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2018年12月24日 (月)

真実の音質とは⑬ 音量と音質の関係性 続編

そればっかとの声がしなくもないけれど、理解を深めて欲しい気持ちを込めて行きたい。
異常明瞭度強調で適正な効果が得られるのはかなりな小音量時限定なのを、
又してもであるが書き漏らしてしまった。
これは環境制約等で最低限の適正音量すら確保不可な時の、元来は裏技なのである。
それ故異常×異常=準正常の方程式も成立するんであって、普段に用いるのは全く相応しくないのだ。

それが近年本邦の悪況をもたらした最初は、プロ側の過失と言える。
ってのも素人が音がどうするとどうなるかを知っている必要も無く、当初は違和感を覚えたとしても飼い慣らされてしまったとみていい。
この慣れの他に例えば自分が遊びで爪弾いたのと違う音に対して、本当はそうでなくても流石プロは違うなんて誤認しても責められない。

ここから異常明瞭度強調の異常を無理と言い換えて進めるが、その無理を列挙して行こう。
①物理的に音の全てを同時に主役化するのは無理
②不要に目立つのがあると背景音の聴き取りが無理になる
③常にフル目立ちさせているとそれ以上に強調したくなっても無理
等と全力疾走直後でも、寝てる時の様に呼吸しろって迫られるのと同義となる。

これに関し勘違いされてそうなのの代表としては、音の存在感と明瞭度に比例関係は無いのの見落としだ。
曲が始まって割とずぐから聴こえるとその音が居るのは認識し易いが、それは単なる出欠提示に過ぎない。
存在感はずっと入ってて他にも影響を与え続けてたりするのについてであって、どんな音かは関係有だが何の音かは必ずしも要る情報では無い処だ。

大変マイナーでコアヲタな凡例で済まぬが、もっと良いのが見つかったらその時点で提示するとしてだ。
個人体験に過ぎぬが若き日々のBee GeesにRun To Meって曲があって、それには時々得体の知れないポコポコいう様な音が入っていた。
これは昔のアメリカのであるが、当時から彼等はポピュラー王道まっしぐらだったのも付記しておく。

これの私的解明過程が本件に役立ちそうだからの掲載で、最初は只の雑音かと思っていた。
何せ米軍のAMラジオ放送「FEN」で遭遇し、次回の放送をラジカセでエアチェックしたので聴いていたからだ。
だがその後FMをステレオで聴いても件の音に変化は無く、近年まで正体不明のまま存置されていた。

改めて捜査再開後の次の見解は「口」で、歌のパーカッシブな遊びなのかと思った。
彼等は言わずと知れた名うてのコーラスグループだから、そんな芸当をやってても何の不思議も無いからね。
それが最終的に漸く解明出来てみるとそれ迄の全てを覆すもので、何とピック弾きエレキBassのアタック音だったのだ。

俺様にしては情けない!?話しだが、これには大きな!?訳がありましてん。
これで弾かれてるBassは俺熟知のRickenbackerなのに益々お間抜け疑惑が高まるかだが、張られてる弦が「フラットワウンド」なのに惑わされたのだ。
大昔に偽リッケンでの体験があったけれど、もうホントに「あれから40年」では流石に想い出すのに時間が掛ったのだった。

この
Rickenbacker4000シリーズ+Flatwowndには他に類を見ない独特な特徴があって、弾いた時のアタック音がかなり分離独立して聴こえる現象が起きるのだ。
特にピック弾きでは顕著になるが、今流に置換するなら殆どスラップのサムピングみたいな音が出る。
但し弦のせいでブライトにはならず太目となり、全くとんでもないヤツだ。

個人差は承知の上で申すが解明に45年も掛っても、それ迄忘れなかった忘れられなかった事実がここにある。
ほんの一例に過ぎないが、こんなのも立派な音の存在感の1つなのだ。
そのせいで曲と俺には珍しくずっと題名迄忘れずに居られたんだから、これはもう大変な効能であろう。

これの追加情報だが、先ず曲的にはBassのアタック音は不要な感じだ。
しかも大まかに分ければ2種あるみたいで、Bassのそれと思えるのとそうでないのがある。
後者は主に曲の後半に多く現れるが、ちっとも聴き取り易くも無い。
しかしもし簡単に分かる様な音量だったら歌の邪魔になりそうだし、ミステリーでは無くなってただろう。

つまる処楽器音にもイントネーションはあるが、歌詞(日本語だったら主に子音部分)は無いので同等の明瞭度は不要な場合が多い。
時に目立つが歌詞聴き取りを阻害しない音量バランスになってたから、両者の併存・共存が出来てる訳だ。

歌わず楽器演奏だけの者には酷かもしれんが、ポピュラー音楽である為には歌詞がある時は寧ろ楽器音を聴かれたら不味い位と覚悟を決めとこう。
良く聴き込めばあれもこれもになってても一向に構わんが、「聴こえた」程度で聴くのに少しでも負担が生じる様ではお話しにならないのだ。
なるべくなら一発目で曲の骨格が簡単に捉えられて、それ以上に興味を持って貰いたいのだ。

こう云うニーズの場合必要情報量は少ない程理解が早まるので、目立つ音は最低限迄少ない方が適している。
ここで特段気を付けて頂きたいのは、目立たないからって入って無くは無い点にありまする。
本当に裏が留守なのとそうでないのでは、全体の雰囲気は全く別物になるからだ。

もう一点よぉ~く確認して頂きたいのが目立つかどうかと聴き取り可否の関係性で、どちらかっつうとホントは無関係な処だ。
寧ろ目立たせた音単一内ですら、その目立ちのせいで含有量の少ない個性等の情報は却って捉え難くなたっりすらするのだ。
収録後加工前から目立ってたのは別として、後加工で目立ちを加えるだけでも情報量は増加する。
数が増える程主役は埋もれ易くなる訳で、これも寧ろ弄るなら出過ぎちゃってるのを引込める方が効果絶大なのだ。

更に適正以上若しくは大音量時となると上記現象が増加して、例えばBassの中低音が大き過ぎ(量が多過ぎ)て他の音が聴き取れなくなる等が起きる。
他分野で例示すれば地震の揺れで立ってられなくなるのと類似で、もし手摺等へ掴れば立ってられても結局体が揺すられ自由にはならない。
残された道は音色が保てる範囲で「削る」しかないが、贅肉を削ぐだけだから心配ご無用なのだ。

近年の現場状況が無知なので何だが、音色を調整するEQの基礎的使用法も増やすんじゃなく削るのが先だ。
結果的に同一バランスを得るにしても特にアナログの場合は、増やす側主体で用いる方が劣化が多くなりがちだ。
これは音色変化させるのと一々同時にオーバーレベルの注意を要するんだが、微妙なレベルの時にどうしても見落とし易い為だ。
音色調整で減ったのを上げる分にオーバーさせるなんてのは滅多に起きないし、足りないのを見落す心配もまず無いからね。

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