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2020年2月14日 (金)

音楽備忘録191 On Mic収音に適した太鼓奏法①

前回迄の騒動からOn Mic収音に適した太鼓奏法、なるものを考えてみたのでそれを暫し。
今は昔みたいな典型的なStudio Musicianは居ないみたいだから不要かってばさに非ず、PAレスが珍しいとなればほぼ全員に関係すると思うが如何だろうか。

先ずは¥10玉騒動!?等最近色々あったからバスドラから行くが、ホントは生音が何より大切だが少なくとも大御所以外はそんな悠長な事を言ってられないかも知れない。
Beatlesみたいに出したままが必ず拾って貰えるなら良いが、それにはAbbey Road Studioで重鎮と認められでもしないと確証が持てない。

又仮にMicやそれの扱い者がOKでもそれが漏れなく再生できる状況が整ってるかが問題で、これに関してはBeatlesでさえ全然駄目だった位だ。
そもそも悪い意味でのPA依存度が高いせいか、Rockに最適音響のホールなんて概念すら見当たらないのは個人的にはとても気になるが。

こんな状況だからヲタとしては孤軍奮斗を辞す気は毛頭無いが、普段の世間でそれを求めるのはお門違いになりそうだ。
そこで考えるべきは誰よりも明瞭なアタックを求めるとかじゃ無く、「望まずに極端に明瞭度が落ちる箇所を無くす」のがテーマとして相応しいのではないだろうか。

通常運転時からボケボケじゃ流石に不味いが、人並みの明瞭度が得られてるなら勝負ポイントはそこじゃ無い。
何処のLivehouseだろうと奏者別の微調節はするにしても、基本的には平均値を基準に必要な音色が得られる様にシステム構築がされている。

それからすると近年Metal系専門店!?等では、わざわざ¥10玉なんか貼らなくても最初からそれに近い音色になる様に恐らく設定してるだろう。
これ等PA系の助力は有難いし助かる事も多いが、その上へうっかり胡坐をかいてたりしたらボロが出る。

ここで高品位PAを4K映像と例えるなら、下手すると現実より細部が強調拡大されて表出するってこった。
だからアベレージの明瞭度より一番ボケちゃう処がどの程度に抑えられるかが勝負で、なまじ他の場所が生より明瞭化してるであろうだけに余計差が目立つと考えられる。

もしかしたらこれへ忖度し過ぎて音色変化量に乏しいドラムセットが増殖中なのかもだが、前回迄の従兄宅での騒動に使われたのはSnare以外はこのタイプででの話しだ。
PAにしても太鼓にしても言い換えれば増幅器と楽器、所詮「器」でしか無いと名乗ってるんだから道具だけで手に負えるもんじゃ無い。

そろそろ奏法の具体内容へ進めてくが、これからすると強力Closed踏みは条件限定の技とするのが相応しい。
それは脚が異常に素早く動かせるとか、16分音符は使いませんなんての限定だ。

経験者なら思い出せば気付くだろうが、PA氏にバスドラの音下さいって言われてDoubleしか踏まない人がもし居たら手ぇ上げてーだ。
踏む方だって調整する方だって普通は例外無く、シングルを基準にしちゃってるしそれが間違ってるでも無いよねえ。

そこで目的は違ったが俺は従前強力Closed踏みしてたのを止めちゃって、常用となったSpeedkingの特性も利用して必要時以外は俺言い「柔軟Closed踏み」に統一している。
この目的の中には是又俺言い「John Bonham病」の回避も含み、脚が強過ぎる若しくは重過ぎる人に起こる好ましくない音色変化の事だ。

俺は彼みたいにノーミュートでは無いが、それでも打撃直後にビータを圧着出来た場合とそれが無理な場合の音色差は以前からかなり気になっていた。
バスドラなればこそフォルテシモの時でも豊かな低域成分も欲しいが、Bonham氏のAccent時はアタックの強さは素晴らしいが低音がお留守になっている。

折角爆音になって強くてもそれ迄がとても太い音になってたが為に、強さの割に何となく軽く感じられるのが俺は気に入らなかった。
加えて年々Slide奏法による連打数も増えて来ると、Slideしてる最中は押付けるのが不可能で「止めらる頻度」も低下するからだ。

連続Slideは自分にとって武器ではあるが、プチ自慢のネタにはなっても個人的な本来の目的はフレーズの多様化や独自性なのだ。
それには「フレーズが分り易い」とか「フレーズに左右されない」音色が欲しくなって、「Closed踏みしなくてもそれなりに明瞭なアタック音が得られるペダル」の面でもビータ込みでSpeedking一辺倒になったのだ。

因みに現代ペダル比だとアタック明瞭度の絶対値は今のの方が勝り、但し耳に痛い硬い音色で低域との併存は不可能だ。
この点で現代ペダルは「出そうとすれば」出せはするが、大して意識せずに踏んだ場合の明瞭度は実はSpeedkingの方が上だった。
古い楽器って他のにしてもパッと聴きでは寝ボケ感が無くも無いが、「一番厳しい時にどうなってるか」へ耳を向けると未だ使われてるのがノスタルジーなんかじゃ無いのが分かるってもんだった。

<つづく>

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