音創り⑧ バスドラのシングルヘッド・ダブルヘッド「目の当たり」編
所用の多忙で間が空いたが今回のメインはお題の通りで、自分ではやってても穴無しの他人のを聴く稀な機会に遭遇したので。
最近ではバスドラ以外は表裏両面張りがデフォの様だが、個人的にはそれなのにバスドラ表にだけ穴を開けるのが気掛りだ。
昔だって全部を必ず揃えてはいなかったが、目的と環境差の配慮が足りないままに思えてしまう。
敢えて年寄りらしくウザくても歴史から行かせて貰うが、それはかつてのは多くの場合「次善策」の部分も多かったのを知って欲しいからなのだ。
’80年代に入る頃迄は一部の業務用高級Micを除き、出てる音そのままを拾える機材はこの世に存在しなかった。
そしてMicがセーフでももうそのすぐ後からは変身マシーンなので、例え当時と同じのを用いても今とは結果は全く別物にしかならなかった。
Mic以外のにも感覚面でならアナログオンリー期にも優れたのがあったけど、結果オーライだっただけでかなりの変化があったのが実情だ。
これの悪影響は「普通に」最高の演奏をするのが無効となる処で、録音現場では求めるのとはまるで違う「変なの」に耐えねばならない。
その「変なの」を無理矢理自分に「誤解」させでも出来ないと、少なくとも気持ちが「落ちて」っちまうから調子も出せなくなる。
現に休養中のウチのGuitaristは「掛け録り」一択派で、フィードバック奏法命なのでその微妙な加減の都合があるにせよリズム隊側としては難儀させられている。
最低でも純生楽器の太鼓には幾らEffectを掛けたって、ヘッドホンを被らなきゃそれを聴けない。
しかし太鼓の目の前で叩いてる本人には元が巨大音量なので、どう頑張ったってヘッドホンからの「だけ」の音を叩き乍ら聴くなんて不可能なのだ。
エレキGuitarなら爆音Ampに繋けば例えフルアコだって本体からの音は聴こえなくなるが、それとは違うのを何とか説得しようとしてる処で休まれちまった。
Bassにしても失礼乍ら現在の活動本拠地のAmpが好みに合ってないし、許容出来る低域が拾えるMicもそこにはやはり無い。
また音響責任担当としてはアンサンブルのバランスを取る為に、調整後に好みの音色になる様に持って行きたいのもある。
要するに「生度」の高いヤツは基本的音色は最初からじゃないと駄目だが、そっから先は「後で」の方が好都合なのだ。
だからって俺も従兄も只手をこまねいては居らず、俺はPreampを自作してみたりしている。
太鼓の先生の従兄はMicセッティング等に多大な努力を続けてるが、最近はその延長でバスドラの表皮(舞台上でのお客さん視点)をどうするかへ至った。
最初はミュートの仕方・その結果を受けて生徒用太鼓へ穴無し表皮装着と来て、今週は遂に或は漸く本人のセットへお試しをしてみたのだった。
俺的には参考としてSimon Phillipsの模倣から入るなら真っ先に考える処だが、彼としては理由をちゃんと知りたいらしく一度に全部では頭が混乱するらしい。
しかも今回到達出来たのも半ば偶然で彼の研究に依ると、本家のがOn Micでも普通のより少し「遠い」みたいだから試したいと言い出した挙句だった。
つまり一口にOn Micとか個別録りっつってもその中にも種類が色々あり、それが看過出来なかったって訳だ。
音響屋観点に立つと全く不要な音は拾わないが、後で入用になる可能性のある音なら漏らさず拾っときたいと思ってしまうから可能な限り近付け様とする。
どうも休養中のGuitaristとの経験値が俺より高いからか、俺より従兄の方が純生楽器奏者の癖に「最初から」主義みたいだ。
だが実際に試してみると普通より少しOffにした方が、生耳に近い音が拾えるのは勉強になった。
尤も個人的にはそこへ拘るならバイノーラル収音宜しく、奏者の耳にもっと近い位置で拾うのを選択しそうだ。
それはさて置きそうして上が前よりナチュラルになってみると、極論すれば足のだけLine録りみたいで少しアンバランスになった。
「少しOff」の効能は皮から離れた分胴等それ以外の音も聴こえる様になった処で、それに対しバスドラだけ従前と同じく殆ど打面皮のだけを拾ってるからだ。
俺過去体験では低域が目立ち難いバスドラ程皮のシングルとダブルの差が大きく、従兄の処でなら生徒用にしてるTAMA Imperialstarが該当してて既に実施済み。
これからの予測通り先生用のArtstarでは音色に大差は無く思えたが、奏者若しくはその後方で聴くと大違いだった。
それより全くの想定外が起こったのは、踏み心地が全く違って「安心感」が出たと従兄は感じたんだそうだ。
俺にとっては今回のもそれ以前のもゴリ脚のせいか違いは気にならなかったが、従兄に依れば一度ダブルヘッドを体験するとシングルの方は踏み抜いてしまいそうでおっかなくなったんだと。
そして今回皮案件なのにMicに触れた訳がこっからだが、大昔みたいに表皮の外からだけの収録を試してみたのだ。
想像ではアタックがボヤケそうだったが、総体的には打面裏(太鼓内に突っ込み)収録と大して差は出なかった。
では何で今迄は穴無し表だけだとボケると思ってたのかってぇと、踏み損じたり弱くなったりするとそうなってたのだ。
甘い考えではムラが出易い方法だが、正直な考え方をするなら踏み方で音色調節が可能なこの古典式の方が秀でてた様だ。
それと余韻長さについては却って両面穴無しの方が無駄伸びせず、今回は臨時試験で表にCSを用いたが表はミュートせずに終わった。
音色差が少な目でも影響が大きかったのは「Floor Tomとの差別化」で、従兄によればコンビネーションフレーズの途中で従前はバスドラが聴こえなくなったりしたのが解消したそうだ。
音程だけの問題ならFloor Tomじゃなくホントの意味でBass Tomで構わなく、不要な胴の深さなんか無い方がセッティングの自由度だって上がる。
それが殆どのセットで今でも最低1個は含まれてるのは、形の違いから来る響きの違いも求められてるからだろう。
現に最近は小穴を開けられてしまってる様だが前出Simon Phillipsはシングルヘッドの「ゴングバス」もセットしてて、音域は足のと近似だが主に皮のシングル・ダブルの差から来る音色違いを意図的に利用している。
これはスラップBassの音色設定と似ててアンサンブル内のBassパートが主要なら一般的に、シンセBass等と併用でパーカッション的要求が強い場合だと音程は低くても低域量はかなり削られてるのがある。
最後にシングルでのアタック明瞭度について注意を載せとくが、厳密にはそれは擬似明瞭であった。
要するに踏み損じたりしてもビータと皮が触れる瞬間の音が一応入るから、一見「音のスタート地点」が見付け易くなっている。
だがしっかり踏んでヒットした時のとはやはり違う音色でこれを¥500玉を落したのとすれば、シングルのは成功して¥50・失敗すりゃ¥1玉ってな感じになる。
また今回で再認識させられたのはバスドラの「らしい音」の原因で、それは皮が大きく揺れ動くのが第一だと判明した。
爆音で無くても目立つ高域アタックが含まれる音の最右翼は、Cymbalのチックサウンド等がそれだろう。
これは大変目立つが決して力強くは無く、アンサンブル内では「埋もれにくいけど負け易い」とも言える。
バスドラに必要とされるのは単に目立つのより「絶対負けない」のだと俺は思ってるが、それには「小目立ち」は何の力にもなってくれない。
ド派手なLead Guitarと比べたら地味に感じるBassみたいなもんで、それでも曲のコードはその地味なBassに支配されてるのと同じなのだ。
特にRock系ではアンサンブル内バランスで唯一最大音量が許されてるんだから、小手先であしらおうなんてみみっちいったらありゃしない。
バスドラとかBassみたいなベーシックなヤツは、聴こえるかよりも感じられるかみたいなので判断するのが相応しいんじゃないかな。
RingoやPorcaroなんて時に依っちゃSnareさえベーシック組に入れてたみたいで、だから無余韻ミュートしたりリム掛け無しにしてたんだろうから。
だからって「今の太鼓どうなってた?」って訊けば、まず皆「ズツタツズツタツ…」て答えるに決まってるもんね。
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