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2019年2月

2019年2月28日 (木)

音創り④ バスドラのミュート音色等編

冒頭に指摘しときたいのは是迄に確立された手法多くは、今より「まんま収録」が不可能だった時代のものな事。
アナログ録音時代の悲哀体験者じゃないと理解し難そうだが、今と比べたらもう殆ど「逆算と予測」が全てみたいな状況だった。
それはまるでテレビの実写変身物みたいで主だった箇所だけでも先ずテープに入ると1回、次にレコードへプレスすると2回目の変身ってな具合だった。
しかも面倒なのは変化の仕方が必ずしも一定じゃなく、最終的には実際に試すしか無かった。

そんなんだから奏者・演者は生耳でのベスト追及は本来正しいし素晴らしいんだが、寧ろ生耳には変な位にでもしとかないといざ録ったら使えなくなったりもしていた。
でも今より機械に詳しい音楽家も少なかったから技師は説得に苦労するし、もし理解を得られても今度は気持ち悪い音に奏者が勢いを削がれたりと散々だったのだ。
太鼓ミュートにしてもそんな苦しい環境下で苦し紛れに編み出された背景もあるので、俺はもっと再考・検証すべきと考えている。

現況本邦の特に大手系では未だに単に「昔は出せなかった音」にしがみ付いてる様だが、もういい加減聴者も慣れ過ぎて飽きが来てると感じられる。
確かに不自然でも極端な方が初対耳には目立つが、真の意味での
「昔は出せなかった音」は「ありのまま」なのが忘れられている。
この錯誤を続けてる内に本邦奏者のレベルもどんどん低下してるみたいだが、このままだと遠くない将来Liveが無理になっちまうんじゃないかねぇ。

長い前置きから漸く抜けるが、先ずは今一度俺言い「過去の擬似Hi-Fi」を振り返ってみよう。
これ端的に言うと重低音をそのままは拾い切れ無かったのを、「そう云う音が出てる時の他の部分」の特徴で「聴者に想像させる」って方法だ。
太鼓のピッチがノーマルとウルトラローで差が出るのは先ずは低域だがそれ以外に「皮の揺れる速さ」とかも異なり、それを逃さず適度に目立たせて代用表現させてたのだ。

これは今だってアンサンブルに依っちゃ低域のスペースを広く開けときたい時等には有効だが、それにはある程度実際に太鼓の皮がゆっくり揺れてくれん事には始まらない。
かと言って余韻が長過ぎれば昔より余韻が漏れなく録れる様になったから、邪魔にしかならない。
これを解決するにゃ俺言い「柔軟ミュート」が必要で、ミュートに使う材質が柔らかくないとならない。

具体的にはスポンジ等がどうも芳しくなく布や綿系統がこれには適してる様で、
その訳は弾力があっても「押した分強く押し返す」性質があると困るからなのだ。それだと皮の振幅が大きい時は強ミュート・小さい時は弱ミュートとなり、出音のパワーは削ぐが余韻に対しては非力となる。
アタック明瞭度を上げる第1手段は強く踏むだが限界もあるので、ここは極力邪魔されたくない処だ。

そして人耳に対する音量的案件は理論的には「対比」が殆どなので、アタックと余韻の音量差が大きい程明瞭度が感じられるものだ。
それにはアタックより余韻に対して強いミュート力が必要で、「強い奴には負けるがその辺のヘタレになら全勝」なんてのが相応しくなる。
これが材質の他にある程度「打点の近くにもミュート」が届いてた方が良い理由で、端っこを強くより真ん中目も含めて弱くってのが好ましい様だ。

またこの理想にはミュート以外に皮の状況も影響があって、それはピッチよりも両面張り穴無し若しくはそれに近いのが適している。
それを前回挙げたんだが皮が2つになると共鳴もするが、やはり増えた分だけ加えられたエネルギーの消費も早くなる。
更に皮振幅が微小になると太鼓内部空気を揺さぶる勢いが落ちて来て、反対側へ届くのが遅くなって来る。
その遅れ具合に依ってはこれも前回触れた逆相状態になって、動かすより止める方向に作用する訳だ。

また好みにも依るが片面張りは良く言えばアタックが鋭くなるが、低音域で短くなり過ぎると過去説の如く低域生成が不能になる。
すると余韻には低域がしっかりあってもアタック部は中高域だけになり、恰もバスドラの口径が小さくなったかの様な感じになったりもする。
これには収録後の音響後処理にも大いに悪影響があって、アタック部の低域をEQで増やそうとしても「最初から出て無い」のでどうにもならなくなる。

前回迄の従兄のビ
タビビリ問題をこの面で俺的分析してみると、ミュート位置が打点から遠すぎた他に足りなかったのもあったと思っている。
アタック音的には足りてたが、余韻の内で耳には殆ど聴こえなくなった時点の「止め」がかなり不足だったからだ。
そんなミュートに至った経緯を見てみると彼の好みには、両面張りでも表(レゾナント)の穴が大き過ぎたのが運の尽きだったと思う。

アタック部にも低域が欲しいのに対しては実質的に表皮が無機能化してたからで、それを誤ってミュートを減らす(そう意識したかは不明だが)ので補ってしまっていた。
意外に思う人が多そうだが「低域を必ず含むタイト」は、実は穴無し両面張りミュート付きの方が適してたのである。
何せ低音の「発生箇所」が片面と両面では単純になら倍違うんだから、もっと誰もが気付いてても良さそうな処ではある。

もしどうしても穴を開けたいのなら一寸面倒でも、かなり小さいのから始めるのをお勧めする。
或は大金持ちさんなら皮をジャンジャン買換えてっても良いが、恐らく皮直径の1/4以上の穴を開けると低音が得られなくなると思うよ。
それと穴の位置もかなり大事で、中心部に開けてしまうのは避けた方が良い。
それしちまうと
音響理論的には対角線が途切れる事になるから、半分の口径の皮に近い条件となってしまうのだ。

昨今本邦では猫も杓子もインスタ映えのご時勢だからか、音楽界でもアタックの明瞭度のみ最優先が横行している。
それなら生太鼓なんてのはLine録り不可だから使うの止めちまえなはれ、どう頑張ったって電子ドラムの明瞭度には絶対勝てませんから!!。
歌だって歌唱力が同等ならMic不要のボカロの圧勝、殊明瞭度に関しては「間のプロセス」の無い物が秀でている。

楽曲内での太鼓はその大部分は音楽的分類では「伴奏」で、目立たせるにしてもソロやメロのそれとは必要部分が違うのを忘れている。
本邦ポピュラー系では日本語の特性から英語系より歌のバランスを大き目にしなきゃならず、「同じ土俵で勝負」したのでは永遠に勝てない。
だがもし声では出せない音域が出ていたらどうだろうか、それはおろか他楽器が出せない音域の音が出てたら「1人勝ち」なのだよ。

2019年2月27日 (水)

音創り③ バスドラのミュート等編Ⅲ

昨日は従兄の所で先週の続きとなったが、バスドラムのフロントヘッドについて再認識をした。
それは従兄が30年以上前から所持し俺も良く知ってたTAMA Imperialstarの特にバスドラが、今迄未体験
の音色へ激変した件だ。
俺個人としては好みの関係で薄々気付いてはいたが、それでも「穴の無い皮を張る」だけでまさかあんなに豹変するとは思わなかった。

従兄とは大昔にもしばしば活動を共にしてたが、従兄+
この太鼓で俺の曲の録音をして貰った事もあった。
それ以前の彼は20インチのPearl Rock ’n’ Rollerセットで、悪くは無いが俺には迫力不足で物足りなかった。

その曲はバラードだったから多少ヤワでもOKな人も多いだろうが、バリバリのRock屋なつもりの俺としてはそれでは困る。

そんな時分に従兄がセットを新調したってんで、大きな期待を抱いて録音に臨んだのだった。
録音前から何となく想像よりは中域ばかりで硬い音色と感じてたが、楽器がこなれてくればもっと都合の良い方向へ鳴ってくれるだろうと思っていた。
処が録ってみたら想像以上に低音域の量が少なくて、最初はマイキング等を疑って苦闘してみたりもした。

尤もその音色で一般的基準なら問題無いレベルだったので彼のLive Houseで使った後、今は教室で生徒用にセットされて問題無く使用されている。
現況は硬さは大分角が取れて良くなったけれど、やはり中域中心なのはずっと変わらずであった。
なので昨日迄はずっと「そう云う音の太鼓」だと信じ込んでたら、
「穴の無い皮を張っただけで一気に180°方向転換しやがったのである。

俺が穴無しフロントヘッドへ興味を持った初めは音色だったが、その頃のは半分以上はノスタルジーとか見栄えだった気もする。
それが具体化したのは今は元の持ち主の従兄の手元へ戻ってる前出
Pearl Rock ’n’ Roller使用時で、兎に角バスドラにもっと低音が欲しかったからだった。
サイズ・材質等あらゆる面で不向きなのは分かってても、少しでも俺イメージの音色にしたかったからなのだ。

ここで得意の音響理論へ入るが音が空気の振動である限り、オーディオだろうと楽器だろうと何だろうと基本原理は共通且つ只1つである。
Band系音楽を演ってる人向けで参考例を挙げると、GuitarとBassのAmpの「形」の違いにそれが現われている。
それは一部例外を除き大きさでは無く、「スピーカの後ろ側がどうなってるか」なのである。


Guitar 
Ampではスピーカの「後ろ姿」が見えるのも多いが、Bassのでは裏蓋を開ける等せずに拝める物はとても少ない。
その訳はスピーカの表と裏から出る音が理論的に逆相で、両方がそのまま混ざると低音程「中和」して音量低下が起こるからだ。
ここでの逆相とは空気の震える向きが真逆って意味で、押すと引くが同時になれば当然の如く動かなく(動けなく)なる道理だ。


Photo
上図はエンクロージャの上からの断面図で左が所謂密閉型と呼ばれる物、右のは後面開放型で今日ではGuitar Amp位でしか見られない方式だ。
で赤矢印がスピーカユニット前面からの・青矢印は背面からの音の様子で、音は空気の振動なので前側にも容赦なく回り込む。
中高域はまだしも低域は音の振幅の波長が長いので、正相・逆相に依る打消し現象が生じて聴こえなくなってしまう。

因みに裏蓋無しの
エンクロージャでもスピーカを取付けてる板=バッフル板をとても大きくすれば回避出来るが、それには数m以上必要と非実用的なので普通は用いられていない。
後面開放型でも両横の袖板を深くすれば同様になるがやはりサイズが巨大となるので、それよりは裏蓋を付けて隔離する方が選択されている。
Guitar Ampだって楽器から出てる音をまんま再現したいなら後面開放型では不適だが、多くの場合求める音色がそれだと低域出過ぎ中高域不足だからなのだ。

バスドラでは理屈的には皮がスピーカの振動板と同等で、音の原理的には同現象が起きているのが確実だ。
これら俺言い「裏開き物」(バスドラだと表か?)の特異性として、スピーカや皮自体は低域を出してるのに少しでも離れると聴こえなくなる処がある。
太鼓は生楽器でも近年はPA常用なのでOn MicにすればPAレス生耳よりは低域も聴こえ、ダブルヘッドのを片方だけにして使われ出したのもアタックの強調・明瞭度向上目的からだった。

しかもそれは石製で良く響く演奏会場が多い欧米由来で、更にその源を辿ればStudio録音時の明瞭度向上に至る。
これもまた録音機材の充実で舐めんばかりの超On Mic集音が可能となったからで、Micが表(こっから叩く方基準)皮直近だと裏皮の音は音量差で出てても幾らも聴こえなくなるからだった。
だが実はそれでも太鼓自体の鳴り方は裏皮有無で結構違いがあり、今日の録音レベルだとどんな素人でも聴き分けられる位の差がある。

ミュート編と謳いながらここ迄皮ばかりだったが、上記の「鳴り方も違う」って事はミュートにも色々な影響が及ぶからだ。
これがウルトラローピッチになると顕著で、妙な話しだが音以上に皮の震えが収まる迄の時間の長さに差が現われる。
大抵太鼓は胴に空気抜きの小穴が開けられてるが、それでも両面張りだと片面のみよりは随分「内部空気の自由」が奪われる。

上記に依って両面張りはアタック音は長くなるが余韻の方は実は短めになってて、「皮の震え」が小さくなるのも早くなっていた。
だから前回迄のビータビビリ問題に対しては音色以外の点でも問題で、従兄が参考にした時期のSimon Phillips本家は打面のみ内部タオルミュートの両面張りとしていた。
本家はその上Open踏みなのを従兄は幾ら達人でも片面張りClosed踏みでは、
せめて皮押付け時の剛性が低い(柔軟対応可能な)Speedkingでも用いなけりゃ無茶だったってもんだ。

もう少しピッチを並近くへ上げれば皮振動時間が短くなるから許容範囲に収まりそうだが、現況片面のままのへ意識して耳をそばだてるとどの単打も気持ちダブってるではないか。
生耳対象なら未だしもOn Mic収録にはこれではあきまへんがなレベルで、以前より打点近めにミュートを持って来ても根本的解消には不足だった。
俺自身は技師の端くれの癖にマイバスドラサウンドはほぼ感性頼みの試行錯誤のみで確立させてたが、改めて分析してみたら条件は満たした様だ。

<少し曲がって!?つづく!?>

2019年2月24日 (日)

音創り② バスドラのミュート編Ⅱ

太鼓ミュートって案外奥が深く多岐に渡るので、今回は俺言い「アタックゴースト」対策限定で行きやす。
踏み方としては以前から述べた通り止めるにしても「柔軟対応」が最適・必須で、特に「低音もちゃんと欲しい」のならコレ一択だ。
だがミュートの仕方でも結構な差があるのを今更で知ったが、一言でだと「打点近辺が自由過ぎると不利」となるのだ。

但し自由っても打点にビータが喰い込む込まないとか皮が波打つとかじゃ無くって、皮の中心部が奏者側から前後へ「何時までも動け過ぎたら」であるよ。
ドラムセットでは通常バスドラは銅鑼みたいな余韻の長さは無用だし、どんなに引っ張った処でアタックと余韻の音量差が大き過ぎて余韻は短時間しか聴こえんからね。

因みにオーケストラのとか大ホールでのOpen奏法のはそこそこ余韻も聴こえっけど、あれは盛大な残響(エコー)に強力にリリーフして貰ったからなだけですぜ。

それだって他楽器に近い音域で継続音を鳴らされた日にゃ、ハッキリ聴き取れ聴き分けられんのは結局殆どアタック音だけでしょう。
尤もアタックと余韻の差が大きいのも打楽器の大事な個性で、例外は黎明期のシンセドラムやCymbal等の金物位なんじゃないかな。
しかも黎明期シンドラの音自体は昔のアナログシンセなら大概は必ず出せる音で、単に発音指令が鍵盤じゃなくパッドになったからそう呼んでみました的な代物でした。

今回案件だと従兄の所のバスドラの皮はRemo CSで、中心部が2重張りで硬めなのでこれもどちらかってばゴーストには不利な方だ。
Speedkingの動作雑音軽減策で述べたが、何かが接触する時それが「
硬い物同士」な程高音域雑音が多く出てしまうからだ。
皮の硬さは張りの強弱(ピッチの高低)でだって影響はあるが、それは主に全体の振幅(皮のストローク)に対してだ。

それ故アタック強調目的等で打点に後から張るヤツなんかも売られてて、実際効果はあるがアタックゴーストに対してはマイナスに出るのが多い。
けれども原因が踏力不足なら止める力も「充分弱い」だろうし、Open踏みで「余韻の頭部分の音量が大きい」せいで相対的にアタックが小さいなんてのならこのマイナスは出ないからご安心を。
恐らく従兄はアタックが一見太目になるからCSを選択したんだと思うが、皮についてはキリが無いから別項へ譲って本題へ戻ろう。

例えば俺だけか不明だが未だにCrashの短間隔連打の安定性に苦手意識があり、相手もこっちも動いてるから「当り」が不安定になって仕方無い。
結局は太鼓のリバウンドと一緒でリズミカルに揺らせば良いんだろうけど、音量・音色の都合もあるからタイミングだけに忖度なんか出来るかよとつい不貞腐れちまってる。
でバスドラは元が目立ち難い音色の分金物系よりそれを重視しなきゃなんないのが多々だから、尚更ビビリ防止の為にタイミングを計るなんてのは論外だ。

尤も太鼓の皮はCymbal程は動かないが、メロタムやSnareと比べりゃバスドラのそれは簡単に目視出来たりするよね。
しかも一番動きが遅く音としてはもう殆ど聴こえない位になっても、他のより皮はまだそこそこ動いてるのだ。
そこで上記の「音として聴こえない揺れ」はゴースト君助長にだけ有効と百害あって一利無しなので、今回案件にだと「止め方の達人」以外はミュートした方が安全な様だ。

さて不意に従兄が彼のノートパソコンの電源を入れたからどうしたかと思ってたら、以前リフォーム時にサービス!?でデスクトップ背景にIan PaiceのMachine Head録音風景を入れといたのを確認する為だった。
一般的なボロ布ミュートみたいだが
俺も改めて見てみると入れた張本人の癖に気付いて無かったが、他より皮の打点近くだけ高く触れる様な按配となってるではないか。(@ ̄□ ̄@;)!!
ではまとめて図示するとしますか。

 
Bd
図説は上段左から行くが最初は前回記した「スポンジミュート」の装着状況で、次の水色のが一般的な布等によるミュートの様子を表したつもり。
因みにこれ式の中には切り刻んだ古新聞だとか、フロントヘッドを付けてる場合は(穴の有無に依らず)細かい物を入れるのもある(った!?)みたいだ。
1つ飛ばして上段最右が普通の帯ミュート(大抵はフェルト使用)で、左隣の敢えて飛ばしたピンクのヤツが上述の「変則」の状況である。

真ん中で三角に尖って出っ張らせるなんて妙な景色だが、恐らくは皮振幅阻害を避ける為に「厚さ」を減らしたかったからだと推察される。
つまり普通に丸めたり折り重ねた布だと厚みが出てしまうので、それより「少ない枚数」しか触れない様に工夫したんだと思う。
だがそのままでは布は直ぐに倒れて皮から離れてしまうので、折り目に依って「芯を作って」適度に抑制させてる様に伺える。

これの目的が俺言い「アタックゴースト」防止かは不明だが、従兄の処で彼が踏むのを俺が色んな位置を手で臨時ミュートした限りでは効果最大であった。
怪しげオッサンの大代表たる俺様なのでこの意図は皆無だったが、宅現況は下段の緑みたいな事になっている。
俺は穴無し両面張りで左が打面で右が表の様子だが、表だけ2本になってるのにロクな意味は無い。

単に手持ち廃物利用で帯ミュート実験をしてみた都合で、最初に普通っぽい巾のを2本切出したのが理由1。
しかし俺の所望には普通巾のだと両面に施してもミュート不足で、実験結果的には極端な巾広が要るのが分かった。
本来なら巾広2本を素材から切り出したかったが、そこまで取れるだけの残りが無かったってのが理由2でこうなっちまってる。

打面側に「一体物」を持って来てるのはレゾナント側(表)より強ミュートが要ったからで、殆ど気休めだが一応分離してないのの方が「切れ目が無い」分だけ面積が広くなっている。
これに至った原因を掻い摘んで披露してくと、俺がアタックより低域量に拘ったのが根底にある。
また近年は漸く改善出来つつあるが奏者的には、元のタイプとしては俺はアタックが目立つ口だったのもあろう。

さてさて難癖付ける気は毛頭無いが、件の「スポンジミュート」が本件では何故不味かったかを分析してみると以下の様になった。
①表面を指先1本で押せば充分に柔かいんだが、面で全体を押してみたら思いの外硬かった。(皮とスポンジは当然面接触)
②外周部しか抑止しないので鳴りを妨げないのは良いが、打点部から遠い所へのみの作用なので強く押し当てても揺れ終息がかなり遅かった。

要はかなり弱くても構わないが打点の近くで僅かでも皮の動きが抑制されてると、俺言い「アタックゴースト」は避け易いみたいだったのだ。
但しこれは太鼓の出音がミュート無しでもかなり短めな減衰音だからで、絶対的最大音量はミュートする程低下する。
なのでその分鳴らす強さが要求されるがその度合いは弦楽器のハンドミュートと近似で、アタックの音量より余韻の長さへの方が数段影響が大きいものだ。

また余韻は足りるだけ得られれば良いが、今日の多くの場合は「ちょっと」あればOKだ。
また余韻が長くなる設定になってる程脚に依る「止め」の強さ速さが要って来て、そうなる程止め難いしどうしてもビビらせ易くなるもんだ。
もし本件でお悩みの方が居たら、「ミュート位置」の再考が助けになるやもと思った次第でした。

音創り① バスドラのミュート編

珍しく親類関係の所用で多忙になり間が空いてしまったが、予告!?ではGuitarの歪ませだったのの変更を許容願うで御座候。
ってのも従兄の所のバスドラミュートで、先週プチ発見をしたからなのだ。
歪み案件については今Compressorを自作中で、これの実験に漕ぎ着けてからまとめて述べたいのもあったりする。

俺自身は弦楽器演奏キャリアの割と初期にはCompを結構用いていたが、当時所持してたのが大したのじゃ無かったからか不確かだがその後は録音処理以外では使わなくなって久しい。
これの原因は俺的にはEffectorで頑張るよりAmpで頑張る方が効果的と感じたからで、演ってる音楽の指向性の影響もあったみたいだ。
だが今従兄とやってるプロジェクトでは新たな必要性が出て来たので、只今仕込中なのである。

で所用と仕込みでグズグズしてる内に上記事例が発生したんだが、それはスポンジミュートの弱点であった。
宅ではコスト事情で買わずに済ませられる物にはほぼ無縁だが、従兄の所では彼の前職Live Houseの遺品!?をずっと活用している(もしかしたらそろそろ過去形)。
スタッフに太鼓知識僅少なバイトさんも居たりとなると、安定度が大事だからの措置だったろう。

これはバスドラサイズピッタリで胴の曲率に合せて作られたスポンジミュートで、彼の所では穴開きでもフロントヘッドを付けてるので一度入れとけばメンテナンスフリーと優れ物だ。
意地悪視点に立つと調節困難・深さが違えば対応せずだが、平均的要望には入れるだけで答えてくれるんだから疑問を持つ事も無かった。
処が近年従兄がウルトラローピッチに移行したからか、録音してみたら俺言い「アタックゴースト」が随分と気になったのが事の発端であった。

この「アタックゴースト」とは奏者意図に反しビータがヘッドでバウンドして、アタック音に不要なフラムやバズが付いてしまうのを指している。
俺自身は初心者時代は無知なのもあって気にして無かったが、気にし出してからは結構これは悩まされた問題だった。
それは
Closed踏みを明確に意識してからで、拙い腕が最大要因だったとは云え1つだけで止めようとする程結果はビビらせてしまうってものだった。

北風と太陽かはたまた兎と亀でも良いが、力で抑え様とする程皮からの反発力が吸収出来ずって事だ。
ハイスピードカメラでも持ってればとっとと撮ってみるんだが、そうは問屋が卸してないので明確な証拠提示は残念乍らまだ無理だ。
しかしそれなりに豊富な経験・体験から紐解くと、どうも基本的に「無バウンド1回こっきり」ってのはあり得ぬらしいのだ。

また意図的にそれに近い状況(かつて誤って無理に追及してた)がもし得られても、今度は皮の振幅を阻害して著しく低音を損ねてしまってアカンかった。
これはかつてBassで「究極のスタッカート」を追及した時と同様で、音響理論的に時間不足だと必要低音生成が不可能だったからだ。
そして苦闘の挙句今の俺の答えとしては、僅かに跳ねたって聴こえなきゃ良いじゃんなのである。

よっぽど非力とかで微小音量だったりしなけりゃ、バスドラの音はか
なりドデカい。
そして一部硬いのを使うのもあるが標準的ビータはフェルトで柔軟性を持ってるから、「バウンド音」が大きく無かったりアタックより籠った音色になってたら先ず聴き分けは不能なのだ。
つまり無理に避けようとするんじゃなく、コッソリ目立たなく埋もれさせちまえば平気だったのだ。

さて従兄はバスドラ奏法でも先生に相応しくOpenでもClosedでも昔から自在だし、是迄の長い録音経験でこんな音になった記憶は皆無だった。
元からタイプ的には俺を剛とすれば彼は柔で、この手のは当初から旨かったのに妙な具合だ。
それで暫し2人でゴニョ
ゴニョ弄る中で、俺は件の「スポンジミュート」に嫌疑を掛けたのだった。

それへの過程でピッチをウルローから並へ一度上げてもみたが、奏者(従兄)と太鼓のモデルの組合せの兼合いか没個性だし魅力の無い音になってしまった。
またその時少しミュート不足も感じられたので、試しに不要シーツや俺の掌等で色々ミュート具合を比べてみたのだ。
するとそんなに強く皮へ押付ける必要は無かったが、ある程度打点に近い場所で動きを制限する必要もあるのが判明した。

俺的知識では皮物でローエンド出すには中心近くの動きを抑制するのはご法度だが、それはどうやら全く動けない場合限定だった様だ。
理論的には音波の波形で言う処の最低1回分の振幅さえ確保出来てたら、その後では動けなくても無関係と云う訳だ。
つまり強い力にはほぼ無抵抗だが弱い力には抑止力がある、そんな状態が得られればローとアタックの両方が一度に獲得出来るのだ。

現況宅では「外付け巾広偽フェルトミュート」で落ち着いてるが、考えてみれば(今迄してないのが俺らしい!?😓)上記条件に見事に当て嵌まっていたわ。
実はPianoの簡易調律用としてフェルト生地自体は手元にあるんだが、安物だからかヘタレの根性無しで薄過ぎて等でミュートには用いていない。
宅の方式で薄過ぎが困るのはフープとヘッドで挟んでも滑り易いからで、或はそれを克服すればもっと良いのかも知れない。

だがかなり従前から元コタツ用廃毛布を太鼓ミュートに利用してて、こっちの方が「保持力」が高かったのでそうなっている。
これも枠と皮じゃなく皮と胴の間へ挟んだら違うのかもだが、現況では状態確認可能(張ってる皮が不透明なので)とか集音方法の都合でそうしてる。
詳細は図説を含め次回以降へ譲るが、割かし加減が自由になるのは確かな方法だ。

それにしてもバスドラ並びに重低音ヲタとしては、オケの大太鼓は両手が使えるから羨ましい限りだ。
叩く瞬間皮は「完全なフリー」で叩いた直後は「完全な抑止」、なんてのも自在なんだからねぇ。
過去にこれに近いのをやってた達人が居たが、それも次回公表するから乞うご期待ってか。

2019年2月19日 (火)

日本のポピュラー音楽って何なのさ④ (サラリーマン教育が諸悪の根源!?編)

今回のキッカケは家族からYoutubeのお気に入りを、半強制的に視聴させられたのに端を発する。
嫌なら断りゃいいじゃんをしないのは個人的訳ありで、どうしても自分だけだと「既に好きなの」ばかりへ行きがちで新発見が難しいからだ。
けれども絵面は様々でもどれも「画一的な音」ばかりなので、暫くするともう勘弁してくれとなってしまうのだ。

この行き過ぎた画一化の根っこにサラリーマン教育がある気がするが、それすら根底には単なる民族性みたいなものがあるのかも知れない。
只それでも変だと思うのは会社員だってライバル社を出し抜いて業績を上げるには、いざって時には独自性も必須な筈なのだ。
つまり状況判断抜きで常に同じ様にとはなって無い筈で、是又過去に無かったマニュアル偏重と組み合わさってしまったか。

まるで「混ぜるな危険」の洗剤か何かでやらかしちまった様な感じで、マニュアル重視の場合は本来は「それ以外」はかなり自由で無制限な場合って前提が蔑ろにされている。
余りに安易に或は全体像の俯瞰が足りぬまま、無理な「良い処取り」に走った結果はがんじからめで応用力を失ってしまった。
以前述べた今の職業意識錯誤も悪を助長してて、仕事で他人に関係するのは身分や雇用形態ではなく所謂「何屋」かが問題なんだが。

これは更に仕事だけじゃ無く他でも同じ事で、テーマとか本来の目的から少しでもズレればどんな素晴らしい手法を用いたって意味が無い
では現代本邦音楽界での過画一化の具体原因はってぇと、例えばエレキGuitarならEffector過依存辺りにある様だ。
様々な利点のある
Effectorにも弱点があるが、どうもこれが浸透してなくて安易に多用した結果だと思われた。

簡単に意図した音色が得られるのの副作用として、「何を繋げてもその殆ど同じ音色しか出せない」等があるものだ。
なのでサブとして限定使用するにはそんなに問題にならないが、便利だからと迂闊にメインとして常用すれば上記の問題が出るのも当然だ。
幾ら絵面やフレーズ等を優先するにしても体格や弾き方が掛離れてるのに妙に近似な音色ばかりでは、少なくとも相乗効果は削がれて折角の絵面だって効果半減になるのにねぇ。

Bassの方でもとある
Youtubeの人気者は自作のでは何時もLine録りならではの高音質で、しかし自作以外のLive時のが詰らんパッとしない音色に聴こえて訴求力を欠いてしまっていた。
絶対に人前で生で演らないなら別だが、最善を追及するにも求め方があるのを誤ってしまったとしか思えなかった。
人演奏の太鼓にしても過加工頼みが気になる処で、人が演ってても最早これらはバーチャルでしか無い。

今の本邦サウンドしか知らない人には、俺の戯言は単なる懐古趣味にしか思えないかも知れない。
だが例えば俺が音色的に昔のCharに興味が湧くのは、独自性に秀でていたからだ。
当時本邦ではSingle Coilサウンドってば殆どがStratocasterだったが、昔の彼はMustangがメインだったりしたからだ。

Char自身はその経緯を成行きと述べてたが、俺の好みからは外れるが布袋寅泰がTelecasterタイプをメインとしたのも独自性の助けになってるのは間違い無いだろう。
そして
Charのはコピーバンドで楽しもうとして研究してみたら、Soloの一部を除き歪ませててもその度合いがかなり予測より軽い程似た音が出るのを知った。
この最低限歪ませは
Stratoでも可能ではあったが、Guitar自体の音色の甘さの為に激しいのにはマイルド過ぎとなる様だ。

深く歪ませた方がタッチノイズ等以外では「弾きムラ」の悪影響が出難くなるから一見便利だが、不要な過歪みは明瞭度や和音の響きにはマイナス作用としかならないのだ。
しかも過歪みは極端に弱くそっと触れるだけにしないと、音色の変化等が得られず表情に乏しくなってしまう。
この必要最低限歪みは演奏が高いレベルで安定してないと成立しないが、それを言い出したら生楽器とかの人はどうすんだって話しになるからねぇ。

今では凄いEffectorのお陰でどんなGuitarでも様々なジャンル向きの音色が得られる様になったが、彼等の若い時代にそんな物は無かった。
だから激しい目のを演るにはどちらも最適では無くて、当時でも不可能では無かったが音色創りは難しい方だっただろう。
その代わりこれが理由で殆ど誰も使ってなかったから、独自性の為にはとても有利だったと思う。

布袋氏の場合は歪ませ方は寧ろCharとは逆だったが、当時の
TelecasterのイメージはCountry向きだったから恐らく深歪みを試す者すら少なかったと思う。
また布袋氏の選択理由が絵面・音色どちら優先だったかは知らないが、どちらにせよ強面のノッポな兄ちゃんがCountry用GuitarでBeat Rockって組合せは斬新だった。
これ等の例は外見上ではわざわざ面倒な方を選んでる様にしか映らないが、「他の人がまだやってない」のに挑戦して克服したから「独自手法」が生まれたのだ。

だったら
Effectorだってお初の組合せとすれば新しい音が出る筈だが、それが可能なのは「音を弄り過ぎないEffector」限定なのだ。
Ampについても同様で汎用のなら特化させるには不便でも、全方位を試すのが一応可能なんだが…。
音創りについては新項目で、そっちへ続ける。

2019年2月11日 (月)

音楽をやる上での上手なお金の使い方⑥ 非消耗品編

非消耗品編たって「形ある物はいずれ壊れる」なのでほっぽりっ放しで半永久ってのは無いが、取敢えず通常本体寿命は長いのを。
当たり前すぎて下らないかもだがキーワードとしては、「壊れる前に買換えたくはならない」とでもしとこうかね。
だって経年や消耗で壊れたら、絶対タダでは済まないんだからさ。

俺だけにしても現実の結果として不人気とか訳あり中古ってのがもし売られて無かったら、きっと未だに何1つ本物は手に出来て無かっただろう。
また購入当初は単なる憧れとか一応○○持ってます的誘惑も多々だったが、何十年も経った今になって耐久性等が違ってたのを思い知っている。
最初は軽薄に魅力的な物へだってそれなりに手を出したが、それ等の「失敗した半端物」は皆人手に渡してしまった。

これの最大原因は「使える巾が狭かった」からで、利用率の低い物に掛けられる維持費を持てなかったのもある。
ここから体験例へ進めるが全く同一モデルでは無いが、その1はBeatles初期にGeorge Harrisonが使ってたGretschのセミアコエレキモデルだ。
かつて手元にあったのはCountrygentlemanのGrecoの特注コピーモデルで(勿論中古購入)、後の比較対象になったのは従兄のとは別集団での相棒所持の本家本物のTennesseanである。(現在は名称変更でTennessee Rose)

当時時点で音に問題は無かったが付属ハードケースでしか持出し不可だったのと、当初想定より適応場面が少なかったのが数年で放出へ繋がった。
本家に触れられたのはそれからずっと後になってからだが、特に歪ませない時の音の存在感が格段に上回っていた。
今回記事を書くにあたって再確認してみたら偽物はPickupに大問題があったのが発覚、本来ハムバッキングである筈のがシングルになっていた。


偽物を所持してたその昔は太鼓以外のGretschは現物僅少な上、当時は高価だったRickenbackerの更に上を行く超高価だった。
ネットも無かったのにそんなでは、専門家すら研究目的であっても入手が憚られた結果なのだろう。
すべからく当然の如く当時の俺には知る由も無く、さりとて偽物単体では変な音では無かったので解明不能だった。

因みに僭越の極みだが今知ったのは旧名Tennesseanは準シングル仕様で、性能はハムバッキングだが音色はシングルとしたののはしりの様だ。
これは2つあるCoilの片方のポールピースをわざと無くして、シングル音色を基本的には維持したまま雑音だけ減らす技である。
最近は環境改善でこのタイプは廃れ気味だが、後述俺所持Mustangが同系統の
Bill Lawrence L-250×2となっている。

その他にも材質に違いがあったらしきも確実で、産地や元材からの利用部位が異なってた様だ。
後述でも登場するが当時の国産ブランドのメジャー系は表面上のスペック重視、マイナー系は本邦での入手性と実物への近似性優先の違いがあった。
楽器製造如きでも企業となると体裁最優先となってたのが、如何にもサラリーマン大国!?らしいわいと愚痴っといて次へ移る。

その2は最近従兄の要望で彼と合作のオリジナル曲のGuitarを手掛けてるが、彼の希望のStratocasterが国産偽安物でも宅にあったのでそれで録ってみた件だ。
しかしどうも奏者としてはしっくり来ないし、思った程はStratoらしさが出てくれず思案中となっている。
Fender系1本は必須としてたが貧民俺に人気のStratoは当時高価で困難なので、本家かどうかを優先してCharを参考に以前記した如く中古Mustang所持となっている。

当然そのままでは所望の音色に持ってけないのでこれから小細工は要るが、試しにMustangで弾いてみたらそっちの方が操り易かったのだ。
スケール・Arm・慣れ等色々差異があるのは否定しないが、俺見識では特に’70年代以前のFenderではモデル・タイプより本家のであるかどうかの違いの方が格段に大きかった。
今回の元凶を探った処直に簡単に分かったのが楽器の鳴りで、Ampに繋がずに弾いたらボディが鳴ってる・鳴って無いの大差があったのだ。

この国産はブランド的にはメジャーなのので、実際決して悪くは無い。
だが俺知り’70年代後半限定だと、国産はマイナーブランドの方が実際コスパは良かった。
作りの野暮ったさや塗装の安っぽさでは負けてたが、弾いたり聴いたりだけでだとかなり健闘してたと言える。
尤もマイナーの悲哀で販路脆弱・無名なせいでその殆どは何時の間にか消えて久しいが、それ故「中身で勝負」をしては居た様なのだ。

本物偽物差はスペック的にはGibsonやRickenbacker等の方がそうなりそうだが昔Fender系の方が顕著で、特に当時の本邦メジャーブランド系が前述理由等で該当する。(不幸にも本件のが正にコレ)
これを総論すれば近年の本邦以外のアジア系偽物は「正真正銘の偽物」で過去本邦のはそこ迄酷くは無かったが、実質的には「別物」だったと言える。
使う立場にとってはスペックより「同じ扱いが出来る」方が大事だが、当時はそれへ迄至ってなかったのだろう。

’70年代末になってこの問題点を覆すTokaiやNavigator(ESP)は話題や人気になったが、ブランド自体は当時はまだ全くの新興勢力そのものだった。
だが残念乍らTokaiは全盛期(音のクウォリティ)が長続きしなかったし、ESP系の使えるのはハナっから良いお値段であった。
未だ日本製楽器の殆どは性能的には良くても個性や独自性に乏しく、真にスタンダードになれた物は無いと思っている。

近年は情報・知識は足りるだけ深まってるし、太鼓何ぞ業務レベル機種では国産ブランドの方が高価格と随分出世したもんだ。
しかしいざ「本チャン現場」で用いると成績優秀で大金持ちだがまだ子供って感じで、昔からのスタンダードのそれは低学歴貧民でも物知りの大人で頼りになるってな感じがしている。
個別楽器単体での評価だと優秀でも実際のアンサンブルに入ると埋没したりして、まるで学生時代の成績と会社での実績が必ずしも比例しないのと似てる気がする。

因みに太鼓ではモデルorスペックよりブランド差の大きいのがLudwig等が顕著で、年代やモデルに依って確かに違いはあるんだが従兄の太鼓の先生の見識通りそれ以上に「Ludwigの音」ってのがある。
Fender・Gibsonは基本仕様以外は余りにも多くの変遷があったので現行品には懐疑的にならざるを得ないが、それより不人気の(失礼!?) RickenbackerやLudwigでは何時のどれでも未だ似たり寄ったり感が現実強い。

俺は学歴偏重嫌い等「字面」より実力主義なのでブランド指向は皆無だが、実力が確かなら否定出来ぬししてもナンセンスだ。
人次第で重視箇所が違うから一概に論じるのは難しいが、体験から見えた傾向としてはこれらがあった。
なのでブランドに関しては参考例に過ぎないが、「後から問題化」の高低に影響するのは誰でも知っといて損無しと思う。

メーカ出荷時点では国産系の方が何かと行き届いてるが「伸びしろ」に乏しく、必要に駆られて小改良等を施そうとしても向上がみられない。
Mustangの無改造の’60年代のと比較出来た俺体験では、オリジナルのままだとPickupがチープで問題を感じた。
俺のは元が魔改造中古だったのでそれ迄知らずに来てたが、裏を返せば「その程度」でグレードアップ出来るポテンシャルは持っていたって事だ。

これ等が「もっと中古にも目を付けて」に繋がっているが、現代特有の注意点を挙げておこう。
それの最たるのは通販等で新品も含め、現物試奏レスの懸案点を分かっとかないと痛い目を見そうな処だ。
これは中古でそれ自体の画像なら外側だけは確認可能だが、新品でカタログからの流用画像だったりすれば「買うのの」では無いからだ。

人次第で必要情報が無限なので、出品者に悪意皆無でもこっちが要るのを最初から完璧に提示は困難なのだ。
試奏可能ならスペック不明でも音や感触で確かめる道が残っているが、通販だと画像と文字だけが頼りとなる。
なので歴戦の猛者で一目で見抜ける見識があったり、身内に全く同じ物の所有者でも居ない限り楽器通販は「危険な賭け」となってしまう。

2019年2月10日 (日)

音楽をやる上での上手なお金の使い方➄ その他の消耗品Ⅱ編

では予告通り律儀に行くが、って実際は長くなったから分割しただけだと。大😓
本日の格言は「消耗品は販売の寿命も短い」、で御座んス。
年寄りでもブランク無しでキャリアが長い者はきっと少なかろうと、勝手な憶測で体験例を並べてくとしますか。

1.従兄の太鼓の先生:Stimmungのバチ
最大人気モデルは再生産もあった様だが、彼にフィットしてたモデルはメーカ消滅以降再登場が無い。
また従兄の手元に現物が残骸すら残って無いので、これのスペックが不明。
こうなると感覚と記憶を頼りに代替品を探すしか無いが、彼の芸術肌度が高いからか自身の記憶も曖昧で助けを求められてしまった。

そこで俺が覚えてたのがTAMA O-214Pってスティックで、
Stimmungの次に従兄が常用してたヤツだ。
これは俺が初心者時代にお下がりを貰ってたからで、それが俺現用デフォがH-2145Pになってるのへ繋がっている。
俺には標準から重さより太さ
だけ少し太いのがフィットした結果で、従兄の場合はそこが真逆だった様だ。
しかし俺のは少し不人気みたいなので、何時まで手に入るかビク付き気味だ。

2.Fender U.S.A.の.84MM MED Heavy
ピック
これは涙型で
黄緑色の物だが材質と厚みが選択理由で、次点にかつては材質・色違いのがあった。
色は元から気にしてないが現行では材質と厚みが違う(
0.88mm)のしか無くなってて、まだ新型はちゃんとは試してすら居ない。
当初から入手性が高く無かったから頑張ってストックしていたが、尽きれば考えなくてはならい。

ここで俺にとって「.004mm」の僅かな差が問題になるのは、デフォの弦が.010からのセットなのも影響してると思われる。
趣味的にBluesやSouthern Rockの影響も否定しないが、基本は所持Guitarの都合に依っている。
メイン2本で使い分けてるがその片方のFender Mustangのテンションが弱いからで、もう一方のGibson SGは
テンション並だが調整で弱められるから弦を共通化してコスト圧縮を図っている。

もし.009弦だったらピックも0.73mmで俺的にOKだが、それだったら現行品でも売られている。
だがメロよりカッティングやリフ時の音色を重視したスタイルなので、現用楽器では
弦太さの変更がはばかられるので先々どうしたもんかねぇ。(´Д`)ハァ…

3.YAMAHA .035 MEDIUM:
クリーム色ナイロン製・涙型
こっちはBass用の俺標準で、ブリッジ寄りだけで弾く際は.040と.045を用いている。
元は音色的にはプラやセルロイドの方が好きだったが、Roundwound弦だとピックか減り出した時の「擦れ音」が邪魔であきまへん。
またこれが目立つ位だから弾くのにも不要「引っ掛かり」が発生し、それを避けたらピックがかなりの短寿命になるのでそんな払えませんからでごんす。

天下のSpeedkingすら廃版になったご時勢ですからこれが無くなったのも半ば必然だけど、正直吐露すれば「困ります・迷惑です…」でガス。
これ等3例の内
2以外は少なくとも当初は極一般的普及品だった物で、メーカが無くなった1は仕方無いとしても後は勘弁して頂きたい事例だ。

と冒頭例を除いては未だ代替品未発見だが、量産・廉価品目で商業性も高いとなれば仕方無い側面も否定出来ない処かもだ。
この様に消耗品は使うのにも買うのにも長持ちし難い性質があるとなると、演る側の安全とか対応策としては極力拘りを下げとくのが良さげだ。
その時点限定でならBestの追及は可能だが、それのマクロさが後での再現性を奪う等のマイナスがある。

寧ろ拘ればこそ消耗部は大体でこの音が出せますにしろってなもんで、個人の自由だけど少なくともここへ大枚叩く効果は大きくない。
常に音色変化があるのを否定しないなら別だけど、教育・学術的観点だとホントは基準は固定されてるのが理想だ。
そうでないと音の変化が道具のせいか奏者のせいかの判別が付かず、音色以外にも奏者や果ては奏法に迄何らかの影響を及ぼし兼ねないんだから。

その点RemoのヘッドやLudwigの太鼓なんかはマシな方で、細部に多少の相違はあれど頑張って維持してるのは「分かってる」証拠なのかも知れない。
それだってGibsonみたいに奇行に走って潰れたりもあるから、買換えや補充の頻度の低いのじゃないとコストを掛ける意義は低いだろう。

今は資本主義社会なので地獄の沙汰迄金次第だが、そんな御仁にしたって実用性なんかも考えれば楽器系消耗品にはお金の威力も微々たるものになる。
俺は必然と成行きで選択肢無しでこうなってるが、傾向的には誰にでも当て嵌まるんじゃないのかな。
もし今はまだ感じて無くったって永く続けてたら、必ず分かる様になっちゃうと思うよ。

音楽をやる上での上手なお金の使い方④ その他の消耗品編

前回後回しにした弦楽器のピックや太鼓の皮等へ行くが、最初は消耗度差で大別してみよう。
使い方や個人差で元来一律にはならないけれどそれでは埒が明かないので、一応標準的な用い方をしたらの場合で考える。

先ず体験的にピックや太鼓のバチの消耗は、弦や皮より演奏の仕方や腕に寿命が左右されると感じられる。
ピックスクラッチを多用したり弦に当てる角度が立ってると、材質に依って程度差はあるが消耗はかなり早くなる。
バチの方は金物への当てる角度と叩き損じが物を言い、特に太鼓リムへスティックチップを強く当てたりしたら直ちに欠けてしまったりがある。

これと比べたら弦と太鼓の皮の方は
演奏の仕方の影響度は低く、セッティングやメンテナンスからの影響の方が高いと言える。
弦の場合は巻線-芯線間の汚損の他錆の問題が、皮の場合は張り強さの局所的偏りで固定枠からの離脱なんてのが稀にあった。
上記以外は鳴らされた合計時間が大凡消耗と正比例しているので、持たせる為の方策は異なる。

ドラム奏者の経済はある意味両極端な処があって、常に本物を自前でと思えば初期投資額は莫大だ。
それが本番以外は本物不使用とすればとてつもなく安上がりとなり、原始的楽器特有のものだろう。
Classic系ではPianoよりViolin等弦系の方が大抵高コストになるが、それは弦や弓など常に消耗するのを補わなければならないからだ。

ポピュラー系比較だと逆なので当初は一瞬妙に思ったが、普及率の違いの他生楽器・通常PAレス・インストオンリーも多いと協力者が少ないのもありそうだ。

尤も正規のGrandpianoを使おうとすれば楽器だけじゃなく部屋も必要だから、太鼓の自前と近似で初期投資額は大きくなる。
それと生楽器で大変なのは音量の抑制が難しい点で、電気・電子楽器みたいな微小騒音での練習が困難な処。
住んでる部屋や街並みにも依るが、大抵は音を出す場所代を考えとかないとならない。

とは言え芸術でもスポーツでも一般事務仕事でも、チームが一堂に会する必要時はそれなりの手間と費用が掛かるのに差は無い。
楽器やジャンルに依って
費用差が感じられるとしたら実は「それ自体」では無く、巷で本格的なのが主流か自由なのが主流か等が大きく響いてる様だ。
上手くなるには極力本物に触れたり本番を体験するのが一番だが、少なくとも始めたばかりで先が分からない時点からそんなに入れ込まなくたってええじゃないかだ。

各自の目的や指向にも依るけれど、最初から妙にハードルを上げたがる連中とは距離を取るのをお勧めする。
楽しみ方は人それぞれで良いのに固定観念を執拗に押付けて来る裏に、自分の領域若しくは実力の伴わないポジションを守りたい等の邪念があるだけだ。
安易に偽物へ手を出すななんて吹聴してて一見矛盾と思われそうだが、決して安くは無くも必ずしも本物はバカ高くは無いのだ。

目的や用途に不一致過ぎたら無理だけど、特に’70年代以前に作られた物だと本家とそれ以外の差は歴然だ。
昔は今みたいに情報が簡単に入手出来なかったからか、見た目はそっくりでもいざ弾いてみると音も感触も全く違う。
なので本家の不人気機種はとても狙い目なんだがこれは長寿命なので、今現在俺体験真っ只中の参考例は次々回に記すとして戻ろう。


弦楽器のピックについては外装が特別じゃない物なら、残念だが価格と弾き心地・音色は割かし正比例している様だ。
それとピックの安物は一般商品の百均や激安通販と似ていて、妙に安いヤツは弾き心地・音色の他に耐久性が極端に悪いのも多い。
楽器本体にだってこれが無くは無いがたった1曲でオシマイってのは覚えが無く、度合いの桁が違うと感じられる。

なのでお勧めなのは訳の分からん不明ブランド等は回避して、実績のあるブランドの中でお手頃なのが実質的最安だと思う。
弦にしたってサウンドハウスの頑張りの結果か、実用的な範囲での最安品は今や一流専門ブランド品となった。
かつて’80年代一杯位迄は安くても怪しい弦が、大手楽器屋でも堂々と陳列され売られたりしてたもんだ。

一方太鼓の皮には最初から強度がピックより要るからか、上記みたいな紛い物には
出会った試しが無い。
叩き方や上手い下手でもかなり寿命差が出る様だが、俺体験では厚手でも複数枚「重ねてある」タイプは持ちが良くなかった。
柔軟性と強度を両立させるのが困難らしく、複数枚タイプは耐久性より音色への効果の方が数段大きいと見受けられた。

太鼓でもバチとなると昔より底辺のレベルは上がったが、今でもまだピック価格と似た傾向があるからご用心だ。
2本で1個とは言え価格的にピックがせいぜい¥100のがバチは¥1,000とかだから厳しいが、妙な激安品だとピック以上に悪い癖等を招くから考えものだ。
それと最初から左右のバランスが取れてないとか、木目の向きが無茶苦茶なんてのもあってそれだと当然の如く簡単に折れ(割れ)たりする。

一度に沢山まとめ買いして個人でマッチングすればと思うかもだが、これが通用するのは巾はあっても比較的厳しい規格からは外れてない物限定だ。
トランジスタや真空管等の電子部品なら、工場から製品として出荷されたからには必ずそれなりには使える。
そうでない物は出荷前に破棄されてて、もしそれをし損ねればそのメーカは信頼を失って即倒産となるからね。

だが天然素材はかなりの無駄を覚悟せぬ限り規格に収めるのが困難で、一番悪影響の出易いのが耐久性だ。
真空管は内部丸見え・トランジスタやICは外見上内部は不透明だが、どれも一番内側から順に作られているからその都度判定が出来る。
だけど木の「木目の内部」まで透視して作ってますなんてのは訊いた事が無く、特に通販購入の際はこの面で画像は殆ど頼りにならない場合がある。(これも内容は次
回へ)

楽器演奏の道具で注意が要るのが「腕への影響」で、特に発展途上にある場合もし不適切だと誤った方向へ行ってしまう懸念がある。
例えば従兄の太鼓の先生が念押ししてるスティックバランスが、太鼓特有のリバウンド(跳ね返り)を活用する時に正しく反応しなかったりとなる。
彼曰くバチの上手な跳ね返らせを会得するには先に練習パッド・それ用のバチを用いるのが近道なのだそうで、これ用のバチは金属製の極太であったりと消耗の心配が殆ど無い物だ。

ある意味特殊用途のバチだから初期投資額は少し大きくなるが、マトモに演れない内から本チャン用のをどんどん
無駄に消費するよりはずっと経済的だ。
またパッドと練習専用バチは殆ど劣化が起きないから、上手く操れるかどうかは人次第だけだ。
普通のバチだと下手な内程減りも早く道具の状態が常に変動して行くので、折角昨日覚えた加減が今日はもう通用せずと混迷状態へ陥ってしまったりする。

俺知りでは弦楽器には
残念乍らこれに該当するのが無いから、基礎練習だけなら安価に出来るのはドラマーだけの特権か。
尤も弦系もエレキの場合本物に触れ易いのは実は半分だけで、Ampについては太鼓と同等かそれ以上に機会を得るのが困難だ。
基礎的性質を学ぶには真空管式かつ古典系(製造は古く無くてもOKだ)で、先ずは直結でフルアップで鳴らせなければならないからね。

この辺も消耗・非消耗で正反対な対応が要求される理由で、入手や触れられる機会の少ない物程なるべく買換え不要にしとくと良い訳だ。
初期投資額も問題だが、後で探して見付けられるかは無視出来ないよ。
それに引替え消耗系では中古品には利点が僅少だから、気にするとしたら限界はあるが長期供給の安定性等だろうか。
次回は供給観点からのを数例交え乍ら続ける。

<続ける>

2019年2月 6日 (水)

音楽をやる上での上手なお金の使い方③ 上手な楽器の選び方編

弦の次はピックだろうけど太鼓の皮等と一緒にして後回し、今回は楽器本体の選択指標を提示しよう。
音楽系は全てが各個人のニーズ次第ではあるが、価格以外の面でも楽器は新品だけの中から選ぶのは感心しない。
楽器の多くは天然素材が用いられてる関係上個体差が避けられず、一般的な工業系量産品の様にカタログ通りに行かないのが多いからだ。

最初の購入時大抵は初心者だから「見る目」が未開発だったりするし、中古の方が修理・調整の手間が多そうだから敬遠され気味だろう。
だがデジタル系以外は調整不要の楽器は無く、信頼の置ける専門家や先輩に助けて貰い乍らはどの道必要不可欠だ。
また可能なら余程経験豊富で画像だけで大凡の状態が当てられる様にでもなる迄は、個体差のあり得る物は通販は危険度が高い。

店員の売込みは鬱陶しいし足げく店へ出向くのも面倒だが、知識と経験値を上げるには数多く実体験を積重ねるのが大切だ。
その面では図々しくて行動的な者程良い楽器を手に出来る確立が高く、部屋で写真を眺めて唸ってばかりでは先進みしない。
音楽家(アマや初心者も含む)なんてのは人見知りが多いもんだがしかし案ずる無かれ、マトモな楽器屋ならそこの店員さん自身がかつてそうだったりしてるから心得ている。

現物に直に触れるのは新品より中古の方が必要度が高いが、新品でも別の懸案事項がある。
つまり全く使われてない物は癖が付いて無いのは良いが、暫く使ってる内に買った当初とは変容する事が多いのだ。
それが自分の都合に合ってれば良いが、それこそ熟練の楽器屋ででもないとその予測は不可能だ。

それが中古の場合は既に安定状態に達してるのが多いので、大きく感触が変化する心配をしないで済む利点もある。
なので新品か中古かを先に決めず、両方の中から色目無しに選ぶのがお勧めだ。
それと冒頭に記した「天然素材」使用物については、交換可能な部品より素材部分の良否を最優先とするのが望ましい。

例えばMetalを演るGuitarだったらArmはFloyd Rose付きの方が適してるが、もし本体木部の鳴りが悪かったりしたら避けるべきだ。
物に依ってはボディ自体の取替えも可能ではあるが、これも熟練工ででもないとその「替ボディ」の選択・組合せで挫折を味わうだろう。
ボディ部のみで良く鳴るのが分かったからって、ネックとの相性が悪いと想像通りの音になってはくれない。

過去体験で初心者のエレキGuitar購入に付合った際、予算の都合でこれの典型例に遭遇した。
外見はMetal向きだが
ArmはFloyd Roseじゃなく、しかし良く歪ませられる様に異常な高出力Pickupが載っていた。
この異常ってのは音色完全無視で出力とルックスだけが追及されてたからで、付いてたコイルタップSWでシングルにしないと聴けたもんじゃ無かった。


けれど木部等の鳴り・作りは良く、弾き心地は良好だった。
将来音色に不満が出たらその時点でPickupを交換すれば良いし、Armもご同様の手が打てる。
つまり発展性を持ってた訳だが持ち主が怠け者だからか、あれからもう7年も経過したってのに「その時」が訪れていないオチが付いちまった。

だから楽器の基本構成や型の次は、ベタな話しではあるがやはり先ずはネックとボディ最優先で選ぶべしだ。
Arm・Pickup・Peg…等部品系は手間と費用が要っても後から交換可能だし、場合によっては故障・消耗等でどっちみち避けきれない問題だからね。
後見栄えもどうでも良いとは言えぬが、外装よりフレットとナット(特にGuitar)の減り具合の少ないのが物凄く重要だ。

俺みたいなベテラン楽器屋でもフレット交換は手間が大変で、これはやって貰うとなると工賃がお高い。
先ず探したって安い所は無いが弾き具合に直結してるので、もしあってもそれで満足な仕上がりになるかがとても不安だ。
ナットも「溝切り」が大問題で
Guitarの1弦の溝等は極細なので、技術が間に合ってても専用のヤスリが無いとどうにもならない。

過去にBassのは外形整形から削り出して作った事もあったが、Guitarナット専用ヤスリセットはそれだけで1万円以上するので未所持のままだ。
定番モデル用のナットだと溝切り加工済みのも売られてるが、楽器側の寸法が実にまちまちで中々適応しない事が多い。
実際に俺BandのGuitaristからの要望で調べた事があったが、海外の製作メーカからは合うのが出てたが国内での入手が不可能だった。

しかもハンドメイド度の高い部分は個体差千差万別なので、寸法的にだけ収まっても弾き心地が実際OKになるかは又別問題なので厄介だ。
ドラムの場合も同様にシェルの状態が最優先で、極端な話しリムやラグ何ぞ殆ど無視しても構わない位だ。
勿論シェルがOKの上でなら部品の状態だって良いに越した事は無いが、木なら未だしも金属や樹脂製のシェルの場合はほぼ修理不能だからね。


お芸術用の道具としては形がとか色が気に入ったからなんて、感性に訴える部分も大事だし排除すべきではない要素だと思う。

けれどもその有効性が発揮されるのは「気持ち良く弾けたら」の大前提がある訳で、言う事を訊かなけりゃ可愛さ余って憎さ百倍なんてのも考えられる。

本邦
呼称では文字的には楽しいと器(うつわ)が用いられてるが、英語ではMusical Instrumentだ。
この
Instrumentの和訳には器(うつわ)の漢字こそ含まれるが、意味的には「道具」なのだそうだ。

Visualに秀でてて問題は無いが如何に要素的には内包されてたとしても、演る為の楽器なら装飾品では無く道具に他ならない。
また単なる美術品としては制限だらけでも、道具としての美しさは実用品しか持てない要素だ。
昨今は2次元的美のニーズが高いが、生身の人が持った時点で大抵はその理想バランスはどうせ崩れてしまうのであるぞなもし。

それと楽器には更に「その後」ってのがあって、売りたくなったとか持ち主がお亡くなりになった後の問題がある。
本人は死んでも手放さんからこれで良いのだ等と吹聴した処で、処理しなければならないのは本人じゃなく遺族だ。
生前に選択を誤っていたら売るに売れず、「こんな我楽多に大枚注ぎ込みやがって」と発つ鳥後を濁すとなってしまう。

更に更に「死んだ後の事なんて知るか」とうそぶいた処で、愛器は憎まれ乍ら産業廃棄物として処理されるのがオチなのだ。
やり過ぎると周囲の理解を損ねてしまうけど、ある意味子供やペットに近い感じで考え・判断選択すればこんな悲劇は避けられるだろう。

2019年2月 3日 (日)

音楽をやる上での上手なお金の使い方② 弦の寿命編

最終的には使用者の感性に委ねられてるが、弦の寿命判定について少し例示してみよう。
1つの指標として個人差が影響しない物理面を主とするが、誰にでもすぐ分かるそれは切れてしまうのだ。
だがそれ以外にも幾つか兆候があり、知ってて損はしないと思う。

ヘタって来ると弦の振幅がオカシクなったりするが、大振幅の低音側は未だしも小振幅の高音側は目視が難しい。
これが発生してる時には大抵別の変化も伴ってるもんで、ひと手間要るが確実に判別可能な手がある。
先ずは弦を思いっ切り緩めてみるのがその1で、何処かに変な「曲がり癖」が付いてたりしていないかだ。

その2はOctave調整が新品弦時に合せといたのから、何時の間にか大きくズレてしまっていたりするので分かる。
但し新品弦と云っても楽器に馴染むより前に
Octave調整をしてしまってると、折角弦が安定期にあってもズレた様に感じられるから注意が要る。
この安定期は弾いても殆どピッチが下がらなくなるので
判定出来、1曲毎に修正が要る様な内はまだ弦はネンネ状態から目覚め切っていない。

最近特に俺が頻繁に記してる延命だの再生だのに関しては、貧民故最早その筋の権威の自負がある位かなり体験した。
それらから総合的に言えるのはどの策も真偽半々って処で、残念乍ら少なくとも新品の代わりが務まらないのは確認済みだ。
なので録音やLiveの「本番」に用いるのは事故の元だが、練習等用途限定なら邪道だが必ずしも無駄ではない。

但しこれも何事にも適正がある様に、自ら簡単に
Octave調整が出来ない様なら不適応だ。
また物に依って
Octave調整の巾が狭い機種もあり、その場合もピッチが変なままとなるので悪癖が付くのを避けるにはお止しになるのが望ましかろう。
無茶延命はアブノーマルな使用法だから、楽器側がそれに非対応だったとしても何ら不思議は無いのだ。

更に設計寿命を越すと大抵はテンション(張力)が弱まるので、フレットの摩耗を助長する等のリスクもある。
幸い近年は流通の進化で消費量の多い物は低廉化したので、昔よりは張替えの抵抗感は減ったと思える。
なので誰にでもケチれとは全く思わないが、まだ全然新しいのに切れちゃったなんて時には裏技が役立つ場合もある。

因みに俺の場合は前回出した「それらしいプロ体験」君同様、どれにどれを張ってどう弾いててもほぼ無関係にフレットがどんどん減って行くので例外かもだ。
擦り減ったフレットで弾けばどうかってぇと、押えるのが大変になる。
気を付けねば悪癖製造機となるがもし既に正常値を充分把握出来てたなら、
何とも「裏思考」全開だが運指の確実度向上に繋がったりもすると感じる。
サスティーン(音の伸び)にしても押え方が甘かったり途中で指が緩んだりすると途切れたれりするが、これにもそれなりの訓練効果が認められた。

判断が一番難しいのは巻弦とその芯線の間に溜まる汚れで、時間超過で巻線の巻きが緩んだりしても似た感じとなり易いからだ。
これには半ば神話みたいな煮沸法ってのが昔からあるが、現実的には洗浄より殺菌効果の方が高いかもだ。
金属弦は温度上昇による膨張で隙間が変わりはするが、洗剤で溶出させる方がまだ現実的な感じだった。

金属の伸縮に対する強度的にもGuitarよりはBass弦の方がまだ効果がみられたが、温度変化で意図的にでも伸縮させる分金属の消耗劣化も伴う。
また最悪時は巻線が緩んで戻らなくなるのもあって、万能には程遠い。
基本的に巻線-芯線間に「浸み込んだ」ものを除去するには溶かして染み出させるしかないが、汚れは大抵複数物質なので変な化合をして溶かし難くなっている。
それでも
Bass弦の場合は巻線の間の外側の部分の汚れは落せるから、全く無意味では無い様だ。

弦は日常的消耗品なので節約したくなり易いが、殆ど素材に近い製品なので無理延命より廉価品で妥協する方が割安な場合が多そうだ。
個人差で消耗度が違うけれど健康状態を含めて考えると、グレードの上下両極でも倍迄性能差がある様には感じられない。
そうなると50%劣化でも最安品以下の状態となってる訳で、特に切れ易いGuitarでは安物でも新品交換の方が得策だ。

少し余談になるがある意味俺みたいな極限状態にあっても弦楽器が複数あって、録音や本番に使うのを優先的に弦交換する裏での話しなのだ。
弦代ケチって録音等が失敗やり直しとなれば、その方が大抵は高く付くからね。
では暫く楽器を冬眠させる場合はっつうと錆が出て楽器を汚損しては困るが、通常弦を外したりはしていない。
トラスロッドの無い物で「弾かない時は緩めといて」となってるの以外は、ピッチも合った状態で保管している。

こうしとかないと直に使う時にネックの反り具合等が「弾く時」に不適合となり易く、調整後すぐに安定するのならまだ良いが「弾ける」迄に時間が掛って間に合わなくなったりもしたからだ。
切れて無くても弾くに堪えない弦は新品とは色々状態差があるが、それでも弦を全部外してしまうよりは楽器側の条件変化が少ない。
こんな時は切れて1本弦が足りないまましまっとくより、無茶再生品でも張っといたほうがその後がマシな様だ。

錆は恐いが弦楽器の弦は普通の電気機器の電池とは役目が違うから、使わないから外しとくってのは不適当だ。
もし何年も寝かせといて復活に時間が幾ら掛っても構わないなら外すのもありかもだが、楽器自体の設計上は常に弦に引っ張られる想定となっている。
尤も内臓BufferやPreampの電池はしっかり抜いとかないと、後でお淋しやを招いてしまうけれど…。

更に因みに金属弦の多くは表面はメッキされてたりはするが、電車のレール程じゃないにせよ元からかなり錆び易い方だ。
電車のレールだって電気を通す都合で車輪と接触する処は無理でも、理屈の上では他はペンキを塗っといたって平気だ。
しかし寒暖差や列車の重さからの伸縮で、塗っといてもすぐに剥げてしまうだろう。

もっと極端な例だとスプリングとかバネ系の伸縮の大きいのは塗装困難で、弦はレールとバネの中間位の位置付けになるのかな。
しっかり掃除もし乍ら毎日弾いてて見た目上は光ってても、厳密には少し錆びてたりなんてのが常態だったりしている。
よく弾いた後弦に触れてた指先が黒ずんだりするが、あれは潤滑油や手垢より弦の初期の錆の一部なのが実態だ。

ひっきりなしに電車の通るレールは銀色に輝いているが、それでも科学的には錆度0%では無いのだ。
金属が空気に触れて酸化したのが錆だから、厳密には茶色いのだけが錆では無い。
鉄より錆びないニッケル等でも曇りが出て来るし、クロームメッキも経年で粒子の隙間から錆が出て来たりする。
錆を考えずに済むのはステンレス等一部限定で、錆だけを嫌うならプラスチックやガラスやセトモノなんかの方が手っ取り早いってもんだ。

弦の一番の延命に役立つのは小まめな清掃と、保管時の適正環境維持だろう。
錆耐性のある油分はあった方が良いが潤滑剤等の乱用も特に巻弦にはマイナスで、効果があるのは外表部のみで
巻線-芯線間には毒になる。
滑りの悪さは元から摩擦係数の低い金属弦よりネックや指板が元凶で、しかしそのままでは弦の方が指板より手前にあるからね。
拘るなら弦を一旦外すか大幅に緩めて遠ざけないと駄目で、そうしないと幾ら細くても弦の影には元々潤滑剤が届き難いし。

<つづくっく>

音楽をやる上での上手なお金の使い方①

最近は誤った二極化一辺倒の様で、金持ちは何でもするし貧民は何もしたがらなくなり気味だ。
けれど人間必要に迫られてやらないと成果は不充分となり勝ちで、現状に問題のある者程頑張れれば良い曲を生み出せたりもするもんなのだ。
この矛盾をどうするかってば工夫しか無いんだが、どんな大金持ちだって要るのを買い忘れれば一文無しと同然ってのに着目されたい。

人それぞれ様々な手法があるし、俺の仲間には先鋭的に音楽最優先の生活を実践してるヤツもいる。
元手は何より重要ではあるが「兎と亀」よろしく、配分を誤れば効果が低下するのも確かだ。
そこで俺体験的に、それぞれの必要度を挙げて行くとしよう。
先ずは消耗品とそうじゃないのの仕分けで、個人差はあるが分けて於くのがお勧めだ。

俺現行バンドの休養中Guitaristはメンバー内で一番それらしいプロ活動体験をしたからか、例え弦やシールド1本ですら一切妥協をしない。
少しでも良い音を求めるにはそれが理想だし、
実際差が小さくても音が違った。
だが機材のコンディショニング等に難があり、能力がフルに発揮されてるとは言い難い感じだった。
そうこうしてる内に体調の方を崩してしまい、現況へ至ってしまっている。

頭の中が音の事で一杯になってれば誰だって自らの姿が見え難くなったりするが、弾くのが人間である以上「体も機材の一部」なのを見落してたか。
これは一例としての掲載だが結構想定以上に広範囲への投資が、避けられないし覚悟してた方が対応力が上がるだろう。
そうなると余程の金余り君以外にとっては、やはり配分が大事になって来ると考えられる。

消耗品判定で難しいのは寿命とコンディションで、これが偶然一致する人は三国一の幸せ者って位稀だ。
かつての仲間で手が脂性の奴が居たが、張りたてのラウンドワウンド弦が30分も弾けばまるでフラットワウンドみたいな音になっちまってた。
こんな場合はどうしてもの必要性が無ければ却っておろしたて時は避け、敢えて音が籠ってからのを使う方が出音が安定するってもんだ。

曲の途中で不本意な音色変化が起きても彼はリードボーカルだったから、逐一Ampのツマミを弄れはしなかったからだ。
片や俺は生れ乍らの貧乏性か手は乾燥気味で、コンディションより弦自体の寿命の方が先に来ると彼とは正反対だ。
その俺も太鼓となると皮の持ちが従兄の先生よりかなり悪く、良く言えばパワーヒッターの宿命か。

しかしそこ迄音色自体がパワフルでも何でも無いので、恐らく叩き方がまだまだ下手なだけなんだろう。
これが厄介なのは上手くなる為に練習する程皮が消費されるので、俺太鼓の場合は当分の間皮はコスパ最優先にしないと練習が捗ら無さそうだ。
けれど最近バチの消耗の方は穏やかになりつつあり、その面では前より少しは上手く叩け出したんだろうね。

バスドラに関しては以前記した通り比較的上手く踏めてそうでも音数膨大のせいで結局消耗が早く、実験の結果から①ビータより皮保護優先・それでいて最近記した如く②ビータ裏技無茶延命で凌いでいる。
GuitarやBassのピックにしても更新の程度は様々だろうけど、極端な新品崇拝は俺は支持しかねる。
だって弾いてる最中にどんどん削れてってるんだからさ、厳密に言ったら2音目以降は必ず中古で弾いてるも同然なんだよねぇ。

かと言って元は涙型のがオムスビ型に迄変形してたら、もう別物化してるからお取替えすべきだけど。
また前出「
それらしいプロ体験」君はケーブル類にもとても拘ってて実際それなりの効果を上げてたが、電源ケーブルについては彼も含め大抵多くの者が考えに不足がある。
「自分の見えてる場所」をハイスペック化すると精神衛生上は効果があるが、発電所から各戸のコンセント迄の配線グレードが大問題だ。

ケーブルスペックアップで効果が大きいのは「始めが肝心」で、末端へ行く程効果はどんどん小さくなってしまうものなのだ。
だからBufferやPreampの入って無いGuitar等へ突っ込むシールドケーブルとは違って、
送電系統中では電源ケーブルは「最末端」なのでコスパ最悪なのだ。
少なくともそれ以外の部分に不足が残ってる状態なら、
電源ケーブルより先にそっちへ投資しないと全く意味を為さなくなるのである。

Guitar等へ突っ込むシールド案件で意外と差が大きく出るのはハイインピーダンスだからで、要するに出力が物凄く脆弱だから超強力な登山ガイドを付けないと遭難しちまう訳だ。
但しこれにも注意点があって、幾ら高性能でもケーブル自体の衝撃による雑音を良く調べないといけない。
往々にして高伝達特性のケーブルは軽く触れただけでも、タッチノイズが出易いからだ。

行儀よく椅子に腰掛けて動かないなら無問題だが、躍動感が求められると録音でもじっとしてなかったりするから悪影響が出てしまう。
何れも最終的には各々が実験して確かめるしか無いが、思考の視野が狭過ぎると副作用に苦しめられる事が多くなりそうだ。
しかもケーブル類は弦等よりは長寿命だが、基本的に何時も「動かされる」物(変形)なので大抵は半永久とは行かぬ。

Guitar本体でも俺の身内系はハードに弾くのでフレットの減りが無視出来ないが、それでも弦やケーブル等よりは長寿命なのに変わりが無い。
Ampともなれば消耗部は殆どが部品交換可能なので、この手の物は極力ケチらない方が後で割安に付く。
「隣の芝生は青く見える」で種類が欲しくなったりもするが、半端物を沢山持っててもどれも音が今一となれば行く行くは買換えたくなるに違い無い。

この様に音に対する実質的な効果度で判定すると、結構両極端に近い状態が高効率となったりする場合が出て来る。
また面白味に乏しいかも知れんが、ディテールより本質的な部分に主眼を置くのがお勧めだ。
部品は後からでも換装可能だが、本体部はそうは行かないのを忘れないで欲しい。

<つづく>

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