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2018年11月11日 (日)

日本のRockって何だろう①伝承断絶編

最近齢のせいか今更なテーマが気になってるが、今回の発端は2つ。
従兄がかつて一番手に馴染んでたStimmungのドラムスティック、改めて解析したいらしく自らのドラム教室のサイトhttps://twitter.com/StudioLiteDrum で情報を募ってる最中だ。
数十年前の常識!?とは云え
Stimmungのバチはあれだけ有名且つありふれたものだったのに、ネットによる情報氾濫時代にも拘わらずロクにヒットしないからだ。
その彼が風邪気味で活動が休みになったが、偶然出来た時間に気紛れで甲斐バンドの古いライブ音源を聴いてみた。

時にフォークっぽかったり演歌チックだったりもして特に好きでもないし、テクニック的にも奏法的にも左程のオリジナリティがあるでもない。
世間的にだって余り今の日本のRockの(特にBand)ルーツと認識されてない様だが、敢えてそれへ大きな一石を投じたくなった。
Rockで止まらずに&Rollが付いて良いなら、キャロル(矢沢永吉)なんかが該当するのに異論は無い。

それより以前に目を向ければロカビリーを経てGS(グループサウンズ)からの流れが本流だろうけど、多分に特定のスタイル等の維持に終始してた感が拭えないのだ。
つまりコーラス取ったらもうGSじゃなくなるし、歌を取ったらエレキブームのテケテケの残党に見えてしまう。
いや別にお好きな方達への非難じゃないんだ、只それだけだとその後の発展性に対する「枠」が狭過ぎだと指摘したいのよ。

主題に行くが日本のRockルーツにしても
Stimmungのバチ案件にしても、歴史や情報の断絶とか分断が原因と思えてならないのだ。
別に知らなくたって死にゃあせんけど、最悪努力が徒労に終わる危険だってある。
本人は引用のつもりでも他人からはコピーとか模倣と思われ兼ねなく、知ってさえ居たならもっと上手くやれるものをだ。

一介のヘボオヤジが語るには随分大それた話しだけれど、この手の「悪しき分断」の悪影響は何も音楽界に限った事ではない。
最近の台湾での鉄道事故に日本製の電車の設計ミスが多少なりとも加担しちまったみたいだが、過去比較だと何とも解せない事例だ。
新幹線の台車亀裂もそうだったが、今日ではこの業界でも規格化が格段に進んでいるのだ。

昔の日本製電車はオーダーメイド主流で、造る度毎回全部が違ったからさぞ大変だったろう。
それが前出規格化で注意点がかなり絞られたにも拘わらず、下らないミスが頻発したのは全く矛盾しているのだ。
この結果から導き出される原因は唯一つ、単に「造るのが下手になった」以外考えられないのだ。
どんなに省力化で機械化率が上がった処で、その源は人の「した事」が反映されてるだけだからね。

以前出来てたのが駄目になったとなるとちゃんと教えられる人を無神経にクビにし過ぎたのか、「使える電車の造り方」の伝承に失敗と云う事なんだと思う。
それの更に源を辿れば「行き過ぎた学歴偏重」もありそうで、企業の体裁としてはやむを得ないにしても本当に勉強が出来るだけで何でも出来りゃ誰も苦労せんわいっての。

今日ではどの分野でもパソコンだけは弄れないと困るけれど、肝心なそこは本邦の学校教育では殆ど手つかず状態だ。
それでもせめて各分野別の実践的な教育が足りてれば及第点だが、テストの点に貢献するだけで実務に対しては相変わらずサッパリだ。
近年の企業系での根本的な「あ~ぁ勘違い」は、先ず○○屋ならそれにだけは詳しくないと話しが始まらないのがどっかへすっ飛んじまってる部分だ。

ここから幾つか
個人体験談へ移るが、最初は成功例で長い付合いのあった自動車販売会社の営業マン氏だ。
彼は営業職の在籍だったが整備士の資格も持っていて、つまりセールスマンの前に単に「自動車屋のオジサン
だった訳だ。
知合ったのは彼の就職間もなくで俺は当時中学生、そもそも元の顧客は父であった。

以来
彼の定年迄の間我が家の「車の世話」をして貰ったが、当時クソガキだった俺に対しても「プロの自動車屋」として付合ってくれたのがキッカケだったと思う。
先を見越した営業戦略だってあっただろうけど、それだけで長続きするもんじゃない。
人間性の内でもあろうが車に関しては
どんな相談にも真摯に応じてくれ、その信頼が揺ぎ無かったのが決め手だ。
彼が定年後の担当者の引継ぎを1年掛けてしっかりやっといてくれたお陰で、その後継者に対してこちらは何の変化も要せずに済んでいる。

次は失敗例で最近困ってる俺の歯の健康問題で、不可抗力とは云え主治医が急逝してしまったからだ。
それはドラム教室の先生とは又別の7歳程年上の近隣在住だった従兄で、彼は祖父が開業したのを継いだ三代目の歯医者だった。
俺は彼の父(つまり伯父)の代からそこへ世話になってて、下の代の従姉弟達が医師見習いで来てた時分には実験台を務めた事もあった。

彼は高卒後すぐには医大へ行かず、ベーシストとして暫く仕事をしてた異色の経歴の持ち主でもあった。
親戚且つ同業且つ兄代わり…とあらゆる点で俺を熟知してたので、とって代われる人は皆無に近い。
候補足り得る可能性があったのは
四代目で本来ならそこへ任せたい処だが、三代目が想定外に急逝したのでカルテに記せない個人情報の伝承が間に合わなかった。

俺から四代目へ伝えればと思われるかも知れないが、
外から見た客観的姿は本人には分からない違いが埋められない。
加えて三代目は俺の親も診ていたので遺伝的推察も出来たが、俺の親はもうこの世に居ないからこれも体験不可だ。
更に人的面を妥協しても治療方法も最先端を行っていたのでそれだけでも厄介で
、こっちも誰にも足りるだけの伝承が出来ぬ間に逝ってしまった。
今の処適したのがどうにも見つからず、箸にも棒にも状態だ。

一時と比べれば近年は子供側本人の選択で世襲がまた増えて来た感じを受けるが、経済活力を逸した中では消去法の結果かもの懸念も拭い切れない。
昭和の後期生まれ世代は若年期の前世代からの筋の通らない無理強いに辟易してたので、自ら進んで次世代へ教えるのを躊躇し気味な処がある。
教えないのが悪いと言われればその通りの面もあろうが、伝承って本来は教わる側の問題なのは動かぬ処だ。

年寄りは後は死ぬだけでどんどん無関係になってくが、これからやってかなきゃならない人達には死活問題なのだから。
「歌は世につれ…」ってのがある通りで、とりわけメジャー路線なら世間との整合性は保たねばならない。
しかしそれは歌われる物語等についてであって、制作サイドの手法迄わざわざ改悪するには及ばない筈だ。
独自性に影響が無い様な部分なら昔にあったからって避ける必要も無く、良い物はジャンジャン放り込んじゃってOKなんだ。

<続けちまえ>

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