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2020年2月

2020年2月29日 (土)

音楽備忘録206 電磁Pickupの強弱に対する反応②

拙ブログで時々コア系ブランド名を登場させると己は布教活動しとんのんかいと誤解されそうだが、筆者は他人の趣味嗜好には関与しない主義なのを念押ししときたい。
只興味が薄いからって知らなさ過ぎのままでいると、好きな物の真の特徴とか自分との相性をはかり損ねる事等もあるからだ。

今回は前回最後の少し妙な記述!?に基づきRickenbackerのPickupの特殊性から行くが、それは風貌や構成では無く設計思想の事だ。
今じゃあ無事!?「図々しいオッサン」になれたからかロクに気にして無いが、俺の若い頃は自Bassの破壊力アップに血道を上げていた。

楽器を始めた初期からマルチ傾向があったからかもだが、唯でさえ音域が低いBassを派手に演出するのは中々至難だった。
時にはGuitarに対抗してJack BruceやTim Bogertばりに歪ませてみた事もあったが、どうも音色はバッチくなるし明瞭度が落ちるので宜しく無かった。

それ以上にフレージングや編成次第ではそれでも行けるが、俺の場合は何でも演ってみたかったから使えない時があるのを自分の標準Toneには出来ない。
それとは別に特に昔の本邦ではGuitar Amp重視・Bass Amp軽視の傾向が強く、したくても余裕のある使い方が出来ないのが常だった。

要するに歪ませたく無くてもパワー不足で、ギリギリ迄絞り出させないとまともに聴こえんってね。
そんな悪環境下で演ってるのがハッキリ聴かせられるのってのがリッケンタイプだけで、そうなるメカニズムの解析が完了したのは極最近だ。

してこれがPickupの設計思想違いな訳だがどうってば、他のより幾ら無理弾きしてもPickupでの磁気歪み(音色)が起き難い処だ。
それに加え概述だが音色個性の「帯域」の相違で、他のよりAmpで歪ませても明瞭度を損ね難いのがある。

これを論ずるに際し例に依って予備知識だが、Bassの弦高は当然Guitarよりゃ高い。
しかしコントラバスより短い弦長で近似な音域を得ようとするので、Guitar比較だと実用上のテンション(弦張力)は弱目になっている。

ここでの張力ははじく時にどれだけ硬いかの意味で、これが軟らかいとそれだけ弾く度に弦がPickupへその分接近するのに繋がっている。
音域差もあるがFender系でもBassの方が磁気歪みが出易いのはこのせいで、Fender系でもどんなに掻き鳴らしても絶対ポールピースに弦が触れない程PUを下げてれば磁気歪みは殆ど起こらなくなる。

尤も理論的には不適切でも俺言いFenderスラッパーはポールピースへ弦をぶつけるのが至上命題な如く、どうしたらいつも必ずぶつけられるか日夜研鑚している。
どうしてそんなにするかったら、それ以外の方法では典型的な「あの音色・ニュアンス」が得られないからだ。

例えPUカバーに多少傷が付こうとお構い無しで、それでもカバーが樹脂製で金属打撃音は発生しないから許容出来るのであるが。
なのでPUをデフォより近付ける奴は居ても遠ざけるのにはお目に掛った覚えが無く、そもそもGibsonやリッケン系では設計上Fender系程間隔が寄せられないのも多い。

では本題へ参るが考え方がどう違うってば、リッケンではダイナミックレンジ確保目的で磁石は「弱くしない」処だ。
そのままではサスティーンに不利なのをスルーネックやデュアルトラスロッドで補って…、ってそれだけじゃやっぱ無理なのでFender系よりPUが弦から遠目な設計…。

で終いにすると単なる設計ミスになっちゃうが、実用上は近くで弱い磁石より遠くで強い磁石の方が余韻の最後の部分に対しては良く拾えている。
PUが低感度だとAmpの雑音に埋もれて負けるからで、私的には電気系統すら生楽器に近い考え方の様に感じられる。

もう1つの個性帯域の件も大いに関係ありで再出だが、Fender:低・高域,Gibson:低・中域,リッケン:中・高域に夫々の個性が存在している。
本案件でこれが介在するのは個性のある帯域に大きな変化があると個性が薄まる処で、更に明瞭度や音程感にも悪影響が比較的大きく及ぶ点だ。

それ故音色を弄りたくてもこの帯域を弄り過ぎると負債の方が多く、夫々に出来る・出来ない事が生じて来る。
噛み砕いて言うと「個性の無い帯域」なら思う存分に弄っても、明瞭度や音程感に悪影響が出難いとなる。

ここでの帯域大変化とは特に歪んだ場合の事で、美しくない例えでスマンがどんな美脚さんでも骨折すりゃ脚が曲がる事もある…じゃ余計分かんないか。😅
要するに明瞭度や音程感に何らかの支障が出て来るので、これを嫌えば「そうならない使い方」をしなきゃなんない。

<つづく>

2020年2月28日 (金)

音楽備忘録205 電磁Pickupの強弱に対する反応①

リアルとバ…は未だ終って無いが告知通りお題案件へ行くが、特に近年本邦では一部のお利口なBassist以外は気付いて無い様なので力説させといて頂こう。
今回キーワードは「歪み」なんだがそう言うとほぼ全員がAmpとかEffectorのでしょってなるけど、違わぁ~いッ!!。

それは言うなれば「磁気飽和歪み」でAmpのみたいに分り易く無いが、電気楽器の強弱表現の点ではこれがとても貴重な現象なのだ。
毎度の回りクドさでスンマヘンがそれには人の音量感覚の予備知識が
必須で、これは何故生楽器よりかなりダイナミックレンジ(最大・最小音量の差)の狭い電気楽器が生と共生出来てるかに繋がっている。

実際剛力Drummerに最強爆撃を喰らえば電気楽器なんて殆ど聴こえなくなっちゃうが、それさえご遠慮頂ければそれなりに対抗出来てるのも事実だ。
それには音量の代わりに何か電気楽器の音に加勢してる成分がある筈で、それが特に普段Ampでは歪ませないBassの場合にかなり顕著に表れている。

中でもFender系のを指で弾いてる(スラップ含む)のが典型的だが、Brightな音色のRound弦を張ったって軟らかい指先で弾いたんじゃ幾らも倍音増量は出来ていない。
それなのに何で派手な音色のDrumやStratのキラキラハーフトーン等に混じってアンサンブルっても、それなりにアタックの明瞭度が出せてるかだ。

先ず電磁Pickup式の楽器は音量や感度を上げたきゃ、磁石はより強くCoilはより多く巻いてやれば良い。
けれど実用的バランスの範囲があって、もっと増やしたくてもおいそれとは出来ない事情がある。

磁力については強過ぎると音源たる金属体の振動をスポイルして、弦楽器なら余韻をどんどん短くしてっちまう。
Coilの方ってばバランスを超えると必要な高域が拾えなくなって行き、この面で電気的には理想よりかなり妥協したレベルに抑えられているのだ。

その結果特に磁気容量は必ずしも発音金属体の最大振幅には対応し切れなくなってて、磁界が飽和して歪みを発症する事も暫しだ。
これはオーディオトランスの歪むのと同じメカニズムで、レベルオーバーで増幅素子がクリッピング(音波形の「頭打ち」現象)するのとは又趣が異なる物だ。

具体的には音はひずむってよりオーバーした分は、正に「ゆがむ」って感じだ。
それに依り露骨な音割れ感は出難いしちっとも刺激的では無いが、特有の倍音が加算されている。

この科学的には望ましくない性能不足も、実際にアンサンブルしてみると結果オーライだったから敢えて特には改良されぬままの場合が多くなっている。
それはPUのダイナミックレンジがもっと拡大出来ても、少なくとも昔のAmpでは追従し切れなかったからだ。

つまり結局はPUかAmpのどっちかで歪んじまうので、テキトーな処で妥協させてたのが実態だ。
そしてここからが本日の核心なんだが、この俺言い「磁気歪み」が起きた時の音色は音色演出の為のコンプを掛けたのに一寸似ているのがミソなのだ。

具体的にはある程度以上の強さのある指弾きBassのアタック音にこれが豊富で、しかしFender系以外のBassだとあまり多くは得られないものだ。
その原因はPUのポールピースと弦の「近さ」のせいで、近いけど磁力は他との比較では弱目である。

遠かったり磁力が強かったりすればPUでは中々歪まなくなるが、上記の如くその分Ampでは歪み易くなる。
因みに俺知りだとPUで歪み難いのはRickenbackerが象徴的だが、そのせいでBassではタッチ感の演出がし難いのもあってFender系が多くに好まれてると思われる。

これは同系列のエレピのRhodesにも当て嵌まり、特に低い方の鍵盤での強く弾いた際の磁気歪みは音色特徴の大きな一部となっている。
実際ボリウムツマミを上げ過ぎてればAmpでも歪むけれど、その時は磁気
歪みだけのより明瞭度や音程感を著しく損ねる場合が多い。

実用上はそんなに厳密に設定する必要は無いが、リッケン以外ので少なくとも歪みが磁気のよりAmpのの方が上回ってたら明瞭度・音程感に無歪み時とは結構相違が出て来るのは確かだ。
何れにしても弾く強さでこの面での音色変化もあるお陰で、限られたダイナミックレンジでも生楽器と何とか渡り合えてるのである。

<つづく>

2020年2月27日 (木)

音楽備忘録204 リアルとバーチャルのせめぎ合い⑨

コンプ不要なのに打込みには修正が結構要ったのに鑑み、リアルとバーチャル時の基準音量について言及したい。
とか言っちゃって書いてる本人も今迄こう考えた事は無かったが、思い通りの表現をするには必須な発想と気付かされたので。

例に依って人次第で誰もが俺みたいな無思考でやっちゃいないだろうけど、リアルとバーチャルの両方を扱った体験として記してこう。
先に世にあったのでリアル系から行くが、これの標準若しくは基準音量に対しては奏者の殆どは普段意識は無いだろう。

一々気にしなくても困らないのは限度や範囲は大小で違っても、大抵は大きい方へも小さい方へも変えられる余地があるからだ。
生楽器の場合だとそれなりにいっぱしになれて
からじゃないと、デフォルトが小さ過ぎたり大き過ぎたりしてる可能性もある。

それが電気楽器ともなるともし多少の不備があっても音色に支障して無けりゃ、文句が付いた時だけAmpのボリウムツマミをちょいと捻りゃそれでお終いだ。
只何れにしても機材が適切でありさえすれば殆どの状況で、増やすも減らすも加減が利いて当然だ。

これからすればリアル系には足し算と引き算の両方がある、ある意味人の感覚に対して自然な環境にあると言え様。
処があまり楽器らしくない!?電子楽器や打込みとなると幾つかの原因のせいで、恰も「引き算しか無い幻影」に囚われてる者が多いんじゃないだろうか?。

その理由をとっても下らない発想で行くとリアルでは普通以上の音を出すには、その分疲れるからなんて現段階では嘘吹いとこう。
技と慣れが身に付けば大した労は要さないんだから怪しい発想だが、チョイと待っとくれやす。

僅かであっても差があるのなら少なくとも心理面に何らかの影響があっても然りで、しかも往々にして生や電気楽器では出せる最強の音の時その音色は既に汚れ始めてる事が多いじゃない?。
そうなると強さが欲しくても少しでも汚れてちゃ駄目な時、無意識の内に手加減してると思うんだよね。

これは一例に過ぎないが生・電気楽器迄の範囲だと音量と音色には相関関係があるのは確かだから、余程偏った嗜好と体力の両方を持ってる者以外は最大音をデフォルトとはしてない筈だ。
それが労力に何の差も無く音量と音色を個別に調節出来る電子楽器や打込みとなると、この様な心理等は少なくとも自然には生じ無くなる。

結果生の迫力や自然と付加される演出も無いので、「よく聴こえる方」つまり最大音量時をつい基準点にしちまっちゃいないだろうか!?。
正直に吐露すれば俺自身もこの幻影に見事に嵌ったが、普段が打込んでも生とのハイブリッド止まりなお陰で偶然自覚出来ただけである。

楽器の音は普通はなるべく綺麗なのが良いけれど、自然界ではどうやっても完璧に一点の濁りも無くはほぼあり得ない状態なのだ。
電子楽器でも’90年代にはこの部分に着目し、わざと少し荒らした音色を搭載してる機種があった。

だが困るのは1つの音色設定の中で荒らしたり整えたりの加減が出来ず、音色を切替えりゃその切替ポイントで連続性を損ねる弱点が後から露呈した。
個人体験で一等がっかりしたのがエレピのサンプリング音で、ワイルドなのはバッチイし綺麗なのは貧弱過ぎて存在感皆無だった件だ。

慌てると矛盾話しになるがサンプリングシンセ入手以前からエレピを持ってたので変に思われそうだが、上記に期待したのは鍵盤数つまり「低い方の音域」が原因だ。
俺は特に昔はRockの「伴奏」に使いたかったから、61鍵のエレピじゃ明らかに下が足りない。

後にサンプリングシンセのがどうしてそんなに駄目だったのかの謎は解けたが、詳細は次回に別項目で綴るとして電磁Pickupの性質が幾らも再現されて無かったからだ。
その後紆余曲折を経て最近は大して気にしなくなって来てるが、音域が足りても所望表現が出来ないのでエレピはリアルの手弾きばかりになっている。

<つづく>

2020年2月26日 (水)

音楽備忘録203 リアルとバーチャルのせめぎ合い⑧

前回のスパイクノイズの問題は、是迄の様子だとどうも通信混雑の可能性が高そうだった。
これは従兄と相談して対策を考えるとして、マスタリング段階迄は何故無コンプとなったのかの経緯を先に記しとこう。

それには一寸Mixの手順も交えて語った方が良いのでそうしてくが、別項で概述の通り初期段階では太鼓へのコンプは一応試してみている。
しかし掛け方も不味かったか知らんが、掛けてもこっちの思惑通りにちっともなってくれなかったので先にEQ等の処理をやった。

他パートについても個人的には当初はコンプもするつもりでいたが、太鼓がどうなるか次第で掛け具合を調整したかったから後回しにしていた。
中でもエレピは俺が正規の奏者じゃないのと楽器のチープコンディションもあって、意図よりムラが出てたのでコンプ必須と思っていた。

今回打込んだので完成品で聴けるのは、シンセBass・ストリングス・ホーン系シンセ・昔風リードシンセの4つ。
処がどっこいいざMixが進んでってみると手弾きしたのより、打込み物の音量レベルが安定はしていても曲の盛衰に合って無い部分が多かったのが露呈した。
かなり予測して打込んどいてこれだから、生若しくは手弾き楽器はやはり表現巾が遥かに広いんだろう。

打込みにはその他にもヘッドアレンジの確認と初期パート録りの為一応一通り全部入れてあるが、これは俺なりの太鼓最後録り対策でもある。
将来的に機会があればオール打込みのも公開するかもだが、昔だったら所謂デモテープで音も全部手弾きしてた処だ。

しかし大体週1顔を合わせられるのが限界なのもあってMIDIファイルであればメール添付が出来るし、全く同一のソフトが両者のPCに入れてあるのでテープスピードの誤差等で違って聴こえるのも避けられるからこうなった。
従兄と違って俺個人は今打込み物を演りたい願望はかなり希薄だが、作曲のメモ録りをするのに爆音を出さずに可能な点で最近は殆どが「打込み記録」となっちまった。

それは兎も角戻って「無コンプ」になった件だが、ハッキリ言や只の結果オーライなのは俺が手掛けたからには例外無しだ。
とは言え上述の如く当初は最低でもエレピには必須と感じていたし、打込んだのに関しては大巾な修正は要らないとずっと思ってた。

何しろ作曲の幾らかと編曲をした俺自身が打込んだんだし、全貌は既に脳内では完結してたんだからねえ。
もう1人の奏者の従兄だってとても長い付き合いでどんな音になるか大体予測が付いてたしで、そもそも打込むフレーズ自体に2人の癖みたいなのも盛り込み済みだったから…。

ありがちってばそれ迄だが、こんなベテラン2人でも想定外が頻繁に訪れるのが音楽ってもんらしい。
けれどこうなってみて力説しときたくなったのは、あのBeatlesのでもLiveではそんなにコンプなんか掛けずに再現出来てる処だ。

要約すればLive=リアルには不要でも、バーチャル=録音物にはコンプが要る場合もあったってこった。
その録音物でもLiveっぽい感じでも良けりゃ、ちっともコンプは必須じゃ無い訳なのね。
そこで本日の俺格言、「要らん物へ馬鹿の一つ覚えでコンプすりゃ本物も偽物になる」とでもしときますかね。

処で従兄がマスタリング段階で圧縮(レベリング)をしたのは、訊いちゃ居なくとも理由は簡単に分かる。
今回のはサウンドクラウド向けだが無設定だと(他でも自動連続再生のが多いが)、ページにアクセスすると関連曲が順に自動再生される。

その時真っ先に掛る曲(今回の)だけ小音量でそれに音量を合わせて聴いてると、2曲目が始まった途端に爆音になって聴者を苛めてしまう危険があるからだ。
折角オーディオのダイナミックレンジが広くなったってぇのに「上の方ばかりに寄せてる」のは何とも勿体無いが、後の曲の方が格段に大きくなるんじゃ仕方あるめい。

個人的願望としてはそろそろどのプレーヤにも、折角デジタルなんだから音量レベル正規化機能を載せといて欲しいもんだ。
一度狭いレンジに圧縮しちまうと後からエキスパンダを持って来ても殆どはちゃんとは戻せず、俺言いみみっちいラッシュアワーサウンドが嫌でも避け様が無くなる。

頻繁吠えだが音楽とか音は「その場での対比」で成り立ってるもんだから、幾ら音圧が欲しくても何処かにわざと隙間を持たせとかないと充分な効果は出せない。
もしかしたら誤った音圧競争のせいで、却って年々音圧感が出せなくなってんじゃね。

特に打込み等のバーチャルの場合は意図的に緩急を付けないと、人力演奏みたく火事場の馬鹿力で普段以上の音を出すのなんて絶対無理だからねぇ。
残念かも知れないけどこう云うケースじゃ、切り札は極力温存するしか無いじゃんか。

<つづく>

2020年2月25日 (火)

音楽備忘録202 リアルとバーチャルのせめぎ合い⑦

近年J-POPの無理くり加工へのアンチテーゼってんでも無いが、従兄とのプロジェクトの内漸く1曲仕上がったので宜しければご参考にだうぞ。

https://soundcloud.com/studiolitedrum/bluepops

宣伝意図が0%ってったら流石に嘘になるけれど、無料で全部聴ける様にしてるのも確かだ。

この曲元はサビ以外のメロだけ従兄が思い付いて後お取り置きとなってた物で、Jeff Beckのソロ第1次全盛期!?みたいにしたいイメージを持ってたそうだ。
その為今の俺だったら個人では絶対にしないが、アナログシンセ系の音もふんだんに使っている。

また従兄の強力な要望でClick使用となったので、打込みでも耐えられるパートのは打込んでハイブリッドとなった。
しかしソフトも音源も古い無料のしか持って無いので、普通に打込んだだけでは使い物にならず裏技を駆使したのは秘話か。

それはさて置き今回持ち出したのは口だけ大臣じゃ無い証明にしたかったのもあるが、それより成行きでしかないが最後迄結局Compresserを一切掛けずに済んじゃった例として聴いてみて欲しくなったからだ。
っと思って書いてたら従兄からメールが来て、マスタリングで全体を6dBだけ俺に無断で圧縮しちまったんだそうな💢。

先日相談時にはようつべへ出すのに画をどうするか話してたので、音雲(サウンドクラウド)には出さないと勝手に思い込んでた俺も悪かったか。
無断!?圧縮の他少し気になるのは、時々少なくとも宅環境で再生すると不規則なスパイクノイズが出ちまう処。😢

恐らくその首謀者は打込みのシンセBassと思われるが、ソフトシンセに依るアナログシンセサウンドなのとアナログ音声回路を一切通らずに最終段階迄行ってるのが怪しいか。
アナログシンセとかデジタル回路って人間的感覚で解釈すると実にワイルドな動作をさせてて、レベルオーバーで歪むとかを一切心配してない作りになっている。

尤もアナログシンセサウンドが只の電子発信音の癖に案外タフだったりするのはこの歪みのお陰で、全く歪まない様に設計したらより美しくもアンサンブル内では全く脆弱過ぎる存在になってしまう。
因みに電気楽器の意図的歪ませは真空管回路の恩恵も大だが、それだけが原因で楽器音として成立してる訳でも無い。

元来の手法ではスピーカの偶然だが低性能のお陰で、余計なスパイク成分が再生し切れずにいる。
つまり物理的リミッタが掛ってる訳で、それ故意図的にスピーカを省くと過度に刺激的な音となる。

これの典型例としてBeatlesのJohn LennonのRevolutionのが挙げられるが、当時は基本的にほぼ全部の音響機器が管球式だったからギリでセーフって感じだ。
特に当時のStudio業務用のにはバランス伝送の為にトランスが用いられてて、その性質は「コーン紙の無いスピーカ」とも看做せる部分が多いのだ。

アナログシンセでは全て石(トランジスタやオペアンプ)の回路だが当初から歪む想定がされていて、物理的に厳密に言やそこでも必要最低限のリミッティングが為されている。
それを今回は古くて無料で正直!?なソフトだったからか、以降が無劣化オールデジタルでは削れる筈のが削れず残っちまったらしい。

実はこの辺が楽器用だと下手にHi-Fiだと裏目に出るケースで、焼かないと食べられない肉が生で食卓に上がっちまう様なもんなのだ。
これに則りゃ生楽器は刺身可能食材だが、電機・電子楽器は一部例外を除くと生食禁止食材なのである。

間に合わなくても思い出さないよりマシなのが近年の電子式Hammondの一部ので、手っ取り早く言や「脚の付いて無いヤツ」の多くが該当してる。
何がってば例えばPAへLine接続しても今は亡きかの「John Lord」みたいな音が出せる様、楽器側に球プリを内臓させてたっけかね。

こうなるとは夢にも思わなかったけどもしリミッタで取り切れなかったら、それこそ一回アナログの球プリにでも通してみますかね。
それにしてもデジタル率が上がって便利になると思いきや、又しても却って手間が掛るとは…。

<つづく>

2020年2月24日 (月)

音楽備忘録201 リアルとバーチャルのせめぎ合い⑥

ここから具体的な演奏表現の差異に入ってくが、デジタル音源のリアル演奏ではデフォルトな鍵盤の場合から行こう。
体験からすると上手く加減するのは難しかったが、却ってモノフォニックのアナログシンセの方がこの点で配慮があった。

鍵盤楽器っつうと特に近年本邦では皆Pianoばかりを思い浮かべるだろうが、俺的にはそれは△だ。
弦楽器ではGuitarとViolinがある意味双璧なのと同様、鍵盤でも本来はPianoと大差ない位Organの存在は重要なのだ。

どちらも前者は素早い細かい音を出すのは得意だが、余韻が短いから音の長さに対する制約がある。
この点で後者は無制限であり、様々な音楽表現を実現するには両方の存在が不可欠なのだ。

毎度の大失礼表現をしちまうが個人的に日本でOrgan系が廃れ気味になったのは、Hammondよりエレクトーンが主流をなしたせいと感じている。
エレクトーンに楽器としては何らの瑕疵も無いんだが、音色が豊富過ぎる為に演奏力の比較がし難く編曲やサウドセレクトの方に耳目が向かってる様に感じられる。

是迄に様々な音色が世に放たれてるが例えば電子式のストリングスサウンドってば、結局は今でもあのSolina String Ensembleのそれが雛形なままだ。
つまり誰もが「聴き憶えのある音色」でいて「聴き憶えの無い表現」になってたりすると、こんなの初めて誰が弾いたのってなる寸法な訳だ。

これが原因か鍵盤以外の操作スキルが退化してる感じで、Pianoコンクールがお盛んな割にお上品なお嬢様方ですらダンパペダルの踏み方が随分乱暴な奴を多く見掛ける。
これが電子鍵盤の方にも及んだか、Organ奏法特有の表現手段の使えない楽器ばかりとなってしまった。

かつては鍵盤にタッチレスポンス機能が盛れなかったからOrgan式にしてただけかもだが、生Pianoでも上級者だとペダルは3本全部フルに使って当り前だ。
なのにMIDI鍵盤とかではダンパ以外は音色切替程度にしか使わん使えん仕様のが大手を振ってまかり通ってて、そんなこっちゃPianoにもOrganにも端っから敵いっこ無い。

とは言え今更何時も発振器の音を加工しただけみたいなアナログシンセサウンドじゃ、幾ら緻密な表現をした処で新味に乏しいのも確かではある。
けれども楽曲や編曲を尊守しようとすれば表現巾の足りないのは迷惑分子でしか無く、ひいては曲や編曲に余計な制限をもたらしてるのは明らかだろう。

それとも1つ気になるのが最近のキーボーディストの姿勢みたいな処で、空いてる足をもっと活用しようって意欲がどうにも見当たらないのが多い。
例えばエレキGuitarはGuitarなんだから基本「手だけ」で弾くものだが、ワウやボリウムペダルを自在に操りたくて「足の訓練」をするのは極当り前な作業だ。

これ物は考え様で手だけで弾けるからこそ好きなだけ足でオプションが追加出来る訳で、ドラムセットだと電子のでも普段から足は拘束されてるから僅かしか出来ないよね。
そんなんですからバーチャルよりリアルの方が美味しそうではあるけど、それ以外(音色)の部分で妙な差があたかも付けられてるのも大問題で御座居ますヨォ。

因みに独立したボリウムペダルを尤も必要とするのは恐らくペダルスティールで、ワウは「電気楽器用」であって元はGuitar専用では無いんでごんす。
以前触れた通りあのMarshall Ampも元々は「電気楽器とMic用」で、初期の頃にはOrgan用仕様のも極当然にラインナップされとりゃした。

売行きが悪けりゃディスコンになるのは仕方無いけど、売って無いから出来ないはアリでもやってみようともしないのは無しでゲスよ。
上記Marshallの件だって多分誰かが欲しいってぇから作ってみたんだろうから、「やってみたい」は元来は道具が出来上がるより先なんだと思うんだよねえ。

けれど今の電子楽器の技術レベルともなると音楽家のみの者に手に負えなくなって居り、発展性の余地位は最初から備えといて貰いたいもんだ。
何を置いても矛盾してると思うのは、音色がリアルに近付く程表現(演奏)もリアルに近付ける必要があるのにだ。

<つづく>

2020年2月23日 (日)

音楽備忘録200 リアルとバーチャルのせめぎ合い➄

今度は楽器自体がリアルかバーチャルかの話しへ進めるが、これはずっと継続中の個人的懸案事項でもある。
そんな中とても気になってるのはMIDIの新規格が発表された事で、どの程度遅延が改善されるか興味津々だ。

少しだけ懸案のおさらいをさせといて貰うと、弾けない若しくは持って無い楽器の音が欲しい場合だ。
自分の手掛けてる楽器でしか思い浮かばなきゃこんな苦労はしないで済むが、かと言ってそれでは発展性に乏しい等新展開も望めない。

それで思い付きを何とか具体化しようとすれば打込みやバーチャル(シンセ等)に頼るしか無いが、現況では音のリアルと演奏表現のリアルの共存が困難と感じている。
音色へ拘ると今ならPCへ入れるソフト音源が勝るが、前出カビの生えたMIDI規格等のせいで遅延等の悪影響が避けられない。

どうせ音源が機械内なら演奏も機械にさせ易いからってのが今の流れの根底にありそうだが、生と機械の極度の2極化は貧民にはとても不都合でいけない。
作品の音楽的出来栄えを考えりゃ音色がチープなの程表現でカバーしないとどうしようも無いし、音色が本物に肉薄する程不自然な表現だとそれが
気になるしねぇ。

サウンドイメージとしての音色は大変重要だけども、楽器として「使える」為には結局表現が自由にならないと困るんですわ。
今更のMIDIの新規格ももしかしたら何処ぞの職人からの要望が発端かもだが、コントローラが何時迄も鍵盤かPCが中心ってのも個人的には弱った傾向だ。

俺は正規の鍵盤奏者じゃないのもあって色々負担を多目に感じてる可能性は排除出来ぬが、それでも曲中の○○部だけ周囲音量が大きくなるなんてのに沿わせるのは手弾きの方が手っ取り早い。
この辺はともすればミスやムラの捉え方次第で考えに差が出てそうだが、体験的には数値的安定と音楽的安定にはかなりの乖離があるのだけは吠えさせといて頂くぞい。

人耳はニュアンスの差には非常に敏感だが、聴こえ方に大差が無いと単純な音量差等にはかなり鈍い性質がある。
現実的には音色・タイミング・周囲音等とセットになってっから、それ次第じゃ僅かな音量差に反応出来る場合だってありはするけどね。

只上記にはヒントが含まれてて逆の状態を考えれば、単独では一定になってても周り次第で全く違って聴こえたりするって事った。
それ故最低でも打込みと生を同居させる場合、基本線を生側か打込み側どちらかの強弱に合せなきゃなんない。

ここで一見楽に思えるのは機械へ合せる方だが、それで好結果を得られるのは機械演奏向きな曲や編曲になってるの位がせいぜいだ。
それもかなり昔のローテクファミコンのゲームサウンドみたいなのに限られ、すべからく俺の場合殆どはオール機械演奏ですら人的感性の方を基準にData修正をしている。

正確の定義が機械と音楽では違っているし、音楽での正確は曲やフレーズ次第で変動するのでね。
もし機械の方を尊重・優先でも良いと思えるなら、作曲自体から機械に任せるべきかとも思っている。

現状の機械系での弱点の具体的なのは一部以前にも触れたと思うが、強弱の他に微妙なタイミングのズレがある。
レイテンシもその内の1つだが「ドラムのフレーズ特有のタイミング」なんかもそうで、普段人が叩く際は無意識に誰もがやってる処だ。

この機械で譜面通りに打込むとベストタイミングになってない場合の内で、今回問題視するのは出来栄えから来るフレーズ選択の影響についてだ。
当初より太鼓のオカズが例えば1番の終りにはコレなんて決めてりゃ別だが、試して決める際にこのせいで特定フレーズが選から漏れる可能性も大いに考えられる。

その面で現況の一般的な打込みには弾けないんだったら仕方無いってばそれ迄だが、表現を始めとして音楽自体に制約をもたらしてるのは確実だ。
弾けないったってどっかで耳で聴いて分かってるのに、それの再現が妙に困難だったり不可能だったりするのがこんなに迄見過ごされたままってのはどうもねぇ。

<つづく>

2020年2月22日 (土)

音楽備忘録199 リアルとバーチャルのせめぎ合い④

今回からバーチャル化に依って疎か!?になりつつある部分に言及してくが、奏法とMixの両方で最近痛感させられている。
その殆どはリアルでしか不可能だった時代に感覚に頼って加減してた類ので、感覚を正しく数値化するには新たなスキルが必要そうだからだった。

例1:Fade In・Fade Out
ウチの従兄は何故かスライドボリウムの操作が苦手だからデジタルバーチャルの方が良いなんてほざいてるが、気持ちは分かるがそりゃ怠けてるだけだと敢えて断罪しとこう。
機械任せの方がミスの起き様が無いのは優れてるが、実践的にそれが有効なのは単純な動作の場合限定だ。

Fadeさせるのも短時間のならどっちでも大して問題にならず、その極例はスイッチOn/OffのClickノイズが出ない電子式だ。
電気ってのは突然電流を流そうとすると、勢い余って突入電流って流れ始めだけ普段より多く流れる性質がある。

そこで電子SWでは人耳には判別が付けられない程度の極短時間だけ、意図的にFade In・Fade Out動作を密かにさせて雑音が出るのを回避している。
これの逆となる長時間のFadeとなると増減の量がシビアになって来て、極力音量変化が気付かれ難いのが良い。

ここで音響屋として気になったのは上げ方・落し方の基準で、音と電気では信号減衰の仕方が正比例して無い点だ。
俺の場合落して消してく場合に普段最初は一番小音量で入ってるのを基準に、聴こえなくなって行く度合いがリニアに感じられる様に手加減している。

その後も同じ手順で進んで最後は一番大きく入ってるのが聴こえなく…つまり最終的に無音に至るが、耳に自然な減衰としたい場合はこんな基準でやっている。
単純理論では一定速度でFaderを動かせば良いんだが、そうすると大抵音は滑らかに減衰してくれないのは上記理由に依る。

そしてこれをパラメータ化しようとすると案外複雑になってて、技術的に可能でも正確に割り出して打込むのがかなり大変な作業になりそうなのだ。
耳頼みのリアルでなら慣れさえすれば誰でもある程度は出来る操作が、バーチャルにすると誰がやっても必ず結構な手間暇を要するので考えものなのだ。

振り出しに戻って従兄の愚痴のアナログ時代の結果に触れとくと本人には辛く不本意だったかも知れないが、俺にはバーチャル化で好結果になった様には一切聴こえて無いんだが…。😓

例2:場所次第でReverbの深さを任意に増減
今手掛けてる曲のリードギターにこれをしたくなったが、慣れもあるにせよPC内のバーチャルでは実に面倒臭かったわ。
何をしたくなったってば一番最後Hand Vibratoで余韻を引っ張ってる所へ掛けたくなったんだが、リアルの場合なら余韻が小さくなるのに応じてReverbへの送りを増やせば済んだ。

オールデジタルだってリアルタイム操作は可能ではあるが、汎用PCでそれをするのは一寸はばかられる。
それは映っている画が変化する時に僅かでもノイズが出るからで、画像用と音声用のCPUは共用で独立してないからおっかないのだ。

これだけなら実際は平気な場合も多いだろうがもう1つ懸念があり、変化させたい速度やタイミングが意図通りにならないケースも多いからだ。
PC系は総体的には全て高速だが構造・構成的に、僅かでも一定では無い遅延が付き物だ。

今回は従兄との合意事項!?もあったから何とか妥協点迄持ってったが、手間に対する出来栄えとしては甚だ不満が残っている。
上記の「一定では無い」は絶妙な加減をするには完全な邪魔者で、デジタルでも独立機の集合体だとまだマシそうだ。

その昔俺等今はオッサン達も若い頃は、オールデジタルだともっと色々出来てと夢を見ていた。
実際に改善点も多く一概に批難しはしないが、現状は想定よりも不便になった部分がかなり多かった。

弾くのも録るのもとても大変な楽器が今でもまだ生き残ってるのは恐らくこの辺のせいで、単に○○の音が入ってて聴こえりゃ良いなら打込みでも充分だ。
しかし少しでも拘りが出て来ると現状では急に難しくなったり時間が掛り過ぎたりな上、一等問題視すべきは初めてそんな小技に挑戦してみたくなった時ではないだろうか。

あまりにやり辛ければ未体験なのだと諦めるしか無くなる場合が多そうで、そうこうしてる内に何時かやってみようを忘れてしまいそうな気がする。
それが積み重なってくと折角既に開発されてる様々な技がすたれちまったり、その結果機器性能が上がったのにMixの質はどんどん低下してしまう。

現代環境に適した技だけを駆使する様に人間の方が変更するのも一手段かもだが、得意を有効活用するのとやりたい事を我慢するのは決して同じとは言えない。
古い機器を持ってたり使えたりする人は良いが、新しいのしか使えない人にとっちゃ熟考すべき問題の様な気がする。

<つづく>

2020年2月21日 (金)

音楽備忘録198 リアルとバーチャルのせめぎ合い③

今はまだ当て振り動画の処で停滞してるが、それ以外のでも「何を売りにするのか」のテーマはとても重要だ。
特に何等かの事情で全部リアルだけでは行き難い場合、バーチャルとの棲み分け方が違って来る。

近年はカメラ性能の向上とデジタル合成も可能なので、例えばドラマ用のお茶の間の舞台セットなんてのも余り見掛けなくなった。
何故昔は一々そんなのを撮影スタジオの中に「新築」してたりしたのかだが、リアルは欲しいが撮影機材が普通の一軒家に持ち込めなかったのが最大の理由だった。

スペースや電源容量もだがそれ以上に、カメラの焦点距離と明るさの制約のせいだ。
つまり早い話しが部屋の4面の壁の1つを無い状態にしといて、眩しい位じゃ無いとマトモな画が撮れなかったのね。
それ以上に顕著な差があったのが「夜のシーン」で、撮影機の感度が低かったから夜っぽい演出をして凌ぐしか無かった。

現代に於いてそれに近いのはロケやエキストラの費用問題で、音楽でなら楽器や奏者の問題だろう。
本邦ではPianoに限っては世界的に珍しい位弾ける人が居るが、それ以外の特にClassic時代からの生楽器奏者は年々減ってると感じられる。

Classicオケだったら演奏集団としては今だって絶対全部生じゃ無きゃ駄目だが、ポピュラー系でたった1曲だけのバラードの為に楽団を呼んで来るのはかなり厳しい。
しかも小編成だから可能な狭い場所で演れなくなり、小回りが利く利点がパーになる。

それでも録音時位は何時かはの夢だけは持ったままだが、今度はアンサンブルの出来栄えも気になって来る。
俺の場合は編曲家として担当外楽器への要望も少なくないし、常に何か1つ位は今迄に無いのをすぐ演って貰いたくなる性分だ。

この点で参考になるのが晩年のElvis Presleyで、Back Bandへ指示を出すのに全てのパートを1つづつ全部実演して見せてた件だ。
勿論これは最極端な例だけれど、Paul McCartneyやStevie Wonderには自分なりの表現って意図もあってStudioでは全部自前なのもあったりするんだろう。

彼等は上手さよりも美味しさで勝負しようとしてるんだから、駄菓子でも美味しかったり忘れられない味のがあるのを見逃したくないんだろう。
超高級料理だったら少し位失敗してもその辺の弁当よりゃ遥かに旨かろうが、際どいレベルのだと僅かでも狂えば食べられない代物となってしまう。

すると特別演奏力に長けてる者以外は結局は「その人独自の味」で攻める事となり、それを一番出せ易いのは本人自身で賄う事だ。
なので先ず「人的バーチャル」を持出せるのは「どうしても本人に無理な場合」が、やはり基本と考えとくのが鉄板だろう。

楽器に関しちゃ一度「生楽器の生の音」の魅力に憑り付かれると妥協し辛くなるが、弾ける弾けない以前に普通は持てる楽器数に限界はあって然るべしだ。
今も個人的にはシンセをどうするかで相変らず逡巡する日々だが、魅力的な新シンセの登場がとても減ったのも気になっている。

実際何の工夫も無い弾き方をしちまうと、どうせ音源が同じデジタルなら打込んどいても大差無いのは確かだ。
けれどいざ本番となってからじゃないと見えて来ない部分も少なく無く、事前に全てを完全予測して打込んどくのも至難の業と感じられる。

現に今やってる曲のストリングスを打込みにしたら、Mixの段階に至ってもっとああしたいこうしたいが噴出して来た。
俺が古代人なだけかも知れんがこっちは生身の存在なんで、どうしても実体験しないと目覚めない部分があるらしい。

個人的にはこんなに「後の段階」に入ってから変更したくなったのは覚えが無く、しかも複雑な変更は試してから決定し更に打ち直しと手間数が多い。
ある程度以上に演奏可能ならこれ等はリアルタイムでなら纏めてその場で解決出来るので、求める音を実現するのに掛る手間暇は格段に時短化する。

録る時にミスが頻出すりゃそこで時間も体力も取られるけれど、どれだけのアイデアが盛り込めるかの点では実体験は大切だ。
只単にその音が入ってりゃ良いなら弾く迄も無いが、音源がデジタルだと弾き手に依る音色差が殆ど出せない処は見過ごせない。

<つづく>

2020年2月20日 (木)

音楽備忘録197 リアルとバーチャルのせめぎ合い②

前回「下手な当て振りは魅力減少させる可能性大」から始めたが、多重録音でも同じ事が言える。
どちらも本来の趣旨の理解度の問題とも考えられるが、やはり視野が狭ばまると良い事は少ない様だ。

改めて当て振りとか口パクの起源!?から行っとくが、有名なのだとかつてのThe Monkees辺りが開祖!?だろうか。
俺の若い頃の本邦では「曲は良いが実際には演れない人達」な一般認識 があったが、彼等は演奏力にも作曲力にも決して長けたてとは言い難いが弾けなくもなきゃ作れなくも無かった。

著しく実演が少なくなった最大原因はグループの出自が原因と思われ、テレビ番組を作るのに期限ギリギリで集められたのが全ての起源だろう。
普通のBandなら例え事務所主導だって先ずLiveや自前曲でアピールさせて、それから仕事を少しづつ貰える様になって行くもんだ。

この当て振りBand今本邦なら金爆がその代表だが、彼等にしても全く演奏出来ない人達では無い。
使える音が出せるかの点では大いに問題もありそうだが、実際弾けるのより上手に弾けるフリをするのだってそんなに簡単じゃ無いのだ。
エアー○○選手権がある様に、当て振りだって極めようとしたら大変なスキルが要るもんだ。

何れにしてもどっちも極めて商業的且つ業務上の戦略事情からのもので、言い換えりゃ仕事でも無いのにわざわざ「2度手間」にする義理は無いのである。
また当て振りとする場合の重要条件として、本来なら「見せる人」より裏で「演ってる人」の方が格段に上手であるべき点だ。

見せる人側にしても演ってる人より格段に見栄えが良くないと意味が無く、全体レベルを上げる為の分業制ってだけの話しだ。
つまりプロがやってるそれは本来は冷徹な計算に基づいた分業化であって、その中で作品レベルアップに限ってはアマチュアでもこれが必須条件だ。

俺が疑問に思うのはそんなに録画してると皆緊張・萎縮するもんなのかで、極度の上り症の人だったら音を録るだけだって大差無い筈なのにって処。
ではどんな場合にならバーチャルが許容されるのかだが、技術的或は経済的😢に同時とか本物が無理な場合か。

曲は作れるのに演奏出来ないが為に昔は発表不能だったのがボカロ打込みでとか、けれどそれだって必ずしもそれが皆最終目標でやってる訳じゃ無いだろう。
作曲も段階が上がってけば今迄未挑戦のとかにも手を出したくなるもんで、自らに制限を掛けなけりゃ披露する手段や方法だって際限無く多岐に渡る方が自然な事だ。

それはさて置き奏者にとって当て振りにどんな欠点があるかってば、簡単に言や「曲数が半分しか出来なくなる」処へもっと着目して頂きたい。
だって余計な事気にしなきゃ折角今は1回で画も音も録れちゃうのに、最低でも毎度一々倍の時間が掛るんですぜ。

本件で俺にとっての真逆の典型ってばPaul McCartneyだが、彼の最大の武器は実は質では無く即興性にあると思われる。
要するに思い付いた物をその場で完成品に出来てしまうから、却って作ったり練習する時間だってたっぷり持てそうって処だ。

今のスポーツ等に対して音楽や芝居の世界の悪癖はリアルタイム性の低さで、お客にとっちゃ本番がどうかだけが問題なのにって処よ。
人間が楽器を奏でられる特技には、言われたその場で演って見せられるが大きな比重を占めてるのだ。
打込みの場合事前に入れて無かったら、どんなに素早い人だって少しはお待たせさせざるを得ない。

なのでもし人生一度きりの「演ってみました動画」ならどっちでも知らんが、この先も続けたいなら変な補填は後で損するだけなのだ。
この辺は見栄え(聴き栄え!?)を気にするならこそで、それならばもっとマーケッティングをMusicianだってちゃんと学ぶべきだ。

プロとアマでは内容の質には差があるとしても、不特定多数向けの動画を発表するってなプロモーションビデオを作るも同然。
玩具でも本物でも電車にはどっちにもレールと電気が要るのと同じで、プロモート効果が出る様に考えなきゃ作る意味が無いんだよ。

<つづく>

2020年2月19日 (水)

音楽備忘録196 リアルとバーチャルのせめぎ合い①

今のご時勢じゃ環境や経済の都合で全てリアルは困難な場合が多いが、ではどの程度迄バーチャルで凌げるかを考えて行きたい。
スマホだけでもそれなりに音楽出来ちゃうの自体は有難いとは思うが、弾ける・歌える人が道具に頼り過ぎるのも考えものだ。

今回テーマのきっかけは「演ってみました」動画の「当て振り」が由来で、失礼だが不景気のせいで余程暇人が多いのかとついとっさに思ってしまった。
だって大昔みたいに画像と音の同時記録が不可能でもないのに、わざわざ何回も演るなんて面倒臭いじゃあ~りませんか。

そこで敢えて世相に合せてボヤキ的に歴史を披露しとくけど、昔の映画俳優はその殆どが一定以上のレベルを持った声優だったと言っとこう。
なんて何の事は無い同時記録が不可能だったから、嫌でも「再現性」を持合せてないと映画が完成させらんなかっただけなんだけど…。

ここで音響技師として疑問が湧くのが手間とスキルの問題で、是又大変スンズレイしちゃうけどその辺のド素人如きが機器操作に勤しんだって大した加工なんか出来ゃしない処だ。
確かに年々操作は楽に簡単になりつつあるが、だからって上手い下手が露呈せんでも無い。

映像よりゃ音の継ぎ接ぎの方が楽ではあるが、「ミスりさえしなきゃ常に全く同じ事が出来る」程度のスキルは本来必定だ。
なのでアマチュアレベルの奏者がもし実行するとしたら、専門家からの指示あった時だけにするのが賢明だ。

万一アンタのスキルが両方共本物なんだったらもうそれで稼げてる筈で、あれは私俺様がやってやったでもう「演ってみました」なんて心細げに書いとく必要は無いのだ。
プロの場合奏者も技師も前出昔の映画俳優じゃないが、ある程度以上の「再現性」を持っている。

だからこそ失敗箇所だけの録り直しも問題無く可能となってて、更に極端に言や人的ミスよりも道具や体の調子とかスケジュールの都合に依るのが本来は主体だ。
実際そこ迄短時間だけの録り直しはしないけど達人ですら、例えばドラムのオカズのコンビネーションフレーズとかロール途中の「1音だけ」の録り直しが出来る人を俺は知らない。

なので再現力の低い者が下手に継ぎ接ぎをすりゃ例え明らかなミスは殺せても、全体としちゃ余計にぎこちなさが強調されたりするだけなのだ。
ここで熟慮すべきは「素人が演ってみました」でお金取る訳でも無いんだから、何でやたらとミスだけをそんなに皆気にするのかだ。

プロ以上にこう云った趣味性の高い世界で重要なのは雰囲気とか味な筈で、僅かでも不要加工のせいでそれを損ねてるなら死活問題なのである。
ってのも職業音楽にはその目的に楽しみや面白味皆無の分野だってあり、例えば目の不自由な人用の信号機から出るメロディがタイミングがずれたりしたら裁判沙汰だ。

「まるでプロみたい」と思われたくての顛末かもだがそれで俺言い「下手加工」を頻用するなら、失礼の3連発になっちまうが「そいつぁアンタ耳が悪いのかも」と思わざるを得ない。
これはプロアマ問わずだがそもそも何らかの魅力が備わって無いと、幾らノーミスでもそんなの只の音の羅列で音楽として成立せんですから。

先ずは何か何処かがちっと面白くて、もう少し聴いてみたいと思って貰えんと始まらんですとばい。
これの典型例として過去の第1次Punkムーブメントを提示するが、俺知りではその当時が一番音楽界全体の演奏力が優れた時期だったのがミソだ。

誰もが流麗でノーミスなのは美しかったが、中には美し過ぎるのが表現巾を狭めてる部分も出て来ていたのだ。
人が本当に切羽詰まった時正しい音程を伴って怒鳴れる奴が居るとしたら職業声楽家の一部位で、裏を返せば音程もリズムも滅茶苦茶だからこそ真の絶叫とも言えるでしょ。

感情に任せ過ぎてミスったのすらリアル表現と解釈されたからか、音楽的に不完全でもその後Punkは商業音楽の1ジャンルになったわな。
それとポピュラー系音楽で最重要なのは楽しませる事なので、今の時流の見た目第1にしても厳しい条件がある。

誰だって少しでも格好良く見せたいけれど視覚主体で行けるのは、最低でも全盛時のGACKT氏やキムタク氏位の容姿的才能に恵まれてた場合限定だ。
無暗にお笑い路線へ走れとは言わぬが、幾ら盛った処で並の容姿だけではとても勝負になんかならないよ。

無理してミスだけ帳消しにしても魅力が足んなきゃハイそれ迄よで、結局「人前に晒す」仕事に就きたいなら何とかして欠点も気に入って貰う位の覚悟が必要だろう。
ボカロ曲の千本桜を小林幸子が歌った方が売れたってな、必ずしもラスボスの知名度のお陰だけじゃ御座んせん。

安定した実体=特有の個性の面でまだ歌手よりボカロの声の音源数が少なかったり、声色はそっくりでも育った環境差からの表現の違い等の要素がまだボカロには込め切れないからなんじゃないかな。
それと現行ボカロ曲は作曲家の作品で、演奏家や編曲家要素はどうしても疎かなのが多い。

俺知りでは全部自前でも行けるからそう云うのはまだ無いみたいだけど、作るのはボカロでやっても完成品を打込みの達人に委ねたらどうなるんだろうか。
なので「当て振り」にしてホントに効果が出るのは、音響と演技両方の達人とかなのでは!?。

<つづく>

2020年2月18日 (火)

音楽備忘録195 On Mic収音に適した太鼓奏法➄

ぼちぼち纏めて行きやすが、On Micだと生耳より僅かな差が拡大するってのが基本と思って結構でしょう。
尤も全ての要素を全部拾えてるかってばそうとは言い切れず、離れた所でしか聴けない音ってのも御座居ます。

俺の普段は狭室と腕前の都合で何時もマルチ収音してるけど、必ずマルチ(全個別立て)が要るもんでもありゃしまへん。
今の主流ではバスドラとSnareは夫々へ2本以上も辞さず、それでいて金物系はOvertop+Hi-Hatの3本程度の様だ。
当然意味あってそうなっちゃいるが、バランスが悪いってばそうとも言える。

業者に頼んで録って貰うとなると準備されてる機材の都合や、その人達の流儀等もあってそんなに融通の利くもんでも無いだろう。
けれど何時までも人と同じ録り方しかしないんじゃ、独自のサウンドを求めるには厳しい。

ここで一寸他楽器と録音上の条件面を比べて欲しいんだが、電気・電子楽器と比べると楽器だけでの音色可変巾は生楽器だと当然狭い。
その代り何処からどうやって拾うかに関しては、生楽器の方が多彩だと思うのだ。
電子楽器に至ってはわざとAmpに繋いでそっから録るでもしないなら、良く云や安定度抜群だが基本的には変更が一切効かない。

なので下手にOn Micに固定して考えない方が良いと思うし、そう云う意識も持ててると万能では無いがOn Mic特有の利点の活用度が上げられるんじゃないだろうか。
特に気になるのは生やOff Micでなら素晴らしいパフォーマンスを発揮出来てる様な場合で、収音方法にも奏者との相性があるのに近年じゃ忘れられちまったらしい。

実際大御所以外の者にとっちゃRock・POPS系だと、普段のLiveではほぼOn Micになっちゃう。
それからすればOn Mic向きのプレイスタイルの方が便利かもだが、ストリートとかだったらMic無しだ。
故に選択可能な場合迄闇雲にOn Micにしがみ付く必要は無く、もしOff Mic収録が未体験だったら兎に角試してみるべきだ。

これにはもう1つ少し意地悪かも知れん効能があって、OffでもOnでも駄目だったら只の腕不足が分ります。
がどっちかの方が明らかに良さげに聴こえたら、それがその奏者により合った収音方法だ。
これを試すに際し一番理想的なのは「一度に両方のを録る」ので、そうすりゃホントに「聴こえ方の問題」だけが両者の音の違いとなって表れる。

ここらでお題に沿って俺的秘策へ進めてくが、収音方法を選ばない人になりたかったらもっと「昔からの奏者」の演奏のし方を学ぶのがお勧めだ。
典型例としてRingo StarrとBuddy Richを挙げとくが、彼等程あらゆる収録方法を実践した者は中々居なさそうだ。

その中でも注目すべきは何時どうやって録ったのでも、「あの音」がしてる処だ。
更にこの件で気を付けて頂きたいのは楽器の音じゃ無く、誰が演った音に聴こえるかの部分だ。
楽器は道具として別のや使い分けをする事もあるが、個人の音色は今昔や収音方法とは無関係だ。

これを勇気!?を持って断言出来るのは、実に単純な理由だ。
今の流行りのとは毛色(音色)に少し違いがあるにせよ最初はPA無いしMicの本数無いしで、だからってBeatlesより大規模なLiveをしょっちゅうやれてるヤツは未だ幾らも居やしない。

つまり今より遥かに劣悪な音響環境下でも何とかしてた訳で、明瞭度とかパワーと一口に云ったってその重さは段違いだったんだからさ。
なので道具も含めて何処をどれだけ取り入れるかは夫々として、全く知らないままに頑張るのは大損ってもんなのよ。

彼等みたいな突出した天才が散々苦労して牽引して来ても、今に至るのにはこれだけの時間が掛ってんザンス。
最低でも彼等と同等かそれ以上の才能がある保障でも無いなら、今から同じ道を辿ったって追付かん処か死ぬ迄に間に合わへんがな。

それと本案件では全部をマスターする必要は皆無で、一番普通に鳴らす時の「音の出し方」(それが叩き方にも依ってはいるが)を参考にするだけで良いのよ。
その目的は「無造作に演っても」安定と明瞭度が確保し易いからで、演奏してる最中に体調激変とか起こらん限りは余計な意識はして無い程その人なりのナチュラルバランスがそのまま継続させられる。

後録音時特有の神経の使われ方では緊張度合は千差万別なので除外するとして、不慣れな曲を演らなきゃなんない機会が多そうなのが挙げられる。
完璧を期すには充分な習熟をしとくのが良いが中々困難な場合が多いだろうし、鮮度の点で却ってマイナス作用する事だってある。

それであればこそ只音を出すだけに気を使おうとしてもそんな余裕殆ど無いから、もうその段階で普段よりムラが出易くなってると思われる。
生耳で平気なムラがOn Micでは拡大するってのが基本だが、「同じにしてたつもりが違ってた」の最大原因は技術より意識・認識の影響が大きいみたいだ。

<完>

2020年2月17日 (月)

音楽備忘録194 On Mic収音に適した太鼓奏法④

前回後半は一寸ハード寄りになったが、奏法が音色で制限されると何かと困るもんだからだ。
それは収音や楽曲の細かい都合に合わせた手加減が利かなくなる処で、合せてドラムヘッドにも言及してこう。

楽器の音色は安定してる程音響の設定は楽にはなるが、これは諸刃の剣でしか無い。
設定・調整が楽になるのも弄れる処が少ないのの裏返しでもあるから、運が悪いと後もう一寸だけ○○に出来れば良いのにが無理になるからだ。

特にCymbalは太鼓みたいに皮の締め具合での加減要素が無いから、ミュートの他はせいぜい演奏性を犠牲にしてでも角度を変える位が関の山だ。
因みに太鼓だって角度を変えると少しは音色が変わったりもするが、対Cymbal比では皮は重さが無いも同然だからOn Micにしてたら殆ど分からないだろう。

もしハッキリ変わるのがあるとしたら実際大昔の安物にゃそんなのもたまにあったが、そんなのは単なる胴(シェル)とかの強度不足なだけだ。
万一そんなので何とかしなきゃなんなくなったら、ラックタムでもRimsやSnare Standみたいに「胴では保持しない」様にするしか無い。

特にローピッチにしたい時やシングルヘッドのだったら尚更で、こう云う場合は変形抵抗成分となる皮の張力の減りも結構バカにならない。
と来た処でその「皮」の適正に行くが少なくとも体験からは、最初から何かが貼ってあったり強度の倍音抑制処理がされてるヤツは不向きだ。

皮「ヘッド(本革以外製のも勿論含む)」はミュートがどうとでも出来んだから、倍音は足りなくなるより余ってる方が特に録音ではマシなのだ。
皮の厚みや打点の硬さでアタック音にも少しは違いが出るが、そっちへ気を取られ過ぎるのは考えものだ。

概述だがノーミュートのCoatedとかClearヘッドでも、高遮音性(特に高域が)ヘッドホンを被って聴いてみりゃエエ。
この場合は敢えてヘッドホンには何も流さないか、少なくとも太鼓の音は流さずにだ。

要は耳の側で倍音ミュートをしてる様なもんでこうするとあれだけBrightにしか聴こえて無かったのに、想像よりはかなり低音も一杯出てたのが分かる筈だ。
万一これで全然低域が無かったなら別だが、出てた場合はヘッドミュート次第でそんな音にも出来る証拠となる。

例えば今の従兄のケースだと奏者本人希望でバスドラにCSを使ってるが、もしかしたらそれがこの前のEQ案件と絡んでると俺は睨んでいる。
現況位相の都合でバスドラは両面張りのフロントヘッドから収録してるが、例え打面裏側収音に変えたとしてもCSは最も裏面にアタック倍音が伝わり難いタイプだ。

それと従兄は飽く迄奏者聴点での音色で選択してるので、そのまま録りたいなら打面打点側へMicを立てて位相は逆転(向きが正反対になるから)させて然るべきだ。
この辺は趣味嗜好にも依るんだろうけど、俺的には太鼓の音は普通はセット全体正面からの音を基準とすべきと考えている。

叩く都合で主にそうなってるにしても、On MicでもMicは奏者とは対面の向きに普通はしてるよね。
だからもしDrummerにとって奏者位置で最高な音色なのを変えたく無いなら、究極はダミーヘッド録音だ。
と言っても奏者の頭がその位置にあってダミーじゃ無いから、奏者自身にその耳と向きも位置もほぼ同等となる様にMicを付けて頂きましょうか。

けどそんなの大変で非現実的よねえ、叩く都合とかで顔の向きを変えたくても動いちゃ駄目だから。
だってもし一々叩く方を向いちゃったら、例えばTomが全部センタ定位になっちまうから。
なので音響屋としては普段は未だしもせめて録音時位は、もっと他人に聴こえてるであろう音を基準にして貰いたいもんザンス。

そして具体的に大抵は奏者耳より他パートや観客位置では、倍音は小さく聴こえてる場合が多い。
それで思い出したけどこの辺も録音技師と奏者の意思疎通に障害してる場合があるので、もし奏者側での音がベストだったら技師に叩いてる後ろに来て貰ってその音で録ってと一言言ってやっとくれ。

上記の上で奏者側も技師が「録るとそれだと籠っちゃう」なんて言われたら、生耳には倍音過多に感じられても是非指示に従っとくれ。
まっとうな技師なら「録ったのが生耳と同じ」なる様腐心し、録る側だけじゃどうしようも無い時にそんなお願いをしてるので。

因みにⅡでこの点では一寸お題に反するが、敢えて手加減等で変更せんでよ。
余計な事を意識して実践すると普段のその人のらしさは、大抵スポイルされるだけだかんね。

因みにⅢでもし普段のが録音に足りて無い奏法でも、録る時だけ何とかしちまえなんて横着は通用しませんぜ。
録って無い時でも常にいい意味で意識し乍ら調整しといて、いざ録る時は無心になるのが一番ええねんで。

因みにⅣで応用が効くとか対応力に優れるのは素晴らしいが、実際はそれって天才だからとか神懸ってるから出来るんじゃないのよ。
簡単な話しそれ迄にもちょくちょく演ってたから、すぐに簡単に出来ちゃうってのが構造的には真理でせう。

<つづく>

2020年2月16日 (日)

音楽備忘録193 On Mic収音に適した太鼓奏法③

今回は一応手足のベーシックが一通り出たので脚中心に行くが、先ずはなるべくSpeedkingに偏らない録音向きのペダルの件だ。
その一端は既にどっかが「演ったの以上の極端な反応をしない」と書いたが、勿論特定意図があって変な真似をしようって時ゃ別でっせ。

以前近年本邦製ドラムセットは音色変化巾が狭過ぎとも言ったが、それだけが全てだったら発言が掌返しで俺はオオカミ少年そのものだ。
だがその時点では必要性が無かったから触れなかったが、これ等タイプのセットは音量変化巾に関してはとてつもなく広大だった。

なので音色は不変でもレベル変動は奏者意識より大抵は大きく出ちまって、その加減に俺は難しさを覚えた。
せめて音量と同率で音色も変わってくれりゃその度合いを掴み易いが、轟音の中でその爆音の一寸の量の違いを把握しろってな拷問級だと思うのだ。

ここから幾つかの実情を想像して欲しいんだが、その1は音色はなるべく変えずに音量だけ変えたいケース。
何時もこれだけしか要らんのなら上記タイプはドラムセットでもペダルでも楽チンだが、その2で逆の場合が要る時ゃ全く面倒な代物に豹変だ。

故に音量だろうと音色だろうとリンクせずにどれかだけが変化しちまう様な偏屈野郎は、良く言って使い道を選ぶとなる。
無論意図的にそうなる様に奏でた場合は除くが、そう云う場合だって反応に偏りがある程コントロールし辛くなるのは一緒だ。
けれど今時機械でもある程度は賄えるのをわざわざ生身でと思うと、その場の思い付きとか気紛れに対して想定通りの反応をしてくれる方がより助かると思うのだ。

それには「色が付き過ぎてる道具」ってなトータルでは不便なもんで、奏者が色を付けられる範囲は狭まってるとも言え様。
そしてより懸念すべきは癖の強い道具に慣れ過ぎちゃうと、本人無自覚な内に奏で方にも余計な癖が付くのを避けられん処だ。

俺の場合は偶然何でも演ってみたかったから自然と気付けたし回避しちゃってたが、固定のBandでしか叩かない様な方は要注意だ。
敢えて一寸だけ一例として趣味性を漏らさせて貰っとくと、Speedkingは決してスーパーマンじゃ無いが他のどれより正直なヤツって感じだ。

今の政権支持者タイプの人からしたら全然忖度してくれないケチんぼと、少なくとも使い出して当分の間はきっと感じるだろう。
でもねぇ助力とか協力と言わず何で忖度なんて言うのかってば、「後で為にならないヘルプ」だからでしょ。

若い内とか歴が浅い内は平気でもその内愛用品が壊れたとか修理不能とか、同タイプはもう全て廃版って日が恐らくやがて来ちゃうのよ。
その時点で運命を共にする覚悟があるなら別だけど、奏者寿命を道具に握られちゃってるなんてイカさねっての。

つまり例え既に過去の物でも普及量が膨大ならば、Violinならストラディバリみたいにメンテ出来る人が居なくなる心配が低いと。
逆に今だけ一寸ブームになってても何時まで続くか分からないし、少し珍しいのだったりすると先行きが不透明かと。

Cymbalについても半分失敗した体験があって、それまではずっと所望よりヤワなCymbalばかりにしか恵まれず辟易してた前提があった。
そこで新調の機会が訪れた際思い切って俺言い「RideらしいRide」を選択したが、通常のリズムを刻むRideとしては大満足だったが演れる事がかなり限定されて後でサブ追加の憂き目を見た。

近年はCymbalは巷では物量作戦の様相を呈してる感があるが、俺が貧しくて数を増やし辛いからって僻んでるんじゃないのよ。(怪しい???😓)
枚数が多くなればセッティングの苦労が増えたり、操縦性にはどうしたって犠牲が出て来るもんだ。

普通腕は2本しか無いんだから同時に鳴らせるのも2枚止まりで、そう思うと必要最低数で賄う方が却って応用が効きそうだ。
只それには○○様専用タイプ=用途限定型は不利で、叩き方次第でどんな用途にも使える必要がある。

昔を知らない人には異質な感じを受けるかもだが、Cymbalって大昔は基本的には厚さと大きさの違うバリエーションしか無かったんだわ。
因みに従兄が今も彼オリジナルブレンドのHi-Hatを使ってるが、上下が別メーカの他なんと上はCrashを利用している。

それを叩き方だけで使い分けてたんだけど、今ではCrashride位しかそれを明確に想定したのは残って無くなっちった。
実際の処最初からより「それらしい音色」のの方が無神経に扱えて楽な印象はあるが、これも裏を返しゃ神経使っても音色変えらんないを孕んでいる。

曲単位だったらCymbalを挿げ替えて録るのもありだが、曲中で「徐々に」変化させたくなったりしても非対応だ。
タイプ違いのを叩き分けてもスイッチする境界部で一気にガラッと音色が変わるから、そしたらメロタムみたいに沢山並べといて順に叩いてくのかのォ。
ご苦労さんだねぇ。

<つづく>

2020年2月15日 (土)

音楽備忘録192 On Mic収音に適した太鼓奏法②

又々Speedkingの方へ偏向しそうなので戻してくが、興味があったら是非過去記事をご参照あれ。
著者は古いが基本的に平成以降の環境下での体験談なので、少なくとも時代差から来る翻訳の手間!?は要らないと思うので。

今回はペダルは直接関係する部分のみの言及とするが、近代ペダルの方が明瞭なアタック音が得られる印象のある人が多いんじゃない!?。
只それが俺の実験に依ると奏法を限定した場合の様で、どの道古くて済まんが一応再生産もされてるYAMAHA FPとの比較でこれが明らかに感じられた。

Closed踏みすればFPの方が現代的なタイトな音色が得易かったが、Openで踏んだ日にゃ途端にボケボケな上細くなっちまった。
Slide等に依る高速連打をしないなら出せる音色巾がとても広く、確かに名器の名に恥じぬと云える。

しかし何時も何でもやろうとする俺みたいなのにとっちゃ○○様専用みたいなのは却って余計なお世話で、望まぬ時に癖が出て来られちゃ迷惑なのだ。
なので一見妙な了見だが「踏み方差で音色差が出過ぎない」方が、使い方にも依るがトータルでのアタック音の明瞭度維持には却って有効なのだ。(※決して鈍感なペダルが良いってんじゃ無いっスよ、次回以降詳説)

踏め方次第で低音高音の出る量が違い過ぎると、最大時の頭打ちに制約されるから大胆なEQは掛けられない。
先にコンプしちまえばとも思うだろうが、実際前テーマで試して効力は殆ど無かった。
要はどの音色時のを基準と考えるかの問題で、ホントに明瞭度を追及したいなら「一番しくじった時でもこれ位」を求めてくのが実戦向きなのだ。

それには極基礎的な心構えとして1音たりとも決して気を抜かないのが大事だが、極度に集中出来た時にしか出せない音が録れちゃっても後での都合が今一だったりもする。
そうなると気持ちだけじゃ無く技術的な裏付けも必要で、但し技っても取り立てて難易度の高い様なものじゃぁ無い。

長年に渡る達人達の状況を見てみると、何故Ringo StarrやBuddy Richなんかがオンリーワンの存在なのかが思い知れるってもんだ。
それは年齢・環境・その他諸々が幾ら変わっても、彼等の音は何1つ微動だに余計な変化が無いからだ。

そこで彼等のベーシックな叩き方へ目を向けると、俺的には「余計な遠慮」は一切して無いのが目に付いた。
我々Rock系の場合はRingoの方が直接参考にし易いと思うが、不要な限りは「下手に打撃ストロークを小さくしない」のがやたら気になった。

これはハード的環境に今より恵まれない時代の達人には共通みたいで、Al Jackson Jr.等他の達人も叩き方がケチケチしてなかった。
今は小ストロークでもガッツリサウンドが出せる奏法も浸透してるので、必ず誰でも実践すべしと迄は言わない。

が高度な技は使う程失敗頻度は誰だって高まるので、真の安定を求めるには無意識で気楽に演っても所望の音が得られる方法の方が望ましくはないかい?。
但し力任せに闇雲に無茶振りしろってんじゃ無く、しっかり振っても全く疲れないスティックコントロールを目指しまひょって話し。

先ずストロークは小さくなる程僅かな振り巾の差が割合的に大きくなるし、力を使うとそれが疲労等で維持し辛くなって来るとムラが出易くなるもんだからだ。
これは脚についても同様で脚は一般的には最大出力が腕の3倍もあるそうだから、腕より重いのと相まって余計にムラが拡大する。

そして力が使えない使わないとどうなるかってば、パワーの源泉は先ずは腕や脚の重さとなる。
ここでご注目頂きたいのは短時間で腕や脚の重さはどれ位変化が可能かで、普通は計って差が分る様な変化なんて不可能だからつまりパワーはほぼ自動的に一定になる訳だ。

身体を動かすんだから全く力が不要では無いが、問題はその力を「何に使うのか」なのだ。
何も考えなきゃつい叩くのに使おうとしちまっても当然だが、どんなに体育会系イメージが強くても太鼓は飽く迄楽器なんだと強く意識してコントロールするのが良さげだ。

<つづく>

2020年2月14日 (金)

音楽備忘録191 On Mic収音に適した太鼓奏法①

前回迄の騒動からOn Mic収音に適した太鼓奏法、なるものを考えてみたのでそれを暫し。
今は昔みたいな典型的なStudio Musicianは居ないみたいだから不要かってばさに非ず、PAレスが珍しいとなればほぼ全員に関係すると思うが如何だろうか。

先ずは¥10玉騒動!?等最近色々あったからバスドラから行くが、ホントは生音が何より大切だが少なくとも大御所以外はそんな悠長な事を言ってられないかも知れない。
Beatlesみたいに出したままが必ず拾って貰えるなら良いが、それにはAbbey Road Studioで重鎮と認められでもしないと確証が持てない。

又仮にMicやそれの扱い者がOKでもそれが漏れなく再生できる状況が整ってるかが問題で、これに関してはBeatlesでさえ全然駄目だった位だ。
そもそも悪い意味でのPA依存度が高いせいか、Rockに最適音響のホールなんて概念すら見当たらないのは個人的にはとても気になるが。

こんな状況だからヲタとしては孤軍奮斗を辞す気は毛頭無いが、普段の世間でそれを求めるのはお門違いになりそうだ。
そこで考えるべきは誰よりも明瞭なアタックを求めるとかじゃ無く、「望まずに極端に明瞭度が落ちる箇所を無くす」のがテーマとして相応しいのではないだろうか。

通常運転時からボケボケじゃ流石に不味いが、人並みの明瞭度が得られてるなら勝負ポイントはそこじゃ無い。
何処のLivehouseだろうと奏者別の微調節はするにしても、基本的には平均値を基準に必要な音色が得られる様にシステム構築がされている。

それからすると近年Metal系専門店!?等では、わざわざ¥10玉なんか貼らなくても最初からそれに近い音色になる様に恐らく設定してるだろう。
これ等PA系の助力は有難いし助かる事も多いが、その上へうっかり胡坐をかいてたりしたらボロが出る。

ここで高品位PAを4K映像と例えるなら、下手すると現実より細部が強調拡大されて表出するってこった。
だからアベレージの明瞭度より一番ボケちゃう処がどの程度に抑えられるかが勝負で、なまじ他の場所が生より明瞭化してるであろうだけに余計差が目立つと考えられる。

もしかしたらこれへ忖度し過ぎて音色変化量に乏しいドラムセットが増殖中なのかもだが、前回迄の従兄宅での騒動に使われたのはSnare以外はこのタイプででの話しだ。
PAにしても太鼓にしても言い換えれば増幅器と楽器、所詮「器」でしか無いと名乗ってるんだから道具だけで手に負えるもんじゃ無い。

そろそろ奏法の具体内容へ進めてくが、これからすると強力Closed踏みは条件限定の技とするのが相応しい。
それは脚が異常に素早く動かせるとか、16分音符は使いませんなんての限定だ。

経験者なら思い出せば気付くだろうが、PA氏にバスドラの音下さいって言われてDoubleしか踏まない人がもし居たら手ぇ上げてーだ。
踏む方だって調整する方だって普通は例外無く、シングルを基準にしちゃってるしそれが間違ってるでも無いよねえ。

そこで目的は違ったが俺は従前強力Closed踏みしてたのを止めちゃって、常用となったSpeedkingの特性も利用して必要時以外は俺言い「柔軟Closed踏み」に統一している。
この目的の中には是又俺言い「John Bonham病」の回避も含み、脚が強過ぎる若しくは重過ぎる人に起こる好ましくない音色変化の事だ。

俺は彼みたいにノーミュートでは無いが、それでも打撃直後にビータを圧着出来た場合とそれが無理な場合の音色差は以前からかなり気になっていた。
バスドラなればこそフォルテシモの時でも豊かな低域成分も欲しいが、Bonham氏のAccent時はアタックの強さは素晴らしいが低音がお留守になっている。

折角爆音になって強くてもそれ迄がとても太い音になってたが為に、強さの割に何となく軽く感じられるのが俺は気に入らなかった。
加えて年々Slide奏法による連打数も増えて来ると、Slideしてる最中は押付けるのが不可能で「止めらる頻度」も低下するからだ。

連続Slideは自分にとって武器ではあるが、プチ自慢のネタにはなっても個人的な本来の目的はフレーズの多様化や独自性なのだ。
それには「フレーズが分り易い」とか「フレーズに左右されない」音色が欲しくなって、「Closed踏みしなくてもそれなりに明瞭なアタック音が得られるペダル」の面でもビータ込みでSpeedking一辺倒になったのだ。

因みに現代ペダル比だとアタック明瞭度の絶対値は今のの方が勝り、但し耳に痛い硬い音色で低域との併存は不可能だ。
この点で現代ペダルは「出そうとすれば」出せはするが、大して意識せずに踏んだ場合の明瞭度は実はSpeedkingの方が上だった。
古い楽器って他のにしてもパッと聴きでは寝ボケ感が無くも無いが、「一番厳しい時にどうなってるか」へ耳を向けると未だ使われてるのがノスタルジーなんかじゃ無いのが分かるってもんだった。

<つづく>

2020年2月13日 (木)

音楽備忘録190 EQ(イコライザ)の話し① ドラムセット編Ⅷ

この辺でこの項は一旦閉店とするが、その代りってんでも無いが今回は「実用新案!?」の特別公開だ。
世間に疎いので良くは分からんが、少なくとも今迄他所で見聞きした覚えが無いので…。

何をしたかってば「コンプの代わりにEQした」で、普通の神経で考えりゃそんなの無理な相談だ。
が少なくとも従兄の今のバスドラの「踏め方」に対してはこれが最善策で、実際先にコンプの試し掛けをして芳しく無かった処から思い付いちまった。

概述の通り基本的に我々は緩やかな真の自然派で、ってよりゃ古い連中だからなるべく最初から楽器や演奏自体で所望音を出そうと奮斗してるだけ???。
は兎も角も既にMic特性補正EQは処置済みで、そこでしくじりがあったから今回追加したなんてのじゃないのよ。

目的はアンサンブル内で従兄が演った通りに聴こえる様にする事で、演奏自体に大きな欠陥があったでも無い。
だからドラムパート単体で聴けばかなり音の粒立ちや安定度も高く、我々感性では以前にもあったコンプ要らねえや状態に仕上がっていた。

それなのに全パートを鳴らすと全然聴こえない箇所が出て来て、その場所で俺の担当パートが横暴を働いたせいでも断じて無かった。
では何故ってば俺基準では現行収音方法には適さない「踏め方」になってたからで、単発時は強力Closed踏みなのが連打時の1個目の方で充分止め切れて無かったからだ。

勿論従兄は俺みたいなバスドラサイボーグじゃ無いから1個目の方が大抵弱くなってたが、聴こえなくなる程音量的に弱体化してはいなかった。
だが音色がかなりかけ離れて違っていて、只でさえ小さ目な1個目に限ってアタック音が小さく弱く籠っているのが判明した。

どおりでコンプで音量だけ揃えても効果が薄かった訳で、犯人は音色差だったのだ。
もしJ-POPのみたいに無理矢理際限なくぶっ潰せば少しは効果も出るかもだが、それでは従兄が意図的に付けた強弱を憤死させちまう。

そこでとても面倒だが「籠って弱体化してるヤツ」だけを、地道に個別にアタック音領域だけEQで増し盛りしてみたのだ。
この盛り方は例によって勝者と敗者!?のスペクトラムを睨めっこして、「違ってた場所」が同等になる様に逆算して盛ってやった。

そしたらコンプであんなに悩んでたのが嘘みたいで、良い意味で「普通」になってくれたヨン。
この普通には従兄録音時に俺は現場に居てそれがつぶさに耳に入っていて、録ってた時に聴こえてた感じが再現された様な具合だった。
電気的にもこの処置後の波形を見たら、姿は近似にアタック部のPeak音量も増加していた。

結果オーライもここまで来りゃ最早俺って天才か…は置いといて、毎度の「事後思い出し」だか一寸自分にも昔ので思い当たる節があった。
かつて太鼓宅録でコンプだけで賄おうとして四苦八苦した箇所があって、その当時はPC系は皆無だったのでどうやら病原体未発見のまま苦闘してたらしい。

俺の場合は従兄より音量低下する事は少ない筈だが、聴こえんとか小さいってのは踏み損ねてたんだとスッカリ勘違いしたまま。
厳密には不意の音色差も踏み損ねの内なんだが、音色は楽器依存度が殆どで演奏は音量基準主体と誤った判定をしてらしい。

なので該当部だけ他の箇所の倍の音量に迄持ち上げてみてたが、それでも聴こえ具合は辛うじてって感じにしかならなかった。
当時はバスドラMic不所持・Closed踏みで、その当該箇所は速いSlide Doubleの1発目だった様な…。

バスドラMicじゃ無いのと叩いてる最中の音を客観的に監聴不可な為に、出音の低域と高域のバランス差に気付けなかったのが恐らく敗因だ。
今回従兄のを聴いてたのにしたってその現場時点での耳には俺のよりゃDoubleが甘い程度で、実用上問題になりそうには全く思えなかった。

従兄曰くOn Micにすると「実際に聴こえてるのより僅かな差が拡大する印象がある」で、生身耳より「不自然に近距離」なせいでエアークッションが極端に減ってるからだろう。
依って「記録されてたData」に対しては改竄だが、聴こえてた音に対してはこの処理は寧ろ復元なのだ。

その意味では生で上手な奏者程この現象は起こり易いとも言え、遠くや厳しい音環境下でもしっかり「違いが分かる」様に叩けるのがまるで裏目に出た様なもんだ。
ド下手なら失敗と成功の差は明確だがそれが分り難くなるし、生演奏としては大成功でも奏法・録音の組合せ次第ではそれが不適合となり得る例だったんだろう。

<完>

2020年2月12日 (水)

音楽備忘録189 EQ(イコライザ)の話し① ドラムセット編Ⅶ

スペクトラムグラフと首っ引きで調整したのは概述だが、これにはそれなりの予備知識もあった方が良い。
それは使用したMicの周波数特性で大雑把でも構わんが、なるべくならグラフの「山の形!?」ってか特徴は押えときたい処だ。

その中で最初に見るべきは拾える範囲で例えグラフ中では「山の斜面」がまだ続いてても、全体の公称値より10dB位低下してる部分迄が実用的な補填可能な範囲だ。
それ以上の差になると幾らEQがオールデジタルで作用してくれても、楽音より雑音を増やす可能性も高い。

しかもそれだけその周波数で「低感度」って事ぁ、Mic振動板の反応の仕方自体が怪しくなっている可能性が高い。
そうなると特に超低域の側では振動由来の不要な衝撃成分を巨大化させちゃったりして、後でコンプする場合等その反応に誤動作を与えるのに繋がる。

なので帯域を広げるにしても「かなり小さくなってるけど辛うじて聴こえる」位の範囲が実用限界で、そんなのよりも「山の途中にある谷」の処置の方が大切だ。
この周波数特性グラフの谷はMic振動板の設計不良なんかじゃなく、大抵は指向特性を与えたが為に後から出来ちゃった弱点な場合が多い。

言い換えればちゃんと拾えはするが他より小さくなっちったよで、靴が無いから歩けるのに外へ出られないみたいな感じとでもしとこうか。
そしてこの谷は放置すると余程の幸運じゃ無い限り、出てた音の特定部分だけをもぎ取ったみたいになる。

例えば福笑いの顔の右目だけが無くなってるみたいな感じで、事故で目玉を失ったって普通は目の開口部迄無くなりゃしないからそんなのかなり異質だ。
全体が濃いとか薄いならまだしもあるべき物が全く無い影響は、視覚以上に音の方がより大きくなる。
何しろ情報量が少ないんですもの、ソースからスパイスを1つだけ抜くより塩から塩分を取っちゃったらってったらシュール過ぎか。😓

因みにバスドラEQの件で超低域温存論を提示しといたけど、この超低域の領域はMicの周波数特性次第で変動する。
つまり例えばカタログ値で下は50Hzからと書いてありゃそれより下、40Hzだったらそれより下の「全部」がこれに該当って考え方だ。

そして補填の仕方も減り方に応じて低い周波数程増加させるんじゃなく、一様に温存若しくは最大でもせいぜい6dBの増し盛りで精一杯だ。
これは狭い部屋で狭苦しさを緩和するのに大きな鏡を据えとくみたいなもんで、全く偽物だが「壁じゃない感じ」で錯覚を促す作戦だ。

もし鏡の中の方が綺麗な画になってたら実際の部屋の方が虚像みたいで、異次元とか異空間の部屋に居るみたいになっちゃって変よ。
影武者の効果があるのは本体が実在してる場合で、本人がとっくに亡くなってるのを知ってる所へ登場させたら単なるコスプレと化す。

今回の実際ではバスドラに関してはMic位置に最前を尽くしたものの、超低域に限定すれば小音量でもFloor Tomへの回り込みのの方がバランス的には大きくなってたりした。
だから極端に言うならアタック音はMixでセンタ定位にしたバスドラMicから、余韻の終りの方だけ左に定位させたFloor Tomの方からみたいな珍現象が起きてたみたいだ。

バスドラに加えSnareも含めるとCymbal用Micへの回り込みが酷く、しかしこれにはどうやらMicの周波数特性って「裏があった」様だ。
Cymbal用ったってホントはVocal用Micだから、高域より中域中心に拾っている。

故にMicへはCymbalの方が大きい音でちゃんと届いてても、不適切MicがLow Cut Filterみたいな作用をしてた訳だ。
バランス良く盛り合わせた料理の肉だけ食べて野菜は残しちゃった状態みたいで、そんな悪い子を親が叱る代わりにEQで矯正したって事ね。

これ等を総合すると明らかな谷に対しては増し盛りするが、それ以外に対しては増やすより削る方が主体だ。
湯船に浮いた垢を柄杓ですくって捨ててなんつったら汚い昭和で酷い比喩だが、要するに間違って入っちゃったのをなるべく取り除くイメージだ。

<つづく>

2020年2月11日 (火)

音楽備忘録188 EQ(イコライザ)の話し① ドラムセット編Ⅵ

相変わらずの結果オーライ大魔王の面目躍如となってるが、何故音像定位問題がEQ補正で解消したかは前回の最後のがその回答だ。
音の回り込みなんざ端っから無いのが一番だが、わざと一定に回り込ませるだなんてウィルス対策の予防接種みたいだ。

もう少し今回の補償EQの内容を補遺しとくと、取敢えずターゲットになったのはバスドラとSnareだ。
Cymbal用Micへの当初目的は、RideとメインHi-Hatが反対側に固定設置されてるのの再現だったが…。
それで何でバスドラとSnareかってば、やはり一番出音が大き目だからだ。

そもそもCymbal系は音域等のせいでやたら目立ってるだけで、物理的音量は太鼓よりかなり小さいのが普通だ。
だから過去の名作でも良く聴くと、Hi-HatのAccent Openの時だけHatが真ん中に寄ってたりしてるのが沢山あったよ。

或は逆にSnare Micに入るHat音等を嫌ってGate処理されてるのなんかだと、Snareが鳴る時だけHatが真ん中寄りになったり大音量になったりしてるのも。
もっと極端なのだとTomはキッチリ左右に広げてるのに、Ride・Hat・Snareは随分至近距離になってたりとか…。

尤も何処から聴こえなきゃ駄目なんて不文律は無いから、聴き辛い程不自然じゃなきゃ安定さえしてれば何でもアリで構わんだろう。
でもそれだけに意図せずに徘徊されたら敵わんで、今回俺等のみたいにセンタ定位させたのにあっちへフラフラこっちへではどうにも頂けない。

いいベテランが今更こんなの語ってっと、如何にもマトモな録音体験が少なかったみたいで恥ずかしい気もするが仕方あるまい。
Cymbal用Micを未だ買おうとしてくれない従兄には、今度行ったら「恥ずかしい」の連呼でも浴びせてやりますかね。

下らない内情は置いといて、しかしこうなると何等かに不備・不足があるマルチMic収音の場合EQを省くのは危険って事になるねぇ。
こっちはもしそうしちゃったら宗教上の理由とかで、親だけでまだ非信者な子供に迄手術を拒否する様なもんかも知れない。(個人的にこう云うのは拒否権があるとしたら本人のみだと思うが😓)

音質調整機能を日本語直訳すりゃ「等価機!?」なんて命名した連中が最初から知ってたかは知らんが、音色以外にも影響時があると知れば変に納得出来る名称だわよ。
面倒だし今の普段じゃ一々日本語訳する必要性が感じられないけど、もしかして今より劣る環境下で昔の人の方が深く理解出来てたのがこのせいだったらバカにならないね。

それと自然派指向の方に注意を促しときたいが、常にEQレスなのが自然な生の音では無いんですよー。
EQレスでもそうなるのは凄いMicが溢れてて、神セッティングが出来てる場合限定ですから。

中々Micやスピーカの不備はメーカ側が意識的に隠したり目立たなくしたりもしてて分り難いけど、音響機器の中で一番遅れてるのがその実情ざんす。
俺にしたって強制弟子入りさせられた師匠が、その当時偶然スピーカ製作メーカの社長だったから辛うじて実体験出来ただけある。

それと体験からも怖いのは俺言い「悪い慣れ」で、バスドラ用にAUDIX D6を買った当初は良いけど何か大袈裟と感じちゃってた様な類のだ。
巷の多くの作品でも「足りてるMic」が上手に使えてるのの方が少ない位だから、普段と違えば失格の烙印を押しちまいがちだ。

けれど今迄の普通が正しかったなんて保証は必ずあったでも無く、もし「先を知りたい」とかなら少なくともトライは躊躇しちゃマズそうだ。
思うに探求心に長けた人はそうでない人に比べたら道具への拘りは弱そうで、一方折角道具を持ててる様な人は持てて只使えるだけで満足しちまう傾向がある気がする。

その結果極一部の達人以外が知る機会すら稀有になり、本案件が何処でも殆ど語られてないのかも知れない。
次回はEQの具体内容詳細へ進むが、信じる信じないを含めて貴方の自由だ。
けれど兎に角「違った」のは事実で、少なくとも俺は今後頭の片隅に何時も置いとこうと思っている。

<つづく>

2020年2月10日 (月)

音楽備忘録187 EQ(イコライザ)の話し① ドラムセット編Ⅴ

又々出ました厄介な位相案件、俺みたいな本職だってなるべくなら関わりたく無いでごんす。
とは云えどうにも無視出来ないので、観念だけは皆様ご理解いただくのを希望します。

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単調過ぎる概念図ばかりで何だけど、一応①が位相がズレた場合・②が時間が遅れた場合を示している。
夫々赤と緑が原波形で①の水色は位相回転(音声信号の位相は回転角で表される)、②の黄色が時間的遅延が掛った状態のだ。

ご覧の通り両者はほぼ一緒でここでは面倒なので合成波を割愛しちゃってるが、黒の0V基準線より両方が上にあれば足し算・片方が下にあれば引き算になって形成される。
そうすると曲線の形が原型とは変化するの位は想像が付くと思うが、音としてはグラフでの変形=音色の変化となる。

その音を具体例示すれば①はPhaser②はShort Delayがその典型で、意図的に利用するならこの音色変化は有難い現象だ。
一寸後出し感はあるが①②の違いは2つの波が両方共最初からスタートしてるかどうかで、原理的にはたったそれだけの違いで別の音響効果に聴こえている事になる。

現実には一般的なGuitar用等のPhaserではFeedbackも併用して、位相回転で得られた癖を更に強調したりしている。
それとPhaserでは通常位相角を時々刻々と変化させてるので、連続して聴けばDelayと似た処なんて感じられなくて当然だ。

けれどPhaserもShort Delayの派生形のChorusも一般的なのなら
どっちも上品さではかなり近似で、Chorusでは位相角の代わりに遅延させる時間を継続変化させている。
これ等は伴奏としてのコードカッティング等に頻用されてるが、周囲音に対しての具体的効果は他より目立ち過ぎない等がある。(勿論音色が豊かになる等の方がメインだが)

これがドラムセットマルチMic収音で意図せず起きるとほぼ害悪オンリーで、モノラル再生時なら明瞭度の低下を招く。
それでも太鼓は伴奏としての使用の方が圧倒的に多いんだから大した事ぁ無いが、ステレオで上図の赤と水色が違う場所から出るとなると只じゃ済まなくなるのだ。

PhaserやChorusのStereo仕様のの目的は、モノラル音源に拡がりを与えるのも大きな役目だ。
それも特定の状態が続くだけじゃつまらんからと、わざわざ可能な限りのあらゆる状態が得られる様に企図されている。

音源がステレオのにこれが起きても広さがある点では変わらないが、「何処から鳴って何処へ響く」は時々刻々変動する様になる。
ドラムセットやノーマルな生Pianoでは勝手に位置が変わっちゃ不都合で、鳴らす音次第で聴こえて来る位置を変えてるのは楽器の大きさを表現しただけのつもりだからね。

この中で今回案件でより問題になるのは、実際とは違った回り込みの量的変化が起きてたからだ。
具体例を2つに絞ってバスドラとRide Cymbalのを挙げると、奏でられ方次第で次の様な現象が起きている。

バスドラは普段は低音主体だがアクセント時等はアタック倍音が一挙に増えてたりするが、中域だけしか拾えてないとあたかもアタック音だけが回り込んだのと同じになる。
故にアタック音が大きい時だけ干渉作用が働くから、それ以外の時とまるで違う場所から鳴ったかの様に聴こえてしまうのだ。

Cymbalの方は丁度真逆で軽く鳴らした時は無変化だが、強く深く鳴らして中域成分が増加した時だけ緩衝作用が働いてやはり場所が移動してしまう。
記録されてる音自体にある音色変化が無けりゃこうはならないが、一番大事な処を無くす訳にも行かないし完全に無くすのだって無理だ。

道理でレベルバランスとPanpotだけじゃ、幾ら弄ったって解消しない訳だわ。
せめて「回り込みの質」が一定だったらUltra Short Delayは掛っても、それ以外の変な癖は付かずに済むんだけどねえ。

<つづく>

2020年2月 9日 (日)

音楽備忘録186 EQ(イコライザ)の話し① ドラムセット編Ⅳ

前回「バスドラ収録音のサブソニック成分(超低域)は迂闊に削るな」、って言い方はして無いがそこ迄辿り着いた。
これの補遺と本題の補償EQの実態へ入ってくが、サブソニックの信憑性から触れとこう。

先ずクジラ(Mic)の出力はトランス式平衡出力で、Micプリは電子バランス型だ。
ここでUSB変換されPCへ入ってくが、上記2点で理論的には直流成分は除外されてるだろう。
特に電子回路では大抵何処かにカップリングコンデンサが介在するから、直流は通せんぼされてる。
トランスの方だってMicに内蔵出来る様な小型では、DCはおろか低域はかなり減衰してて当然だ。

なので今回体験以前の俺はその正体が雑音等である確率が高いので、後の事も考えて迷わずCutしてたのだ。
特にデジタルだとアナログのみたいにどんどん削がれる事も無いので、EQやコンプを掛けた時に異常反応する危険が残ったりが想定される。

下手に聴こえないものに反応されても対処が面倒になるだけで、聴こえる処を所望迄持ってけなくなったりもするからね。
しかし上記原因でどんなに少量になってたとしても、あるべき物が綺麗サッパリ無くなってれば変化を感じてもおかしくはない。

なので害が出る迄は少なくとも削らない事とし、取敢えずはMicの性質で減ってると思しき個所と量をスペクトラムを見乍ら実施してみた。
その結果生耳に音色が近付いたのは当然として、バスドラの粒立ちが聴感上揃って来たのが嬉しい誤算だった。

これには奏者の腕も大いに関係するがビータに¥10玉を貼りたい様な勘違い野郎を除けば、アタック音で強弱の加減をする人は低音がやたらと響く様な場所以外じゃ居なさそうだからだろう。
こうしてアンサンブル内で聴こえ易くなると必要最低音量が低下して、現状では元が控え目だったから変えてないが邪魔だったら下げられる余地が広がる寸法だ。(具体的ご利益は後でまとめて)

Cymbalの方では上を上げる他に太鼓基音の回り込みの方が大きい位になってたので、中域から下を大胆にバッサリ削ってみた。
これだってホントはCymbalも「叩いて鳴らしてる」んだから、低い周波数帯に「衝撃音成分」が含まれてる筈だ。

それなのに今回のケースでは温存しなかったのは回り込みの他に、音源からMicの距離が遠目なのも含まれている。
音源近接仕様のMicは普段の使用想定距離より遠ざかると低域収音性能が俄然低下するので、幾らもマトモに拾えて無さそうだったからだ。

バスドラだって今回式じゃ超低域成分は実際出てたのの1/10も拾えてりゃ御の字だったろうが、従兄から全く異議が出なかった処をみるとCymbalではもっと拾えてなかった様だ。
但しBeatles時代のRingoなんかのを聴くと、Cymbalの低域成分が維持されてて深みに勝るのなんかもあったから考え処だ。

結果はこれも補償EQ後のの方がらしくなったし聴こえが良くなったが、それ以上に大きな効力を発揮したのが分離度と音像定位度の著しい向上だった。
何故そうなったか分析してみると、一言で言うなら各Micの悪癖を抹殺出来たからだろう。

悪癖っつったって不適切な使い方をした俺達が真犯人なんだが、裏を返せばMicを適正使用すりゃ何も弄らなくても最初から分離や定位の問題が出難くなりそうだ。
こうなるとは思わずにEQしたから考えて無かったが、分離と定位を問題視しなかった訳じゃ無い。

宅で個人で暫定バランスを取った際バスドラとSnareトラックはPanセンタにしても寄って聴こえるので、その分わざとPanを振って補おうとしてたりした。
処がこれだと問題が残って、曲中の場所に依って位置が移動しちまうのである。
熟考すりゃ音色・音量・ステレオ以上時の定位には密接な関係性があるが、「不適切な拾え方」のせいでこんなに影響が大きいとは今更だが一寸驚いた。

この「回り込み」案件で誰もが気付くのはその量だと思うが、もし量だけならレベルバランスを変えるだけで解消する筈だ。
それがバランスだけじゃ対処し切れなかったのは、位相の問題も内包してたと考えるべきだ。

因みに本件みたいに求めて無い場合は迷惑な位相による定位移動も、サラウンドでは上手に活用して所望音場を獲得している。
次回は何故音色調整と位相がBad Linkしたかだが、アナログ電子回路のみたいに位相回転が起きたからじゃ無いのだけ漏らしとこう。

<つづく>

2020年2月 8日 (土)

音楽備忘録185 EQ(イコライザ)の話し① ドラムセット編Ⅲ

毎度前振りの長いのの反省も込めて進めてくとして、今回のお題は低域と高域の補償だ。
それに際し先ずはMicの「不適切」の件からだが、特に海外製定番Micについて従兄を始めとして案外正確な認識が足りてないのから行こう。

先ずバスドラへ通称「クジラ」(Sennheiser MD 421)を用いるのについてだと、駄目と迄は行かないがちっともBestでは無い。
それなら本来だとAKG D 12(有名なD 112の先祖)とするべきで、実際あちらの過去例ではそうなってるのが多い。

ここから私的怪しげ推察だがこれの風貌が紛らわしく、Sennheiser MD 409とかなりそっくりさんなのだ。
俺自身従兄依頼で調べた際最初こんがらがった位で、用途的にも一応違っちゃいなかったから余計にだ。
処がこれのDataを見ると同社のクジラより狭帯域で、低域の落ちも早いし大きい。

それでどっかの俺みたいなアホが勘違いして、409で良いなら421の方がもっと良いなんて思ったのかも知れない。
実際Shure SM57等よりゃ421は広帯域だが、「出てる低域が一切削れない」のを前提とするとツインタムセットの2Tom程度が限界だ。

なのでもしこれから買うなら気を付けた方が良いが、従兄宅の件は「ある中から選んで」なので仕方無い。
但し非最適でEQ補償しても劣るのは、「その太鼓を鳴らしてない時」の相違だ。
従兄は俺言いとても「雑音の少ないDrummer」なのでそうでも無いが、昔の俺みたいな下手クソだと「目的以外の不要雑音」の方をより大きくするだけになるケースが出て来そうだ。

特に強制Closed踏みで打面裏収音の場合、ビータが皮から離れてる時にFloor Tomが鳴るなんてケース。
踏んだのより共鳴したのの方が低域成分が多く鳴ったりするので、後でパンニングしても何か設定よりFloor Tomが時々真ん中寄りから聴こえるなんて事も。

これ位で戻るとして仮に非最適なのしか使えないとして、それでもマシするには「同じ位つづ削れる」様な選択をすると助けとなる。
例えばどれに対しても2倍音はそれ用に構えたので拾えてるなんてので、どれかだけを忖度したい様な時でも全体のバランスは無視しない方が安全だ。

これを今回の従兄宅のでみてみると、太鼓用のは一応許容範囲に収まっている。
Cymbal用がコンデンサタイプじゃないのはその時点でアウトだが、それでも当初のSM58だと歪みぽかったからAUDIX OM3に変えて少し改善している。

只何れにしても低域と高域がこんなのそのままじゃ足りる訳も無く、特に程度の酷いバスドラとCymbal用のの補償EQを先ずはやってみた。
この内後者はそもそも拾える帯域が足りて無いから俺には大問題だが、かつてのLivehouse業で高域聴力を落しちまった従兄にとってはセーフと感じられてるみたいだ。

その代りなのか従兄はヲタの俺より何時の間にか低音にはウルサくなってたみたいで、Audacityで非可聴帯域の超低域を削ったら「何か風圧感」が無くなったんだけどなんて言い出しやがった。
言われなきゃ気付かない俺も杜撰だが、これにはチィとばかしカラクリがあった。

音声信号は交流としてしか存在し得ず、是迄アンサンブル全体の場合は不要低域はCutしといた方が好結果だった。
極度の低周波交流は極めたらゼロHzつまり最早直流となり、直流かそれに近い成分を含んだままスピーカで鳴らすと不都合が出る。

そんな帯域は音としては聴こえないが、スピーカは電磁石駆動なので無反応では無い。
つまりコーン紙が「偏った位置」から振動する事となるので、最悪の底付きが起きぬ迄も音色に変な癖が付く可能性は高まる。
聴こえないのに聴こえるのを邪魔する様じゃ一文の得にもならんから、気の利いたデジタル系のソフトにはDC Offset除去機能が付いてたりする位だ。

それなのに従兄が注文を付けたし実際聴くと一寸違っちゃってたのは、音としてなら無駄でも「空気の動き」としての要素に影響してたからだ。
元々バスドラの「生の音」自体が状況に依っちゃ全部が音として聴こえてなんかいなく、振動や風として人が感知してるからだろう。

<つづく>

2020年2月 7日 (金)

音楽備忘録184 EQ(イコライザ)の話し① ドラムセット編Ⅱ

具体的内容へと進めて行くがその前に、マイキングで詰められる処迄詰めたのは記しとこう。
出来るのにやらないでEQへ頼ると、音色は何とかなっても別面で副作用が強くなるのであるぞなもし。

普通EQの話しったら○○なら何△Hzを□dB上げ下げなんてなるが、それも無視はしないがここでは別面へ及ぼす影響を主体とする。
では別面とは何ぞってばアンサンブル全体の聴こえ方が変わり、特筆すべきは「聴き易くなった」処だった。

俺も従兄も云十年以上も長く沢山経験して来たってのに、今回程顕著に明確に体験した事は無かった。
事後分析だがどうしてそーなったってば、今迄の多くはドラムが一番最初かそうで無くても早い段階で録ってたからだった様だ。

今でも個人的な希望としては可能な限りドラムファーストが変わって無いが、従兄の多忙と体調不良・こっちは入れるパートが多かったので間に合わなかったらを危惧した結果逆順になった。
因みに俺が太鼓先を求めるのは特にBassの事情に依ってて、エレキBassには生ドラムみたいな広いダイナミックレンジが無いからだ。

片方だけ聴こえるんでも良きゃ別だが、常に両方がバランス良く聴こえるのを目指すとBass先では厳しい。
そりゃBassを大き目にしときゃずっと聴こえてるが、それすると今度はバスドラが弱い時に太鼓なのかBassをぶったのか分からん様になったりするからのぉ。

この危惧はやはり「太鼓を録っただけ」の段階では的中してて、内心はそれ見た事かなんて悶々としてたもんだ。
加えて俺基準だとMicに「無理な使用法」もあった為、綿密にセッティングしててもマルチ収録時の弱点がかなり強く出ていた。

その弱点とはドラムセット各音をPanpotで振ったのに、音像が設定通りの位置へ必ずしも定位してくれない処だった。
元がそう云う配置なんだから仕方無い側面はあるが、SnareはHat側・バスドラはRide側Micへの回り込みのせいか少し寄ってる様にも聴こえたのだ。

こうなってもし後で手に負えないと嫌だからCymbal用のMicを早く用意してって頼んでるが、どうにも昼行燈で渋ちん君なのか現況では進展が無い。
そんな状態だから音像定位面では密かに秘策も練り出してたが、完全に想定外だったのに一寸EQ補正をしたらそんなのどっかへ飛んでっちゃったぞい。
いやはやくらばらくわばら、先走って沢山愚痴らないどいて良かったわ。

まだ太鼓EQは完結してはいないが、取敢えずの指針として今回は先にスペクトラムを見て考える作戦とした。
是迄我々はドラムセットはちゃんとPCで録った事が無かって、一寸した出来心(正しくは好奇心と云う!?)もあった。
それは不適切Micで実際より拾えてない処があるにしても、どこがどれだけ落ちてるかが読み取れそうだったからだ。

尤も分析結果の解析には多少事前条件が必要で、Micの周波数特性と鳴らした楽器の音程(周波数)が極大雑把で構わんが知っといた方が良い。
それと楽器周波数の方は倍音豊富なのだと基音の方が小さくなってる場合もあり、しかし例えば基音が100Hzだったら2次高調波(2倍音)は200Hzと必ず基音の整数倍になってるのも覚えとくと便利だ。

一寸脱線するがついでなんでスペクトラム分析の活用法として、Micの位置決めの時点から有用なのも付記しとこう。
現況我々はまだ実践して無いが生耳で聴いた感じとグラフの様子があまりに違ってたら、その位置が少なくとも美味しくないのだけは確実だ。

耳が肥えてるとか鋭い人には不要気味かも知れないが、基礎レベルの周波数知識はどうせEQする時に完全に避けは出来ない処だ。
今の時代録音からデジタルを完全排除するのも困難なので数字嫌いだと辛そうだが、その代り数字で設定すればズレる心配等が無いのも確かだ。
昔のアナログのだってツマミに目盛はあったけど、目盛の間の中途半端な位置だと毎回確実に同じには無理な相談だ。

因みにⅡで俺は根のタイプとしては数字好きではなさそうだが、男の子特有のキッカケが原因で好きも嫌いも無意識になったみたいだ。
自動車の性能を比べるのに免許が持てない内は試乗出来ないし、お高い特急列車だって昔のガキの小遣いじゃ到底乗れやしない。
そうなれば所謂「スペック」を見て想像するしか無いが、何らかの元からある自分の興味と結びつくとこの壁は無くせそうだ。

<つづく>

2020年2月 6日 (木)

音楽備忘録183 EQ(イコライザ)の話し① ドラムセット編Ⅰ

機械的にはToneコントロール(音質調整)と何の違いも無いのに、何で録音とかじゃEqualizerなんて呼ばれてるのか。
レコードのPhono EqualizerやテープレコーダのTape Equalizerは、記録方式の都合で変な音になってるのをホントに「元に戻してる」が。

最近の録音現場じゃEQは「積極利用」が当り前なんで、これは使い道としては演出だからEQってよりToneと呼んだ方がお似合いな気がする。
それでもデジタル化してPCやスマホ内部へ棲み付いても、Mixer卓の音質調整機能の呼称は未だEQのまんまだ。

この件を極最近偶然実体験したのでそれを記して行きたいが、それは俺言い「不適切Mic」での収録が原因だった。
現行共同制作者の従兄の調子が漸く出て来て、今年に入って少しづつドラムパートの録音が進み出した。
プレイ内容には俺も満足してるが上記俺言いのせいで、何となく生耳に聴こえたのより録ると「ゴチャついた」音となってしまった。

近年の基準からすれば
使用Micとその方法に明らかな不足があり、従兄はあまり気にならなかったみたいだがこれが見事に結果に反映していた。
音響屋の立場としてはこりゃぁチィと面倒なのが録れちゃったぞで、当初は果たして上手く料理出来るか不安が過った。

俺自身のサウンドなら目指すゴールが明確なんで、収録方法や音響処理の順番がどうであれ迷いは無い。
だが従兄は自然派指向が強い乍ら「Cut&Try」から気に入ったのを採用する口で、若干の近似例は過去にあったものの自ら進んでマルチ録りするのは珍しくも今回が初だった。

彼は今でも不変だがDrummerとしての「音のアイデンティティ」が強いのか、叩いてる時に聴こえたのとニュアンスが違えばそれがどんなに僅かでも絶対に許さない。
大多数のCut&Try派は所謂結果オーライでOKが出るが、そうは行かぬのが厄介ってば厄介だ。

純粋に奏者としてしか参加しないならそんなにウルサくも無いが、かつての生録やオーディオのヲタとしての血が騒ぐのかも知れない。
それならもうベテランも良い処なんだからとっとと「自身の手法」を確立しといてくれりゃ助かるんだが、今頃になってそれを模索中らしい。

もどかしい事この上無いもしかしドラムの音を熟知してるのは大きな財産で、本邦の音響技師は海外比だと楽器の「生の音」を知らないのが多過ぎるのも確かだ。
俺知りではこの本邦での悪癖は’70年代頃から、まだニューミュージックなんて呼称の無かったその系統のから始まっている。

それはバスドラの音が誰がどれを何処でどう録ったのでも、全く同一な音色に処理されてた辺りから始まっていた。
演歌でもフォークでもRockでも同じだなんて、当時のアホガキの俺にだって絶対変なのは嫌でも分かる。
それでもレコード会社が同じだったらまだ分からなくも無いが、何処の会社のどのジャンルでもってな幾ら何だって異常事態なのになんで通用してたのか未だ理解出来ない。

今これを考察してみると結局は当時から生の楽器音を軽視してたか、知らないままで従事してる者ばかりだったからの様にしか考えられない。
そんなにしちゃうと何が不味いってば、状況次第で「その楽器」の音に聴こえなくなるからだ。

幾ら結果オーライってもアンサンブルの編成が違って聴こえるんじゃ、そのグループの特徴が1つ無くなったも同然だ。
意図せずにドラムがリズムボックスみたいに聴こえたら、Drummerの居ないグループになっちまうからよ。
テクノ系みたいにわざと「
もしかしてあの人達サイボーグなの」ってするんなら、機械的に聴こえても人が叩いてるかもと思って貰えるけれど。

それを思うと盛り捲り演出するにしても、太鼓やCymbalに聴こえる範疇を逸脱したら不具合があるのが分かって来るよね。
元々「EQ」の呼称は外来のをそのまま持ち込んで使ってるが、恐らく本家の人達はこれに最初からそして今でも全員が理解してるからなんだと思うのよ。

時に盛る事もあれEQの基本は「修正」で、聴こえたままに「戻す」のが第1目的なのさ

今回体験ではそれを当初から意図した訳じゃ無かったが、EQしたら音色以外にも多数の変化が全体に及んだのだ。
Mixingの基本は①マイキング②レベルバランスだが、どんな達人でもこれだけで完璧に持って行くにはある条件が必須だ。

最適なMicで最適配置が可能な場合で、これは弱小や不完全な環境下では正直無理だ。
例えば従兄宅ではドラムセット周りの広さは足りてるが、Micの他にもStandが限られている。

<つづく>

2020年2月 5日 (水)

音楽備忘録182 Metal系でビータに¥10玉を貼る(大馬鹿!?)Ⅷ

前回一寸言及した爆音製造楽器について、この際だから「正しい認識」を伝授しとこう。
特にMarshallの3段積の壁なんかに、少しでも興味があるなら必読だ。

俺みたいに音響屋でもある身からすると今でもそうなんだが、出来ればPAで自分の作った音を改悪して欲しくない。
これはオペレータにケチ付け様ってんじゃなく、専属で充分把握する機会なんかを持てなきゃ大して良く出来なくたって当然だからだ。

今はPAを通るのが当り前認識になってるから同感してくれる人が少なさそうだが、本来なら誰だって余計に弄られたくなんて無い筈だよね。
これが只の会話だったら助け船なら欲しくても、良い処をしゃべってる最中に横槍入れられるのは誰だって嫌でしょうよ。

んでMarshallの昔話しに戻ると当時はVOXやFenderもだが、PAメーカとしても結構有名だったんですわ。
つまり3段積は楽器Ampってより、Guitar専用PAって発想で元は作ってたのよ。

そもそもエレキの発祥からしてラッパや太鼓を思いっ切り鳴らされるとGuitarじゃ全然聴こえなくなって困ったからで、俺は作ると面白いと思うが管や大型打楽器に電気式(エレキ)のが出て来んのは多分そのせいよ。
そんな風に爆音が得意な楽器で明瞭度がどうのなんてぇのは実に野暮なもんで、寧ろ如何に余計な所で大きくなり過ぎん様にする方が腕の見せ所の筈なのよ。

その後Ampがモンスター化し過ぎてDrummerは爆音の出せる人かどうかが選ばれるみたいになってったけど、楽器の平均サイズが小さくなってるのを見過ごしちゃアカンよ。
Classicオケの大太鼓はMetal系のより大きいし、そのMetal系セットのサイズの参考になったのはJazzのBig Bandのが由来だ。

実例を幾つか挙げとくと全体がJazzの場合Buddy RichのBand、DrummerだけJazz出身だとCreamやStonesは弦楽器Ampが100W超となっていた。
俺自身後から知って最初は驚いたのがBuddy Richの所のBass AmpがStonesのと完全に同機種だった処で、更に後で冷静になって考えりゃCharlie WattsだってJazzの人だったんだよね。

それと本邦では従兄以外にこれを言う或は分かってる人が少な過ぎるので念押ししとくが、Ringo Starrってなとんでもない爆音屋さんですからね。
演奏してる様子や風貌からだとそうは見えんのも分かるけど、だったらVocal Amp(楽器PAレス)でどうやって野球場とかで演奏出来たんでしょうねぇ???。

お客さんはお年頃のお嬢さん方中心で、赤ちゃん以外では女性の悲鳴ってなとんでもない爆音ですぜ。(出てる声はほぼ一緒か…)
客に聴こえる以前に合奏するメンバーに聴こえなかったら合わせらんない訳で、印象だけで思い込まず筋道立てて考えりゃいとも簡単に気付ける筈なんですがね。

なのでもし汗かくのなんて今時格好悪くて嫌なんだったら、「必ずあるPA」も考慮して電子ドラムで道を切り開いてくとかもうそんな時代なんじゃないのかな。
「PAから聴こえた太鼓」とか「録音時の音処理加工済み」のを生で出そうってのに無理があり、幾ら頑張っても印象のみ似せる程度で限界ざんす。

電子楽器→電気楽器→生楽器となるにつれ、極端な音色は出し難くなるもんでゲス。
けれど電子の場合何でもどうとでも出来る代わり、真の意味での「電子楽器の音色」と云うものが存在しなくなっちゃっとりゃーす。
弄りたい時ゃ少々不便でも、必ず太鼓なら太鼓に聴こえてくれるのが生楽器の有難い処じゃ御座んせんか。

なのでもし「¥10玉どうのこうの…」なんて感じる様だったら、ホントは欲しいのは生の太鼓なんかじゃないのかも知れないよ。
例えば「大砲みたいなバスドラサウンド」を欲しくなったとして、昔ならホントに大砲鳴らすか奏法を工夫して生太鼓使うか位しか無かった。

尤も大砲は短間隔の連打が無理だしで見世物とか面白位でしかやられてなかったが、電子ドラムだったらゲームのみたいに幾らだって乱れ打ちも出来ちゃうねぇ。
或は古来のスタイルや様式を重視するなら、もっとでっかいのをガンガン鳴らして欲しいな。

そんなの馬鹿っちゃバカだけど、他に無い面白さや迫力があるのは間違い無いから。
何ならMetal系じゃ無いけど、誰か30inchのLudwigとか俺にくれないかな!?。
あったら必ず絶対にジャンジャン使い倒しちゃうから、人の迷惑顧見ず…。😓

<完>

2020年2月 4日 (火)

音楽備忘録181 Metal系でビータに¥10玉を貼る(大馬鹿!?)Ⅶ

前回「ヘッドの裏でも倍音出せ」なんて妙な事を言い出したが、表側程には行かずともコレそんなに難しくは無い。
只問題は低域と高域のバランスで、バスドラらしい音を出そうとするからシビアになって来るだけなのだ。

高域が出る→細かい振動がし易い皮(ヘッド)がどんなのかつったら、極力「薄い」ヘッドだ。
そんなのだったらビータが皮と触れる瞬間の太さは困難でも、それ以外の衝撃から来る振動には敏感に反応してくれる。
薄けりゃ厚いより柔軟性が上がるし、僅かでも質量も減るからそれでより細かく振動してくれる。

尤も薄皮だとアタックも何も分厚いのよりも、
明らかにそれこそ薄っぺらい音色になるのが避けられない。
だが物理的原理としては口径が同じなら音程的には大同小異な筈で、しかし同音程にチューニングしといても少なくとも印象としちゃそうは聴こえないのが実情だ。

ここで一旦原点を振り返って歴史を学ぶのも大切で、今よりPAを筆頭にチープな機材でどうやって明瞭度を確保してたのかだ。
今と比べたら全然音数は少ないし遅かったんだからなんて舐めたらアカンでぇ、それ以上に圧倒的に音的環境は厳しかったんだから!。

目の当たりにして来た俺からすると、最近のMetal系では音的ビジュアル面で大きく変化した処が気になる。
それはバスドラの数とサイズで、昔は他ジャンルと比べると圧倒的にバカでかいのが2つあった。
今だって26を使ってる人も居るにはいるが極最近は少し戻りつつあるものの、当時のは20を1つだけでも全然珍しくない中での26を2個も
だかんね。

そして重要なのはそれが見栄えより音の都合でそうしてた処で、Metal系も黎明期にはそれ用の物なんて売られて無かったのと関係があった。
バチならマーチング用の太く重いのが既にあったが、皮が今比だと薄っぺらで細目の音の出るのしか無かったのだ。

そんな皮じゃ足りるだけの低音はサイズでしか稼げなかったのと、生身の太鼓だけで200W以上のMarshallに対抗するには他に方法が無かったのだ。
因みにこの200W以上なんてのも「楽器音はPAに依存しない」のが当り前だったからで、Bass AmpのAmpeg SVTが300Wでスピーカが2つなのもBeatles解散後のStonesのLiveで兎に角先ず皆に「聴こえる様にする」為だ。

今は道具の発達でそこ迄しなくても低音は出せる様になったが、理論的には若干無理してっから決して万能とはなっていない。
身近な処ではオーディオスピーカがその典型で小型でも低音が聴こえるっても、スピーカの低能率を許容してAmpに頑張って貰ってるだけなのだ。

現代は一般生活の場では小型は至上命題だから他がどんなに非合理だろうと通用してるが、爆音の要るPAのウーハは幾らも小さくなってないでしょ。
つまり下が出せる代わり上(高次倍音)は出せなくなってて、両方欲しいなら実は一番最初の大昔のやり方は元々「そうなってた」のを皆忘れちまってる。

①ノーミュート
ミュートすると倍音が減るから低音が増えたと錯覚させられるが、全体音量は僅かでもすれば必ず落ちるから「ミュート」なのだ。
②両面張り
どんなバスドラでも片面張りでは打撃力が外部へ逃げてしまうので、胴の共鳴度が必ず減って低音生成量が減る。
③ツインペダルなんて使わない
当時無かったからってばそれ迄だが、シングルのより関節部等でパワーロスが多いのは確かだ。
これは限界高速域に於いても同じで、仮に速度だけ足りさせられてもパワーが全然及ばない。

時代も流行りも今とは違うからそのまま導入しろとは言わないが、恰好のサンプルがあるのにそれを無視したんじゃ愚の骨頂だ。
又ツーバス興味が薄かったのと昔のチープな録音のせいで今頃迄気付かなかったが、ツーバスにはBothって両方を同時に鳴らす技が昔からあったらしい。

今みたいにPA常用しかもどっちかってば「非力な人が助かる式」が主流ではこれの効果は出し難そうだが、2個無いと絶対出来ないこう云うのを軽視するのは勿体無い。
数と速さだけなら俺みたいな達人???になればシングルペダルでもそこそこ対応出来るが、どんなにバカテクになれたってこれはもう理論段階で不可能だ。

<つづく>

2020年2月 3日 (月)

音楽備忘録180 Metal系でビータに¥10玉を貼る(大馬鹿!?)Ⅵ

今回からは俺は左程求めて無いが明瞭なアタックを得る方法を記してくが、やはり最大要因は俺言い「踏め方」だ。
どんな硬質なビータを持って来たって踏まなきゃ音色もヘッタクレも無い訳で、ってこれは極端過ぎっけど。

もっと論理的に言うなら「動かす」アイテムは適してるに越した事ぁ無いが、使い方が効力を発揮出来る様になってなけりゃ只の気休めになっちまう。
この点で打数や打撃間隔を脇に置いとくと、最適なのは強いClosed踏みだ。

Closed踏みだとどうして倍音が多く得られるかってば、打撃時の接触面積を最大化出来るからだ。
拍手する時どんなに力を込め素早く打っても、指だけが当たったんじゃ掌が面で当たった時みたいな大きな音は出せないよね。

処がClosed踏みにも弱点があって「キッチリ止めてる暇が無い」場合で、短間隔の連打の1打目なんかがこれに該当する。
Metal系では速い連打時にこそ明瞭度がより欲しいんだから、それからすると完全なClosed踏みじゃなくても何とかなってくれんと都合が悪い。

でそれにはペダルバネが弱い程圧を掛け易くなるのが余計影響して来るが、 Closed踏み迄行かなくてもどうしたら接触面積を広く出来るかが争点になって来る。
俺が硬いビータをあまりお勧めしないのもこれが原因で、ウッドビータみたいに丸くても¥10玉みたいに平らでもヘッド側の凹み加減と不一致になるからだ。

硬いビータじゃ圧が掛っても変形し難いので、踏む強さが一寸でも適正から外れればヘッドの凹み具合の変化に追従出来なくなるからだ。
それでも敢えて非推奨路線の可能性を追及してくとして、かなり平らだが僅かに真ん中が丸く出っ張ってる形状のビータだと面接触積が割と稼げそうだ。

但しそれには細かい条件を全て揃えないとならなくて、ペダル・ビータ・バスドラフープの巾・ヘッド…果てはバスドラサイズ迄理想的でなくてはならない。
これを比較的確実に得られるとすればメーカを統一するとか、最初からこれ等全てが「セットで設計」されてるの辺りだろう。

体験から例示しとくと昨日従兄の所でTAMA ImperialstarをSpeedking(ビータ込み)で鳴らして来たばっかだが、宅のLudwigで演るよりパワーが出し難かった感じがした。
フープ巾差はちゃんと測って同等になる様にペダルの位置調整はしたのでそれ以前よりは大分マシになったが、シェルの違いから来るヘッドの動きの差が影響してる様だった。

この様に硬いビータじゃ最適状況を確保するのがシビアなので、それからするとあらゆる状況でビータの方がヘッドの凹みに追従出来る方が良さそうだ。
強く踏む(ホントは強くより勢い良く)のは決して楽じゃ無いが、強制的にビータ形状とヘッドの凹み形状を常に一致させれられのはこれだけだ。

それと音響屋として見過せないのが「Mic」の位置で、バスドラだけ殆どの場合少なくともメインは打面ヘッドの「裏」からの収音になっている。
低音の親戚は振動だから間に遮る物があってもそれが揺れられれば伝わるが、高音は高くなる程「直」じゃないと途端に伝わらなくなる性質がある。(高音には物を揺さぶるパワーが低音みたいには無い)
これを極端比喩すれば、Vocal Micを「頭の後ろ」に立てといて歌う様なもんだ。

前テーマのMicの項でも触れたが、高音は高くなる程遮蔽に無力な他「伝わる方向」(指向性)も低音より断然狭い。
なのでこの点ではバスドラ打面の「表」が聴き手の耳の真正面になると、漏れなく倍音を聴かせられるだろう。
とは言えそれにはドラムセットが高い位置にあって、Drummerのお尻が最前列客の眼前になっちゃうから全くイカさなくて無理っぽいけどね。😃

ではどうしてバスドラだけ「裏Mic」が多いかってば、位相を合わせるのと必要な低音を優先的に獲得する為だ。
位相については素人には複雑なので極度に単純化すると、要するにこうすればお客さんの耳とMicの向きが同じになるからだ。
尤もMic云々が登場した時点でもうそれは電子力の一部であるから、「生で」の条件だと逸脱している。

でもそんな按配ですんで折角¥10玉貼っても、それで出せた(実際は超「低効率」ですが)高音はヘッドに遮られてお客やBandメンバーにはロクに届いてませんでしたってね。
なので高域倍音を増やすにしても「ヘッドの裏でも増える」のじゃないと非実用的で、それには裏表無関係に「ヘッド自体が倍音を良く出せる」状態を求めるのが効果的なんスよ。

<つづく>

2020年2月 2日 (日)

音楽備忘録179 Metal系でビータに¥10玉を貼る(大馬鹿!?)Ⅴ

ビータに¥10玉を貼ってみようかって中でもMetal系の人だったら、最善の解決策は「トリガー」の導入なのは言う迄も無い。
只俺(オッサン)は今からするんだったらもう古いから、散財する前に熟慮するのをお勧めしたい。

年寄りの特権としてそこへ至る迄の経過を実体験した身からすると、トリガー利用の音源並鳴の音は本来のバスドラからは掛け離れ過ぎのも多いからだ。
それでも登場したのは他との差別化や新味を求めたからで、この手のギミックが真に有効なのは実用化第一号の人のみだ。

だからどうしてもそんな音色にしたいなら、もうエレドラ(電子ドラム)にしちゃう位の思い切りが欲しい。
勿論只買って来たままで使えばちっともMetalっぽく無いが、痛車じゃ無いけど自分流にアレンジすればええんよ。
少なくとも俺知りじゃまだやったヤツは居ないみたいだから、穴場だと思うんだよねぇ。

このアレンジの件は寧ろ最近になる程誰もやらなくなって来てて、古くはサイケデリックペイント辺りが嚆矢だったろうか。
楽器でMetal系らしくしたのだと、Van HalenなんかがBand全体で典型的だ。
彼等が求めた当時にバスドラの深胴やハムバッキングPUの付いたストラトは未登場で、寧ろ彼等が上手く作って使いこなしたからこそその後当り前の存在になったんだ。

ファッション面では全身黒尽くめや鋲付き革のリストバンドとか市販品か自作かは別として、Rock系でそれを明確に打ち出したのは服ならBlack SabbathやRitchie Blackmore位からだったな。
リストバンドでは無いけれど「鋲」みたいな金属では、John Lennonの「パイソンストラップ」の印象が強かった。

しかし工作が苦手とかアイデアを出すのが苦手な人も居るだろうし、そこ迄オンリーワンを目指して無いよも居るかも知れない。
ではそんな恰好良く云や王道派だとしたら先ず何処から着手すべきかってったら、最初は暫定措置でも全然構わんからペダルバネを弱くしてみるのだ。

今ある全てのバスドラペダルの基準機ったらLudwig Speedkingなんだが、昔は長らく高価だったしやっとお値頃になったら途端に製造終了したのが2014年の事だった。
それでも6年前まで新品が中古なら今でも豊富にあるのにMetal系で使われなくなったのは、ツインペダル仕様が無いのが一番の原因かも知れない。

俺も自分で持てて初めて認識したんだけど、これのバネが他の最近のと比べたら滅法弱かったんだ。
でも弱いったって耐久性が無いとかじゃ無くて、踏もうなんて全く思わなくても脚が乗ったらそれだけで行っちゃうって意味よ。

21世紀の若者だと何でそんな過去の遺物か骨董品をって思うかもだが、沢山とか強くとか大きく踏みたい昔の人は殆どがコレを使って初めて実現出来てたからなのよ。
とは言え見栄え的にもクラシックなので本家は止すにしても、せめてバネの弱さだけは体験しとかなきゃだ。
その最もコンビニエンスな方法は従兄の太鼓の先生の受売りだが、バネを外して代わりに適当な数の輪ゴムを付けちゃうヤツ。

必要最低限のバネ力にするメリットは高速性能とClosed踏みの保持力強さで、後者はタイトなアタック倍音を生成する源だ。
バネは強めの方が一見ビータの戻りが速いから、ただちに次を踏むのに良さそうな気がするだろう。
でもホントに速く動かすには、どんな抵抗分子だって邪魔者になるのだ。

Closed踏み(ビータを鳴らした後も押付けたままにしとく)にしても、バネが強い程それは反対向きの力なんだから押圧は弱まってしまう。
それ位極限に近くなる程「一寸の事」が大問題になって来て、この点では如何なる高性能低フリクション(動作抵抗)ツインペダルでもシングルのより鈍足だ。

因みに最近Speedkingで追加実感してるのがCloseしない場合で、バネを最弱にしてるからか全く押付ける気が無くてもかなりClosed踏みに近いアタック音が得られる事もある処。
もしかしてSlide系のDoubleでアタック明瞭度を気にしなくて平気なのはこのせいか?。

<つづく>

2020年2月 1日 (土)

音楽備忘録178 Metal系でビータに¥10玉を貼る(大馬鹿!?)Ⅳ

最近は加齢で少しは大人しくなったので大して追及して無いが、そもそもはバスドラとBassでは世界の誰よりも圧倒的に重低音を出したい俺。
お客さんはもとよりBandメンバーやスタッフすら驚いて逃げ出したりしてくれたらしてやったりってな按配だが、誰も聴けないんじゃそこ迄してもしょうがないのにやっと気付いたのもある。

筋肉質でゴツくてもこんな小柄で世界制覇しようなんざ無茶もいい処なのに、そう念じてしまったのはきっと音響屋でもあったからだ。
音楽屋だけの人よりいつもすぐに実際どれだけ出せてたかが分っちゃって、その度にチキショーなんてなっちゃってたからなんだろうな。

で先に結論を言っちゃうと兎に角強烈に鳴らすのが、低音の増大にもアタック音の明瞭度にも最も効果的なんざんす。
ここで大別するとその方法が二手に分かれるが、飽くなき追及をするんなら大変だけど拙ブログのカテゴリー中ドラムやペダルのを読破しとくれやす。

しかし手っ取り早くとか¥10玉を貼ってみようかなんて思える段階に居るならそれじゃ負担が大き過ぎるので、なるべく簡潔に基本要素を記すとしよう。
先ずは何故「鳴らし切る」じゃないと厳しいかから行くが、音量のみならず音色が他からの音の干渉に負け易くなるからだ。

達人の中には中音量程度でもとても明瞭な音を出せる人も居るが、それで効果があるのはアンサンブル全体の音量がバランスしてる時限定だ。
不必要時に爆音出したりすると叱られたりもするけれど、本人にも周りにも聴こえないのが何より困る。

ドラムセットでも太鼓は他の多くの楽器と比べると鳴ってる時間が短いのもあるので、「小さ過ぎるよりゃ大き過ぎる方がマシ」と覚えとこう。
アタック音の明瞭度を気にする前にそもそも音量が足りてないのを、労せずして何とかしようなんて甘く考えちゃいないだろうねぇっと。

もしこれがどうしても納得行かない人はそんじゃあねぇ、物凄くマイルドな爆音を試しに出そうとしてみ。
ハッキリさせるより恐ろしく難しいから、ってかマトモ出来る人なんて居るのかなぁ。
それとある程度以上に鳴らそうとすれば前回述の圧縮作用が強まって、どんなヤワなフェルトビータですら打撃の瞬間はコチコチに硬くなってくれっからね。

そうは言ってもどうしたらそこそこ鳴らせるかが、何だか最近の本邦のじゃ問題化してるみたいねぇ。
これは何処にでもエスカレーターやエレベーターがあったりで運動量が減ったのと、肉体労働しないから筋力は低下し脚が軽くなって…。

も少しはあるかもだがそれよか「ペダルバネの強過ぎ」が諸悪の根源で、それはどれ位の強さが最低限必要かが体験出来るのが売って無くなっちゃったからとこれは断言。
こんな事になったキッカケは脚を上げるのがなるべく楽な様に、バネ力だけで持ち上っちゃう様にしてったのが行き過ぎちゃってんだ。
これって最高の座り心地で最低の演奏性のスローン(ドラム椅子)と一緒で、きっと演奏してるより休んでる時間や機会が長くなって来てるからじゃないかと思ってる。

この件で最近少し目に付いたのは、キッズDrummerの方がスローン以外のに腰掛けて叩いてる動画が多かった事。
子供だからまだ持って無いとか高さが合わないだけとつい思いがちだが、動画を出してみるかって思える位の段階に到達しててそんなままにするかねぇと。
もしや殆どのスローンは大人用なので、クッションの弾力が強過ぎて体勢が不安定になるのを避けてたとしたら…。

この様に「何もして無い時」とか「たまに」の時の居住性を優先すると、残念乍ら作業性は悪化しちゃうんですわ。
ペダルもスローンも「踏む時に楽」じゃないとしょーがねんだが、楽器屋の店先で最低1曲でも終りまで試させて貰うのも気が引けそうだし通販購入じゃ全然試せないしねぇ。
こんな環境じゃ分からん人に罪は無いが、そこを何とかしてくしか仕方無いんですよ。(何とかの内容は次回!!)

<つづく>

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