ。

そんな機材状況なのに仲間に影響され自作曲の多重録音作品は作り始めてて、しかし録音用ならそんなのでもそこそこ需要に耐えられていたのである。
密かにお前らのと違って俺のは本物の球の歪みさなんて調子に乗ってたら、そう云う音色でLiveでも弾かなきゃなんなくなったのである。

それで買ったは良いがいざ使ってみたら、Guitarとストンプだけではどう頑張っても所謂「ウーマントーン」しか出てくれないから弱っちゃったよこれが。
まだ知識は皆無に等しかったけど球オープンテープのでそれらしい音を出す為に、偶然Treble Boosterは既に持っていた。

そこで仕方無く本来なら不要(エレキ用のストンプなんだからねっ💢)な筈のを前へ噛まして、漸くで許容範囲に収めていたのだ。
どうしてそんな設計にしたかは全くの謎だが、後になって知ったこれの回路方式はAmpeg V-9ってマイナーなのに搭載されてたのを参考にした様だ。

その後暫くして第2弾でTO-2ってのが出たので、期待の大きさからまんまとメーカの思惑に乗ってやったんだいっ??。
何処が期待出来たかってばBass・Treble独立のToneツマミが付いたからで、それの調整次第でTreble Booster必須の呪縛から解放されるかと思ったんだ。

処で鋭い人はもうお気付きだろうがTDはTube Distortionから、TOはTube Overdriveから来た型番だ。
なので当然音色にも差はあり、当時の俺のニーズは後者の方だ。

だが発売された順番とその時点で次の予告も無かったので、乗ってやったなんて書いたんだ。
だがⅡで結果的には寧ろTO-2の方が満足度が低く、Toneツマミだけではウーマントーン問題は解消しないし歪みが柔らか過ぎだった。

それ迄石ので散々片っ端から試奏した限りではOverdriveの方が欲しいのに近かったので、これは予想が外れてもどうしようも無かった。
第2弾の何処が困るってば、マイルド過ぎて伴奏時に埋もれ易いのが厳しい。

それでも伴奏とソロの両方で使い分けられる様になったのは2つになって良かったが、今からしたら俺もメーカも基礎知識不足だったのが全ての原因だと考えられる。
俺の分は次回に譲るとしてメーカの瑕疵としては、ウーマントーンで良いなら球じゃ無くても許容出来るのに気付いて無さそうな処。

石のだって籠って構わなきゃ、先述の奇数次高調波の聴こえを減らせるからね。
音色はBrightだが嫌味の無い歪みが欲しい時こそ、球じゃ無いと厳しいのにね。

そんな風に国産の球のとしちゃ黎明期だからの不備も少なく無かったが、捨てるに惜しいし買換え予算は無い。
一事が万事そんな調子故に、その後魔改造道へひたすら精進する事となったのである。

<つづく>

2020年9月19日 (土)

音楽備忘録409 半導体 vs 真空管⑭

前回魔使用で球歪み系が出たので、歪み系での球と石の実態に言及しよう。
これに関しては球の方が滑らかだとか柔らかいとかで有名ではあるが、近年は石のだって回路研究の成果からかなり良い感じのも出現しては
いる。

それでコスト・扱い易さばかりか音色の美しさや新味の個性もあって、石のの評価も上がりつつある様だ。
球と比べると石のは元々無理して!?それとも苦労して!?所望音色を得てるので、今迄無かった様々な歪みを創出可能なのは確かだ。

けれどもそんな個性の強いのに限って、「使え方」に著しい制約があるって弱点があった。
利便性・確実性に始まり選択自由度の高さ等からも、近年は楽器やストンプの設定に精を出すよりゃプログラムセレクト中心となっている。

だから「使い方」であれば用途次第で小まめに切替えるからあまり問題は出ないが、人の自由な発想に従うと時として敢えて不適切に用いたくなる事だってある。
それが失敗すれば邪道・成功すれば裏技と認知されるが、向いてないから試され難いのの中から美味しいのを見付けられればその分オリジナリティは高くなる。

その系統ので比較的有名なのが前回述の、歪み系は歪む様に設定しとき乍ら楽器側で出力を下げてほぼ生音を得るのなんかだろう。
これが昔みたいに機材が限られてたら当初から織り込み済みだったりもしてたが、今の便利さの中では楽器ボリウム調整がシビアなので想定外な方が多いんじゃないかな。

でもだからって絶対やりたくならないって保証も無く、それで「使え方」なんて言い方をしてみたのだ。
でこの手のがプロセス度の高い石のになる程、どんどん融通が効かなくなって不可能となっているのだ。

例としてはもう随分昔になっちまったが、当時の相棒が持参したOver Driveストンプが正にそんなのだった。
具体的にはフルアコを使ってもソリッドボディのみたいな歪みが得られ、その点ではユニークで面白かった。

けどそれって裏を返せばそれだけ楽器に左右されない様に大巾に音色が「作られてる」訳で、歪みの深さの他ニュアンスも殆ど調整が効かなかったのだ。
個人的にはそれ迄そんなのに出くわした試しが無かったからかなり驚かされたが、狭い用途しか対応しないのなんて貧民としちゃ即却下だ。

その後今の相棒が愛用してるのの修理で、球でも低圧動作で石とのハイブリッドになってるヤツは似た傾向を持ってるのを知った。
但し断っとくが彼等は他にも色々持ってるし、録音時はAmpの歪ませの方が主体だ。

結果的にその様な用途の狭いのはオモチャとしてならアリだが、メインに持って来ると奏法に悪い癖を付け兼ねない。
何分所望音色が安易に得られるが為に、弾き方や弾き加減で好みになる様な体感を放棄したも同然となるからだ。

そして万一そんなオモチャの音色を妙に気に入ってしまったら、オリジナリティに対しても抵抗勢力となってしまう。
ある程度以上の体験値があって本来がどんなものか理解が足りてりゃ良いが、初心者が憧れの対象の「極一部だけ」を真似しようとしたら悲劇でしかない。

球なら全て安全とは限らないけど、この点ではより大きな改変が可能な石の方がやはりリスキーだ。
プロは状況次第で商業上の妥協を迫られるもんだが、そんな場合に次善策でもあったら助かるってな位置付けをしているだけ。

分っていてもスポンサーから余計な真実(ホントはちっとも余計じゃ無いんだけど😓)を語るな、宣伝しろと命じられて逆らえない時の方が多いだけ。
情けない「だけ」だらけだがそんな場合もあり、しかしこれっぽっちも使わずになんてのは近年では皆無に等しいのもまた事実。

どの道各自の求める音を実現するにはその為の核心は知らなきゃしょーがないし、それに依ってたった1つの機器でも新たな使い方が閃けたりする様になれるのだ。
処で折角だから後日俺所持球歪み系の話は、内容に合わせて久々の「魔改造シリーズ」で書いてみますわ。

<つづく>

2020年9月18日 (金)

音楽備忘録408 音色の過剰演出とはⅠ

最近拙ブログではしきりに「音色の過剰演出」と吠えてるが、これ自体の説明が足りなかったかも知れない。
そこでその定義みたいなのから記していくが、こう何でも「加工度の高い社会」では理解し難くても仕方無いけどね。

もし音を聴くのにそれがモールス信号みたいなのとか、機械の検査とかだったら正確さが最優先だ。
でも音楽じゃ無くてお芝居や朗読等でも言葉の明瞭度は一定以上要るが、声色等のニュアンスの方がもっと大切だ。

文言だけを確実に知りたいなら聴くより読む方が適してるんだから、そんなのだってムードを司る音色が聴く事の核心になってるんじゃないのかな。
聴き手の意識自体は次は一体何て言うのかとしか、大抵は思ってないんだけどね。

こうして他用途と比べて行くと聴くのでもそれが音楽とかだったら、物理的な正確さなんて2の次3の次はおろか4とか5だって構わないのがお分かり頂けるだろうか。
今日日は音の世界でも明瞭度或は「盛り」命で、耳を傾けさえすれば全部が聴き取れるのが良しとされている。

生楽器ですら電気を介した音に対抗すべく、意図的に硬くカッチリした音色のが増えている。
でもそれが自然かっつったら大嘘もいい処で、生のを直に聴く時ゃ間の空気のせいでそんなに全部がクッキリになんてなっちゃくれんのよ。

それでも明瞭なのが一番だぁって方にここで質問、ではその中で特定箇所だけもっと目立たせたい時はどうしますか?。
そんなの全部の車が赤色回転灯を点けサイレン鳴らして走ってる様なもんで、信号機も無効化するから危なくて仕方ねえ。

現実にその手の緊急車両だって有事じゃ無い時ゃランプ消灯・サイレンOffにして、他の車に混じって埋もれて静々と走らせてるじゃんか。
音だと事故っても最高で難聴・最低だと本来より疲れるだけだから、確かに車のそれよりゃ危険度は低いですよ。

なのでそれでご不満が無ければ一向に個人の勝手ですが、「楽しいけど疲れるからもういいや」なんて趣味を1つ無くしちゃうかも知れないね。
もし過剰演出が罪なだけで、本当はもっと楽にも楽しめるのを知らなかったらさ。

えー当方最末端でも業界側と致しましては(
いや最末端だからこそか!?)、一時的な売上げより永続的な顧客の維持・増加を害するこんな真似は直ちに止めて頂きたい処。
それ以上に困るのが作る段階でマトモに聴けない為に、他人様に披露するのに相応しくない様な音を誤って提供してしまう処であります。

そこで願わくば世間に知って欲しいのが「ボヤけてない柔らかい音」で、コレ
だけは後からじゃ得られない処で御座居。
硬くする方とか柔らかくてもボヤけて構わなきゃ、後から幾らでも出来るんだけどさ。

一寸ブラックな話しになっちゃうけど近年の一部での球信仰みたいなの、アレ確かに聴き易くはなるんだけど情報量は減っちゃってるの。
それでその者達が何で困らんかってぇと、所望の音源に不要情報がテンコ盛りだからなんよケケケ。

俺は球信者の癖に近年のその手の非力過ぎるのには興味が薄いのは、聴きたい音源に余計な情報が一切入って無いのが殆どだからニーズに合わねんだ。
最初は古くてもせいぜいニューミュージック位迄が好きな人が、なんで今更そんなに球へ向かったのかが全然理解出来なかった。

古いのを当時の状況で再現したいとか、PAなんか無かった時代の生楽器のを極力忠実再現したいとかでも無いのに。
例えば球で録って球で調整してそれを聴くのも球しか無かったら、石でも問題無く聴ける様な調整なんて絶対不可能だものね。

それが当時でも特に売れ線のシングルとかだと貧音質のテレビやラジオで聴いても魅力を分り易くする為に、今の盛りとは異質だけど脚色は多目なのも多かったんだよね。
だからその曲の良さを既に充分理解出来てる人には、例えば毎日食べるにゃそのままだと一寸しょっぱいみたいな現象が多分起きちゃってたんだね。

<つづく>

2020年9月17日 (木)

音楽備忘録407 半導体 vs 真空管⑬

今回でBass限定の話はそろそろ一区切りとする予定だが、もしかしたら少し珍しそうな体験談を披露してみよう。
これは石のAmpに代用球プリを繋いでのLiveの事だが、相当奇抜で変態的なのに実行した契機は原典の編曲にあった。

その曲はBandの首謀者が個人多重で作った物で、サビ前に入れてあったエレキGuitarの俺言い「クレシェンド奏法」がとても印象的だった。
Fade In奏法と呼ばぬのは音量ゼロからのスタートじゃ無かったからで、Distortion掛けっ放しで楽器本体ボリウムの操作でクランチと音色を使い分けるってのだったからだ。

ストンプ登場前は複数音色或は歪みが欲しい時は本体側で加減するしか無かったが、それを少し違う目的に活用した訳だ。
具体的には所謂テープの逆回転サウンド近似の効果が得られるが、本来なら原典に則って当然Guitarが再現すべきものだ。

のが作者はこの曲ではGuitarを持たず歌唱に専念とか、Guitaristは使用機材の相違等のせいでやっても同じ感じが得られなくなっていた。
しかし個人的には他メンバーより必須と感じていたので、もう1つの理由と併せこの際Bassでやっちまえとなったのだ。

でもう1つってな以前はアタックを意図的に強調させる為に石のコンプを頻用してたが、前回述の如くアンサンブルフォルテシモ時に負け気味なのが課題だった。
その時点で俺はBandではGuitarは弾いて無かったが普段は既に二刀流で、Guitar用の歪み系は球のを2つ持ってたのでそれを悪用したのだ。

所持の球歪み系はGainを絞れば生音も得られる仕様だったのと、フィルタ機能等非搭載だったから低音が削られない面があった。
勿論こんなの魔使用の極致だから生音色時のS/N比がかなり劣化するが、それなりに人気もあって騒々しい現場なので思い切って強行してみたのだ。

現代風にその操作状況を先にバラせば、楽器を抱えたまま曲中該当箇所の度にしゃがみ込んでツマミを弄るんだから異様且つみっともない筈だ。
しかし歪む様に作られてるのをそうならない様に調整するには極度の集中力を要すせいか、奇抜なパフォーマンスの一貫として認識されたらしかった。

とは言っても丁度時期的に松田優作が探偵物語のOPで上半身は帽子迄正装・下半身はパンツ一丁で、真剣にコーヒーを淹れてるののパロディと思われただけかも知れない。
しかし音的にはノイズ面以外では予想を遥かに上回る効果があり、当初は該当曲以外ではバイパスさせとくつもりだったのをリハの状態を受けて通しっ放しとした。

球ヲタとしての身勝手な満足感も皆無だったとは言い切れぬが、アンサンブル内での聴き取りが格段に良かったのが真相だ。
この経験以前から薄々察知してはいたが、少なくとも悪環境下ではこんなに違うんかいってのは大きな収穫だった。

尤もそれ以降は現行Band迄Liveでは滅多にBassを弾かせて貰えなかったのと、件の球歪み系の改良に依って流石の俺!?でもこの時の1回こっきりで終始している。
ついでで改良の内容も付記しとくと買ったままではGuitar用なのに、Guitar用としてはブーミー過ぎる歪みしか得られなかった。

そこで毎回その前にTreble Boosterを繋いで凌いでいたが、Liveで使うのには同時一斉切替が出来ないので弄ったのだ。
何故そんな状態で発売されてたかは大いに疑問だったが、案の定売れ行きが悪かったらしく比較的短期間で姿を消しちまった。

まっ兎に角その位邪道な方法でプリ段にしか入らなくても、球の有無で実用性に大差が出る事もあるって一例でやんした。
この成果は後年マトモなBass Ampを買う(勿論格安中古)際にも影響があり、結果的に「パワー段だけでも球」となって反映されている。

<つづく>

2020年9月16日 (水)

音楽備忘録406 音楽を演る人にとってのリファレンスヘッドホンⅪ

今回は音色演出が無い或は僅少と云う意味での、ナチュラルサウンドを堅持してるヘッドホンに言及しとこう。
その判断基準にはやはり歴史が絡んでしまい、それもあって直ちには同調出来ない方も多いとは思うが…。

しょっちゅう一々「歴史がどうの」ってのは流石に年寄りでも少しは抵抗感があるが、深い訳がある。
近年では技術の向上で攻めるも守るもかなり自由に音質を作れる様になったが、廉価版でもそんな芸当が可能となったのは大凡21世紀以降になってからだ。

それより以前は派手な音色演出を意図的に加えられる様な余裕は無く、一部で無理してやったものは全体としては何とも「変な感じの音」にしかなってなかったのだ。
どんな方向性を目指すにしても一般向けはスピーカでも何でもそうだったが、先ず可聴帯域全域の再生すら成し遂げられて無かったからね。

そんな状況下で俺が何時も不満だったのが、低域限界の高さとローエンドの量不足だった。
これを端的に例示すると要するに、実際よりバスドラやBassが小音量になったり軽くなってしまうのが残念で嫌で仕方無かった。

まだ自分がプロのBassistになるとは夢にすら思っても居なかったが、それだと洋楽系のだけ肝心な魅力を削がれるので困ったのだ。
俺はかなり幼い内に邦楽系より洋楽系に興味が移ったが、その最大要因はそっちの方がリッチに聴こえたからだ。

当時のアホガキな俺にジャストフィットしたのにT・REXがあったが、内容が単細胞なだけに意外と高品位だったBassやDrumサウンドの再現性が悪いと楽しむのに命取りになる。
最初はFMラジオから聴こえて来て存在を知ったが、なけなしの小遣いで生まれて初めてシングルを買う決心がついたのはレコード屋での試聴音質のせいだ。

その頃はローカルでマイナーだった下北沢如きの今は無きレコードとオーディオの店に、伝説の名器たるMcintosh MC275やTANNOY Super Red Monitorがあって試聴室に鎮座していた。
今の感覚だとそんなのミスマッチでしかないが、良く考えてみると洋楽レコードを売る為のツールだったんだろう。

それは兎も角そんな事情から今でも通用する真実の音を知ったが、この体験を基準にその後秋葉原でヘッドホンの試聴を片っ端から遂行した結果あるブランドが唯1つだけ残った。
それが激推ししてるKOSSで、KOSSの中でも四角いヤツ(PRO/4X http://20cheaddatebase.web.fc2.com/koss/PRO4X.html )だけが唯一スピーカに負けない低音が出せていた。

当時の他のは低音の量は近い位出せててもローエンドは全くお留守とか、明瞭度が極端に悪かったり高域限界が低過ぎたりと無理してるのが子供でも即座に分かる有様だった。
今となってはこのタイプのユニットの設計は旧態化を免れないが、演出の無さの点では他に類が未だ見つからない。

多分そのお陰で少なくとも海外では一定のニーズがあるらしく、化石級のPRO/4AAを筆頭に同系統の音質のPORTA PROやSPORTA PROが生き残ってるのだろう。
一面でそんな唯一無二の武器を持ってるのに何で近年は二軍並の扱いをされる様になったかってば、音質維持の為に高能率化が困難だからだと考えられる。

他にもPRO/4AAは爆音専用設計なので、一般的聴取音量では周波数的に所謂「カマボコ特性」になる。
後者2つは普及型・ポータブル・オープンエアータイプなので、厳密な性能を求めるのは厳しい等々。

これ等は現代一般基準では看過し難い弱点になろうが、過度な利便性要望が音質の自然さを破壊して行ったとも読み取れる。
だが定番のSONY CD-900STにしても、最早歪み率の悪さは本来なら今は圏外の筈だ。

娯楽に用いるなら何のお陰だろうとより気持ち良けりゃそれが一番だが、比較の為の物差しは変わられては困るのだ。
この点に絞って選択するなら、なるべく昔から長く不変なのがリファレンスとなるのである。

俺が言い張る理由はこの長く不変なのに加え、歪みの点ではKOSSの方がCD900より遥かに勝ってるから。
そしてCD900は音質に演出を加えるのが業界内で当り前なって以降の開発だしで、従兄宅で仕事に借りる場合はあるが雑音検出等以外の用途には使っていない。

<つづく>

2020年9月15日 (火)

音楽備忘録405 半導体 vs 真空管⑫

前回迄の話しの中で疑問を持たれ易そうだったり、大御所からの引用の仕方に勘違いしそうな処が結構ある気がして来た。
今回はその辺を記してくが、最初は色々と無制限近い大御所達と一般個人の環境的レベルの違いから行ってみよう。

俺みたいな最弱小だって、録音時であればかなり手間の掛るのも取り入れたりはしている。
それだって本物のエコーチャンバー(残響室)とかアナログ鉄板Reverb、Fairchild 670なんかはきっとこの先も無縁で終るんだろう。😢

予算だけなら宝くじとかでなんとかなっても、当分の間は使いこなしに難が残るのは想像に難くない。
だいいちそんなご大層なのを滞りなく実用に供すには、専門に充分訓練されたスタッフも必要だ。

何せ基本的に全てが手動であるから、超大型の船を操縦するのと似た様なもんだ。
いざという時に「手が2つだけ」では、それこそどうにも手が回らなくなるのは火を見るよりも明らか。

例えば昔の大御所には曲中でAmp自体を切替えるなんてのも多かったが
、完璧に遂行するには人手も借りなければ難しかった。
なので録音で特定部分だけを多重録音するのなら引用可能だが、Liveではかなり困難だ。

そこで俺如きじゃLiveでは音色は割切ってしまう事も多いが、最近はその「割切り方」での過去の失敗を一寸気にし出している。
妥協するにしても大別すると2つの方向性があり、音色でもバリエーションとベーシックのどちらを優先するかってのがあったよ。

かつて使わせてくれたお店には申し訳無いが、若い頃はそこの機材に対しては不満だらけだった。
Bass用となるとAmpは石のしか置いて無いのがその根幹だが、それ以外にも他パートのとバランス的に全く不適切だったりとかね。

その典型の1つが黎明期のスタジオペンタD室でFender Bassmanがあったは良いが、これだけ50Wので後のは全部100Wのだった。
それじゃあフルパワーを使わないジャンルやアンサンブルのでしか、貴重な垂涎サウンドが使えやしない。

はこの辺で留めとくとして、その逆だってあったのだ。
逆と言っても音量バランスじゃ無くて概述の音質の話しだが、チープなChorusが魔改造Tube Overdriveの音色を阻害してるとお客さんからクレームを貰っちゃったヤツ。

そのオリジナル曲は既にその時点で自主制作CDを出してたから、こっちとしちゃ掛かってる所へ掛ける方を優先しちまった。
スタジオ版ではGuitarの歪みもAmpだったから、どうせ中身が違うならせめて体裁だけでも同じにと考えた。

しかしそのお客さんには劣化があっても歪みの音色の方を気に入ってくれてたらしく、後から思えばその頃球の歪み系を使ってる人って他に殆ど居なかったからかも知れない。
更に分析をするならばChorusよりTube Overdriveの方が、掛けてる時間が長いのを俺が見落してたのかもね。

これからすると仮に編曲的に重要なEffectだったとしても、ベーシックの音色の方が優先順位は上って事なんだろうな。
ちっとも興味の持てない音色だったらそれがどう変わろうと知った事っちゃ無いし、Effectだけ気に入られても奏者が評価されるのとは違うよね。

<つづく>

2020年9月14日 (月)

音楽備忘録404 音楽を演る人にとってのリファレンスヘッドホンⅩ

前回述の如く誰にでもすぐ確かめられる状況ではないので、もし今納得出来なかったらそんな事言ってた奴が居たな程度に記憶しといて貰えればと願う次第。
そんな読者様には時期尚早な内容になるけれど、もしかしてと思った人向けに知る限りの方法を記しとこう。

輪を掛けて遠回りなアプローチになっちゃうが、基準点としては生Pianoの音辺りが本邦では最適かも知れない。
Pianoの機種や制作時期毎の材質の差等は音にも表れるけど、ベーシックな楽器だけに他のと比べたら誰もが想像する「あの音」になるべくなる様に作られてるのも確かだ。

Pianoじゃ無くても自分に馴染み深くて、大体昔のままが聴ける保障のあるのだったらそれでも構わない。
但し基準側のに限ってはMicを通したのだともう駄目で、電気楽器でも許容されるのはAmpのスピーカ迄だ。

しかしこれは楽器に割と日常的に接点のある人向けで、弾けない人だったりしたら楽器音以外で適当なのを探し当てなきゃなんない。
そんな場合の絶賛激奨ソースはBeatlesの録音物で、作者の意図に反する加工が一番少ないからだ。

それに何しろ知ってる人が一番多いから発表当時のと僅かでも印象が違ったら、販売元の株価が暴落する位の騒ぎになり兼ねない。
なのでアナログレコードのドーナツ盤(シングル)から始まりCDになってハイレゾリマスターや配信と、供給方法が変っても原典の維持に最も全力が注がれている。

因みに近年ではどうなったかオラ知らんが、PA関係者には1982年以降には確たるマスタピースがあった。
Donald FagenのThe Nightflyってアルバムで、1曲では無くアルバム丸毎全部がその対象だ。

処で今本邦では色々な2極化や世代間断絶が横行してる様だが、終電が繰り上がるのはコロナじゃ無くてこれが最大原因なんだそうだ。
保線(線路や架線等の修理)をする人の確保・維持に難儀してるからだそうで、以前より機械化・省力化も進んでるのにもっと時間が欲しいんだと。

つまり「こことあそこ、ホイやっといて」「あいよ」だけで、30分後には波打ってたのがスベスベにとかって中々行かなくなったとね。
何かを深く理解する方へ重きを置けば既知の人が多くても、敢えてゼロとか一から自分自身で全て学んで行く方が良い。

けれど現場での実質的な作業を重視すると、中にはその時点では無駄だったり不要なものも多く含まれている。
例えば折角昨日やっと理解したのが、今日から違う新しい方式に変更になりましたなんて…。

それからすると現実的なのは今現場の第一線で奮闘してる人から、要点だけ手短かに教わるのにはとても大きな意義がある。
最終的には自力他力の依存先は不問で全貌把握を目指すにしても、ニーズに対する間違いの無い優先順位は現場の現業の人が最も詳しい。

これが分野次第では「教える専門の人」だと、現状の正確な把握が間に合わない事もあるって訳だ。
恐らくそれでどの世界でも昔みたいな酷い下手クソは減ったけど、頂点のレベルは下がって平準化したんだと思う。

問題はそれで全てが賄えるなら良いが、専門性の高い分野だとそもそも学ぶ人数が少ない。
そうこうしてる内に供給が間に合わなくなって来てて、少子高齢化と併せてエライ事になって来てるですよ。

それにはニーズ上必須の分だけでも、なるべく皆が少しでも昔も知っとくのが鍵だと思うんだよね。
古いのより新しいのにしか興味が持てない人には若干厳しいかもだが、共通言語みたいなのとしての古いのは全部は排除出来ねんだ。

そう云う共通なのを沢山持ててる程例えば重いと思ってたのが、他の皆は軽いって言ってるけどなんてのを認知し易くなる。
するともしやウチのだけ低音が普通より沢山聴こえてるのかもとか、俺の耳って低音の感度が他人より良いのかもなんてのを知るチャンスに繋がるんだす。

<つづく>

2020年9月13日 (日)

音楽備忘録403 半導体 vs 真空管⑪

拙ブログでは通例になりつつある「逆で何処迄行けるか」式で、敢えて石で球に近付けるのを考えてみよう。
前回のChris Squireサウンドをもしやるとしたら、本家も’70中期以降に所謂「帯域分割駆動」をしてたらしきが参考にはなる。

これは高域若しくはリアPUと低域若しくはフロントPUを、別のAmpへ繋げて高域だけ歪ませようって作戦だ。
もし使用楽器が本家同様オールドタイプのリッケンだったら、上記の「若しくは」は特殊回路のお陰で「=」に変わる。

それ以外にも高域だけ歪ませられるストンプなんかもある
が、籠り感の完全解消はそれでも不充分だ。
それはフォルテシモ時に高域の音量がフォルテ時より増えてくれないからで、痩せたりしないのは結構だがトータルでは却ってBrightにはならないからだ。(単独使用時は平気だがそれとは事情が異なる、即後述)

歪みは深くなれば倍音は増加するが、Bassみたいに元から低域の量が多いとその程度では負けちゃうのよ。
何せこの方法では低域は「歪まない」様に設定してるんで、少しでも強く弾きゃ低域は俄然音量Upすっからね。

ではこれの補填にと低域だけコンプを掛けりゃ、確かに音量最大時と最小時のは何とか出来るかも知れない。
けれど中間領域迄奏者の狙った加減に持ってくのは至難で、ここ迄大掛かりになって来ると価格・大きさ等の石のメリットなんてもうどっかに行っちまいそうだ。

こんな事が起きるのはエレキBassの原設計に真空管Ampが込みになってたからでもあるが、新鮮味の追及とらしさの堅持はそもそも相反してる部分が多いもんなのだ。
単に「新しいBassの音」で良いなら弦系に限定しても、遅れて登場したピエゾPU(圧電式)のエレアコタイプ等少なくとも当初はピッタリだった。

だがGuitarでもそうだったがそもそもがエレキと生の中間的な位置にあったから、Liveでのお便利グッズ等としての色合いの方が一層強くなってる様だ。
こんなのと他のもっと歴史の長い楽器の事情等も踏まえると、新鮮さを基本的な音色に求め過ぎるのは問題だと考えられる。

どの程度実現出来るかは神のみぞ知るになっちゃうけど、やはり楽器の音色は奏者の個性に一番依存させるのが間違いの無い方法なのだ。
それには道具としては極力自由に柔軟な使い方が出来ると良く、ベーシックの時点で上記の様な複雑でテンコ盛りな方法はこれには不向きだ。

それともう1つ気に留めて頂きたいのが歪んだ場所で、前出石でのChris氏のでさえプリ段よりパワー段での方が主体となってる処だ。
プリ段=電圧増幅のみとパワー段=電力増幅(電流も増やす)では歪みの質に違いがあって、パワー段では石のでさえ高域最大量に制限が掛る性質がある。

これに依って歪んでも若干音色は甘くなり、歪みも実際の度合いより耳には分り難くなる現象が起きる。
但し球と石では歪み方に違いがあって球は徐々にだが石はいきなり歪み出し、石はその先がとても急進的になる。

なので欲しい加減を石で維持させるには、それこそChris氏みたいに神レベルの演奏基本技術が必須だ。
加えてそんな彼ですら特に低音弦では例の「Pickupの磁界歪み」も積極的に併用しており、結局は道具よりも「手加減」が最大の武器であの音は成り立っている。

更に大変なのは石だとパワー段の歪みだけに依存させるには、演奏音量が固定され過ぎてしまう処だ。
これを加減したきゃAmpの最大出力が違うのへ変えるしか無いが、球より種類豊富とは云え石でも「1W刻み」のラインナップなんて訳にゃ到底行かない。

録音時限定ならBassだけ別室で独りさみしく収録なんて手もあるけれど、Liveでは「5W分だけ余計なんだけどなぁ」なんてのも当然普通に起こるからねぇ。
しかしだからって今の主流みたいにプリ段だけで全てを解決させようってのには賛同し兼ね、そんなんで構わんのなら今時場所塞ぎのAmpなんてもう思い切って使うの止めた方が宜しいでんがな。

スマホ+インナーイヤホンで聴くのが主流なのを逆手に取って、スマホアプリでBassの音創りなんて如何だろう。
音色の出来栄え自体はたかが知れちゃいそうだが、作者が聴いた音の再現性としては寧ろほぼ完璧かもよ。

<つづく>

2020年9月12日 (土)

音楽備忘録402 音楽を演る人にとってのリファレンスヘッドホンⅨ

ここ迄長々と過剰演出が絶対禁止事項なのを紐解いて来たつもりだけど、そもそも音色の演出にどうして気付いた気付けたのかを今日は披露しとこう。
チャンスに恵まれずまだ気付けてない人には、こんなの偏屈にしか思えないかも知れないけど実際違ったんだ。

この件に関しちゃ俺はたまたま世代(時代)も含め幸運だっただけっぽいが、先ず幼少期は市民が享受可能な範囲に所謂原音再現に到達してるのなんてまだ無かった。
但し近年のと比較すると性能で及べない分、味わいに対しての配慮はどれも行き届いてた覚えがある。

それが学生時代に至って遂に家庭でも原音と大差無いのが徐々に聴ける様になって行ったが、今よりは余裕は全然無い感じだった。
特に歪み率の不足がもたらす濁りが、ガラス窓越しじゃ無く網戸越しで外の景色を眺めてる様なとでも言うか。

これで言うとその1つ前のは写実だが絵で、この時期のは写真だがピントにズレがあるみたいな違いか。
性能的には大きな不足は無くなって来たが、ソースの持ってるムードの再現性は却って少し退化しちゃった印象を持った。

個人的には次の段階で性能はそのままにムードの再現力の復活を期待してたんだが、どうした事か全然見当違いの方向への迷走がおっ始まりやがった。
これ等を演出と捉えて実情を変換例示させるなら、上記第1期のは昔の舞台メイク・第2期のはテレビカメラ用メイクってな感じだ。

それが勝手に期待してた第3期に至って方向性が急変し、実際よりも美人に見せる為の「盛り」みたいな事になっちゃった。
機器性能が向上した→以前より素材から美人になったとすれば、昔より余計な盛りなんて不要なのにどうしたんだろうって。

それが今になってみると音楽とか印象的性能と電気物理的性能って、結構離れた位置に存在してたんだと痛感させられている。
何でそんな思い違いをしたのか自己分析してみると、聴き手が味わおうとする時と分析しようとする時では変化してるからだ。

例えば「低音の迫力」とお題を出したら、シンセBassの低域の量の多さたるや圧倒的だ。
でもそれよりBONZOのバスドラの方が覇王としての印象は強そうで、当時の録音では先ず出てる全部が拾えて無いし記録も出来て無いだろうにどうしてなのか。

その答えはたった1つで、「他では聴けない」からだ。
シンセBassの場合だと同じ設定にしときゃ誰が弾いても打込んでもほぼ同じ音になるが、「操り方で得た違い」は本人以外には完全再現は不可能だ。

但しⅡで本質的には上回ってるBONZOのも、出会いとその時の聴こえ方次第では直には理解出来ないケースも多々ある。
何のせいだろうと(この場合は主に録音機材関係)低域量が他のの何倍もあるとか、そう云う分り易い形では表れていないからだ。

それで恐らく商業主義盲信社会下では、瞬時に分かる盛り文化全盛へとシフトしてったんだろう。
しかしって事ぁ長らく昔の音の方がリアル感があった記憶はノスタルジーなんかじゃ無く、細かいディテールに絞れば今の方が上でもトータルでは事実だったんだと確認がとれちまった。

これが厄介で困るのはその当時の機器で聴く機会が、誰でも簡単には得られない処だ。
俺自身でさえずっとお蔵入りさせてた管球式オーディオを久々で聴いてみたり、KOSS PRO4AAを入手する迄は全然確信が持てなかったし。

恣意的な盛りの無い時代の音と楽器の生音の確たる記憶を持ってた上で、現代の環境下で追体験迄しないと本質を知れないんだものね。
なので現時点で気付けてない人が居ても責めはしないけれど、そこに留まったままで人生終っちゃったら勿体無いと思うのよ。

<つづく>

2020年9月11日 (金)

音楽備忘録401 半導体 vs 真空管⑩

ではエレキBassの「気付かれ難い歪ませ」を例示してくが、関連性の高い録音音質についても併記して行こう。
後者は特に石での歪ませ活用を困難化させたが、それが何故かから始めよう。

石の歪ませで生じる刺激的で音程調和性の低い奇数次高調波、しかし使い様に依っちゃ却って功を奏す場合だってある。
Fuzz等がその典型で音程に直接は関与しない倍音が付加されるので、意図的な音色改変等には効果絶大だ。

だからこそ基本音色を変えたく無い時は困るんだが、それでも高域を削ってやればそこそこマイルドには出来る。
しかしそれには普段より籠った感じになっても許容せねばならず、録音やPAの音質が向上して「生より籠ったりしなくなった」今では他楽器の特に生楽器との整合性が苦しくなった。

もし若い元気溌剌Drummerとヨレヨレ爺Bassなんて演出をしようってんなら良いが、パートに依って極端に時代が違ってるってのは普通は気持ち悪くていけねえ。
それプラス奏者のアクの強さも大いに関係アリで、昔より皆スマートになったは良いが個性の弱まりは細かい部分の相違に対して脆弱化している。

ではⅡで例示へ参るが、最初はDonald ”Duck” Dunnだ。
彼の場合一番有名になった作品の録音は、少なくとも録音現場的には基本チープ寄りだった。

なので意図的に歪ませてたかは大いに疑問だが、相棒DrummerがパワフルなAl Jackson .Jrにも拘わらず100Wに満たないAmpの使用が多かった。
それなのにそんなに小さくは聴こえなかったのは、球だから少しの歪みを許せば額面以上の出力が得られたのもあるがやはり音質に鍵があったと睨んでいる。

聴き始めてから随分長い事気付かずに居たのは俺様杜撰大王の面目躍如だが💦、最近になってヘッドホンで聴き込んでみたらフォルテの所はほぼ皆歪んでるじゃありませんか。
尤もJack Bruceみたいな下心!?は無いから、その手のと比べたら恰も「歪んでないフリ」をしてた様な感じだった。

ここで重要なのは「フォルテの所は」で、こう云う場合他のパートも倍音は普段より多く出してますとなってるのが肝だ。
つまり全体が普段よりBrightになってるお陰で、Bassが少し位高調波歪みを出しても全然突出しないのだ。

寧ろアンサンブルとしてはそれ位じゃないと、皆で盛り上がってるのにBassistだけそれを無視して冷静みたいな感じになってたかも知れない。
そもそも楽器音は強い処ではそれ以外のより若干荒いってか汚くなるのが自然で、これを排除すると音量の上下だけでしか強弱等を表現出来なくなってしまう。

実際に’80年代に電気楽器ならLine録りが適正無視で大流行しちゃってたが、小奇麗になったは良いが何とも迫力・説得力に欠ける結果を招いていたのが多かった。
中でもLine録りが一番難しいのはピック弾きので、俺知りでこれを打破してたのはAtlanta Rhythm SectionのPaul Goddard位しか思い当たらない。

それでかこれの補完にはそれ迄より概述の「Pickupの磁界歪み」が重視され出したが、これだけでAmpの分迄補うには至っていない。
考えてみりゃ上記Duck君のは、元から両方ともタップリ活用されてたんだからね。

Paul Goddardの場合も未確認だが敢えてトランス式の古いDIをとか、何らかの球機器を上手に駆使してた可能性が高い。
しかし一番Ampとは違う感じが得られるのは石系だけでの直結で、従来のとの差の強調を優先してたのか当時のはそっちが主流だった。

ではⅢで石の歪みを上手に活用してたのとして、次にYes初期のChris Squireの音色をプチ解析してみよう。
簡単に云や高域のアタックだけなるべく歪んで、低域はなるべく歪まない様にされている。

その音色は当時のBassとしてはかなりBrightだが、現代基準でだと高域ってよりゃ中域の一番上だけグッと持上げてそこだけ歪ませた様な按配だ。
’60年代末期当時はBass用スピーカに今みたいに高域の出るのなんて無くて、これが石の歪みの耳障りな部分を偶然削ってくれてたってのが真相だ。

折角リッケンを持ってる(ホントは借りてるだが)ので時々これのごっこをして遊んでみてるが、イメージより高域をCutしとかないと例え球で歪ませても本家より汚くなる。
その上周囲の音が現代のだと原典に反し案外少し籠った感じに聴こえ、とても魅力的だがそのまま取り入れるのは難しい。

<つづく>

2020年9月10日 (木)

音楽備忘録400 音楽を演る人にとってのリファレンスヘッドホンⅧ

つい興味を引きたくて「ヘッドホンの魔法」だなんてブチ上げたけど、要は長所と短所の両方があるって事だす。
良い方に関しては分かり易いから良いんだけど、問題は短所の中で把握し辛く失念し易い部分で御座るよ。

先ずは一応公平!?に分類から始めるが、長所の筆頭は自分以外に大きな迷惑を掛けずに自由な音量で聴ける処だ。
求める音量に対して遮音性が足りない時は要注意だが、外部雑音を減衰してくれるのは有難い。

これオープンエアタイプだと遮断は一切しないから、ご利益が無いと思ったら間違いだ。
凄く原始的な話しではあるけれど、大抵の場合他の方法で聴くより音の出処が圧倒的に耳に近くなるわね。

するとどんなに少なく見積もっても例えば音源と自分の間に誰かが居て遮られて、その分ダイレクトの高音が減って少しボヤけたりなんてのは避けられる。
但し環境音が通常時より低下するって事は、自分の聴いてる音量がどの程度なのかの判断を鈍らせたりもしているが。

随時頻吠えしてる通り音楽や音の判断・判定って、人間様は通常天然では絶対的尺度を殆ど持合せていない。
無意識でも常に何か他のと比べてこれを行ってるんで、比較対象が曖昧になるのはどっちかってば良い方には作用してくれないもんだ。

それは兎も角細かい所迄聴くのには被ると断然有利だけれど、下手に聴こえ過ぎると演者にとってはとってもヤバイのだ。
例えばStudio録音されたのをヘッドホンでなら聴こえたのが、Liveでアレンジとか一切変えて無いのに全く聴こえなくなっちゃったなんてね。

それがもし秘密の隠し味とかってんならまだ良いんだけど、小さくてもずっと聴こえてるつもりで演ってたら悲劇ですがな。
誰にも聴こえない(演ってもほぼ何の効果も無い)のを延々ととは、全くご苦労さんな事ったね。

そりゃLiveは言葉通り生モノだから状況は刻々変化し、全てを事前想定で対処なんて出来ねーよ。
それでも「この音は埋もれる危険度が高いかも」なんてのを知る機会を損ねるより、程度が違っても自然と体験出来る事は大事だし必要なんじゃないかな。

生楽器の正規の練習方法なら起き得ない事象で、こんなののせいで生よりエレキとかの連中は下手クソが多いなんてなってたとしたらワシャ勘弁して欲しいぜよ。
又練習のモニタでは無く達人の分析等に使うにしても、実際より聴こえ過ぎるデメリットを忘れてはいけない。

本家はわざとさり気無くサラッと演ってたのが、俺言い「聴こえ違い」のせいで誤認する可能性なんかもあるよ。
録音状態の酷い中でさっきのはドなのかミなのかなんてのを確かめる為なら助かるが、強弱や目立たせ度等はそれで聴こえたのは事実とは少し違っちゃってんやさかいな。

故にヘッドホンをタイプ違い(用途違い)で最適なのを複数持ってて、完璧な使い分けが出来るってんなら何も言わんよ。
でも俺みたいに長年散々やって来てても、しまったをゼロにするのは難しい。

ドかミかを聴こうとして被っても「あれっこんな処でハネてたっけ」なんて、聴き出してから急に湧く疑問は常にある位の方が好ましい。
聴く事により集中するとか一寸だから臨時だから仮だからとなる中、疑念に応じた「被り変え」を常に遂行出来る人居たら手を上げて下さいですよ。

これからしたら優先順位ってもんがありそうで、先ずは演った・記録されたままに聴こえるのの確保推奨でゲス。
概述の如く被るだけでも周囲雑音の影響は減らせて、その分聴き取りは向上してるんやし。

それでどうしても足りなかった時、初めて実際より聴こえちゃうののニーズが生じるんよ。
何時でもより高品位に感じられる状態で聴きたい気持ちも分かるけど、高級なだけが全てに素晴らしいもんでも無いからねぇ。

<つづく>

2020年9月 9日 (水)

音楽備忘録399 半導体 vs 真空管⑨

んだばBass Ampの増幅素子や回路方式の得失と洒落込むが、最近はBassだと石でも平気と勘違いした連中が増えてオッサンとしちゃ実に嘆かわしい。
Guitarよりゃ歪ませる事が少ないから差が目立ち難いのは確かだが、露骨なEffectを掛ける機会が少ない点ではこっちの方がホントはより問題だと思うんだけどな。

では先ずBassの「実用上」の音色の問題から予習と行くが、何と言っても至上命題なのはアンサンブルバランスに尽きるんですよ。
特に本邦では日本語歌詞の子音の聴き取りの都合か、音量バランス規制!?が厳しいらしいからねえ。

そんな制約テンコ盛りの中で少しでも好みの音色にしたいとなると、ホントに「音の質」が問題になるんざんす。
これ単にEQで○Hzを盛りぃの□Hzを削りぃのってんじゃ無くて、同じ音量・周波数とかでも「音の通り」等をどの程度維持出来るかってなもんで御座居ます。

これに一番関与してると思われるのが歪みで、しかし所謂「歪ませた音色」とは異質なもの。
なしてそないなるってば、俺仮言い「目立たない歪み」とでも取敢えず銘打っときましょう。

人耳の周波数に対する感度等の事情から、一番目立って聴こえるのは3kHz前後ってのがある。
そこから離れる程存在してても認識率が低下してくんだが、これに則ればBassでは中高域が多目だと存在が認識され易いとなる。

でもらしさを維持するには低域中心じゃ無きゃ駄目で、尚且つ他楽器も大勢居る中域を出すと越境行為だと迷惑がられたり他の楽器と誤認され易くなったりする。
ならばと思い切って極端なドンシャリにすれば最悪だと、「別のが同時に2つ鳴ってる」様な印象も与えかねない。

ってな事って実際倍音域を完全に削いだら不味いが、少なくとも量の盛りだけじゃ低い限界が迫ってるしで解決に足らない。
ではどうするかったら、倍音の質や内容でそれを補填させるのだ。

楽器や音色の性質上Bassの倍音は、多くの場合基音より出てる時間がかなり短めになるケースが多い。
これはエレキGuitarでも歪ませなかったら似た様なもんで、概述の通りCreamでのJack Bruceはこれを逆手に取ったとも考えられる。

念の為要点だけ抽出しとくと当時の彼の使用弦はFlatwound・機種はGibson EB-3、この組合せだと鋭利な中高域なんて少なくとも普通に使ったのでは全く無縁だ。
太さの点ではチャンピオン級なので演奏環境が良かったら申し分無いんだが、差し詰め優等生だが逆境には滅法弱いってな感じだ。

そこで余韻部でも歪みに依る倍音が暫く鳴り続ける程度に、意図的にOverdriveさせてみた訳。
尤も音色的に露骨な歪みが嫌われるジャンルだってあるからこれは極例に過ぎんが、実は殆どので「聴感上は無歪み」「電気物理的には少し歪み始めてる」位が最も好ましく聴こえているもんなのだ。

太さ重さ等Bassらしくするには倍音音量は抑えなくてはならないが、和音の根幹のみならずリズム楽器の片割れでもあるから不明瞭過ぎちゃ困る。
ので上記の様な隠し技!?で、アンサンブル内で容易に認識可能になる程度に倍音の「時間延長」をさせてるのだ。

その他の事例紹介は次回に譲るが、この歪みを得るのに石より球の方が圧倒的に適している。
しかも今こそ重要性が高まったのが、露骨に汚っぽい音色は昔より好まれなくなってるからだ。

電気物理的には歪んだ時に生成される高調波成分の違いのせいで、基本的に球は偶数次・石は奇数次のを中心に増やす性質に依っている。
因みに偶数次高調波とは音的には基音の○オクターヴ上の事で、○が2なら1オクターヴ上・3なら2オクターヴ上の倍音って事。

結果的に偶数時倍音だと多少歪んで増加してもマトリョーシカ人形状態となってるので、聴感上の歪みとしては認知し辛い性質があるのだ。
一方奇数次倍音の方はオクターヴにはならないので目立ち度は抜群だが、刺激的なので僅かに加わるだけでも変容が感知され易い。

<つづく>

2020年9月 8日 (火)

音楽備忘録398 音楽を演る人にとってのリファレンスヘッドホンⅦ

今度こそ用途別の必須条件に進めてくが、敢えて最初はとってもワイドにしときますね。
聴こえなきゃ困るのって音楽なんかより、言葉だとか意思伝達の方がもっと重要で深刻だったりもするでな


①難聴必至の騒音下でも聴き取れる
②聴力補完
③ソースに入ってる物は全部聴き取れる
④被ってるのに被って無い時にとても近く聴こえる

音楽に限定しなきゃ概念としちゃこんなもんかと思うが、①②と③④は夫々正反対を向いている。
①は現代なら遮音性命ってなもんで、兎に角外部騒音の遮断と減衰を至上命題としたタイプのだ。

俺愛用のKOSS PRO4AAなんて化石級のだと、今のレベルからしたら単純な遮音性ではもう表彰台には乗れなさそうだ。
だがそれも低域に限るとQZ99と共に未だ最高峰かもで、低能率で無演出(低域の盛りが皆無)なのに聴き取れる事でもこれが証明されてると言って良い。

尤も全帯域での遮音性は現代のの方が優秀で、昔だったら考えられない位小さく鳴らしても全く普通に全部楽勝で聴き取れる様になった。
このタイプの最大の利点は誰でも心の平静を保てる点で、普段大きな音に無縁な人でもストレスフリーな処。

それに対し②は所謂補聴器が代表格で、ヘッドホンってよりゃインナーイヤータイプが主流ではある。
しかし俺みたいに外で鳴ってるバスドラは良く聴こえた上で、自分のBassも大きく聴こえなきゃヤダなんて思うとインナータイプでは苦しい。

希少なケースだし健康上特段の配慮も要すが、こんな場合は遮音性以上に低域爆音を楽に鳴らせると助かる。
幾らインナータイプよりゃ大きいったってヘッドホンはスピーカより全然ちっちゃいから、歪み等余計なオマケ無しにこれを実現するのはかなり難しい。

続いて③の代表が音響技師用のモニタで、入ってたら聴こえる為には非音楽的でも一向に構わなかったりもする。
音楽用途のですら何でそんなのが許されるかってば、「非音楽の音」(つまり雑音とか)を洩れなくチェックしたいからだ。

近年は欲張って粗探しと仕上げの両方に対応させたのがスッカリ主流になっちまったが、俺としちゃ何とも中途半端でいけねえや。
ってのも音自体には音楽と非音楽の明確な境界線なんて存在しないし、奏者は演奏音と言い張りプロデューサは雑音だと意固地に断定したりする事だってあるからだ。

更に突詰めてくと例え雑音であっても人が動いてるから出た様なヤツは、リアリティにはある程度必要だったりもするかんね。
この判定には結局は個人差があるけれど、先ずは純粋な音楽用で聴いてみてるべきだ。

その上でアレはやっぱり余計なノイズにしか聴こえないよと、皆が同意出来るかどうかなんてプロセスが要ると思うんだけどな。
粗探し専用に作ったからってその音が雑音かの断定迄してくれる訳じゃ無くて、飽く迄疑いのある確認すべきモノを洗い出してくれるってだけなのよ。

なのでそんな時には④みたいなのがあるか無いかは大問題で、生耳やスピーカ聴取に近い程良いんですわ。
リアルの演奏現場では奏者や観客の出す呼吸・動作等の必帯雑音はある方が自然で、度が過ぎりゃ迷惑だけど無音だったらきっとかなり気持ち悪い筈だよ。

特にそれが大会場で大勢居たら全員がゾンビのコンサートじゃあるめいしって、故に俺言い「ヘッドホンの魔法」に騙されない様に気を付けにゃアカンですぜ。
これについては次回徹底的に掘りますけんども、あまりにも気付かずに居たり失念してる人が多くてやんなっちゃうなもし。

<つづく>

2020年9月 7日 (月)

音楽備忘録397 半導体 vs 真空管⑧

石だと熱対策がプアなのがまかり通ってるのは、球より火災の危険が少ないから。
なんてちぃと刺激的にぶってみたけど、ホントは石だってそんなに危険度が低くは無いんだけどね。

只増幅素子本体だけで論じたら球は実際内部で光る→燃えてる訳だから、火種を持ってるのは確かだ。
又ケチな考えではあるけれど石は熱に弱いので、燃え出す前に逝ってくれるだろうなんて考えられてでもいるんだろうか。

こんなの難癖紛いだが、現に近年になってスマホやノートPCの発火事故は悪目立ちしてた気もする。
これ等の主犯は半導体(増幅素子)では無く充電池だったけれど、保護回路等制御系の半導体が先に逝っちゃってた可能性も拭えない。

それに加え石では温度の最も高くなる場所が極小で、外部との温度差が大きいのも悪い方へ助太刀している。
PCのCPUみたいに内部に温度センサが仕込まれててそれをアプリで常時監視出来りゃ良いが、内臓されてない方が圧倒的多数なので実際どれ位熱くなってるかを正確には伺い知れないのだ。

球だって真空管機器自体は平気でも、設置に問題があれば回りを焦がしたりする可能性は充分にある。
けれど素人が扱うに際し中で燃えてる(普通人は光ると称すが)のが見えたり、それもあってチンチンに熱くなりそうなのが想像し易いのは注意喚起としては良い事だと思う。

ここで半導体の熱問題を端的に表してると思うので、一寸余談だが近年主流の所謂インバータとかスイッチング方式と呼ばれてるACアダプタを取上げとこう。
俺知りの限りではこれ等の入れ物はプラの密閉型で、長時間連続使用するとかなりどれも熱くなる。

ここ迄に記して来た通り熱源本体が極小化すれば、放熱の外部依存度は飛躍的に高くなる。
それからしたら理想としては放熱に貢献できるアルミ等の金属ケースとかにするべきなんだが、コストや電気的絶縁の都合で汎用品ではそんなの皆無に等しい。

これじゃあ中に入ってるヒートシンクの放熱効率が極端に悪くなり、どんどん蓄熱させてるんだからかなりな低消費電力でも段々熱くなって当然や。
近年のこの潮流は言うなれば「非ヘビーユーザー御用達」ってなもんで、素人天国全盛ここに極まれりか。

ってなこって実は小型な半導体を使っても余裕しゃくしゃくな安定度を持たせたきゃ、そんなに全体は小さくなんて出来ないのだ。
球より放熱器必須が多くなる石でご利益があるのは、消費電力・重量の軽減と耐振動性等限定で全部では無いのだ。

恐らく今世間では殆ど顧みられて無いこの点へ着目すると、現代的極小の石のは安価な上他の部分の消耗が激しかったりして使い捨てが向いてる様なのだったらって事になるね。
なので現に業務用電気楽器用のAmpでは一部例外を除いて、音色事情もあって他に逆らって球がまだ主役の席を占拠しているのだ。

ではその例外とはってったら、可搬性を最優先にしたBass用のD級(デジタル式)パワー部を持たせたAmp Head等だろう。
誰にでもBassと認識される音色を得るには、現況スピーカ口径を30cm以下には出来ない。

原理的には最低でも38cmは欲しい処なんで、となるとスピーカは38cmの1個とそれの箱だけはケチり様が無くなる。
単体では能率が下がってパワーもより必要となるので、せめてHeadの方だけでも高効率で小型軽量にしてやっぺって作戦だ。

D級が実用化されて選択肢が増えたのは良い事だけど、Bass Ampとしては致命的な弱点も持っている。
これについては次回辺りで特集!?してみるつもりだが、世の中そう簡単には安く小さく軽くなんて出来ないのの象徴かも知れない。

因みにスピーカでもたった1発で大音量を扱える様にすると、ユニットもハコもゴツくしなきゃなんないから単純な算数の引き算みたいにはなってくれない。
低歪み率の確保等もより困難化するので、それはコストにも当然反映されている。

<つづく>

2020年9月 6日 (日)

音楽備忘録396 音楽を演る人にとってのリファレンスヘッドホンⅥ

鏡ってキーワードが思い浮かんだ処で、改めて用途別の必須条件を整理して行こうかなっと。
その前にヘッドホンって一般的には業務用と趣味用に大別分類されてるけど、業務用の中にはかなりマイナーだろうがもっと厳然とした分類だってホントはあるのだ。

何故それが表に出て来ないかったら、関係者が著しく限られてたりするからだ。
俺がそんな存在を知り得たのは正に年の功で、っても単なる齢じゃ無くどんな時代から生きてられたかなんてったら変に大袈裟になっちゃうかな。

タネを明かすと些細な事なんだけど、それは昔の音響機器メーカの総合カタログ(小冊子タイプの)だ。
昭和も40年代当時は、本邦には海外王手に匹敵する程の会社が無かったからだろうか。

会社自体の宣伝の為か前出カタログに、一般消費者には全く無縁なキワモノ迄紹介されてたのだ。
この傾向はあらゆる分野に及んでいて、俺の中では乗用車のなんかが一番印象深い。

完全な競技仕様だと市販されてるのは全く別物にも拘わらず、この度○○ラリーで□□が表彰台を独占するという快挙を達成しましたなんて類のだ。
当時のカタログはwebとか無かったんだから限られた紙面には、本来ならもっと売ってるののありったけの情報を載せとくべきにも拘わらずね。

でも各メーカの象徴みたいなのが形成される以前では、そんな情報も必要だったし効果的だったんでしょう。
例えば今Ferrariと訊けばバカっ速くてレースにも強そうって多分誰でも思えるだろうけど、それには連綿とした実績が既にあるからだ。

抜け道から本道に戻すがそんなののお陰で、無知なクソガキにとっては「どんなの迄あり得るのか」を知るには実に良い教材だった。
それがどんどん非公表・非掲載になってったのは各業界の機密問題なんかもあろうが、ブランドの確立を成し遂げられたと考えたからだろう。

ヘッドホンで希少種に該当するとしたら軍用のとかで、ヘリコプタや戦車では必需品だったりするからね。
戦車は未だしも航空系のはどちらさんでも昔より確実に増えてるんだから、誰も作って無い訳ゃ無いし昔より量産されてる筈なんですよ。

防諜上半ば当然の結果ではあるけれど、恐らく昔以上にミリタリーヲタ氏以外には殆ど「あるのに」忘れられた存在と化してるですねん。
勿論音楽用にはちっとも適して無いだろうけど、極限状態ではどんなのが最善なのかは大いに参考になるしすべきだと思うんだよね。

例えば近年Drummer用として定番化したVIC FIRTH SIH2、これ筐体は他ブランドからもかなり以前から発売されてたイヤーマフとクリソツだ。
ヘッドホンと違って「耳塞ぎ」には中で音が鳴らない分、余計シビアにしなきゃ「結構聴こえちゃうな」なんて思われそうだからねえ。

つまり○○用だからって○○用だけの範囲で考察・判断してたんじゃ世間が狭過ぎってなもんで、そんなんしてたら正にメーカ囲い込みの思う壺にドップリなんですわ。
身勝手な推測に過ぎんけどVIC FIRTHがあんなの出せたのだって、オーディオ用じゃ無くDrummer用と銘打ったから何とかなったのかなって疑っとりゃーすよあっしは 。

って別に大メーカに敵意があるでも無いんだけど、こっちのニーズがもし希少だったらマトモにゃ対応して貰えんからね。
ぶっちゃけた話しある程度以上のプロだったら練習時に被る必要なんてあんま無いが、駆け出しさんとか埋もれちゃんには大切なツールだったりするんだよヘッドホンってさ。

そんなある面日陰者って世間にあまり出て来ないし、全部さらけたって多分やっぱり世間全般からしたら少数派。
となりゃ社会構造からして最適モデルなんて滅多に出て来る訳ゃ無くて、こっちで知恵を絞って探さなきゃそりゃあ合わなくったって当然でさぁなっと。

<つづく>

2020年9月 5日 (土)

音楽備忘録395 半導体 vs 真空管⑦

前回カーオーディオを生贄!?に考察する中「熱」が出て来たので、今回はこれにフォーカスさせて行ってみるずら
熱→熱いと来りゃ球の独壇場に相違無いが、実は欠点ばかりでは無いのから記してこう。

電気エネルギーで何かさせようとしたら、その効率が100%じゃ無い限り必ず発熱を伴うものだ。(至極当然だが暖房とか調理器具等の意図的なのは除く)
だから素子や方式がどんなのだろうと必ず熱対策は必要なんだが、現況一部の賢く作られたLED照明関係以外は石の対策はおざなり気味だ。

その原因はお仕事の準備段階での発熱量との差のせいで、石(半導体)はスタンバイ状態では発熱が極端に少ない。
故に仮にフル稼働の時間を瞬間的なものと想定すれば、石の方は熱対策を思い切りケチれるのである。

一方球の方はそもそも規定値まで熱くしないとマトモに動きもしないから、スタンバイ時の熱さや消費電力の非効率さは酷いってば酷いもんだ。
けどその代りフル稼働させたからって熱量の増加は石より割合的に全然少ないし、「熱いのが当り前」なのでこれに依る熱劣化は石と比べりゃ心配がとても少なく済む。

加えて球は石程大きな電流を流せる物なんて作れなかったので、アイドリングとフル稼働時の熱的落差も少なくなっている。
これ等から放熱方式やその量に違いが生じるが、その最たるのが所謂「ヒートシンク」(放熱板とかフィン)の要不要だ。

苦労して折角小型化出来た半導体でも半ば未解決なのがパワー系の放熱問題で、なまじ小柄なせいで却って本体だけでは必要な放熱性能が得られなくなってしまったのだ。
外からは見えなくてもPC用ATX電源もその出力段では例外では無く、冷却ファンを併設した分ケース内に収まる程度に小型されてるに過ぎない。

コレどんな烈風で煽ろうとも小さい→表面積不足は致命的だし、筐体の材質がそもそも高温に弱い。
んじゃなんで球みたいにガラスや鉄の入れ物にしないのかってば、それだと内部を封入・固定するのが困難だからだ。

耐衝撃性等でも樹脂より固いガラスは不利だし、加工性の良い金属だとその殆どは電気が流れてしまうから困る。
球で金属管でも平気なのは「中と外がくっ付いて無い」からで、入れ物に通す足だけその部分に電気的絶縁体を巻いてやりゃ済む。

又コストにしてもしかりだが、それ以上に造形性の事情もある。
球は内部がどんな形だろうと、収まりさえすりゃ入れ物の形は一定で構わない。

だが石は極小の複雑なのへ隙間無く密着させなきゃなんないし、パッキングする際に内部構造を変形させたりしてはならない。
それには中身は溶けないが外はって融点のじゃなきゃなんなくて、結果的に樹脂(プラスチック等)を用いるしか無くなっているのだ。

因みに樹脂にだって耐熱性の高いのも一部にはあるけれど、その手のは往々にして上記造形性に劣るのしか無い。
何れにしてもこれ等から結果的に耐熱限界温度が球表面で約250℃、石内部で150℃程度が相場となっている。

この値にしたって石の方は封入内部だから実計測がほぼ不可能だし、「使って無い時」のものなのだ。
豊富な体験からすると安全に連続運転させるには、石はその外部をギリギリ手で触れられる程度迄にしとかないと厳しい。

樹脂はガラス・金属等より熱伝導率が低いのもあって、内外の温度差が大きいからだろう。
仮にこれが平気だったとしても超小型の電気に依る発熱は瞬時であるから、外部でヤバイとハッキリ分かる頃にゃもう多分中はスッカリ溶けたり焼き切れちゃってるさ。

球だって全くこれが無くは無いが筐体がガラスだったら、内部のプレートが赤熱してるのなんかが目視出来る。
寿命や初期性能の維持にはそうならないのがベストだけど、内部が「真空」なだけに赤熱したからって途端に溶けて変形したり壊れたりはしない。

そもそもご先祖様の白熱電球なんか、わざとそうさせて光を得てる位なんだからね。
勿論そのせいでLEDより短寿命になっちゃいるが、元がそんなワイルドな構造なだけに耐入力電圧を1V超えたからって直にオシャカになるヤツなんて皆無だ。

しかし石の方は小型の為にある意味限界設計になってるが為に、基本的に「ルールは絶対」で融通は利かない。
それなら石だって「絶対壊れない範囲」でしか動作させられない様に作りゃ良いんだが、諸事情に依って大多数はそうされてないのが実情なのだ。

<つづく>

2020年9月 4日 (金)

音楽備忘録394 音楽を演る人にとってのリファレンスヘッドホンⅤ

当拙ブログでは頻出してる「過剰演出音色」であるが、これが厄介なのはパッと聴きでは先ずそうは感じられない場合も多い処だ。
音質の正確な再現を語るには印象と現実の不一致の考察が要るので、そこから始めさせて頂こう。

☆生耳と生Micでは最初から違う音になっている
のっけから異様な文脈になってるが、それは主に是又再登場の「人耳の弁別能」のせいだ。
Micは良く云や正直・悪く云やKYってなもんで、要るのも要らんのも音ならまんべんなく拾ってくれちまう。

それ処か時には振動さえ…これは使う側の瑕疵でもあるが、それに対し人耳には極力「聴きたいのだけ聴く」ある意味とっても我儘な機能が備わっている。
だから無意識で居れば居る程この機能が活躍しちゃって、無興味なのには実際よりかなり僅かしか記憶に残らないのが常なのだ。

ここは暴言無法地帯なので敢えて誇張例示すれば、真っ裸の美人の隣の地味なブスの方を良く覚えていられるかってな状況だとでも思っとくれ。
健康体の一般的な嗜好性の男性であったなら、裸の方だけを詳細に記憶してたって当然でんがな。

でも実は一見地味ブスに見えた方が両者すっぴんにして、脱いだらもっと美人で抜群なプロポーションの持ち主かも知れない。
しかし「眺められるだけ」だったらそんなの確かめられなくって、音だったら聴き手が完成作品に既に掛ってるEffectを勝手にOffになんて出来ないって寸法なのだ。

Liveであれば懇願したら一寸やって貰えるやもだが、録音物に対してだったら絶対的に不可能だ。
勿論録音技師はこの現象を熟知してるのでなるべく人耳に近付ける努力はしてるが、仮にどんなに成功したとしても奇抜な「個人差」に至ってはどうにも非対応だ。

少々ドぎつくて済まんが俗に言われたオッパイ星人だと、最初から胸が豊かじゃないと興味を示さなかったりするからね。
耳は例え補聴器等を使ったとしても「他人の耳を借りて聴く」なんてあり得んから、各自の好みに応じた聴き方しか天然状態じゃ存在し得んのよ。

すべからく技師であれば訓練・研鑚を積んで冷徹な分析力獲得を目指してるが、音楽家に対してそれは諸刃の剣にもなり兼ねない。
これは気持ちに任せるべき時に分析耳が出て来っちゃったりする事もあるからで、不可能では無くても常に意識して使い分けるのはとても大変だ。

それに一々意識しなきゃなんなくなったらある意味「操作」が要る訳だから、必然的にミスも出易くなる。
聴くだけで良いなら未だしも奏者だったら弾く方がもっと大事だから、この切替を「頭だけで」やろうとしたら虻蜂取らずになる事請合いだ。

では手前味噌に過ぎんがどうして俺は兼業でも大丈夫かっつったら、単細胞なのもあるだろうが幾らも意識なんてしないで対応出来る様に訓練されてたからだ。
これを一番端的に表出してるのが絶叫歌の録音で、全身全霊で声を振り絞りゃどんな爆音を鳴らしてたってとてもじゃ無いが他の音なんて全部は聴けない。

寧ろあんまり伴奏とかが詳細に聴き取れる様じゃ、録れた歌声は魂の叫びから程遠くなってるだろうからね。
こんな風に人自体が特定目的時以外は「絞って聴いたり聴こえたりする」のが自然なんで、過剰性能ヘッドホンのお陰なんかで「聴き洩らすべき音が聴こえ」ちゃ不味いのだ。

この罪!?が極まればド派手な伴奏に、誰にも気付かれない程地味なソロパートなんて不始末も招き兼ねんですぜ。
弾き方や弾き加減で「出したり引込めたり」を習得するには、全部が一様に引っ込んだり出張ったりする様じゃ障害になるんざんす。

せやさかいなるべくニュートラルなのが良いけれど、せめて派手でも地味でもその中でちゃんと突出したり埋もれたりして聴こえるのじゃないとどうにもならんのよ。
これからしたら①お楽しみ用②分析用だけじゃ無く、第三の存在として「鏡みたいな」存在のが演者には最適だし必要なのさ。

<つづく>

2020年9月 3日 (木)

音楽備忘録393 半導体 vs 真空管⑥

球(真空管)の大雑把・いい加減とは性能のバラツキが根源だが、石だってディスクリート(非集積素子)だったらそんなに大差は無い。
のになんで実用上かなりの差が出るかったら、回路に対する考え方が正反対に近いからなのだ。

取扱いがシビアになっても正確無比なのを望めば、もう石でしかそれは殆ど不可能だ。
純粋な技術面だけなら球でも似たのは幾らでも組めるけれど、コストや大きさもだがそれ以上に消費電力と排熱量の多さが個人では全く手に負えない。

結果的に球を使いたきゃ石より古典的・原始的な回路で我慢を強いられるが、回路構成・方式の選択だけで所望の音色は得られるもんでもない。
それは石だと「音の良い」或は音楽用途に最適な部品の供給に難が多く、極一部のニーズが安定してるの以外はすぐにディスコンにされちまうからだ。

出した時点で好評を博しても、あから様な進歩・進化が無いとメーカが使ってくれんのですわ。
これは音色的に決定打が中々出せないのと、「今迄に無かった物」であれば既に所持してる人も興味を示す等に依ってると思われる。

実は球しか無かった時点でもコストその他を度外視すれば、素人に分かる程の性能差は今の石のと大差無い処迄既に到達していたのだ。
なので余計に大きさ・重さ等の外見だとか、機能・コスト・電気的性能等の「数字」で差を強調するしか無くなってるのよ。

勿論それ等だって使える環境がより自由なるとか、お手頃価格になるとかご利益は大いにある。
ので球ヲタとしては敢えて「石の利点」を以下に綴ってくが、同時に「盲点」も併記しとくから各自良くお考え下さいましよ。

①増幅素子の内部構造上石のは基本的に封入完全固定されてるから振動に強い
②発熱・消費電力共石の方が最低限を低く出来る
③小さく軽く出来る

これ等からすればポータブルタイプには圧倒的に球より向いてるが、カーオーディオ用として考察してくと必ずしも額面通りとは行かなくなって来たりもする。
ので、ここから上記夫々に秘められた盲点を列記してみよう。

❶❸小さいが為に「素子の足」等は案外弱い
❷小さい故に放熱が不利になるのと、アイドリング時とフル稼働時の差が極端に大きくなる場合が多い
❹概述だが増幅素子だけ適正に勝ってても周辺部品のせいで必ずしもそれを活かし切れない

続けて内容面へ迫ってくが①についてほぼ忘れられてるのが、最早絶滅同然だが球にも低圧・高耐振動のがかつてはあった処。
このポータブル用の球は今では性能・入手性・コスト等に難があるからほぼ幻だが、これからすれば原理的に一概に球が不利・不適とは断定出来ない。

❶❸に関しちゃ体が軽けりゃ足が貧弱だってへっちゃらになっては来るけど、汚れ
や熱(温度差)等からの劣化マージンはかなり少なくなっている。
更に足自体の他それが付けられている部分の耐性に差があって(主にガラスや金属[球]か樹脂[石])、石は折角中身が丈夫でも黎明期の金属筐体のと比べると強さがアンバランスになっちまった。


②❷については設計マージンがモノを言うんだが、業務用PA等と違うのでどうしても小ささ軽さが優先されがちだ。
なので屁理屈全開だが最悪はオーディオ機器自体は何とか無事でも、隣接機器を熱でやっつけちまうなんて事も。

放熱は小型化させる程機器全体表面への依存度が高くなるが、小さくなりゃ狭い処へ押込められるのが常になる。
これが車載じゃ無きゃ機器周辺の空気が自由に動けるケースが多いけど、ダッシュボードなりセンタコンソール等まるで「机の引き出し」に入れっ放しで使う様なもんでんがな。

何しろ只点けただけとか軽く鳴らしただけだったら幾らも熱くならんので、設置時にそれがとても予測し辛い。
過去体験では機器は平気でもこの熱さのせいで、カセットテープの寿命が極端に短くなったりしてましたよ。

❹については石回路の諸悪の根源!?たる電解コンデンサ等は短寿命で、なまじ小さく込入っててハンダ付けされてるだけに球の交換よりかなり面倒だ。
おまけに電解コンデンサは熱にちっとも強かないので、直ちには壊れなくても熱い高温環境で使われる程寿命は露骨に短くなっちゃうんだよねぇ。

とは云え車本体の寿命や経年での税額増加等もあるから、今時余程のヲタ氏以外に球を勧めたりゃしませんがね。
でも上記の様な実態なんで石だったらかなり他方面に亘って、余裕を持たせた使い方をしないとリスキーには違いないのよ。

<つづく>

2020年9月 2日 (水)

音楽備忘録392 音楽を演る人にとってのリファレンスヘッドホンⅣ

前回後部が見事な尻切れトンボになった気がするので続きから行くが、奏者でも自身の担当限定で即席PAアシスタントに変身する場合もあったりするのだ。
弾かない或は全く弾けない技師さんにとって、どんなに本職がハイレベルでも奏でた音なのかどうかの判断は困難だったりするからだ。

パッと聴きノイズっぽく感じられても、奏者氏が気紛れでわざと入れたりしてるかも知れないでしょ。
ご存知の古株さんには耳タコ話しだが、その昔CharがClaptonの教則用録音をした際の逸話なんか典型的だ。

技師氏曰く「演奏はとっても良かったけど、残念乍ら歪んじゃってるんだよね~…」と、折角原点に忠実に意図的に歪ませたのに録り直しを要求されたんだそうな。
今なら笑い話でしか無いがもしエレキGuitarにわざと歪ませる奏法があるのを知らなかったら、貴方も俺もその場に居合わせたら同じ事言っちゃってたかも知れへんで。

もしプロデューサやエンジニアがBeatlesの所の人達みたいだったら、かなり早期にそんな斬新なのも理解されたかも知れない。
でもそれだって奏者本人に最低限の確認位は取れてからじゃ無きゃ、飽く迄「推定」の域を脱せない。

しかしこんなのは奏者にとっちゃ演奏の中では限定的な場面で、PV等の録音場面でCD-900被ってたのは特例だったかも知れないのだ。
最近では音楽雑誌でも達人の「お宅訪問」企画等も減った様だし、そもそもネットの普及と活字離れの進展でそんな彼等のこの方面での真の日常は益々知り辛くなっている。

身近な例として現行Bandの休養中Guitaristのを大サービスで例示しとくが、彼の現時点での一番有名な仕事は格闘技団体のテーマ曲だ。
今は本人曰く「オリジナリティに溢れるが普通のRock」だそうだが、大元は伝説のMetal Bandの創始者にしてLead Guitaristだった。

それでか今でもピッキングハーモニクスを妙に多用したがる癖があるが、それからしたら常用ヘッドホンだってゴツくてヘヴィなのだろうと勝手に予測していた。
のが修理の関係等で宅訪してみりゃSennheiserのHDシリーズを愛用だそうで、それってオーディオヲタ様御用達な上RockよりゃどっちかったらClassic向きのヤツじゃないのさ。

どうやら様々なジャンルや音色の氾濫する中でMetal的魅力を追及したかったらしく、大袈裟かも知れんが本気でオケのViolinとかとも対抗して勝とうとしてるらしい。
つまりボクサーのくせに相撲取りと相撲しても勝つぜみたいなwww、でも確かに最初から興味のある人だけに訴えてたんじゃお客さんは従前より増やし難いし世間に広がらないよね。

俺達の古くからの親しい仲間だけにこんなのは変人級だが、前述にあるが如くかなりStudioの仕事も多かったのにCD-900持ってないってさ。
彼は今は体調等もあって貧しさは俺といい勝負だが元はリッチで、それ故楽器は限定品だとかちゃんとした防音室だってあるから買う意思があったならとっくに持ってた筈だ。

結局俺等3人の中でCD-900持ってるのは従兄だけで、本人曰くPAとか録音用だそうで。
因みに彼は元オーディオヲタにしてヘッドホンの方はまだプチヲタで現役らしく、立場上Drummer用ヘッドホンが多いが他にも色々あって使い分けている。

そして休業君は楽器の音も含め本来はスピーカモニタ派、従兄はどっちかってば詳細に聴き込みたい時は昔からずっとヘッドホン派って感じだ。
俺の場合はずっと奏者と技師の兼業なのでその様な分類は不可能だが、日常的にあらゆる聴き方をしなきゃなんなかった体験からすると一番安全なのは球って結論に至った。

確かに詳細ディテール等はモノに依っちゃ石の方が明瞭だが、全体の印象変化が球の方が圧倒的に少ないからだ。
しかしヘッドホンでは聴取状態から雑音が目立ち易い等で、現状では不使用だし早急に用意するつもりも無い。

けれど現代本邦一般にはマイナーだが、ヘッドホン側でかなり音色低演出なのがまだあるのを知ったのが大きかった。
この件は次回に掘ってくが、実際はどの程度の感じなのかを知りたい時はそれ等を限定使用して凌いでいる。

<つづく>

2020年9月 1日 (火)

音楽備忘録391 半導体 vs 真空管➄

電解コンデンサのお次はこれにも関係してるけれど、平均的な部品点数の差についてだ。
実は本質的には増幅素子が球だろうと石だろうと無関係なんだが、現実は見事に球:必要最低限・石:搭載最高限みたいな様相を呈してるのだ。

その訳は後述するとして、修理に際しては部品数が少ない方が通常有利なのは論を待たぬ処だ。
尤も交換部品代は必ずしも数と正比例はしないもんだが、現況AIロボとか人力レスでは直せないから人件費の多少の方がモノを言う。

更にもう1つ懸念されるのが不良個所の見落としで、ミス以上に要修理の判定が問題だ。
例えばある程度の劣化が認められても、それが当分の間は全体の機能に一切影響しない箇所なら必須では無くなる。

必要性があるとしたら修理では無く「オーバーホール」とか、「新品状態に極力近付ける」等の要望があった場合限定とするのが普通だ。
これは依頼者がどの位の期間使用継続したいのか等に左右され、半年持ちゃ良いのに数年分の費用を請求して最適な訳ゃ無いからね。

これ等を無視したとしてもそもそも複雑だと、仮に総部品数100の内たった1つの不良で不具合を発症する事だってままある。
つまり1%のせいで憂き目を見る可能性を秘めてるとも云え、複雑化せざるを得ないの程Simple is Bestが重くのしかかって来る。

では何故石のではこれが分ってるのに盛られがちになるのかってば、球では困難な高機能・多機能化もあるがとどのつまりはローコスト化の弊害が主体なのだ。
どうゆう事なのってったら非最適だが爆廉価な部品だけを使って、補正・補足回路を追設して所望性能を得ようとしてるからなんよ。

実際電気物理的性能を極めるには増幅素子が何だろうと補正・補足回路は付けないと苦しいけど、それを音に限定すると実質的にはホントは意義がとても低いんですわ。
暴論スレスレですが拙ブログですんで吠えちゃえば、盛りアプリとか化粧で及第点を獲得された方みたいなもんなんてな。

これが人間様だったらそんな優れた「盛り技術」をお持ちなら、ニーズやTPOに合せた修正だって自力でお手の物。
でもAmpは入って来た音に合わせて盛りを変化させたりなんてロクに出来ないんで、盛れば盛る程「絶対に合わない音楽」が増えてっちゃうのよ。

なんだけど音機器の場合買う前に「1週間試聴しました」なんてのは稀なので、売り手の立場としちゃ「映え命」にしてんだよ。
実用上は毎月買換えるとか聴きたいジャンルの分だけの台数を買う奴なんて先ず居ないから、幾ら流行ってても映え命じゃちっともニーズには合ってないんだ。

が、だからって「駄目出し前に必ず1週間掛けて」って言われても皆が受容れられるもんじゃ無いし…。
それから貧相な部品を使うと耐久性が劣るが、この耐久性にも実に多様な側面がある。

必要な性能を発揮するのに余裕が殆ど無いので寿命だって最低限になっちまうが、それより深刻なのは融通が全く利かなくなる処だ。
絶対に想定外のトラブルが起きないなら別だけど、専門家じゃ無い一般が扱う機器にはマージンは多い方が良い。

当然近年の石のだってそれなりに配慮はされてるし、各種保護回路の充実の面では昔のより手厚い位。
だが楽器用のは未だしもご家庭オーディオとかだと、例えば100W迄出せますって書いてあったからって一定以上連続でそうしたら幾らもしない内に大抵は壊れてしまう。

これは基本的には表現に罪があるんだが、その100Wが1つには「絶対値」な事が多いからだ。
これに関連する2つ目の問題が、どうやって素人が厳密にそれを管理する或は出来るのかが無視されてる処。

結局の処少なくとも本邦では「どうせ家でそんなで鳴らし続けらりゃしねーだろ」と、確かに大抵はそうだろうけどある意味ユーザーが舐められてるも同然なのだ。
球だって限界はあるのに何故石程は心配しなくて平気かったら、「元から大雑把でいい加減」だから。

って随分な言い草だけど、要は「いい加減」が「好い加減」として作用してくれるからなのだ。
その秘密!?は次回を乞うご期待!?。

<つづく>

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