« 多重録音備忘録㊳ 理論的正確と音楽的正確の違い | トップページ | 多重録音備忘録㊵ 実態編集と仮想編集 »

2019年6月17日 (月)

多重録音備忘録㊴ 編集悲喜こもごもⅠ

早速展開させるがもう1つの課題とは、打込んだストリングスの音の立ち上がり遅さの問題だ。
フリーソフト故音色の限りがキツく、今の曲に合うのだと遅いのしか入って無かったのが事の始まりだ。
白玉系(全音符とか2分音符)を鳴らす分に全く無問題だったが、後から8分音符で刻ませようとしたら酷い遅れ感が出てしまった。

楽譜的理屈では音符分の長さ内の何処で最大音量になってもOKな筈だが実はここに落し穴があって、それは打込みでも同発想に基づいてるが最大音量地点が極力音符の頭に近くないと駄目な処だ。
他パートが減衰音で音量が結構落ちた処へストリングスの音量ピークが来るもんだから、聴いた感じでは遅れてる様にしか聴こえなくなってしまうのだ。

こんなの昔からあったけれど何が違うってば、俺言い誤魔化し芸が少し通用しなくなっちゃった処である。
録音がアナログ時代はそのダイナミックレンジは良くて凡そ70dB程度だったのが今デジタルでは悪くても90dBはあり、この20dBの差が上記裏技を無効にしてしまった。

どーゆー事かっつうと遅れる音の所だけわざと少し本来の位置より早める(前にずらす)だけなんだが、それだけを単純思考したら寸前の拍に変な音が混じったりしそうだよねぇ。
処が立ち上がりの遅い音の初期部分は小音量なんで、録音するとその機器の雑音に負けて隠れてくれたのである。
限度はあるしちっさな裏技に過ぎないけど、それでもギリギリ惜しい処でなんて時には重宝するんだよね。

特にアンサンブル内でのバランスが小さければ最大音量がMaxよりかなり下回るから、その分誤魔化せる領域も広がるのである。
それが録音だけじゃ無しに音源もデジタルであると、基本的に音量如何に拘わらずまず音があるか無いかがくっきりハッキリと出ちまうんだから切ないもんだ。

更に壁となってるのがFade In奏法擬き案件で、当初想定ではシンセでそう云う音色を作っといて凌ぐ算段だった。
処が俺的には仮として選択したソフト音源の音色を、従兄が妙に気に入ってしまったのだ。
従兄からの借り物FM音源シンセはソフトと同時期・同メーカの物だが、ちょいと弄った限りでは何だか同じ音が見つからなかった。

FM音源シンセの音創りは現Bandになってから必要に迫られてなので、実歴はまだ1年にも満たない有様だ。
これも音源・ソフト・俺のスキル等の複合原因からだが、では何とかして打込んでその音を編集でFade In加工したらってぇと以下の懸念がある。

以前述べたがデジタルは基本的に論理回路内では整数が最小単位で、今回使用ソフトを筆頭に128段階の物が一般的だ。
そして設定最大音量が例えば127中の80だとすると、加減巾がそれに連れて80段階に減ってしまうのだ。
因みに128段なのに最大値が127となるのは、音量ゼロの0に1つ取られてるからその分減っている。

今回の曲ではそれが設定的に80にも達しないので、もし悪戦苦闘してプログラムしても音量上昇に「階段感」が残る確率が高そうだ。
上昇率が時間的に短きゃそれでも平気な場合もあるが、今回のはテンポもゆっくり目だしそれが2小節弱に渡っているので試す元気が湧かない。

試しに改良前の波形を拡大して眺めてみたら、タイミングはClickから微妙に遅れてるし直前音との切れ目が聴感以上に随分曖昧になっていたのだ。
これだと上記裏技やaudacityでEffectを掛けた場所とそうでない場所の、繋ぎ目部分の処理と仕上がりが普通に単トラックへ施すのは危険そうだ。

結局は何でも色々試してみるしか無さそうだがこれはこっちの内部事情なのでこの辺で一旦閉店しとくとして、打込みでも只ちょっとこんな風に表現を変えようとしただけでこんな騒ぎになる場合もあるのを提示したかったのよ。

なので楽器に自信が無かったりすると打込めばと思うだろうけど、もし音楽的に妥協を排すとなると手間や苦労は方法には一切無関係だったってね。
単に苦労する場所やタイミングが変わるだけで、まあ本質的に良ぉ~く考えたら当然なんだけどさぁ。

そこで本日の格言!?みたくまとめると、「録る時楽すりゃその分編集がご苦労さん」だ。
現実的には各々が得意な場所に面倒仕事を割り振ると宜しいが、その前に是非気を付けて熟慮して欲しい処がある。
俺的にはそれが近年本邦J-POPを筆頭に負の効果をもたらしている様に感じられてるが、打込みで演り難い音や表現を避けてるかもな処だ。

機械で音楽を作るのが目新しかった内ならそれもアリだろうが、今みたいにとっくに当り前になっててまだ機械に振り回されてんじゃ余りにみっともないじゃないスカ。
何ででもどうとでも音楽が演れる様になった今だからこそ、手段を選ばず求めたままを演れる様になったのにって。

美術界なんかじゃ水彩にするか油絵にするかは得手不得手よりモチーフに合せるのが昔から当り前なのに、何で音楽界だけそんな見すぼらしい状態で平気なのか俺には分かんないや。
録音での編集だって本来は同じで現実的には色んな制約も掛って来るけど、基本は求める音の結果からの逆算だかんね。

<続>

« 多重録音備忘録㊳ 理論的正確と音楽的正確の違い | トップページ | 多重録音備忘録㊵ 実態編集と仮想編集 »

パソコン・インターネット」カテゴリの記事

音楽」カテゴリの記事

ドラム」カテゴリの記事

PA」カテゴリの記事

ギター」カテゴリの記事

電気」カテゴリの記事

ベース」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 多重録音備忘録㊳ 理論的正確と音楽的正確の違い | トップページ | 多重録音備忘録㊵ 実態編集と仮想編集 »

フォト
2019年7月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

最近のコメント

最近のトラックバック