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2019年2月11日 (月)

音楽をやる上での上手なお金の使い方⑥ 非消耗品編

非消耗品編たって「形ある物はいずれ壊れる」なのでほっぽりっ放しで半永久ってのは無いが、取敢えず通常本体寿命は長いのを。
当たり前すぎて下らないかもだがキーワードとしては、「壊れる前に買換えたくはならない」とでもしとこうかね。
だって経年や消耗で壊れたら、絶対タダでは済まないんだからさ。

俺だけにしても現実の結果として不人気とか訳あり中古ってのがもし売られて無かったら、きっと未だに何1つ本物は手に出来て無かっただろう。
また購入当初は単なる憧れとか一応○○持ってます的誘惑も多々だったが、何十年も経った今になって耐久性等が違ってたのを思い知っている。
最初は軽薄に魅力的な物へだってそれなりに手を出したが、それ等の「失敗した半端物」は皆人手に渡してしまった。

これの最大原因は「使える巾が狭かった」からで、利用率の低い物に掛けられる維持費を持てなかったのもある。
ここから体験例へ進めるが全く同一モデルでは無いが、その1はBeatles初期にGeorge Harrisonが使ってたGretschのセミアコエレキモデルだ。
かつて手元にあったのはCountrygentlemanのGrecoの特注コピーモデルで(勿論中古購入)、後の比較対象になったのは従兄のとは別集団での相棒所持の本家本物のTennesseanである。(現在は名称変更でTennessee Rose)

当時時点で音に問題は無かったが付属ハードケースでしか持出し不可だったのと、当初想定より適応場面が少なかったのが数年で放出へ繋がった。
本家に触れられたのはそれからずっと後になってからだが、特に歪ませない時の音の存在感が格段に上回っていた。
今回記事を書くにあたって再確認してみたら偽物はPickupに大問題があったのが発覚、本来ハムバッキングである筈のがシングルになっていた。


偽物を所持してたその昔は太鼓以外のGretschは現物僅少な上、当時は高価だったRickenbackerの更に上を行く超高価だった。
ネットも無かったのにそんなでは、専門家すら研究目的であっても入手が憚られた結果なのだろう。
すべからく当然の如く当時の俺には知る由も無く、さりとて偽物単体では変な音では無かったので解明不能だった。

因みに僭越の極みだが今知ったのは旧名Tennesseanは準シングル仕様で、性能はハムバッキングだが音色はシングルとしたののはしりの様だ。
これは2つあるCoilの片方のポールピースをわざと無くして、シングル音色を基本的には維持したまま雑音だけ減らす技である。
最近は環境改善でこのタイプは廃れ気味だが、後述俺所持Mustangが同系統の
Bill Lawrence L-250×2となっている。

その他にも材質に違いがあったらしきも確実で、産地や元材からの利用部位が異なってた様だ。
後述でも登場するが当時の国産ブランドのメジャー系は表面上のスペック重視、マイナー系は本邦での入手性と実物への近似性優先の違いがあった。
楽器製造如きでも企業となると体裁最優先となってたのが、如何にもサラリーマン大国!?らしいわいと愚痴っといて次へ移る。

その2は最近従兄の要望で彼と合作のオリジナル曲のGuitarを手掛けてるが、彼の希望のStratocasterが国産偽安物でも宅にあったのでそれで録ってみた件だ。
しかしどうも奏者としてはしっくり来ないし、思った程はStratoらしさが出てくれず思案中となっている。
Fender系1本は必須としてたが貧民俺に人気のStratoは当時高価で困難なので、本家かどうかを優先してCharを参考に以前記した如く中古Mustang所持となっている。

当然そのままでは所望の音色に持ってけないのでこれから小細工は要るが、試しにMustangで弾いてみたらそっちの方が操り易かったのだ。
スケール・Arm・慣れ等色々差異があるのは否定しないが、俺見識では特に’70年代以前のFenderではモデル・タイプより本家のであるかどうかの違いの方が格段に大きかった。
今回の元凶を探った処直に簡単に分かったのが楽器の鳴りで、Ampに繋がずに弾いたらボディが鳴ってる・鳴って無いの大差があったのだ。

この国産はブランド的にはメジャーなのので、実際決して悪くは無い。
だが俺知り’70年代後半限定だと、国産はマイナーブランドの方が実際コスパは良かった。
作りの野暮ったさや塗装の安っぽさでは負けてたが、弾いたり聴いたりだけでだとかなり健闘してたと言える。
尤もマイナーの悲哀で販路脆弱・無名なせいでその殆どは何時の間にか消えて久しいが、それ故「中身で勝負」をしては居た様なのだ。

本物偽物差はスペック的にはGibsonやRickenbacker等の方がそうなりそうだが昔Fender系の方が顕著で、特に当時の本邦メジャーブランド系が前述理由等で該当する。(不幸にも本件のが正にコレ)
これを総論すれば近年の本邦以外のアジア系偽物は「正真正銘の偽物」で過去本邦のはそこ迄酷くは無かったが、実質的には「別物」だったと言える。
使う立場にとってはスペックより「同じ扱いが出来る」方が大事だが、当時はそれへ迄至ってなかったのだろう。

’70年代末になってこの問題点を覆すTokaiやNavigator(ESP)は話題や人気になったが、ブランド自体は当時はまだ全くの新興勢力そのものだった。
だが残念乍らTokaiは全盛期(音のクウォリティ)が長続きしなかったし、ESP系の使えるのはハナっから良いお値段であった。
未だ日本製楽器の殆どは性能的には良くても個性や独自性に乏しく、真にスタンダードになれた物は無いと思っている。

近年は情報・知識は足りるだけ深まってるし、太鼓何ぞ業務レベル機種では国産ブランドの方が高価格と随分出世したもんだ。
しかしいざ「本チャン現場」で用いると成績優秀で大金持ちだがまだ子供って感じで、昔からのスタンダードのそれは低学歴貧民でも物知りの大人で頼りになるってな感じがしている。
個別楽器単体での評価だと優秀でも実際のアンサンブルに入ると埋没したりして、まるで学生時代の成績と会社での実績が必ずしも比例しないのと似てる気がする。

因みに太鼓ではモデルorスペックよりブランド差の大きいのがLudwig等が顕著で、年代やモデルに依って確かに違いはあるんだが従兄の太鼓の先生の見識通りそれ以上に「Ludwigの音」ってのがある。
Fender・Gibsonは基本仕様以外は余りにも多くの変遷があったので現行品には懐疑的にならざるを得ないが、それより不人気の(失礼!?) RickenbackerやLudwigでは何時のどれでも未だ似たり寄ったり感が現実強い。

俺は学歴偏重嫌い等「字面」より実力主義なのでブランド指向は皆無だが、実力が確かなら否定出来ぬししてもナンセンスだ。
人次第で重視箇所が違うから一概に論じるのは難しいが、体験から見えた傾向としてはこれらがあった。
なのでブランドに関しては参考例に過ぎないが、「後から問題化」の高低に影響するのは誰でも知っといて損無しと思う。

メーカ出荷時点では国産系の方が何かと行き届いてるが「伸びしろ」に乏しく、必要に駆られて小改良等を施そうとしても向上がみられない。
Mustangの無改造の’60年代のと比較出来た俺体験では、オリジナルのままだとPickupがチープで問題を感じた。
俺のは元が魔改造中古だったのでそれ迄知らずに来てたが、裏を返せば「その程度」でグレードアップ出来るポテンシャルは持っていたって事だ。

これ等が「もっと中古にも目を付けて」に繋がっているが、現代特有の注意点を挙げておこう。
それの最たるのは通販等で新品も含め、現物試奏レスの懸案点を分かっとかないと痛い目を見そうな処だ。
これは中古でそれ自体の画像なら外側だけは確認可能だが、新品でカタログからの流用画像だったりすれば「買うのの」では無いからだ。

人次第で必要情報が無限なので、出品者に悪意皆無でもこっちが要るのを最初から完璧に提示は困難なのだ。
試奏可能ならスペック不明でも音や感触で確かめる道が残っているが、通販だと画像と文字だけが頼りとなる。
なので歴戦の猛者で一目で見抜ける見識があったり、身内に全く同じ物の所有者でも居ない限り楽器通販は「危険な賭け」となってしまう。

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