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2018年7月

2018年7月29日 (日)

Ludwig 3ply Reinforcement Drumの話し③

前回現代的厚胴の方が明瞭度に勝ると述べたが、いざ録ってみるとそれ程でもないのも記した。
趣味で仲間と集まって合奏する「その場」だけを楽しむのには、厚胴も適してるのかも知れない。
昔とは周りの楽器の音も違って来てるので一概には言えないが、個人的には録音すると
薄胴の方が実は聴き取り易く感じられるのは単なる気のせいだろか!?。

今回はこれを検証してみるが、「いざ録ってみると」がキーワードだ。
生耳でのアンサンブル内で薄胴をちゃんと聴こえる様にするには、「しっかり」叩かないといけない。
これは本来胴がどうだろうと基本的な案件なのだが、厚胴だと生耳感覚的にはあやふやな演奏力でも認知度は高い。
だが俺にはこれは「その場凌ぎ」と思え、その場は楽だが「叩けた通りの音」では無いとも云えるからだ。

太鼓単体での俺知り厚胴は大変リニアな反応で結構なんだが、音色は変化せず音量だけが広範囲に変わる感じを受けた。
音色は叩き方で変えるからそれで構わない人には一見不都合が無さそうだが、生楽器なのに音色変化が少ないのにちょっとばかり疑問を持ってしまう。
電気・電子楽器みたいに電気的に音色変化は付けられないし、かと言って打込み程完全に同じ音ってのはどんな達人でも無理なんだから。

俺は音響(オーディオとしても)を学んでるので科学的観点も持ってはいるが、一時の異常な厚胴はどうも再生装置と楽器の区別をし損ねた様に映る。
より多く何枚も貼り合せられる新技術を生かそうとしたのかも知れんが、まだ現状では楽器として充分活用出来たとは認め難い。
少々ハード方向へ偏向し過ぎた感が否めず、間違った方向の完成度の高さの為に道具としての応用力が削がれてしまったと感じられる。

Speedking製造終了も推測でしか無いが、現代の効率絶対主義的ムードに合致しないのだけは分かる。
これには「道具(楽器)を使う側」ももっと良く考えた方が良さそうで、下手に「現状だけの要望」を主張し過ぎないのも必要だろう。
人間の特にお芸術家ともなると気紛れで、1秒後には正反対に感じて連呼しだしたりも通常運転なんだからね。

そして奏力向上に繋がるのは「正直な楽器」で、良い音が出せる迄は物凄く大変ではある。
が、「普段からそこそこ」「最高運時もそこそこ」な音しか出なくて平気なのか!?。
敢えて厚胴君を補助輪付き自転車と呼ばせて貰うが、最低限でも奏者の力量に応じての使い分けは考えるべきだろう。
補助輪付きは転ぶ心配が無い代わりカーブを超高速で駆け抜けるのは無理で、補助輪がつっかえてあまり内傾させられないからね。

楽器の演奏に対する実際の影響度は不明だが、現に俺は
Speedkingによって初めて可能になった技が沢山ある。
現行バスドラペダルについても、せめてバネだけはもっと弱くも出来る様にならないものかと思う。
対和太鼓比で西洋太鼓は胴は薄くバチは細いが、それだからこそ実現可能になった数多の演奏技術があるのを思い出そう。

道具側で1点に最適化すると「それ」には最高だが、往々にして他のは殆ど不可能になってしまったりする。
最初は不便と感じても「楽器だけで完全」では最早それはオーディオ機器の一種に過ぎず、楽器+奏者で完全になる様に奏者にもっと「余地」を残しておくべき気がするのだ。

極端な話し救急車が患者搬送中に止まったら困るが、確実な代わり多分乗り心地はロールスロイスには劣るだろう。
無論具合の悪い人を乗せるんだから決して乗り心地を軽視はしてないが、病院に確実に到着出来る事が優先される。
それと比べりゃ楽器に一番必要なのは、奏者の自由を妨げず自在な反応を示せる事の様に思うのだ。
折角面白そうなのを想い付いても試せなかったりすると、ある種の玩具としては詰らない気がしてしまう。

最新のデジタルシンセは正確さも大変高いレベルになったが、それでも音響測定用の発振器と比べたら全然だ。
だが発振器では余程上手く活用しないと全く楽音には出来ず、その面では音楽と音響はやはり別物だ。
最も優先的に必要とされる部分が違っているからで、明確な境界線が無いだけに気を付けてても誤解し易い部分なんだろうと思った。

2018年7月28日 (土)

Bass Drum Pedalの踏み方⑱トゥヒール&ヒールトゥ編5

暫し間が空いたが今度は奏者にとっての「感覚」についてで、当然個人差はあるが使用ペダルによる差も含めて記そう。
如何に多様な個人差があれどもしペダルバネの強さ等が倍以上も違えば、相撲取りと凡人がぶつかり合う様に結果は知れてるからだ。
具体的に一番影響されるのは足首で踏む場合で、特に「実用頻度」には道具次第で確実に差が出てしまう。

改めて奏法別のコツを列挙しとくと、
①脚の単打:力でも可能
②スライド系:膝の速度が必要
③トゥヒール系:確度の高いフォームと速度が必要
だ。

再三に渡って唱えてるがそれ故後者になる程「速度でパワーを稼ぐ」技術が必要で、それの特に習得時には力の要るペダルがご法度となるのである。
トゥヒール系練習時に気にすべき箇所は、
①爪先等が実際に必要分上げられてるか
②力無視で必要速度が稼げてるか
③極力省エネでそれを継続的に演れてるか
こんな所だ。

ここで大きな問題となるのがペダルの最低必要力で、最初からそこそこ力が要るのではそっちに気を取られて中々進展しない。
手の指で連続的にスティックをバウンドさせようとする時力が完全に不要とはならないが、どう比べてもタイミングや加減の方が圧倒的に難しいしそれが必須なのと同じなのだ。
技術的に複雑さを要する程、足でだってその傾向に差は無いのだ。

是迄力で素晴らしい大音量が出せてたとしても、この手の奏法とは方向性が違う。
本番時は別としても、練習では一旦完全にパワーを放棄する勇気が一番の近道となる。
それもペダルのバネ等も極力弱めて、お金持ちなら失敗したら壊れて買い直す位貧弱なペダルの方が良い。

要はなるべく「力ではどうしようもない環境」へわざと持ってってでも、要領(演り方)だけでしか何とか出来ないのが良いのだ。
幾らバネが弱く軽くても極端に動きが悪いと駄目だけれど、ベアリングが錆切ってでもいない限り初歩段階の速度でなら問題にならない。
まずは出鱈目でも良いから、一応足首だけで3分位の曲を「なぞれる」様にして行こう。

原理的には腿より
足の甲は全然小型だから、パワー度外視なら速く動かせるものだ。
但し言い様によっちゃ「無意識にサッと」には結構慣れが要る様で、意識するとその分だけ力み力めば速度は期待出来なくなる。
足首か腿かの順番にだって多少訓練は要るが、現代環境下の者にとっては「最低意識の足首踏み」マスターがやはり峠となりそうに思われる。

片足で下手すりゃ両足より沢山鳴らそうなんてアホは俺以外にゃ滅多に居ないかも知れんが、それでも「ダブルストローク」(トゥヒール系やスライド系)に挑戦しようってのは今までよりは多く鳴らしたいとも言える。
数が増せばその分一々1音に拘っていられなくなって来るのは必定だから、結果的に「1音に割り振れるパワー」も必ず減るのだ。

手持ちの現用ペダルがヘヴィ過ぎた場合不完全ではあっても、
①バネ強過ぎなら臨時に輪ゴムで弱化
②慣性重量過大ならビータを軽いのにしたり短くする
等々で練習に適化は可能。
特に足首未経験なら自分で脚を上げない限り、ビータが皮から全く離れない位で上等だ。

最近の若者なら最初から昔の俺みたいに力任せじゃないだろうけど、踊りの振りを覚えてなぞるのに近いと思う。
踊りは最終的にはポージング(形)も問題となるが、手を上げるべき時に下がってたりしたら「それ以前」だから。
なので体の力は不要・神経はちょいと疲労、しかし何より「順番だけは間違えずに出来た」みたいに先ず「なぞれる」事が必要なのだ。

2018年7月25日 (水)

エレキギター修理の話し④

前回の続編だがシールドの仕方の方法についてで、予めメーカーで施されてる例から参考に挙げて行こう。

①キャビティ内に金属製の箱を入れ越ししてるもの
②アルミ箔や銅箔が貼られてるもの
③導電性塗料が塗られてるもの
と大体大まかには3種類ある様だ。

これは歴史的に大凡上記の順番となってるが、技術的要因からと云え様。
先ず①についてだが当時の加工・材料入手性等より、主に真鍮(ブラス)板で作られている。
因みに「キャビティ」とはボリウムポットや切替SW等を内臓する為に、ボディを表や裏等から削って(ザグリ)出来た空間の事。
ボディ材が貼り合せ等になってるのだと、物によっては機械加工の都合で接着前に削られてるのもあったりする。

②は①よりは材料コスト等の点で有利だが、アルミの場合専用のペーストを使わないとハンダが付かない。(①の真鍮だとハンダ付は容易)
それでピックガードの裏等、平面での施工例が主流の様だ。
③はどんな複雑な内部形状にも対応するが、高コストなのが難点だ。
これらの理由から俺個人は、基本なるべく幅の広いアルミテープを買ってそれで工夫して凌いでいる。

経済事情の必然で高価な楽器を所持してないので、幸運な
偶然だがキャビティ形状がそこ迄複雑なのが無いから通用する手ではある。
ご丁寧にホントに部品の形にキッチリ合せて削られてるのだと加工としてはとても立派だが、こう云う面では不都合になる。
それで前回書いたLes Paulでは銅箔テープにしたが、これは必要時にハンダを垂らして電気的に結合する腹だったからだ。

このテープ利用の貼り込みではしっかり接着させる為に付属のヘラで極力空気を抜きながら押付けて行くんだが、幸いこの件ではそれだけで充分な電気的導通が得られた。
銅箔テープの中にはその糊が導電性になってるタイプもあり(②bとしよう)、普通のより当然高価だが確実性が欲しければこちらがより適してるだろう。
導電性銅箔テープまで行くと導電性塗料と価格的にはほぼ同等だが、未経験者でも塗料よりは確実性が高そうだ。

ストラトタイプのシングルコイルピックアップなんかのポールピースはアースされてないのが多いが、指弾き主体だったりすると問題を感じる。
常に体が触れてるかその逆だったら良いが、接触の有無でノイズの感じが一々変化すると結構気になったりするものだ。
こう云う場合は殆ど②bや③が有効手段だが、俺自身は録音に使用するものでこのタイプのは不所持なので未購入だ。

この
ポールピースアースも元からなってないのだと厳密には極僅かでも音色が変化する可能性はあるが、近代設計のピックアップではどれも施されてるのを記しておく。
エレキのピックアップは磁気誘導式なので大きな電源トランス等に接近したら雑音の防ぎ様が無いが、それでもノイズ耐性の不備的弱さでここでもあそこでも弾くのが駄目となるよりは良いと思うのだ。

余談だが
こんな貧民の俺も仲間のお陰で少し前に、超高級シールドの体験をする機会が得られた。
伝達特性に優れるのは当然だったが音色的に例えリニアじゃなくても中々旨味があって、ある意味良いEffector的要素も持ってる様だった。
普通のケーブルの5~10倍と高価だが、それだって楽器を超高価なのに変えるのよりは断然ローコストなので人によったら大いに意義はあるだろう。

しかし
全てを網羅した訳じゃ無いので全部がそうかは不明だが、俺が体験出来たのはどれも衝撃にはとても弱かった。
これはケーブル自体の耐久性とかではなくて、線が何かに当たった時にそれが結構な大きさで音に出てしまうと云うもの。
大人しく座って演奏するなら影響も小さく出来そうだが、基本立って動き回っても演れる楽器に対しては余計な制約があり過ぎると思った。

この手のは言うなればオーディオ的発想で、俺言い楽器工学的には問題ありと言わざるを得ない。
これらを比較して行くと導電性
銅箔テープは高くても¥1万位迄で済むので、コスパは最良だろう。
テープの「継ぎ目」が重なる様に貼りさえすればそれだけで電気的に全部繋がってくれるので、ボリウムポットやSWの金属部分に触れてれば貼るだけでシールドが完成する。

俺自身は更に予算が無いのと既にアルミテープは持ってたのでまだやってないが、シールド効果自体に差は無いし作業の楽さと確実性では
導電性銅箔テープが一択だろう。
最終的にはバランスの問題なんだろうが幾ら奏者本人に快適な音色でも、聴者にノイズの方が目立つ様なら結局音色も評価して貰えないだろうから。
演る者には音楽だが、聴き手によってはもうオーディオなんだよね。

2018年7月24日 (火)

エレキギター修理の話し③

今回は若干タイトルに偽りありになっちまうが、エレキギター本体のシールドについてだ。
私事情だが今シリーズ前々回のは原形復元・維持指向、前回のはコンディション回復が目的での補修だった。
前者はNavigatorのストラトで後者はヤマハのLes Paulだったが、逡巡した上で結局は未実施とした。
だが近年の様にハイゲインで歪ませる機会が多いと、施して置くに越した事は無い。

ここで言うシールドとはコントロールキャビティやピックアップについてで、ケーブルの事では無い。
寧ろケーブルが折角完全にシールドされてても、ギター側に「隙」があっても放置されてる不合理について文句を付けてるのだ。
電気におけるシールドは伝達系の過半数量位になると効果が出て来るが、本質的には隙があったのでは本来の効果が充分には得られないのだ。

Navigatorのストラトは個人レベルだが歴史的要素があったので、余程不具合でなければ当初から元の仕様を維持する積りでいた。
「そのなのであんな音を出してた」を再現可能な方が好ましかったからで、これは例外の部類と捉えて頂きたい。
ヤマハの方にそれは無かったんだが最初はなるべく格安にって事で、必要性が生じたらその時点で施工する算段としている。

エレキギターの創造期には今みたいにギンギンに歪ませる事は無かったから、不完全なシールドでも実用上さして問題にはならなかった。
ベースにしても今みたいにハイをタップリ出す事が無かったから、やはり同様だった。
しかしハイゲイン(歪ませないベースでも高域は)となると、それまでは楽音に隠れてた雑音も表にハッキリと現れる様になって来る。

そんなに多種のギターの中を覗いた経験があるとは言えぬ俺だが、それでも製造時からきっちりシールドされてるヤツは稀だった。
エレキは原理的に幾らシールドしといても電磁雑音は必ず拾ってしまうものだが、だからって減らせる雑音を放置するのは頂けない。

結局はコストの都合なのかも知れぬが、どうも不適合になりつつある伝統を引きずってるみたいで何かとこの業界は保守的な感じだ。

ウチでも過去例でプロが使ってるGibson Les Paulの修理時に、特段要望はされてなかったが迷わず銅テープの貼り込みを実施した。
持ち主がハイゲインを常用するのを知ってたし、実際にそれを再現実験してみたらシールドの有無で大差が出たからだ。
前出歴史云々以外で強いて例外となりそうなのはローインピーダンス仕様の場合で、それもアンプもローインピーダンス限定なら大丈夫かも知れない。

このシールド問題だが他方面ではどんな按配なのかってぇと、オーディオの場合はギターよりは大部分がローインピーダンスだが機器類は99%シールドされてる。
逆にケーブル類の方が普及品だとプラグ部分が樹脂製で隙があるが、ローインピのお陰か実用上はほぼ影響を受けて無い。

ここでの再三登場するインピーダンスとは
電圧と電流の比の事で、電圧の割高なのがハイで割低なのがローだ。
詳細説明は難解なので楽器で必要な部分に絞って言うと、
①ハイインピーダンス:高効率だが雑音が簡単に入る
②ローインピーダンス:外部ノイズに強いが電流が沢山要る
電源の無い楽器には②は困難だ。

エレキはその創成期は増幅装置が真空管式しかなかったのと、上述の理由で元がハイインピーダンスだった。
今の技術ではEMGみたいにそれより低インピーダンスのピックアップも作れる様になってるが、音色面での差から敬遠され気味なのだ。
ハイインピーダンスは電気の伝達特性的にはリニアじゃないが、そこから来てる特性も今ではエレキ特有のニュアンスと周知されてしまっている。

リニアじゃないから色々妙な変質が起きてるが、楽器としてはそれが却って独特の味・ニュアンスとも捉えられる。
納豆等見方によったら腐ってるとも言えなく無いが、だから独特の美味しさがあるのと似た現象だ。
それが為ギターとアンプの間にバッファを入れるのを嫌がる人も居て、ハイインピの弱点を少しでも補う為にバカ高いシールドケーブルが用いられたりしてる。

個人的にはこの部分をそこ迄気にして無いのと、ベースが主なせいかバッファ敬遠は無い。
尤も超高価なケーブルは俺経済からはそもそも不可能だし、現代ベースはLine録りの方が主流なのもある。

こんな簡単に色々影響を受け易いハイインピなので、厳密に見るとシールドすると僅かな悪影響もあるにはある。
だが昔とは比べ物にならない程電磁波オンパレードな今日では、雑音の影響の方を気にした方が得策だと思う。
幾ら最高のニュアンスを持ててもジージーブーブーとノイジー過ぎれば、「その部分」なんか掻き消されちまうからね。

それとギター本体にバッファを内臓しても効果があるのはバッファ回路後限定で、ピックアップ等はハイインピのままなら雑音耐性は一切向上してないのだ。
だからバッファやケーブルより先に、本体のシールドを施すのが効果的だし重要案件なのだ。

2018年7月23日 (月)

エレキギター修理の話し②

今回は先週のと大昔の話しがごちゃ混ぜで時系列が変だが、最初はフレットが摩耗して困る話しだ。
キャリアの浅い方や上品な弾き方をしてたら実感は無いかも知れないが、かなり思い切って減っちまうもんなのだ。
だが交換コストが結構なお値段になるのもあって、治すより買い替えられるケースも多い様だ。

これも俺独特な見識っぽいがせめて「推定標準耐用年数」なんてのでも、新品の段階から示してくれてたら後で悩まされずに済むのにと思う。
出したい音にもよるが如何に電気の力を借りてても、ある程度以上しっかり弾かないと
他の音に負けて埋もれたりもする。
現代みたいにPAが発達したりしてるとその影響も低下したけれど、アンサンブル内で小さ目音量だが必ず聴こえてないといけない時等は差が出てしまう。

何時もしっかり弾いてるとフレットの減りが気になるが、ベースのスラップ等だと余計に下手な手加減は音的にロクな結果をもたらさない。
それと結局幾らそっと弾いても少しは擦り減って行くとなれば、減ったらどうするかを考えるしかないだろう。
これがまた面倒なのは「弦の影部分」中心に削れる処で、弦交換時等にならないと気付き難く発見が遅れがちな処。

ここで気になるのが「消耗が分かってるのに未対策」な処で、他の部品と違って無傷の交換が可能なシステムに未だなって無いのだ。
色々困難がありそうではあるが、西洋系の楽器にしては珍しい感じもする。
太鼓で和洋比較すると明確なんだが和の固定に対し、西洋系は何でも交換・調節が可能な方向性を持ってるのでね。

これ奏者・使用者にとってはちょっとした難問で、滅多に自分では処置不可能だ。
一応楽器屋の俺でも過去に1回だけしか経験が無く、元が中古で破格で入手し
バインディングが無いタイプだったので試す勇気が辛うじて湧いたのだ。
幸い成功して現用中だが、指板の極端に薄いタイプのだったから難儀した。

ナットについてもベースは弦が太いから良いが、ギターの高音弦側のは溝が細過ぎて市販のヤスリでは対応不可だ。
折角工作が得意だったとしても専用のヤスリは高価だし、使用頻度を考えると普通の奏者は購入に2の足を踏む事になるだろう。
弦の間隔が合ってれば溝切加工済みので高さが充分なのを入手して、全体高さつまりナットの裏面を削って慎重に高さを合せる手もある。
しかし意外な位ここが多種多様で寸法はマチマチで更に個体差も中々、バッチリな演奏感を求めるとやはり「現物合わせ」が最適な様だ。

こう書いてると暗い事ばかりの様に見えるが、冷静に振り返って考えればそうとも言えない。
要は楽器によって経費の掛かるタイミングが違うだけで、一般的なものなら長い目で見たら大差無さそうなのだ。

例として太鼓とピアノで比較して行くと太鼓は割と普段からだが、ピアノは調音以外は凄くたまにと正反対だ。
太鼓の皮やバチは奏者や使われ方次第では、見る見る消耗する。
真偽は定かじゃないがBONZO氏に至っては、下手するとワンステージ持たないなんて位だ。
ピアノは自宅にあるなら
普段弾くのはゼロ円だが、ハンマーフェルトをどうこうとかなると大きくまとまった額が必要になる。

数は多いし通常は技師の方に出張して貰う事になるので仕方無いが、急な出費感も加味されるから余計高く感じてしまう。
本邦固有の認識かは不明だが、楽器の維持費は随分と敬遠されたもんだ。
これが呑み代だとお金の他にも泥酔して他人に迷惑でも問題視され難いみたいだし、俺的にはディズニーランドの高料金は不当に感じられる。

無理に数を売ろうとして都合の良いのだけ吹聴せず、最初から適切なインフォメーションをもっと積極的にやったらどうかと思う。
知らずに後から経費が掛るのは実際よりも悪い印象を与え兼ねないし、どう頑張っても生活必需品みたいにゃ売れっこ無いんだから。
最近Gibsonが倒産したらしいが、楽器には一般企業の拡大政策なんぞ合う訳無いのよ。

2018年7月22日 (日)

エレキギター修理の話し①

割と原始的ではあるが意外と知られてない、或は忘れられたコツというか注意点を挙げて行こう。
最近拙ブログ更新頻度低下の原因は預かり修理のこれで、俺も危うく忘れてしまいそうなのを色々思い出した。
本邦の特に一般人ではエレキ楽器を永く継続使用する者が少ないせいか、経験してたらどうって事の無い知識が意外とマイナーなままと感じている。

今回のケースはFender系或はStratcaster等で起こりがちな故障で、厳しい表現をすれば誤った調整による破壊とも言えるものだ。
何処迄を使用者のせいにするかは論の分かれる処だが、メーカー側としては弱点を晒したくないせいか注意書きが不十分だとは思っていた。
量産品では使用者特化率が低いんだから単に弄るなと言うより、本来は弄るなら「こうしろ」と示すのが適切だと思う。

第1点はペグで多くのロートマチックタイプの場合。

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図の左2つがそれで中が壊れた状態とその場所、一番右は固さ調節のないタイプの例。

左のはクリーム色とオレンジ色の本体部分が一体鋳造(ダイキャスト)になってて、ピンクのワッシャと特殊6角ネジでネックヘッドを挟み込む様になっている。
左3番目は90°向きを変えて眺めた様子で転動防止用のツノ(緑)が付いてるが、俺言い親切設計のだと右2番目の様にそれが普通のネジ留めになっている。
右のの場合はどれも大抵はネックヘッド裏側から小ネジで固定され、表側のシャフトの支えは打込み式だ。

理屈としてはこの「ツノだけ式」で足りる筈だが、現実はそう甘くない様で近年では殆ど右2番目のタイプのしか売られてない様だ。
それは相手が木だからでツノの入る穴が経年の圧力で拡がってしまったり、気候による収縮で隙間が生じて固定が甘くなったりする。
僅かでも弦ポスト回転方向へ動ける様になってしまうと、それで特殊6角ネジがどんどん緩んでしまうのだ。

左のタイプは例によって機械物理的には優秀な方法で、「壊れなければ」正確に精度が維持出来るし取付方法も一見スマートでよろしい。

だが木は温度・湿度で金属より伸び縮みがあるが、左の方式では縮んだ時に原理的に固定が緩む欠点も持っている。
一方右の方式は一方向からだけの固定なので気分的には若干心細いが、「木を挟んで無い」のでこの理由で
緩む欠点は無い。

どんな方式だろうと何処かが緩んだりすればチューニングに影響が出るが、複数箇所で固定してたら全部が緩まなければ影響は小さい。
ので奏者が気になる事は少なそうだが左の方式で1点締めのだと、スグに気付かれ締め様とされる。
しかもしょっちゅう簡単に緩まれては敵わないから強めにされるが、それで壊してしまうのだ。


メカ的に格好イイ鋳物も小ささの関係もあって強度が不十分で、一体型ゆえに柔軟性も殆ど無いからだ。
普通のネジやボルトナットを締める感覚が通用しない程脆弱なのは、構造的欠陥と見做せなくも無い。
俺経験ではネック材がマホガニー等柔らかければ左程でもないが、メイプル等堅めだと木にも柔軟性が少ないので不具合を起こし易い模様。

第2点はピックアップでポールピースにコイルが直接巻かれてる場合。

Pickup_2


図説は上段が直巻きタイプで下段はコイルはボビンに巻かれてる例、左から順に小さくなる○は弦の積り。
上段左3つが主なポールピースの位置例で、一番右は不完全だが各弦の感度調整を試みた状況だ。
上図上段のは全てポールピース自体がアルニコ磁石で、Fender式合理的シングルピックアップ。

これも製造上合理的だし空間効率が良く、コストや感度等に有効な手段だ。
だが是又使用者側への融通性が低く、使用弦を違うのにした時等にあまり美味しくないシステムだ。
生音でなら未だしも高ゲインで歪ませてる場合等に「感度不一致」は気になり、多くは演奏の都合上何とかしたくなる。

厳密には磁石の長さが違うので高さだけ弄っても仕方無いんだが、実際弦との距離の影響は無視出来ないレベルではある。
それでポールピースの高さを調整するのだが、余程運が良くない限りは極細のコイルの線を切ってしまうのだ。
ここで厄介なのはハイインピーダンス仕様な処で、切断面が近接してると一応音が出てしまうので
断線してるのに気付き辛い点だ。

実際はパワー低下・音質変化等色々な変化が出てるんだが、それが磁石と弦の距離変化のせいと区別が付き難い。
それもあってホントは失敗してるのに成功したと誤解し易く、つい「使える方法」と思い込まれてしまう。
しかし振動や気候の変化等で
切断部の状態が僅かに変っただけでも、「切れてる」ので急に非力になったりして後で慌てる羽目に陥る。

楽器奏者も専門家になって来ると自分の道具が人任せだけでは済まなくなって来るが、その場合は「それ用の知識が必要」なのがちっとも周知されてない事からの悲劇とも言えよう。
今迄の工学とこれだけ相容れない部分が多いとなると、海外事情等は存ぜぬがそろそろ「楽器工学」として確立させるべき気がする。

※ペグ画像改良に伴い
追記 2018/7/23

Ludwig Speedking賛歌②

今回は俺的に「隠れた最大の特徴」について述べたいが、それは取敢えず「バネカムの深さ!?」とでも言っとこう。
一般的な最大の特徴はダイレクトドライブとか圧縮スプリングで正解だが、それ以上に使ってみて影響を感じたのがバネカムの件だった。
その中でも最大なのが「バネの伸縮寸法の小ささ」で、他のペダルと簡易計測してみたら半分も無かったのだ。
何故ここかってぇと、俺言いペダルの「無駄動き(暴れ)」を左右するからなのだ。

Photo
毎度の雑略図であるが左2つがSpeedkingで、右2つが一般的ペダルの静止時と動作時のバネの様子のイメージだ。
確かに押しと引きの違いもあるがそれ以上に違ってるのがバネの伸縮量で、それぞれ赤と青で描いた部分の長さが倍以上も違う。
様々なペダルの知識を大して持ってはいないが、それでもSpeedking以外でこの部分がこんなに短いのにはお目に掛った試しが無い。

構造からの動作の差としてSpeedkingでは、
①バネの強さに対しての効きが弱い
②その効き方の変化が小さい(後述)。
一方一般的ペダルではその逆になり大差が出るのは、最初と最後でのバネ力が大きく変動する処だ。

具体的にそれが何をもたらすのかと云うとSpeedkingでは、
①バネ最弱以外の設定時は「ニュートラル位置保持力」が高い
②打点時でもバネ力の増加割合が少ない
となる。
因みに俺所持の1号機は調節ネジをフレーム底面まで緩めると、バネ力ゼロ以下まで行くが2号機はそこ迄到達しない。
製造時期に若干の差があるのかも知れないが元から個体差は多い様で、しかし実用上は殆ど差が感じられないという不思議ないい加減さ!?だ。

俺自身は「輪ゴム代替法」でリバウンド対応に少し苦戦する迄は全く気にならなかったが、必要な分は簡単に動いて要らん分は動かないって方が明らかに楽だった。
このニュートラル位置保持力を一般型で得るのもバネ力を強めるのは同じだが、同等にするには打点時のバネ力がやたらと強くなってしまう。
バネの伸縮量が多いから、強弱の差も大きくなってしまうのだ。

物理的見地から見ると「短いストロークに実は強いバネ」よりも、長いストロークに柔軟なバネの方が遥かに合理的だ。
だがこれは機械理論としての都合なだけで、「太鼓を鳴らす」観点からだと実は不自然とも言えるのだ。
例の俺言い「手と一緒」論で考えてみると、バチが自由に動けるのは「必要な時だけ」だからだ。

指の力の入れ具合等で随時適度に加減してて、マトモに叩けてるならそれはほぼ無意識でなされている。
ここが重要で足では「指で持てない」んだから、ホントはペダルにニュートラル位置保持の機能が無いと不具合なのだ。
しかも「踏む時」にはなるべく影響が小さいのが望ましく、一般型の現状はバチ持ちに置換すると単にゆるゆるかぎっゅっと強くかしか選べない。

個人的願望としてせめて図中の青部分の「長さ違い」位出してくれたらと思うが、製造サイドにマトモな演奏者が不足なのかお目に掛れて無い。

2018年7月15日 (日)

Ludwig Speedking賛歌①

遂に宗教がかって来たかと言うなかれ、古臭くていい加減だが実に「奏者」視点を重視されたペダルなのだ。
しかも充分な体験を得られる迄は意外と感じるかも知れないけど、真に使う人を全く選ばないのだ。
実際に宗教がかってるのは実は現代的ペダルの方であって、Speedkingは全く「無宗教」なのである。
ここから俺より経験豊富な従兄の先生の愚痴!?から見て行くが、最初は右利き・左利きの面からだ。

1.バスドラ取付ネジの位置
かつては大抵フットボードの裏にあって不便だったのが、近年は横に出て来て便利になった。
が、問題発生。

利き手と逆側になってると却って大変との指摘あり、左利きで右手の力が相対的に弱い者には大変な重労働なのだそうだ。
こんな「普通より大変」になる位だったら、古典的でもSpeedkingみたいに「真ん中」にある方が公平だ。
今のもどうせ複雑怪奇に何でも弄れる位ならせめて左右に付替え可能としとくのも簡単そうだが、それをしないのを見ると何某かの偏向思想でもありそうだ。

2.ビータとフットボードの縦方向位置関係(奏者から見て)
力学的には直線上にあるのが有利だが空間的・機構的に不利なせいか、近年のは大抵少しどちらかへ横にズレている。
これの欠点は
①どう頑張ってもビータの横方向が皮のセンタに持って来れない
②逆にビータをセンタにする為にフットボードが横に少しズレる

①について言うと「叩く場所」はまん真ん中と凄く端は、少しのズレでも実際大きく音色が違う。
②についてはそのズレ方向が不都合になる場合で、ツーバスにしたら両足とも不要に左に寄ってしまうとかだ。
近接セッティングしたかったりすると、スネアを無意味にズラさなきゃいけなくなったりする。

又ガニ股君に内股を・内股さんにガニ股を強制する等、見事な強制宗教振りではないか!!。
これもせめて選べればまだ救われるんだが、全体的にはそんなのは少数派の様で大変「偏り」を感じざるを得ない。

3.子供が足首で踏めないバネ強現代ペダル
ニーズに応じて特化するのは悪ではないが、その様な表記が一切無いのなら「出来ない事」があったらオカシイでしょう!?。
特に本邦では「元から」はSpeedking等は無いんだから、せめて何か1つ位はそんなのも用意されてるべきで何でもアリの現代なのに妙な話しだ。
これじゃまるでバスドラペダルは18禁かよで、そんなにエロいとはわしゃ知らなんだっと。

どうです皆の衆これでもまだSpeedkingに癖があると断言出来ますか?、実際は真逆なんですよ。
使用を強制したりする気は毛頭無いですし、現用のペダルに過不足がないならそれで結構で御座居ます。
しかし常用者として何時までも「あらぬ誤解」や「偏見の目」に晒されるのは勘弁願いたいし、もし不都合が生じた際その原因を見誤って他に方法が無いと思い込んでは不幸ですよ。

2018年7月 1日 (日)

Bass Drum Pedalの踏み方⑰番外編1

前回からの流れで未だ推論に過ぎないが、ペダルと太鼓の「数の倫理!?」だ。
今度は脱線せずにちゃんと分離しようってんで、番外編にした。
過去を知る者としては、近年本邦ではメタル系以外でツーバスを目にしなくなった件。
オッサンにはちょっとでも実際は随分昔だが、かつては普通のバンドでツーバスってのもあるにはあったんだ。
それが幾ら便利なツインペダルが出来たにしても余りにも居なくなったし、海外と国内での差も大分ある気がしたのだ。

前回記したツーバス体験の件もあり、気になる点が浮上した。
それが国内外でのペダルの差で、特に古いペダルが市中にどれ位残存してそうかだ。
欧米の
過去だとLudwigやPremierは「単なるスタンダード」だったから、音のジャンルに無関係にその辺に転がってるだろう。
でも日本だと当時の為替の問題で、かつての流通量がそもそも僅少だった。

この相違から考えられる影響として、「元はどんなだったのか」を知る機会が本邦では得難いのではと思ったのだ。
原点から出発出来ないと不具合が起きる場合があるが、物差しのゼロcmを間違えたまま測ってたらそれが全部無効になる様なもんだ。
踏み方が選ばれる
様な明確な差が出るバネ強さが違うとなると、放っとくのは危険極まり無い。

推論の核心は「不要な力を要する現代ペダル」だと、単バスならまだしもツ―バスだと労力差が無視出来なくなるのではと云う話し。
少なくとも俺の場合片足で結構な段階まで来れてしまってるので、実は大きな憧れ等を持ってても挑戦する気が萎えた。
経済を筆頭に不都合満載なので宅では無理だが、Speedkingでなら従兄の所では弄り倒したいと感じると正反対だった。

バスドラとHi-Hatでは違いもかなりあるとは云え、普段から割かし左足も忙しない口だ。
Johnny吉長や
Bernard PurdieのファンなのでHi-Hatの「踏み叩き」もしょっちゅう演るし、手下手を誤魔化すので足はフル稼働が通常運転。
幾ら慣れて無くたって簡単なフレーズを操れぬ道理が無いのだが、
今のペダルだと手までおかしくなったからねぇ。

ツインペダルにしたって海外ではジャンル無関係に普及した様だが、本邦ではテクを気にする者から導入された感じが拭えない。
本来音に問題が無けりゃフォークコーラスグループでバカでかいドラムセットでもOKで、そっと叩いてれば良いだけな筈。
物凄くパワフルなドラマーならわざと小さな太鼓でメタルって、その威力を見せつけるのだって有効手段になりそうだ。

実際過去にメタルじゃないけど体格の都合で、Liveで小さ目のセットにしてた者が居た。
がらんどうのステージだと楽器との大きさ対比で、体格を推測されるからね。
そう毎度お馴染みのRingo Starrですが、やむにやまれぬ環境の都合でそれで爆音を出してましたよね。

しかしどうやったって明らかに欧米人より小柄だし、
狭い日本で大人しい観客となればそう云った状況は稀有になる。
もうこの時点から違いがあった上に、道具の種類が少ないってのは随分な環境差だ。
その上今の日本じゃ狭小空間に、俺言い「不要PA」のオンパレードと来た。
これじゃあせめて予め知っとかない事には、100%ガラパゴス必至だ。

前回も触れた従兄の太鼓の先生熱弁の本邦太鼓奏者劣化、これにも俺は追加の論がある。
かつての名人達はその道の先駆者たるガイジンさんを皆熱心に研究してたが、当時は情報収集だけでも今より大変だったのにだ。
出来る出来ないを別としても兎に角「どうなってる」のかを知りたかったんだと思うが、それこそ探求心だ。

昭和の実体験が無いと分かり辛いが、為替の他にも楽器と他の物の価格差もかつては大きかった。
年寄りの戯言と簡単に言うなかれ、元の値段の割合が数倍違えば様々な部分が違って来る。
つまり例え安価な国産と言えども、それでも購入に必要な勇気が段違いだったのだ。

それだと誰だって今より慎重に選ぶのは当然で、ネットで画面で見ただけでポチッとは行く訳がない。
もし間違って自分が使えないのを買っちゃった時も歴然の差が出て、今ならネットオークションに出せば大抵何とかなっちまう。
だが昔だとケチな質屋のオヤジに散々叩かれて二束三文、それでも引取って貰えりゃ御の字な方。
今より情報過疎だから珍しいのだと理解されないし、オヤジだけ知ってたって知ってる客が来なけりゃアウトだからよ。

ノスタルジーでも無いし貧民の俺には今の方が断然マシだが、アホな俺がもし過去経験が無かったら恐ろしく恥ずかしい事にでもなってそうだ。

Bass Drum Pedalの踏み方⑯トゥヒール&ヒールトゥ編4

で今回は図表シリーズの図の方、主に爪先踏みのコツ辺りを。
珍しくいきなりだでぇ。

Photo_4

トゥヒール(若しくはヒールトゥ)に関するもので、上段が爪先踏み(足首動作)で下段がカカト(実際は腿動作の脚踏み)についての凡例だ。
トゥ時に大切なのは踏む時よりその寸前が肝で、その原因は体等の「使える範囲」が狭い事による。
他の踏み方より重さは掛け難く幾らも力も入れられない中、速度とストロークでそれを補わなくちゃなんない。
それにはビータの返りが充分なのが必須で、言い換えれば先ずフットボードが足りるだけ上れてるかなのだ。

非力な足首だけで踏み込めるフットボードってバネは当然強くないが、この場合だとかなり注意しないと足がその動きを阻害する。
要はフットボードの上昇より足が「先行」しないと不味く、上段右みたいに最終段階で「突っかえてる」のも不都合。
後者はバネ強ペダルでも、その力がゼロになる地点なので共通事項だ。

下段はヒールの打点時の事例で、右の様にすると次のトゥ動作の時間が延長してしまうので不味い。
もしどうしても脚の重さを掛けたいとしても外見上はそれが分からない位、極小の隙間程度のカカト上げに留めるのが良い。
しかも「鳴ったら即座に脱力して降ろす」が利口。

不味いのオンパレードで何だがこの不良例のは足首疲労も増加するからで、カカトを着地させてから爪先を上げるには時間が足りないのだ。
結果的に不要なのにヒール打点時以外は、ずっと脚を上げてる事となって大変ご苦労さん。
それだとホントに殆ど降ろしていられない、原理的に脚上げ負担の大きい連続ヒールトゥまでは到底漕ぎ付けなさそうだ。

何でも限界が近付くと「やるだけ」で精一杯となるもんだが、それには普段に少し演り辛さを感じても限界領域を優先しとくのが得策。
俺連呼のバネ弱もそれが最大の理由だが、最近また新たな発見があったのでそれを次に述べておこう。
次善の策としての輪ゴム利用に変更はないが、Speedkingとの相違はそれだけでは無くならないみたいだ。

それはSpeedkingがバネストロークが極端に短いせいで、ニュートラルポジションでも実は「位置保持力」が意外と強い処だ。
強めバネのペダルでバネ弱化するのに、ニュートラル以前でもうバネが縮み切る設定にする人も居たりする。
この時はニュートラル位置保持力はゼロになるが、そこ迄でなくてもかなり弱まるものだ。

一見手で押して放した後長くブラブラするペダルに動きの良さを感じるし、世間でも良く目にする光景ではある。
が、騙されてはあきまへん!!!。
「不要に動く」のは決して演奏し易く無いんだわ、滑り過ぎるスティックと同じ様なもんでっせ。
時間的余裕があれば無問題だが、不要な逆方向への力は時隔の増加に繋がるだけなのだ。

従兄が最近ツーバスに再挑戦中なんだが、彼は現況Speedkingは1つしか所持してない。
それで他の2つ持ってるペダルで輪ゴム法にしたのを試奏させて貰ったが、何だか踏むのが大変だった。
物は試しで彼のと俺持参のを利用して両足Speedkingにしてみたら、正反対のらぁ~く楽だし不慣れなのにもうフレーズだけを気にしてられるじゃありませんの。

これの俺流分析結果としては、フットボードの不要制御が不要になったってのが結論。
上述のフットボードの「無駄動き」が無くなって、踏んで無い時に神経を使わなくなったからって感じだった。
年寄りの特権かツーバスの歴史も目にして来たが、特に本邦で近年ツインペダルばかりになってるのもこの辺のせいと感じる。

要するに制御したいのは「皮のリバウンドだけ」なのに、ペダルのまで一々面倒診てられっかって事なのだ。
ツインとダブルの演奏上の最大差は、リバウンドにあると感じるのだ。
妙な表現だが「皮の振動ストローク」に着目すると、ツインのは跳ね返る暇と量が半分になるからだ。
これは状況如何(高速)では「戻る前にもう次を打つ」しバネ強ならそっちが勝り、人足に殆どリバウンドが感じられなくなりそうだからなのだ。

しかしそれは太鼓の特権リバウンド活用を放棄するとも云え、限界領域に近付けばやはり差が露呈すると思われる。
知った上で選択する分には良いが、知らないままで余計な苦労をしてるなら損でしかないだろう。

Bass Drum Pedalの踏み方⑮トゥヒール&ヒールトゥ編3

今回は久々の図表シリーズ、って表はもしや初めてか!?。
説明下手が幾ら頑張ってもではあるが読者を混乱させ不眠にする気はないので、せめてもの工夫をしてみた。
是迄断片的になってた各踏み方の比較表を、独善的かも知れぬが作ってみた。
個人的に同種の物を目にした覚えが無いから、何かの参考になれば。

Photo_3
数値化に際し
7段階に統一し切れず速度だけ9段階なのはご愛嬌!?、なるべく違いを表したかった為のやむを得ぬ措置。
各個人の向き不向きや慣れの関係で異論噴出しそうですが、客観的・科学的分析では大体これで合ってる筈です。

一例としてアップヒールは見た目流麗・慣れれば滑らか動作ですが、それは飽く迄奏者側だけの気分であります。
普通に演る分には実際何の制約も感じないでしょうが、果たして極限状態に至っても無変化ですか?。
限界領域に近付くと
方式の差も顕著に表れるもんで、物理的動作が多かったりするとその分高速化は不可能なんです。

なので実感出来る迄は理解し難いでしょうが、ある意味見た目が単純で無骨な演り方の方が応用性が高かったり適応範囲が広いのです。
人の体の動きだって天然状態であれば、求める速度等に応じて自然と違って来てたりしてるんじゃないでしょうか。

各自の目的に対して充足してるなら演り易さで選択して無問題ですが、必要最低限の労力で済む方法を選択した方が将来性・発展性は有望。
余力を上手に活用出来る様になれたら、それまで不可能だった領域も可能になって来るからね。
筆者の場合は頭不足で興味本位な感じだったので体感してから気付くと云う非効率なパターンでしたが、その代り机上の空論じゃないのは最初から明確でした。

またここ迄するなら道具(ペダル・履物等)との適応性も含めるべき処だが、敢えて割愛しとります。
それは現代の標準的ペダルの大多数は偏屈者ばかりだからで、ニーズには適合してる様だが踏み方の選択に自由が無いッ!!。
よぉ~くお考え下され、バチの方でグリップを変えられないのなんてありまっか?。
ピックでなら弾けるけど指じゃ無理なギターとかあるんかいな!?。
何でペダルだけそれで普通なの、それ絶対変でしょ。

ギターだけでヴァイオリン奏法をするには弾く場所とツマミが近い程有利に働くので、
不便でもその為に普段我慢と工夫ってのはある。
弾き方次第では邪魔になったりもするけど、演り難くても「弾けない」にはならない。
ペダルだってせめてそんなんであるべきだと思うんだけどねぇ。

詳細は次回へ譲るがこの様な偏りの強いペダルで踏み方を習得するのは大変な損失で、遠回りする事必至だ。
従兄の先生が本邦の演奏技術の遅れに対して危惧を唱え続けてるが、道具的歴史の浅さも大いに影響してると思われる。

日本に世界的主流太鼓メーカーが沢山あるのは嬉しいが、その反面古いのが簡単に破棄され歴史から学ぶ面ではマイナスに作用してるんじゃあるめぃか。
どうしてこうなって来たかを知れればこっちの必要に応じた使い分けも出来るが、他のがあるのを知らなければ浦島太郎の量産だ。

とても理解し難いかも知れないが筆者はスイベル以外は全て実体験済み、スイベルも表の通り必須ではないので練習に身が入らないのである。
何割が言訳か自分でも不明だが、音的に現状不要なのも事実だ。
カカトを降ろさない足首由来のスライドも下手でも出来はするが、同じ理由で使わないとならない場所が俺には見つからない。

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