Bass Drum Pedalの踏み方Ⅱ①ペダルの動作抵抗編
Speedking賛歌の項で「動き過ぎるのも駄目」と書いたが、この点についてもう少し掘り下げてみよう。
当ブログではお馴染みの「手と一緒」論での比較から入るが、その根拠をもう一度ここで確認しておこう。
今日ではBass Drumもその「使われ方の流儀」みたいなのが定着して久しいが、何時までも「それだけに特化した演り方」だけで本当に良いのだろうか!?。
ファッションでも何でも奇抜と定番はその両立によって価値が保たれてると思うが、片方だけでは最早ファッション性は無くなってしまうだろう。
本邦の音楽業界の低迷も好きな人には申し訳無いが、行き過ぎたJ-POPの万延で面白味が減ったせいもあるんじゃないか。
わざわざ「規格」に則ったってどうせ売れぬなら、思い切って冒険し始めない事には新たな道なんて開けっこないんだよ。
これは太鼓奏法についても本邦特有なのかは不明だが、手はニュートラルなのに足は偏狭とは妙な具合だ。
現況それが他では望めない故の今更のSpeedking賛歌でもある訳で、バネ強さの他にお題の「動作抵抗」の点も問題になるからだ。
現代バネ強ペダルはそれによる踏み難さを補う積りもあってやたらと動く様にしたのか知らんが、「無駄動き」が多くなったら演奏には邪魔なだけなのだ。
手の場合腕や手首等生身で出せる速度を越したい時は、リバウンド活用で手や指は震える程度でバチだけ沢山動いて貰う方法を用いている。
それにはグリップを必要なだけ締めたり緩めたりして適切なストロークにする事で、出音のタイミング等を加減している。
最終手段のバズロールなんてもう全く叩いてもいなく押付けてるだけだから、出音の調整はもう「持つ強さだけ」しか残っていない。
だが足だとフットボードは「持ってない」からこう云う芸当が不可能で、万一持てた処でダイレクトドライブ以外はビータと足は不一致だ。
そして最大の問題は手の様に空中の特定位置に継続的に置いとけない点で、リバウンド制御に手と同じ方法が使えない点だ。
それには最高速に耐え得る範囲で、寧ろ動き過ぎない方が適切となって来る。
先ず最高速についてはメタル系両足スイベルでもハーレーダビットソンのエンジン音程度がせいぜいで、F1はおろかバスのそれにも負ける遅さだ。
人の振動(意図的震わせ)等所詮その程度のもんで、機械と競争したら速さは全然たかが知れてて完敗だ。
だから機械工学だけに基づけば滑らかな程良いがバスドラペダルは機械でも「楽器の一部」だからそれでは誤りで、俺言い楽器工学がないがしろにされてしまってると言える。
ある意味我儘だが踏む時とそれが返って来る時は軽く速い程良いが、その後は何もしない(もう動かない)でいて貰えると助かるのだ。
確かに鳴らしたと同時に止める(押付ける)奏法はあるものの、これが有効なのは単打時だけで連打となるともう間に合わない。
足が止められない以上はペダルが「止まってる状態」からじゃないと正規には踏み辛くなるので、大変深刻な懸念点なのだ。
これを踏まえるとベアリング等だけが良過ぎては何時までも止まらない(収まらない)だけで困るので、軽さはバネ強さを最低限にして得る方が望ましくなるのだ。
手とバチの間にベアリング等無くてもあの速さ(個人差激しいが…😓)、忘れたとは言わせねいぜぃ!?。
それと幾ら腰掛けてても爪先から支点の腰迄は遥か彼方で、手より強力な脚と云えども「ペダルに振り回されて」ベストポジションからズラされてしまいがち。
手では支点の指がどれであってもそれ以外ので可動範囲制御は日常的に行われてるが、足の脚でベタ足踏みの時にはこれに該当する箇所は無くなってしまう。
例えば干しといた布団を叩くのには普通は「布団叩き」を用いるが、それを野球グランドの土を均すの等に用いる「トンボ」でやってる様なもんだ。
これだと一度に叩ける面積は増えるがコントロールが大変で、かつてその作業の主流だった女性では尚困難だろう。
これは布団の場所による状態差の為「細かい加減」が必要なので、回数が多くなっても負担が殆ど増えない方が適してるからだ。
俺みたいにバカ多踏みする奴は居ないったって、ポピュラーでの大太鼓はクラシックのオケよりは頻繁なので決して回数が少ないとは言えないだろう。
そう考えるとパワーに気を取られて、回数や操縦性を疎かにしては骨折り損のくたびれ儲けになるだけなのだ。
回数・操縦性に劣ると疲労がどんどん蓄積され、その奏者が持ってる本来の速度・パワーも必要時何時でも発揮出来るとは行かなくなる。
ペダルだけ無事でも肝心の人の方が簡単にバテさせられる様では、現代ペダルの高性能も発揮不可となって全く意味が無くなってしまう。
逆に道具は少々チープでも人が元気でいられれば上記の不具合は発生せずで、結局は「道具と人のバランス」の問題なのだ。
どんなパワー重視のドラマーでも電柱で叩く様なのは居なくて、「自分や楽器が持つ」範囲でのヘビーなスティックを使ってるでしょう。
それなのにペダルとなると急にそれがどっかへ飛んで消えるなんて、全く可笑しな話しじゃないの。
それでちょっと思い当たるのは「試奏時の音数」で、スティック選びの時の手より足の時の音数が少な過ぎるのが災いしてる気もするのだ。
制作・使用者のどちらにも考えられるが、開発側の耐久試験を機械に任せるのもこれに該当しそうだ。
試験データを正確にするにはいい加減な人間より機械が頼りになるが、実際の使用時に機械が踏んでくれるなんて先ず無いのだ。
メーカー担当者は大変だろうが延々「人が踏んでどうか」のデータ収集こそが、「楽器としての試験」には相応しい。
スネアならその上へボールペン位を落しても高さがあると驚かされる位大きな音がするが、バスドラペダルだったらペンとフットボードの衝撃音だけで太鼓は先ず鳴らないだろう。
やはり手物よりは桁違いに大雑把な訳で、それ用のペダルならマクロより先にそう云う部分に目を向けないとイケナイのだ。
それプラスもっと持続性も考えるべきで、現代は余りにも発想が単打主体過ぎると感じられる。
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