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2019年10月12日 (土)

音楽備忘録66 寿命 内容編Ⅴ

オッサン又脱線したかとお思いの貴方残念でした、大題の寿命を決して忘れちゃちゃ居りませんぜ。
この期に及んで「練習しろっ」なんて昭和根性論だか帝国精神論みたいに聴こえそうだけど、俺的には全く真逆の考えの中から出て来た物なのだ。

昔だって只楽器を弾こうとしてもその前に準備は要って、チューニングだの奏者のウォーミングアップだのは皆やっとりましたよ。
けれどもかつては最近みたいに楽器・音響機器・録音機が高度に融合した様なのは無く、その点では没頭し易かったかも知れんです。

俺は自らの興味対象には夢中になる方だけど、それ以外では基本的に非勤勉の権化みたいなのと自認しとりゃーす。
だから練習ってもかなり平均より少なくしかやって来なかったし、少なくとも時間的には齢取って余計減ってると思うだす。

とは言え今迄全く弾いた事が無いフレーズを演なきゃなんないとなると、無準備じゃ出来ないのも当然出て来る。
それで若い頃はフレーズ自体を自分の得意なパターンにこっそり挿げ替えたりして凌いでたけど、それでは音楽家として思い浮かんだのが一部しか使えなくなっまう


ある日壁に当たって考察してみると昔そんなんしてても何とかなってたのは、簡単なフレーズしか作れなかったからだった様だ。
つまり演奏家としてより音楽家としてはより😓低レベルだった訳で、それでも凄い奏者だったら救いもあったかもだ。

俺の場合は作詞・作曲等より先に演奏へ興味を持ったか、環境のせいか自らが起こす行動としては兎に角演奏が先だった。
そして1つを極めるより先に他楽器にも興味が湧き、その関係からか次に編曲にも力が入り出した。

それを今冷静に分析すればどうやらBassistがメインになってたのが関係した様で、和音構成の中で普段はたった1音しか担当出来ないのが原因みたいだ。
ホントはどのパートを担ったってアンサンブルは全てが相関関係にあるんだが、例えばマイナーのつもりでルートを弾いても上物連中が長3度を鳴らしちまえばこっちから音では制御は出来なくなる。

それを回避するには他者より良いコードを提言するとかが必要で、それが晴れて採用され積み重なってくとアレンジャー誕生って寸法だった。
けれど何でハーモニーにそんな風に拘ったかを考えると、一部しか担当して無くても表現したい全体像が既に自分の中にあったからだったんだろうね。

自分以外の大多数の奏者は特に当時の日本では地道な技術訓練に励んで居たが、少なくともニーズのハッキリしない物に対しては全く取組む意欲さえ湧かなかった。
俺の世代では複雑とか難度の高いフレーズを弾けるのがステータスみたいな状況だったが、曲や音楽自体に効果が低いのが大半なのによくそんなのの為に頑張れるなとしか思えなかった。

その結果は功罪相半ばで曲に見合った音を奏でるのは得意になれたが、感性のみでは処理し辛いフレーズを弾きたくなって来てチビッと困ったのだ。
けれどもう若く無くて猛然と取り組む体力も気力も無いので、酷い話しだが今更生まれて初めて弾く前に演り方を科学的に考える様になったのだ。

不幸中の幸いは初心者じゃ無いから基礎技術は身に付いてた事で、取敢えずは「出来る事の使い方を変える」処からとなった。
なので練習っても100%出来ないのをゼロからやるのでは無く、例えば従前は必ずダウンピッキングで弾いてたのをアップにするのに少し体を慣れさせるってな具合だ。

この手の弦楽器の奏法選択の詳細は例に依って乞うご期待となるが、少しの不慣れのせいで弾けずにいる物に関してだったら大した練習量は要らないのだ。
これをここでは恒例の逆視点から眺めるとポテンシャルは持ってたのに、頭を使わないor頭の使い方を間違えてただけで弾けないと思い込んでたとなる。

もし弾けないと決め付けた場合は代替フレーズを作らねばならず、その方が手間も時間も掛る可能性だって否めない。
変な表現だが真に楽をしようと思えば、その為に頭は結構フル回転が必要になるもんだ。
只フレーズは曲との整合性があるので使い回しにも限度があるが、奏力アップは幾らでも応用が効くのでこっちの方が儲かるスタイルと判定しただけの事なのである。

まあ最初から練習してれば今更そんなの不要の声がしそうだし、事後承諾だかできちゃった婚だかみたいなのも確かだ。
しかし各自に何が要るのか分かる前からやるのと分かってからやるのは同じじゃなく、その技の完成度に対しての音楽的な合否判定には大差が付く場合が多そうだ。

楽器だけの向上や鍛錬としては考え得る全てを網羅した上で、難易度等を考慮して順に手掛けるのが高効率だろう。
だがその前段階にあるべき「音楽を奏でる」には、先ず音楽を良く知ってて各自がどうしたいのかが明確になって無いと難しい。

処が音楽の学びには終着点が無いので、両者は大抵は並行して進める事となる。
それであれば各自にニーズの低い物を排除出来る方が合理的でもあり、絶対に習得が必要な物へよりリソースを振れるとも考えられるのだ。
もし演りたいのが出来なけりゃ幾ら弾けても無意味となり、寿命は愚か生まれてすらいない流産みたいな悲劇じゃなかろうか。

<つづく>

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