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2018年12月14日 (金)

真実の音質とは⑨ 音質にも色々あるの編Ⅷ(打込み)

打込み最大の利点は楽器が演奏出来なくても、自分で好きに音楽を作れる処だ。
遊びだったらそれだけで終了だが、プロとかプロ指向だとそれだけで成り立ってる人を俺はまだ知らない。
もしかしたら居るかもだが、少なくとも歌うとか何かしら人力で音楽を演れる者の方が大多数らしい。
要は音楽自体へ詳しくなるのに、少しは演ってみないと分かり辛いからだろう。

それ故近年だと人によっては少し物足りなさを覚えるかもだが、打込みの中でもボカロ(ボーカロイド)は格上な気がする。
楽器は猛練習すれば必ず少しは出来る様になるが、声に限ってはそうは行かない。
なので弾ける人限定でもやってみる価値があるが、俺は個人事情でまだだ。

長所は先の通りで最初は弾ける人対象で行くが、問題となるのは機械と人力の振り分けだろう。
ここでそれに際し機械の欠点を見て行くと、音源は選べるが自分で完全に自由には出来ない点だ。
無論人力だって有限だけれど、弾き方で変える等の部分が機械は苦手。

現実に人様の作品を聴いてみると人に頼むにせよ、自給自足出来る部分は自前なのが最近はどんどん増えてる様だった。
まあ機械ってもリアルタイムじゃないにしても、元は人が操らないと動かないんだけどね。

この面で今俺が特に迷ってるのが、「弾けないけど弾ける楽器」だ。
妙な言葉だが本物は自分では無理だが、キーボードでなら弾けるって事。
理想の音質としては本職に頼むのがベストと俺自身痛感しちゃいるが、経済その他を考えるとそれは苦しくて仕方無い。
最初は打込み+を考えたが、打込み用の手持ち機材がPC内のフリーソフトオンリーでは流石に本番用には断念した。

鍵盤にしたってシンセはもう聴くに堪えない瀕死の古典しか無いが、現状のままだと弾ける分さえ自由迄奪われてグレードダウンでは敵わない。
元を辿れば納得出来る音の出せるのが足りないんだが、収益に繋がる保証が無いのに掛けられるお金が今は無い。

何処かの時点で脱却しないと曲若しくは編曲に望まぬ制約が掛って困るが、それで一切作れなくも無い。
主にストリングス・ホーン等オケ系はアウトだが、太鼓・弦・ピアノ系迄なら自給自足可能なのが現況だ。
苦肉の策だが「何も無くはない」ので、取敢えず出来るのから演ってみっかとなってしまっている。

けれどこんなストレスは創作意欲の特に勢いを削がれるから、音楽的には誠に不健全だ。
経緯的にはシンセが古びるにつれだんだん使わなくなりと、対処の遅れは拭えない。
だが問題は偶然のキッカケで、そうこうする間に生楽器の生演奏に沢山触れてしまったのがマズかった。

一度味を占めてしまうと前は平気だったのがどんどん耐え難くなって、清水の舞台から飛び降りる覚悟をしたって「偽物のどれにするか」ったってねぇ。
これも毎度の人次第だし美しい妥協もしないと先進みしないが、改めて「生の威力」を痛感したのだけは間違い無い。
本来とても良い事が、個人事情で不都合となった悲劇でした。

俺は今後どうなるかどうするかサッパリだけれど、大いなる確信を持って吠えられるのは「元は何でも生でした」って処だ。
これは機械だけで演るんだって音楽なら共通事項で、「実情的」知識はどのみち必要だし持ってる程思ったものが作れる寸法だ。

芸術面からだと既存のとは一線を画す使い方が出来る程斬新で宜しいが、親和性を持たせるのがとても困難だ。
聴くのが人だと人は「生」なので自然の法則から離れる程親近感が減り、それ等は嘘臭く感じられてしまうだろう。
途方も無い実験と偶然によって「例外的に特定時のみOK」が見つかってない限り、奇をてらっても先ず好結果はもたらさなさそうだ。

現時点で打込みで結構イケてる人で、もし生演奏未経験だったら是非挑戦してみて欲しい。
無理に完成品にそれを入れる必要も無く、下手でも全然構わない。
それでも実体験から得られる感覚は、聴くだけのとは何処かが違ってるだろう。
これも実は「音楽を知る」の一断面で、如何なる方法で演るにしても必ずレベルアップ致します。

今回は天の声に代わってプチ歴史講座とするが、’60〜’70年代に少しブームとなったアメリカの「
Hi Records」ってのを紹介したい。
ここでこれをの意図は編曲の「編成」の独自性がお目当てで、ストリングスの入れ方にかなりの珍しさがあった。
普通はオーバーダブにせよある程度「本数を稼ぐ」もんなんだが、随分思い切ってて数本程度で済ましちまってる。

貧乏レーベルなのでか当時としてすら全体も
只でさえ独特なローファイなのに、「厚くしない」とはとんでもない勇気だ。
しかし「裏メロ」的に弾いてるので、それで全然変な感じがしなかったのだ。
その後シンセの次辺りに「ストリングス」って名のキーボードが登場したが、今のマルチシンセみたいに沢山同時発音するのはまだ無理だった。

コイツはそれでもモノシンセよりは音に厚みと広がりがあったし、本物とは違うが要素的には近似な音色を持っていた。
それで多くの曲での使われ方が「裏メロ」的となってたが、編曲的にこれを用い出したのはHiの方が実は10年も先を行ってた訳だ。
道具は違うが使い方は同じで意識したかは不明だが、参考例の1つとなってたであろう事は想像に難くない。

なので俺的には生じゃないの程、「生から得るヒント」がものを言うのではないかと思うのだ。

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