音楽備忘録136 ただ新しけりゃいいの!?③
本シリーズ①で微かに触れた「ハードの停滞」、俺みたいにかつてどんどん新しいのが出て来るのを体験してるとつまらなさすら感じてしまう。
やはりなるべくなら新たな刺激はあるに越した事は無いが今になって振り返れば、たまたまその当時としては新し目のものへ取組んでたからだった様だ。
俺がRockを演り始めたのはギリギリ’70年代だったからか、日本では少なくとも年寄り全員が知ってる様な状況では無かった。
ネットも無かったからそう云うある意味希少情報は獲得も簡単ではなく、知らなかったからこそ知れると新鮮に感じてたんだろう。
それに対して飽く迄個人内部での比較に過ぎないがRockより前から興味の対象だった電車・自動車等に対しては、鮮度の点では先に薄れている。
全く興味を失っては居ないものの、Rockよりは手間や費用を掛けて迄獲得したい意欲は大きく低下している。
飽きてはいないのにそうなった原因を考えると、自分にとっての鮮度が減ったせいの様だ。
つまり電車・自動車は俺が生まれた以降でなら昔でも既に充分普及してたので、Rockより早期に情報が獲得出来たからなのだと考えている。
この人間に起こる現象とでも云うのの典型例てして、週刊誌に掲載されるヌードグラビア等がスケベな男性には分り易いかも知れない。
買って見られる迄は首を長くして期待してた癖にいざ手に入って暫く眺められると、その内のかなり多くのには皆興味を無くしてしまう。
同じヌードでも製作者の芸術性が十分に高く、見る側もスケベ心のみで無い場合は寿命が長くなる事もあり得るが…。
別観点からだと薬なんかにも同傾向がある気がするが、すぐに効く抗生物質は持続性に欠けるし使用頻度が高いと効き目が弱くなったりする。
一方漢方薬は概ね抗生物質とは逆の性質のが多く、これ等からすると鮮度やインパクトの強い物ってなどうも長持ちしない事になってる様だ。
音楽に関して始めた当初からポピュラリティの高いのだったらどんな感じ方をしたのか知る由も無いが、どの道長く続けてれば当初の様な新鮮味が減るのは疑いの余地は無さそうだ。
それでも俺が未だにRockを続け様と思えるのは自分なりの新発見がまだ途絶えないのと、昔の自分には想像出来ない程知識が増えたのが原因だ。
ここでの知識とは必ずしも専門性の高いのでは無く、「知ったけどまだ出来ない」部分が核心だ。
ネットの威力で流通してる情報だったら獲得に何年も掛る様な事は無くなり、ご親切にも演り方の解説等すらほぼ無償で手に入れられる。
それでも例外を除くと出来る様になるのはそんなに楽になって居らず、知ったからこそまだ出来ないのも分かってそれがにわかに気になり出す。
どうして出来ないかを調べるとアレもコレも不充分だったのがより露呈して、それを何とかする為に又調べてなんてしてると知識の方だけ雪だるま式に際限なく増えて行くのである。
俺自身は何時からそう云う段階に突入してたのか分かって無いが、そこで白旗を掲げ撤退するかより意地になって執着するかも適正の内なんだろう。
こうして考察して来ると結局個人にとって新しいってな、殆ど知ってたかどうかだけで決まってるのではないだろうか!?。
時間が経って知らない人の方が多くなるとホントはリバイバルでも新鮮に映るのなんて正にこれで、それ故自分にとってと他人や世間にとっての「新しい」は往々にして不一致な方が多いのだ。
これからすると音楽の鮮度は演ってる人の心持ちの影響も多い様で、それが上手く表れて誰にも聴き取れる様になってないと成立しそうにない。
それ以外の部分では一見消極的と思われそうだが、多くは偶然を期待するしか無い。
何故なら興味の対象は千差万別だからで、何気なく演ったのが他人には妙に面白かったなんてのの事前リサーチはかなり困難だからだ。
物凄く範囲を限定すれば不可能じゃないけど、ターゲットの正しい選定方法ってのが存在しない。
調べる方も調査に答える方も誰1人知らないの位じゃないと、ホントに新しいと感じて貰える訳ゃ無いんだからさ。
<つづく>
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