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2019年11月24日 (日)

音楽備忘録109 コード(和音)①

毎度のパターンか細かい方から大きい方へと、非常識な話しの流れになってしまった。
だが敢えて声を大にしときたいのは単にヘソ曲がりだからとかじゃ無く、実際に音楽を演る都合に従った結果な点にはご留意願えると幸いだ。

人次第ではあるが複数音を鳴らせる楽器で最短で曲を弾ける様にするには、メロディよりもコード弾きの方が近道かと思う。
コードの方が一度に扱う音数が多いけれど、それを実行する為のフォームは少なく済むからだ。
メロはパクリの以外曲毎に全部違うが、コードの方なら共通に使えるからね。

んな事言ったって歌物じゃないのだったらメロはどうすんだって方、理想とは正反対の最低レベルになるとしても下手クソでも鼻歌にすれば一応メロと伴奏の両方を鳴らせます。
興味の対象次第でメロ弾きから取り組まれても楽器演奏の点では何ら問題は無いですが、声は和音が出せんので曲としての音の感じを出すのにはそれでは不可能ね。

メロだけを作る作曲があったってOKだけど、それに付けるコードを編曲の範疇と誤認してる様ならお気を付けあそばせ。
私感ではあるが曲はメロとコードの組合せと思っていて、何時も組合せの影響の方が各々単体より大きいと聴こえてるからなんで御座居ます。

つまり組合せ次第でイメージが大巾に変化するので、メロ作者のイメージとは他人には全く別物にしか聴こえなくなる場合があるからなんざんす。
その象徴的事例としては短調の曲でメロには短3度が含まれて無い箇所で、もしコードで短3度を鳴らさなけりゃ人に依っては長調にしか聴こえなくなったり等がある。

又和音の響きには人は夫々に好みがあると思うが、イメージを尊守するにはメロ作者が細部迄指定するのが望ましい。だが時にはそれが難解なコードとなる場合もあるのでどうするかってば、基本的には本人が納得出来る迄探し続けるしか無いだろう。

ここを要領良くこなせないと埒が明かなくなったりするが、もしそのせいで稀代のメロを作る才能があっても挫折したりしたらとてつも無く勿体無い事だ。
なのでコードは興味や立場がどうであれ一定以上は絶対に無視してはならないと考えているが、それだからこそ頭も手も極力単純化出来るのが宜しいと思うのだ。

その1つが前回記したオンコードで、特に考え方にこれは大影響があるのだ。
体験的にそれが顕著となるのは同時発音数の多い鍵盤や、GuitarとBassが1人づつと云った状況だ。
作曲者からの基本コード指定があった場合鍵盤の左手やBassは(ルート音)は取敢えず存置しといて、鍵盤右手和音若しくはGuitarの和音だけを色々変えるだけで全てが試せてしまうのだ。
Guitarでもルートに開放弦が利用出来るのだったら、たった独りでも可能になる。

もし極端に耳が悪きゃ(非聴力)音楽的に不成立な組合せを誤選択しちまう可能性もあるが、分かってる誰かに聴かせてダメ出しして貰って直せば済む。
これは最低限の演奏力と知識だけでコードを模索出来るのがミソなんだが、更に別の意義も内包されててそれもとても重要と考えている。

それは1つにイメージを潜在意識や既成概念から隔離出来るのと、もう1つは手持ち資料(例えばコードブック)に所望の響きが載って無くてもまだ探し続けられる処だ。
又ウチの従兄みたいに基本コードだけ先に決めといて後からテンションノートを加算する場合、不要な音を削るのが2度手間になる上削りそびれるケースも起こり易い。

理論的には和音の構成は足し算でも引き算でも確実な吟味を経れば同じなんだが、どしても要るから足したのと邪魔にならないから削らなかったではその音を鳴らす意義とか説得力に後で差が出る様に感じられてならない。
何時もイメージに必須じゃない音は不純物と思えれば良いが、その時点では殆ど差を感じなくても純度を下げる要素になる可能性は残ったままだから。
あとこの部分については打込みでも一緒だからね。

作る段階では特にそれが個人内ならコードネームなんてお呼びじゃ無く、真っ先に必要なのはあの音とこの音とその音なんてのなのだ。
知識の方が先行しても平気な場合ってば、○○って曲のあの部分で鳴ってたヤツが自分のイメージに偶然ピッタリなんての限定だ。

<つづく>

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