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2018年10月 5日 (金)

Speedkingよもやま話⑨従兄のペダルその後Ⅲ

Rock系の世界では個性第一は大変結構なのに、俺が従兄をヘソ曲がり呼ばわりするのは以下の理由に依る。
普通で良いとしながら在り来たりを嫌うので、俺的には中途半端に地味に違うのを良しとしてるのだ。
その気持ちは充分理解出来るが実現性が問題で、こう云う微妙なレベルとなると道具より使い方由来となって来るのが常だ。
が、道具自体も少し違ってて欲しいと我儘を出すのでこれは難しい。

前回バスドラペダル案件にしても参考にしてるSimon Phillipsは、TAMA
 HP60をオープン踏み・フロントヘッド(昔は穴無し)付き。
しかし従兄はテスト省略でフロントヘッド大穴有・クローズド踏みなので、「どんなのであんな音」の部分は未体験のままだ。
諸事情で誰しも理想通りには行かぬものではあるが、どうせなら纏めて経験しといた方が知識としても系統立って行けるので惜しい気がした。

踏み心地が奏者に問題になるケースだったからペダルはまんまだが、音色とその物理的原理を考慮すると本来なら極力押圧の小さい方が原典に近い筈なのだ。
何せウルトラロウピッチだと皮の反発がノーマルより大分弱まるから、同じ踏み方のままだと「止め」が自然と早まったり強まったりする。
すると周波数低下で、最低発音可能時間が増した基音がより出し難くなるのだ。

なのでSpeedkingでの再テストを試して貰ったが奏者従兄の場合は却って芳しく無く、一番下よりその上が膨らみ気味で何よりアタック音が全然不足になった。
どうもゴリ脚でなくても本家の方が従兄より重いとかパワフルとからしく、教則ビデオ内でトゥだけで踏むのが慣れもあるにせよ従兄より楽そうに見えた。
試しに強ゴリ脚の俺が踏んでみたら殆ど真逆の音がして、俺言い閉じた柔らかい脚(ナチュラルクローズド)でもアタックオンリーみたいになっちまった。

従兄はベテランのプロだから口にしなくても予備計算等もあったんだろうが、結果オーライを良しとするのは奏者ならではなのかもしれない。
俺みたいに楽器屋・技師の立場も併存してる者にとっては微妙になるが、それは条件成立がかなりピンポイントで応用や調整の巾が限られるからだ。
万一現状より少し何処かを変えたくなったりしたら、恐らく再度ゼロからやり直しになりそうだ。

Hi-Hat Stand案件で従兄は実は買い替え案を持っていたが、上記の様な懸念から俺は敢えてストップを掛けている。
彼の所望は薄目・軽目のハットでも鳴りが良く、そのままでJazzもちょっと行けると云うものだ。
だが現行品では並の価格帯のだと特にスタンドの下半身がヘヴィ過ぎると判断したからで、Cymbal本体がCrashやRideより小型軽量な分「支持の硬さ」が不要ミュートに繋がるからだ。

宅とは環境差があるのでそこも無視出来ないが、次回訪問時に思い切って宅のYAMAHA HS-710を持参して直接比較してみるつもりでいる。
購入時点で既に十二分な中古だったが、個人的には
当時は「下は結構ゴツイな」と感じていた。
今だと華奢な部類だろうがLudwigやRogersのヴィンテージとだとゴツく、一言で表せば「非最低限」だ。

現段階では実証が無いが、例えば次の様に想定している。
もしアコースティックギターを頑丈なコンクリート壁に完全固定して弾いたらで、低音はしっかりしても恐らく音の拡がりが無くなるのではないかと。
どうも過去の動向を思い起こすと俺言い「厚胴オリンピック」は太鼓より弦の方が先に終った感があるが、重量・コストだけがその原因では無さそうなのだ。

皮より弦は小さく非力だし、皮みたいに「大きな入力」を与えるのは不可能だ。
エレキの方でも特にギターアンプのキャビの板の薄さに良く反映されてて、人耳に大きくてもスピーカは恐ろしく非能率なアイテムだからね。
幾らコスト・重量で華奢が有利でも音が駄目なら売れない訳で、それが無いからオーディオとは完全に反対方向へ進化したんだからさ。

通常の汎用オーディオでは再生ソースを選ぶ様だと不便なので、例外を除き極力「スピーカだけの音」が出る様にしてある。
掛ける曲等如何で不要な悪癖が付くと困るので、響かせるとしたらスピーカの弱点だけを補填する分に留められている。
しかし楽器は「極力各々独特の響きが欲しい」ので
正反対になり、美味しくなる様に調整は要るがなるべく響きを増やしたいのだ。

このドラムセットの支持(保持)剛性(固さ)の件は、太鼓について俺はRims等が一応最終回答ではないかと感じている。
響きを妨げてはイケナイけれど不要に動揺し過ぎては叩き辛くなるし、万一音と
動揺の共振周波数が悪一致してしまった場合(逆相)は響きが相殺される。
となると基本的にはガッツリ位置を保ちつつ、音に依る振動(つまり響き)に対する分だけ自由なのが適してる訳だ。

だがCymbalの方は太鼓でだとあたかも「皮の部分」だけしか無いのと同じなので、上記思想を適用するともう動くのを幾らでも許容するしか無いのだ。
又薄いのになる程振動し易いが、ってこたぁ代わりにそのエネルギーは弱くなる。
特に薄手だが余韻の長さがそれなりに得られないとならないタイプの場合、一番この影響が顕著となるだろう。

これは物理的には最悪条件とも言えるが、従兄はその手の音が好みなのだ。
最近じゃ俺だって多少マシになって来たが、それでもCymbalの音の綺麗さではまだ全然従兄の圧勝だ。
金物類のスタンドも彼は可能な限り意図的に軽量・華奢な物としていて、それだけに余計ヘヴィなHi-Hat Standでは孤立してしまうのだ。

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