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2019年8月18日 (日)

音楽備忘録⑪ Funkってどうすりゃ演れるのⅪ

跳ねなきゃFunkyじゃないかってばそうとは限らんのだが、要所で適度に跳ねさせるのが一番効果的だと俺は感じている。
フレージングの影響だって大きいし大事だけれど、真のFunkyは何物にも左右されない自由さが根幹にあるとも考えられるからだ。

これ演ってる側の意識には少なくとも俺は、跳ねさせようなんて一々思っていない。
単にもっと調子良く囃し立ててやろうなんて気持ちなだけで、それを後で分析してみたら多くは故意に少し跳ねさせていたってな按配だ。

こう云うのはある意味ひとつの自然現象で、生身の肉体を駆使して演奏してると発生するもの。
そこで過去体験の中からBandアンサンブルでの練習のひとコマを披露すると、唯の8Beatの全パートユニゾンで次の様な実験をした事があった。

フレーズと
テンポは固定しといて最初は目一杯軽くとか重く、果ては生真面目or超いい加減とかの感じを極力出してみようってなもんだった。
工夫を凝らさんと効果の程は定かじゃないが、誰でも少しは演ろうと思えばそんな真似が出来るのだけは確かなのだ。

その狙いはポピュラー系歌物グループの特に歌の伴奏時、余計な物を加えられないのでベーシックだけで表現しなきゃなんないからだ。
上記のを厳密に分析すると表情変化の主因がリズムタイミング以外の方が大きい場合だってままみられるが、この手のになると打込みで再現するのはとてつもない膨大な作業量になるだろう。

本項Ⅶで演り始め時期に打込み音楽が既に普及してたかどうかを問題視したのもこの辺で、頑張れば同じ楽器・同じフレーズ等でもかなり音は変えられるもんなのの認識に影響しそうだからだ。
人力の生演奏だと常に音が変わって当り前、困る時もある代わりだったらせめてそれを活用してやろう等と思えるかどうかなのである。

では機械比だと融通・応用は効いても著しく不安定な人力なのに、下手に安定を求め過ぎるとどうなるか。
訓練次第でかなり安定度を上げられるっても、肉体の構造自体を変えるなんてのは無理だ。
すると体で出来ない分恐らく頭の中を不要に「固める」事となり、発想や思考の時点で「変えられない回路」が構築されてしまいそうだ。

本項Ⅷの楽器のセッティング案件も同じで、演り始めにどうにも上手く出来ないなんて時は演り易い環境が必要だ。
それが将来的な各自の理想とは掛離れてても先ずそこからスタートしないと、上手く行かぬ主因が人なのか道具なのか等がサッパリ分からなくなったりするからねぇ。

これ等の発想時点からの相違をFunkじゃないけど例示するとして、今日はBeatles-Helter SkelterのGuitarにスポットを当てよう。
ヘビーにするのを最優先した点でMetal系の元祖と思しき曲だが、そのヘビーさの表現手段は近年のよりかなり多岐に渡っていた。

Guitarの歪み具合だけなら近年のに完敗だが、それとは違う部分で無茶な弾き方をしてるのが否応なしに分かる音とされていた。
それは弾く時に弦を無暗に引っ張ってからはじいてる事で、それに依って音の鳴り始めの音程が本来のより上ずってしまっている処だ。

普段エレキしか弾かない現代人は大抵は音量や歪みの増加だけで対処しようとするだろうが、アコギ等生楽器だと最大音量を何倍にもなんてのは不可能だ。
だがアコギ体験が一定以上あると音量がもう上がらなくなっても強く弾いたりすると、上出の俺言い「ピッキングチョーキング」現象が起こるのを知ってる者も居そうだ。

良し悪しや好みは別として昔は今みたいに1ヵ所を極端にするなんて無理だったから、今よりもあの手この手とあらゆる方法を駆使して賄っていたのである。
今だってこんなの知りさえすれば即使える技なんだが、先ずは気付けなけりゃ知るのも難しいからね。

<続>

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