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2018年11月27日 (火)

Speedkingよもやま話⑬1足3連余談Ⅱ

前回の補足プラス図説主体になるが、その前に少々。
俺は割と強めの表現が多そうなので何だけど、実際誰がどうするかに対して固執はありませぬ。
少なくとも求める音に対して過不足等が無くて、結果が得られるなら一向に構わないと実は思っとりますです。

けれども只単に何でもOKって言っちまうと、時に「後で不具合」が出たりもするのを避けたいんですわ。

復唱になっけど太鼓は個人的には体格・体質差等からの影響大と感じてて、俺に良くても他人に駄目とかその逆があっても不思議じゃないと思うんです。
とは云えこの紙上では各個人の個性は不明なので、論理的観点からの優先順位で吠えてるのでありんす。
何せ外見と本人意識が正反対なんてのもあるんで、最適値を求めるにはマンツーマンじゃないと難しいと思います。

Photo
久々でいきなり出ましたが、題して「押出し踏み」と命名させて頂きやす。
先ず黄緑の線が膝より体側からの力の向きで、青線が
カカトを「支点」にした時の足首からの位置関係を示したつもりだす。
足各部の距離関係は人次第でまちまちだが、そこが正に個人差なので一例としての概念図と思われたしざんす。

で現実的な力には膝で前へ押す分もあるが、上から下へのそれと比べたらかなり非力だと思われる。
脚の重さは「作為的な動作」が無ければ近い方中心に掛り、つまりくるぶしから爪先・カカトそれぞれへの距離割合で大凡分配されるだろう。
加えて基本的にカカトは固定なので、他の奏法よりどうしても動作範囲は狭くなる。

だから俺的には絶対的必要性が無ければ用いて無いが、単純原始的な爪先踏みよりはパワーが出せるのも確かだ。
上図左は踏む直前で右は直後を描いたが、カカト固定の癖に足が何故か前へ少し移動してるのに着目されたしある。(描画は誇張気味)
これの度合いもまた人次第でまちまちだが、余程極端に「カカトが長い!?」主で無い限り押出さないと爪先へ重量モーメントを持って行けないからなのだ。

こんなんでどうして「
Slide」意識を持たぬかっつうと、それをすると「カカト支点」が機能し難くなり易いからだ。(移動しなけりゃSlideじゃないので)
それと「踏む前」に爪先がしっかり上がってないとビータストローク不足→パワー不足となって、唯の
慌てた爪先踏み」に成り下がっちまう。
よって目一杯勢いを付けようとはするが、
Slideと思わぬ方が大抵はベタ―なんじゃないかと思われる。
一番単純な思考では「目一杯威勢の良い爪先踏み」をしようとしたら、近い状況が得られる場合もありそうだ。

欠点は是迄に綴った通りだが、では利点は何か。
奏法的には大きな動作が不要なんで、「何か演った直後」に用いるのには有益だ。
それと他の奏法と足・脚の動作箇所と向きが少し異なるのも、複数ストローク用として有利だろう。

複数ストロークと称する多くは手足の基本の「振り」が一回で複数音を出すと解釈してるが、それを可能とするのは大抵は「違う場所を動かす」ので得ている。
だが増やせる数に限界と制約があり、パワーを要する場合個人的には3つ位が限度と感じられている。
工夫の余地は無限かも知れぬがそれ故、現状俺では4つは2+2で賄う等となっている。

基本手足一緒論の俺と云えどペダルとバチの相違を無視はせずで、ペダルは最低でもフットボードの分がバチより多いとなっている。
その影響はやはり応答性に現れてて、手より脚では複数ストロークの数的限界が下がってると感じられている。

またRock系では常時フルのバスドラサウンドが要求されがちなので、「パワーを伴わない速さ」だとご利益僅少だ。
こうなると手で言う処のバズ系の技法は、もし足で出来ても用途不一致だ。
もしツーバスとかでバズロールが出来たとして、使い道が少なそうなのも確かなのである。

これ等から俺言い「押出し踏み」の適正を考察すると、最適なのは「Slide Double直後」って判定になっている。(つまりSlide Triple)
個人差で極度に足首が非力とか遅いとか、何らかの事情で
Slideが不可な場合だったら採用に意義は出て来る。
けれども物理的に最適解で無いのが検証済みなので、特に「これから脚のDoubleに挑戦」ってんなら非推奨なのだ。

もし試すなら他の方法を暫く訓練した後、もし余りにも結果が芳しく無かったらそれからにするのが良いんじゃないかと思う。
尤も
高純度のSlide Tripleに挑戦するなら必須となるだろうけど、それはSlide Doubleを充分習得後での話し。
因みにこの高純度と称してるのは、速度・パワーが得やすいのが「全部違う動作」の組合せだからだ。

体自体もだがそれだけでは限界が近く、前に述べた通り「指令速度」も大事だ。
「頭を楽にする」のにも同じのを繰り返すより、
「全部違う動作」を順番にやるだけの方が普通は低負荷だと思うのだ。
既に目一杯押してるのに更にもっと押せったって無理な相談でしょ、でも「違う注文」だったり「前のは気にしなくて良い」となったら余地も出て来るんじゃない。

ドラムの神様ってばBuddy Richだと思ってるが、従兄の先生の分析では今のが違って聴こえても
技術面では越せてる者は見当たらないそうだ。
その
Buddy Rich実際に途方もないレベルだが案外「簡単な意識」で演奏してた様で、複雑なHi-Hatでのアクセント等を主にバチの「当てる角度」だけで実現していた様だ。
どうやら高度な演奏をしたい程、不要な際は「簡便化」が重要らしいのだ。

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