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2020年6月 7日 (日)

音楽備忘録305 エレキのPU選択とToneのセッティング⑩

又しても中途半端なタイミングでの念押しになっちゃうけど、誰にでも真似しろなんて強要する気は毛頭無いんだからね。
只既存の知れ渡ってる方法で行き詰ったりした際に、参考にはなると思うから読んどいてってなつもりですだ


さて今回どうして俺が一旦止められてたR君独自のを復活させたか、先ずはもう少し掘らせて貰っとこう。
端的には過去名作での「一番美味しかった」のにどうも近付けねぇなぁから始まったが、それは単なる音色よりもニュアンスの方の問題が主軸だった。

事後分析からすれば近年の機器や録音方法だと、耳に聴こえるよりアタック音が短め鋭目に記録されるのに由来している。
昔々は録れば必ず実際より鈍るのが当り前で、生演奏を聴くにしても今程ご丁寧PAじゃ無かったから「エアクッション」でやはり緩和されてたんだろう。

ではアタック音が「短過ぎ」「鋭過ぎ」「細過ぎ」となるとどんな害悪があるかが焦点になるが、人耳の検知速度を上回る可能性が出て来るのが不都合なのだ。
自然界のまんま状況下ではエアクッションや残響等で、アタック音は普通必ず膨らんだり鈍ったりする。

一寸馬鹿みたいだがそれだから「聴こえる様に弾いときゃ必ずそう聴こえる」が成立してて、これが不成立となれば演奏加減は困難化するしダイレクトな表現は不可能になってしまう。
他楽器ではDrumsetのOn Mic収録等にもこの傾向は強いが、この点は本来なら演奏家じゃ無く技師側が解決すべき問題だ。

しかし残念乍ら本邦では外国人としゃべれる様になる英語を学校じゃ教えて貰えんのと一緒で、技師側に必要な音楽知識を持った者が年々減ってってる有様だ。
ミュージシャン側だって伝統古典系統の人の中には、電子機器操作スキルなんてスタッフたる下々の者がやりゃ良いんだなんて上せてるのもちらほらと。

こんな処でもたらい回しだなんて恥ずかしいがそれ以上に発祥国と比べて圧倒的に不利なのは、どっちにとっても選択肢が限られてる処だ。
歴史が浅いと色々気を付けないと足りない物が多くなるもんだが、単に昔から少ししか無かったってだけでは済まなかった。

それは私的思考に過ぎないが、その時点でその筋のベテランも少なかったのに由来している。
少し時代遅れになっても後で使い道のある設備や機器を、古いってだけで安易に破棄しちまった処だ。

それが自分のスタイルだからまだとっといて~って言う奴が少なくて、闇雲改革派に負けて捨てられちゃったってな。
今頃になってしまったと気付いても製造会社は大規模化し過ぎ、昔よりは減ったニーズにもし気付いても勘定が合わないから再生産不可能だなんて…。

環境が変化すれば同じ物を聴いたって印象変化があっても不思議じゃ無いが、それだけで俺聴点では今の方が楽器音質が劣化する訳は無いと必死に探索中なのである。
このR君のコンデンサの件も長期視点から分析すりゃ、一時的な物だったのが理解出来る。

’60年頃開発搭載されて以降お休み期間は’80年代途中~’90年代途中だけで、通算60年の中でたった10年位の気紛れ若しくは失態だった事になる。
音楽用の道具の可否はかなりの期間使ってからじゃないと判定不可な部分も多く、現行方式の打込みだってその命がどの位残ってるかが怪しくなって来た。

俺は必要性が無いのとそれに相応しい端末を不所持だからやって無いが、ネットを通して様子を伺うと打込むより「切り貼り」の方へシフトしつつある様だ。
そう云や鍵盤用のラックタイプの音源はまだ残ってるが、所謂ハードMidi音源は製造中止になって久しかったっけね。

<つづく>

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