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2019年1月13日 (日)

整流管式真空管Guitar Amp継続使用体験談Ⅱ

今回はBassでどの程度使えたか等を補足してくが、毎度の変な言い回しだが「ホンマもんを知らなけりゃ全然OK」となる。
実際に正確に違いを認識したのは極最近で、今よりナローレンジでも太く低音が豊かな音色にちょっと興味を抱いたからだった。

約30年前に例によってレンタル屋流れ中古のベーアンを購入する迄、録音で使ってても誰からも文句は来なかった。
前回記した如く大したパワーが無いのに図体がデカいから、或は黙ってればBass用と思われてた節すらある。

最近改めてテストしたのはスピーカユニットサイズが原因で、過去に主流だったFender Bassmanのが15じゃなく12inchだったから。
宅の現行ベーアンは概述のMusicman HD130だが、下が115RH×2なのを書き漏らしてたね。(つまり15inch=38cm)

代用Fenderだとローエンドは俺の好みには少し物足りなかったが、太さやまとまり感では予想通りだった。

ホントはベーアンだってフルチューブが欲しかったが、スピーカキャビのサイズと重量が問題であった。
当時の中古市場では一塊になってて独りで運び辛いのしか無く、出力的に価格だって跳ね上がるからもうこれで限界だった。
何しろ従前のBandmaster Revebで散々苦労してたし…。

更に極最近今度は逆のテスト、つまりGuitarをそれぞれで鳴らす機会を持った。
実は過去にも何度かMusicmanをGuitar録音に使ったが、その時の狙いは’70年代後半のEric Claptonっぽい音色ニーズだった。
今回のは概述従兄依頼のJeff Beckだったが、俺的に彼のは球丸出しサウンドじゃないのとある程度高ゲインが欲しかったからだった。

だがGuitarがStratの指弾きだと、低音過多となったので不採用とした。
これには他にも訳アリで以前片方はオリジナルのElectroVoiceだったが、もう一方が杜撰修理されたかGuyatoneのユニットとなっていた。
これを漸く数年前に交換したが本物が割高過ぎだった等で、色々代替品を模索してPeaveyのBlack Widowに換装していた。

元の状態が俺には高域余り・超低域不足と感じてたからで、この点は想定通りに解消された。
けれども低音の量が多めのGuitarだと以前よりそれがちゃんと出てしまい、所望によっては適合しなくなった様だ。
なのでJohnny Winterの真似事をするにも、多分別のスピーカへ繋ぎ替えるかEffector(グライコとか)追加等しないと無理だろう。

只これだって本家が録音でも常にMusicmanを使ってはいなそうだから、変に拘るのはよした方が賢明っぽい。
またニーズにも依るが宅のに限らずある意味原形的Fenderの弱点は、そのままだと不要高域のみを削るのがAmp側では出来ない処だろう。

けれども出たのを削るのは後からでも可能だが、出て無いのを後から増やすのは無理だ。
それを考えると絶対要らんって人以外には、出せる物の方がマシだと思った。
今となっては不親切でも変な風に
勝手に削られるのよりは、ワイドレンジなのの方がまだ使い手があるだろう。

ではBass用
MusicmanでGuitar時の超高域はと云うと、スピーカの相違もあるがFenderよりは元から若干控え目だった様だ。
だが整流管が無い上プリ部がICなので、量的には少なくてもやはりアタック音は当然キツくなる。
感覚的に高域より中域が目立つ様なマイルドな音色ならまだしも、ブライトな音色で鳴らすには音量が倍なのもあって相当な忍耐力が要求される。

Bassにしても長い間低域をちゃんと拾えるMicが不所持だったのもあって、特定ニーズが無ければLine録りがデフォになっている。
その特定ニーズはアーシーな深み
目的が殆どなので、整流管レスのアタック音のキツさが許容範囲に収まってる感じだ。

今俺は変な宗教の怪しい勧誘みたく整流管を連呼してるが、ここ迄気にし出したのは実は結構最近になってからだ。
宅で録音をデジタル化したのは’90年代だったが、当時一般再生はまだカセット等アナログ系の方が主体であった。
これも例の如くそれ迄の8trオープン用のテープの、入手難と価格高騰による措置だった。

それでも何処かにアナログが入れば嫌でも少しはボケるので、そのせいか今程はこの件が気にならなかったらしい。
それから10年も経つと流石に再生も皆デジタルとなって、本来なら作ったままを届けられる世相となった。
処がこれと並行して新鮮味を求めたかデジタルを誇示するかの如く、スピーカを中心に硬過ぎても明瞭度最優先が流行って来た。

宅にその手の新しいスピーカの無いのが悪いのかもだが、こうなって来ると作り手の意思より聴き手は硬くなったのを耳にしてしまう。
折角劣化や余計な変貌が回避可能となったのに、これじゃあこっちにとっちゃ本末転倒だ。
こっちが音響機器の硬過ぎを避けるのには出した音の正確な確認と爆音対策もあるから、経済面以外でもおいそれとは変更出来ない。

これが高じて「絶対意図より硬くならない」を気にせざるを得なくなり、その内の1つの対策として整流管案件が浮上したのである。
個人の好みには自分もされたくないので干渉しないが、誰にでも共通な案件があるのも忘れて貰っちゃ困りまする。

新しいものを求めるのは自然の成り行きだし必要だが、それを「何処に」求めるかを勘違いしてる者が近年増えた気がする。
普及・一般化は後年とは云え、所詮電気楽器なんて1930頃からあった物。
根本レベルで新しさが欲しいなら、今更こんな楽器にしがみついてるのがそもそもの間違いなのよ。

先週になって従兄の太鼓の先生が時期を超えてドラムの世界標準ったら、やっぱLudwigしか思い当たらんわとほざきやがった。
何十年も前からずっと俺は言ってたのに、ちゃんとは聴く耳を持ってくれなかったんでしょうよ。
は置いといて、太鼓だってもう生じゃなく電子ドラム中心位にしなきゃ古臭くったってそりゃ当り前だ。

楽器も物に依ってはどんどん衰退したり消えたりしたのもあろうが、ViolinやPiano等今でも残ってるね。
古いのに興味が湧いたって罪は無いし、新旧両者が共存してこそ双方の価値も上がるもの。
だったら余計な処を改悪したら駄目じゃねで、少なくとも知識レベルだけは維持して行けないと魅力を減らしちまうんじゃと思うのだ。

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