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2018年12月16日 (日)

日本のポピュラー音楽って何なのさ① (リズムパターン減少編)

題が別系統でも前回との繋がりがあるが、近年のJ-POP化以降で俺的に気になったのの内にリズムパターンの画一化ってのがある。
世代間断絶もあろうが、最大要因はバカな大人だと思っている。
今の本邦メディアとYoutubeを比べただけでもすぐ分かるのが、「他にどんなのを推して来る」かだ。

本邦のはどんな素人でも自分で簡単に見つけられるのばかりだが、
Youtubeのそれは一見無関係そうなのも出て来る。
それが煩わしく感じるのも多々ではあるが、時には自分では中々遭遇し辛い情報となる事もある様だ。
これは確率は低くても「新規開拓」へ繋がる手法で、ここでの肝は「供給側でしか出来ない」処である。

商業メディアが受け狙いなのは必然だが、音楽の指向は様々なので「全受け」等あり得ない。
されば「受ける」のの盛り上げ目的等で、少し毛色の違うのを加えるのも効果的だ。
のみならず直に並べて見せれば、目的のとの対比効果だってある。

こんな風に健全供給であったなら、誰でも触れられる範囲がもっと広い筈なのだ。
ポピュリズムをうたうからには新旧なんかで排斥したら愚の骨頂で、もっと面白きゃ何でもOKへ舵を切るべきものなのだ。
古い世代なら大抵経験してそうだが、俺ならRock好きだから演歌には基本目もくれなかった。
しかし演歌の極々一部に見つかった面白さ迄否定する必要も無く、当時の小学男児達が「私バカよね」なんてキモくふざけるネタ止まりでも誰も困りゃせん。

こんなの概観では殆どどうでもいい一現象だが、「へぇ〜そんなのもあるんだ」的部分ではあると無いとじゃ大違いだ。
現況の望ましくない個別化の行き過ぎがもたらすのの中に、リズムパターンの減少若しくは画一化もある様に感じられる。
今は若者に不人気なラジオ放送での比較では分り難いかもだが、その昔のでは近似リズムパターンが続けてかかるのすら稀だった印象がある。

従兄の太鼓の先生が嘆いているゴーストノートの近年ご無沙汰も、実はJazzよりPopsの方が被害甚大と俺は思う。
他との差別化をするには何かの足し引きがあるが、
Popsはそのせいで複雑化したら分り難くなるから不都合だ。
だから露骨に加えるより目立たぬが何か違うってのが好都合で、料理の隠し味と同じなのだ。

ゴーストノートの流行は長い間で増減を繰り返して来てるが、最初にゴーストをわざとそうでなくしたのは良いアイデアだった。
でもこれの効果があったのは「他と違ってウチ等だけ」の間で、珍しさが無くなればもう時代遅れなのだ。
それにリズムパターン自体が新しい・珍しい・独特だのの方がもっと大きな効果があり、特に独特は賞味期限が無いのが別格だ。

新しい・独特は生むのが困難な上
更にPopにするのはもっと大変だからたまにしか出なくても仕方無い。
だが珍しいについてなら過去からの半ば無限の中から探せば、引用ネタは腐る程転がってるのだ。
歌詞を作るに際しても「リズム違い」は刺激的で、今迄のと違ったのを書こうとするなら大きなキッカケを与えてくれる。

もう1つ前回の補足も兼ねた件があり、バスドラムとBassの問題がある。
ここでのそれは「何か今ボって聴こえたがどっちだ」で、昔の音質レベルなら条件次第では「相互補完」が出来た。
要は前回のバスドラかスネアゴーストかのバリエーションみたいなもんで、特に強さが要求される以外でならどっちかだけで演っても「そう聴こえる」の類だ。

再度吠えになるが無条件の聴き手にとってその音が誰がとかどれがは2次的問題で、全体としてどうなってるかが最優先だ。
片方だけでもOKな場合の利点は多く先ずは独りじゃ無理なのが可能となり、これは正にグループ音楽の優位点だ。
また並レベルのを単独担当としておくと、それより強めたい時は2人・もっとの時は3人と人数調整だけで強弱が選べて表現の自由度が高くなる。

これも楽器PAレスの生なら今でも充分行けるが、現況本邦ではそれに見合った環境はほぼ皆無だ。
環境変化に応じた奏者側の対応は必須ではあるが、演ってる本人より良く聴こえる分(細部迄等)は技師側で解決すべきだろう。
この意識の不足も懸念材料だがもっと厄介なのが機器の問題で、音のには劣化させずに適度にぼかす様な物は未だ存在しない。

カメラだったら被写界深度でバックをぼかすのなんか朝飯前だが、奥にしたいのへ余計にリバーヴを掛けても元音自体はクッキリのまま変化させられない。
演ってる人の耳のままに記録可能なら奏者が制御すりゃ済むが、現代の勘違いした要求と機器ではこれがとても困難となっている。

現時点で確実に音をボヤかす方法は古来よりのMicを音源から遠ざけるのしか無いが、これは生のをそのまま収録で良い物に限られる。
現行ポピュラーで主流の録ってから加工主体だと、後から変えられないのは不採用だ。
なのでこの系統での残された手段は、ゴーストノート等の主張しない音しか残っていない。

こんな調子で高音質になったから何でももっとイケる筈のが実際はがんじがらめなので、今こそ音質に無関係な部分へ目を向けるのが得策と思うのだ。
それが尤も元から音楽の基本要素であるがリズムパターンだったり、ハーモニーだったりと云う訳ね。

<つづく>

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