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2019年10月 9日 (水)

音楽備忘録63 寿命 内容編Ⅱ

本来は体裁より中身が大事な物の方が多い筈だが、当節のネットショッピング等の事情で体裁第1主義みたいなのが横行してる様だ。
この件は世間が忘れてる或は煙に巻かれてるだけの気もするが、寿命が要る物にはこれは適応しないのである。

ネット通販は店の実態が無きに等しいのも多いせいか、その時売れれば良い圧力!?がとても強い。
これを強いて擁護するならば小規模店だと供給が不安定なのと、何時までも同じ規模のままで商売する気も無いのがその裏にあると見て良かろう。

つまり形態等は凡そ似ても似つかぬがその実は、祭りだけの出店とかテキ屋さんの叩き売りの現在形とも看做せるのだ。
時代錯誤の就職戦線で相変らず大学名のみで書類選考なんてのも続いてる様だが、少子化で昔なら不合格だった連中も混じっててクウォリティが下がってるってのに呑気な話しだ。

だがもし採用担当者が数年したら他社へ移るつもりだったら、皆が困るし迷惑だが事なかれ主義に走るのも仕方無いかも知れない。
俺はその手の遅れ過ぎド阿呆はもう人間としてすら認めて無いが、それより深刻なのは自分のニーズには合って無いのにそんな流行に流されてる人達だ。

中でも熟考すべきなのは芸術作品系で、文学みたいに再版時に修正可能なの以外の物についてだ。
一度完成させてしまうとそれ自体は後で合わない処が出て来ても、変えてしまっては「別作品」になっしまう類のだ。
そしてこれには一寸した矛盾や皮肉が付いて回るんだが、音楽はこれの典型だと考えている。

ここで同一曲を10年毎に○○’00・○○’10・○○’20等と3バージョン出す作戦と仮定して、後発バージョンが大成功するのはその前のが「ロクに売れなかった場合」だろう。
初耳ってのは何にも増してインパクトが大きく、知ってる部分が多い程「焼き直し」イメージが強まってしまうもんだ。

それ故名門レーベル程新作リリースが慎重になったりもするが、近年本邦では体裁最優先が行き過ぎたせいで大失敗はしない代わりに極端に寿命が短くなってしまった様に伺える。
ではどうすれば短寿命にならず失敗を避けられるかだが、それこそが体裁より大巾に内容を吟味・重視する事なのだ。

前回私体験で取上げたアルバムMcCartneyも出た当時はLPレコード等アナログ頒布だったから、今CDや配信で聴くのよりオーディオ的には再生装置の性能も含め低音質だったのは間違い無い。
それどころか低音量で聴けば近年のみたいな俺言い「露骨なHi-Fiアピール」Mixにはなってないので、実際記録されてるのより「大した事無い」音に聴こえた。

因みに俺言い「露骨なHi-Fiアピール」とは、どんな聴かれ方をしても物理的には高音質に聴こえる様な調整の仕方を指している。
これは聴取環境を選ばないとか印象差が出難い点ではポピュラリティに優れてるとも看做せるが、それには「低い方へ基準を合せる」のが必要なのだ。

なので例えばスマホで聴いて気に入ったから帰宅して親父の金満オーディオで聴けばさぞかし…、なんて期待には全く応えられなくなってしまうのだ。
つまり「思った通り、第一印象のままの音」は聴けても、何度繰り返し聴いても「それ以上」が一切出て来なくなっちまうのだ。

それに対し例示した様な大袈裟に言えば「Lo-Fiブリッコ」な作りになってると後から後から出るは出るは、聴けば聴く程それまでに気付けなかったのがとめどなく押し寄せて来るのである。
確かに先ず聴いて貰うにはなるべく強力な第一印象を与えて耳に留めさせて、そこから高音質の威力で引っ張ろうとしたくなるのは理解出来る。

しかしその極致を行った場合「初回のみが最高」となる訳だからPV等での初聴だけで満足されちまうとか、買ってみたけど違いが何も無いからもういいやなんてな。
万一そうなれば売ろうとして聴かせた瞬間に販売力を喪失しちまう訳で、それでは悲しい死産となってしまうではないか。

<つづく>

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