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2019年6月 2日 (日)

多重録音備忘録⑮ 打込みか生かⅠ

Mic収音方法は既にある程度過去に記してるので、次はLine録りの仕方へ行くだろう。
が敢えてその前に今更感満載だが、「打込みか生か」を追及しときまひょ。

それってのも弾ける叩ける人なら生のを録る技を先に、全く演奏出来ない人ならLine録り等の機械操作面知識が優先的に必要になると思われるからだ。
そして収録と加工・Mix・編集等の作業は、ここでは先ずは別扱いとさせて頂く。
それと作曲と編曲も同じく別扱いとするが、これは打込みの場合は特に大きな結果差を生む要因となるからだ。

演奏してもしなくても、音楽を作る為に要る作業は基本的には違いは無い。
メロなりリフなり曲の根幹になる部分を想い付く若しくはでっち上げるのが事の初めで、メモ録りでも採譜でも記憶力に自身のある者はそれでも結構だが兎に角記録を残す処からだ。

この時点で近年は俺も含め打込み利用が常套化してると思うが、もし歌の歌詞も含んだワンフレーズだったりしたら歌って録った方が楽だし何かと有利だ。
それと人次第だろうけど俺の場合は生の方が主体なので、脳内イメージの「仕舞い場所」をメモ書きしてる様な按配だ。

超失礼且つ傲慢紛いの言い方になるが、拙者位の達人になると表現力に自らの耳が誤魔化される場合も時々ある。
ってより音感に怪しさが残ってるだけかは神のみぞ知る!?かはそれこそ知らんが、和音の確認等だけをしたい場合は打込みの方が無味乾燥な程そこだけライトアップされるってのも確かだ。

たまたま今は人との活動がえらく旧知の者だけなので、「アイツが弾くから実際は多分あんな」なんてメンバーは簡単に察しが付いてるだろう。
もし初顔の相手だったらこっちの内部では兎も角、相手には手弾きしたのを渡す可能性が高い。

また大昔に居たBandのGuitaristの選択した和音の構成音が、現実のアンサンブル内では問題化した事があった。
この親友は大御所の二世の名に恥じぬ知性派で、理論的には大きな瑕疵は無かった。

だが音色等の関係もあって、現実にはそのままでは少しアンサンブルが濁ってしまっていたのだ。
結局は実際の音が全部組み合わさってからじゃないと、結果最終判断は出来なかったのね。

こうしてみると一面では打込みと生ってのは、譜面か耳かと似た様なもんだと思う。
記憶量の限界等もあるから譜面の価値が失せる事は無いが、どっちかだけで音楽を演るとしたら可能なのは耳の方だ。

打込みでもかつて俺が本チャン録音に自前太鼓が腕不足だった頃、ドラムマシンの全パラメータを細かく調整して「如何にも機械」は回避させてた事もあった。
処が研究に研究を重ね理論的には完全に人が叩いたのと同じ状態迄持ってても、いざ聴くとタイミング1つとってもちっとも同じ感じにならなかったのだ。

機械使用でミス皆無なのは体裁としてはご結構なんだが、どうも「その時点だけで判断する」のは問題がある様だ。
出来立て当初は「オー美しい」なんて悦に入ってても、時が経過して耳が慣れればそれはもう効力が失われる。
そうして忘れ等去られれば、良い悪い以前の問題となってしまうのだ。

また楽器が全く弾けない人なら他に方法が無いので、僅かでも弾ける人とは気を配る場所等が恐らく違ってると思われる。
少なくとも演奏力的要素に頼った表現は当初から用いず、それがどうしても欲しかったら弾ける人に頼むだろう。
だから万能や理想には例え程遠くても、それ以外の要素の組合せの妙等で極力表現しようとするだろう。

なので俺的には「弾ける人が安易に打込み」ってのが最悪パターンと思え、つまらん処で手抜きすれば本人に跳ね返って来るだけではないだろうか。
それでもと仰られる貴方様には、「生の演り方」に問題が無いか問うてみるぞなもし。

ここでの俺疑念は演奏力や技術よりも、道具(楽器)の使い方についてだ。
生楽器であれば録った後の音響処理の仕方、電気楽器であればAmpやEffectorの使い方辺りだす。

体験例を交えて前者から行くが、未だ練習中のBilly JoelのHonestyのPianoの弾かれ方だ。
いきなりIntro部分からだが、両手とも和音を弾いてるのにやたらメロディーが目立っていた。
どうしてそうなってるか確かめると、両手とも親指だけ特に右手の親指のだけ強く弾かれてる様なのだ。

そんな音へ不用意に強くコンプを掛けたらどうなるのかで、同時に鳴ってるから独立してるよりマシでも生よりメロが後ろへ引っ込むのは確実だ。
それが最近のWebに上げられてる素人動画に顕著なので取上げたんだが、見栄えは兎も角そんな音にしたいなら安物電子Pianoを使えば良かったのだ。
後者では安定した音色を求めEffectorに「頼り過ぎる」のが近似で、例え表現巾を損ねてもそこ迄安定が欲しいのならそれこそ打込めば良かったのだ。

程度や許容範囲に収まってるかの差は様々だが、聴き手は労せず聴き取れるならそんな事には一切関知してないのを皆忘れている。
人の演ったのが多少綺麗だろうと汚かろうと、聴者の興味の基本は面白いかどうかだけなんだから。😓

この悪い流れの源流は21世紀に入ってからの大手作品辺りと俺は見てるが、音楽に無知な経営者が無理して編み出した差別化に過ぎぬものだ。
内容が分からんから入れ物・見栄えだけでも分かる処へ口を挟んじゃったって、まあ音楽分かんなきゃそんなので精一杯だろうね。

彼等の責任も重大だけどそれよかよっぽど悲しいのは、音楽を知ってるのに尻尾振って付いてっちゃう連中だ。
昔だって一発屋は居たけれど、近年程大手でバカ売れしたのにその後転職ってのは多く無かったな。
それって「プロになる時」は折角苦労して水準超えてたのに間違ってるのに迎合し過ぎて、自らスキルを投げ捨てちゃったって事だと思うんだよね。

一般サラリーマンですら終身雇用が崩壊してる位っすから、我々みたいな基本「個人事業主」はそんなんしてたら絶対明日はもう無いですよ。
会社員でも何でも利口な者はきっとそうだろうけど、迎合も「フリ」(上手な演技)なら良いけど本気で感化されちゃっちゃ不味いって。

そもそも理不尽な事を平気でのたまう雇い主サイドだって、何処迄本音で言ってるか全く当てになんないよ。
彼等は少しでも楽して儲けようとしてるだけで、正にマネーゲームをやってんだから。
よござんすか、あっちは「ゲーム」なんですぜ。

<続>

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