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2019年6月13日 (木)

多重録音備忘録㉟ 打込みと生演奏でのClick使用

近年常態化しつつある感じの生演奏録音でのClick使用是非を、打込みとの比較も交えてぶってやるぅ。

これだけテンポが微動だにしないのに皆の耳が慣れて来ると、気にしなきゃどうって事ぁ無いムードになりつつあるか。
けれど結構機械或は論理と音楽では「正確」にもズレが生じるもんで、先ずは体験例から記して行こう。
今時滅多に無さそうってんで少し掘ってくので、例によって無興味な方はお手数ですが適宣斜め読みなり読み飛ばし等願います。

俺はドラマースタートが弦や鍵盤より遅かったので、10代は録音では叩かせて貰える様な状態に達して無かった。
その後も暫くは太鼓はアルバイト的な取り組み方だったから、20代の内はお遊び的で構わんの以外は録音ではドラムマシンだった。

10代で最初に買ったのはフレーズは自分で弄れるがリズムマシンの自作キットのヤツで、一部ヲタにはもしや伝説!?のAMDEK HCK-100ってのだった。
元締めが一緒だから若干似ては居たものの本家Roland TR-606より「色々お安く」て、本家にはあった「Tomっぽい音」2つは省かれてたって代物だ。

当時のこの手のは余程のハイエンド機以外はリズムパターン等のメモリ量も僅少で、スタートボタンを押したら録るだけとは行かなかった。
現況しか知らない人には驚かれそうだが小節数等パターンの長さは固定等々で、機械演奏の癖にタイミングを計って手動で適宣パターンを切替えるなんてのも全然当たり前の操作スキルだった。

それが出す音が太鼓系の短い減衰音なので僅かなタイミングのズレも一切許されず、それでいてSWを動かしてからの反応は必ずしも良くは無いなんて面倒があった。
けれども音楽するのにどうにもならんって程困りはせず、単純なだけにノリやら何やらは気にならんってか気にしようも無かったが特に問題とはならなかった。

そこへ余計な神経を使わなきゃなんなくなって来たのは2代目を使い出してからで、多分20代になってから買ったドラムマシンYAMAHA RX-5の時だ。
かなりヨレちゃってるが一応まだ生きていて、でも殆ど太鼓練習用のClickとして位にしか今は使ってない。

これは初代とはあらゆる点で雲泥の差があってそれは助かったけれど、12bitとは言え音がサンプリングなったせいかその「タイミング」に以前より違和感を感じるのが格段に増えちゃったのだ。
それはフレーズやパターンに依って論理的には絶対正確なのに、聴こえる音が音楽的にはどうしてもモタったり突っ込んだりしてる様にしか聴こえないのが出て来た事だった。

今になって考察すると初代のはパターンロジック部以外は全てアナログ回路だったし、テンポの基準は水晶発振素子だったけどその調整がデジタルみたいに数値で規定出来るもんじゃ無かった。
一応目盛りは書かれてても全く只の安物可変抵抗器(ボリウムポット)で速度調節させるので、所謂ガリ等の接触不良が起こればテンポも直ちに揺れてしまう。

また上述の如くあった反応遅れもアナログ回路部で起きた分は、アナログ故に厳密に一定値には恐らくなってなかったろう。
つまり凡人よりゃ間違い無く正確なのだが細部まで聴いてったらかなり大雑把で、気紛れ要素もふんだんに含んでた可能性が高い。

結果的に怪我の功名でしか無いが、ズレ自体にも更にズレがあったから許容出来てたっぽいのだ。
それが理論的には圧倒的優位に立ってた全デジタルの2代目では本当に正確になったので、科学論理と音楽の実際での合ってない部分が全部丸々露呈しただけだったんだと思う。

俺の使用状況の実態としては正確さより音色の都合で2代目採用だったので、聴いてみてどうにも不自然な箇所は理論的譜割りに反してでも耳を信じての修正が結構必要だった。
そうしないと求めたフィーリングの為に組んだフレーズの意味すら薄れてしまうからで、最悪時は基本パターンの刻みの時点でもう何か変なんてのもあった。

今は太鼓を機械にする時はPCでの打込みにしてるので他パートも「一緒にズレる」せいか、以前程は気にならなくなっている。
フリーのソフト音源で音色選択肢が限られてるのなんかも影響してそうで、しかし俺のデフォのBass音のRickenbackerのピック弾きのなんて入ってるのがそもそもあるんだろうか?。

齢とって雑になって感性が劣化したせいで平気になったんだったら大問題だが、少しは自分で叩ける様になって機械に期待しなくなっただけなのかそこはまだ明確な結論が出ていない。
只幾らヨレたとしても知ってる人でもこんな調子なんだから、今の環境下では気付けずに見過しちまってる者も結構居るのではと思うのだ。

リズムってのは短く極簡単なフレーズでも、鳴らすタイミングが音楽的にBestだと実際演った事より何倍も格好良く聴こえたりするもんだ。
それを近年打込みではフレーズ自体の凄さで補おうとする傾向が顕著の様だが、苦労の割には物珍しさと若干の凄みが得られるだけだ。

それに対しシンプルで技術的に全然低レベルでも音楽的Bestタイミングだと何しろ先ず圧倒的に格好良くなるし、シンプルなだけに聴き取り容易な上その部分を際立たせる事も自然と出来るのだ。
ここへ着目するとClickを使ってもどうせ機械より不正確になるんだったら、上記現象の方へもっとシフトすれば良いのにとつい思っちまうのよ。

では次回はClickの使用・不使用で、実際の録音で音楽的にどんな違いが出るかを述べてくとするかね。

<続>

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