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2020年4月25日 (土)

音楽備忘録262 バスドラペダルとフレージングⅦ

足首踏みに対しては取敢えずはバネの過大張力を避けりゃ良いが、Slide奏法の方は近年本邦で常用者が減少傾向にあるせいか正確な情報が足りて無い様だ。
そこで勝手にここぞと思って出張って行くが、ペダルは太鼓奏法の中でも道具依存度の高いのを先ず認識されたい。

けれど大変重要なのが演奏に好都合なのが特に初対面時に好印象とは限らないのがペダルってもんで、ドラムスティックなんかと正反対に近いかもな処だ。
お馴染みの手と足一緒論で言うとバチ対ビータでは、最低でもバチの指と手首の分がペダルに支配されいるに等しい。

足だって足首も股関節も使うからこれだけだと一寸変かもだが、肩甲骨は半ばフリーだが腰はスローン上で少なくとも上下方向は殆ど動かせないのに依る。
肩甲骨を固定させず柔軟に構えてるとあわよくば(達人なら意図的に)、腕のみならず肩の重さだって活用出来るケースがある。

これからすると手よりペダルを常用する足は、人間様が調節出来る箇所が少ない事になる。
人の関節にだって独立した専用脳ミソなんて付いちゃいないが、ペダルには感覚神経は付いていないからやはり何かしらの相違はあると考えて然るべしだ。

概述重複御免で先ずはフットボードの摩擦係数から行くが、これにも設計上の奏者履物がどんな設定かから始める必要がある。
私体験からすると基本設計が概ね’80年頃を境として、それ以前のは革底・それ以降のはゴム底対応と思われる。

これが後者では溝無し模様のフットボードも出て来てるが、これを安易に滑り易いと思ってる奴が居たらそいつの頭の方が滑ってる。
ゴム底前提だとしたら接触面積が多い程滑り難くなり、例外は主に「濡れてる」時だけだ。

F1のドライ用スリックタイヤに溝が無いのはこの為で、片方がゴムの場合はその相手は平滑な程グリップ力は強くなる。
人の印象としちゃどうしたって金属のツルピカが目に入りゃ滑りそうと身構えても仕方無いが、ペダルの側から靴底を眺める想像でもしてみて頂きたい。

次に足首主体Double StrokeとSlide Doubleの各適正へ進むが、乱暴に言うと足首主体の方だったらフットボードの摩擦係数の影響は殆ど無視しても構わない。
これは俺言い柔軟アップヒールと良い勝負で、足の何処か一部がフットボードに常時触れてるケースが多いからだ。

しかも奏法上過張力バネが元々不向きで足首で無理無く踏める位なら、強い力が掛って無いから滑って踏み外すのも起き難い。
今迄接触してて滑らなかったのが滑るとしたら接触力が変化したか、僅かでも左右方向へ所謂ベクトル(方向)の傾きが生じる必要がある。

左右方向に平らであれれば滑るのはほぼ前後方向だけになり、そうすると位置はズレても足がフットボードから完全に逸脱する様な事は簡単には起ない。
強いて細密に追及するなら関節が「一番外側の端っこ」に付いてはいないので、肉体を滑らかな動作にさせるにはフットボードは前後方向への多少の滑りを許容してくれた方が良いとなる。

一方Slideの方はその名の通り滑らせられないと話しが始まらんから、特に前後方向で途中で引っ掛かる様なデザインになってるとやり難い。
こうして見るとフットボードにもし溝が掘られてるなら、横じゃ無く縦方向の方がどう使うにも適してるとなる。

尤も革底対応のへゴム底でとかその逆をしちまえばこれ以前となってしまい、どんな履物か若しくは裸足でどんな肌質かとペダルはセットで考えなきゃ意味がありませぬ。
今のご時世だとこれを一々注意喚起しなくても考えていそうなのは、例えば草履とか足袋を履くのを常としてる人位だろうか。

<づつく>

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