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2018年5月

2018年5月29日 (火)

Bass Drum Pedalの踏み方⑦必読・必見「スライド奏法」

これまでスライド奏法に道具選びも大切を書いたが、今回は足のフォームについてだ。
ここで大事な注意点があるんだが、それは一口にスライド奏法と言っても大まかに2種類ある点だ。

要は大元が足首ダブルから派生したのなのか、膝脚利用の俺言い「純スライド」なのかの判別が必要なのだ。

それ次第で演り易いフォームがかなり乖離している。


と威勢良く唱えといて腰砕けだが、前回の「脚の姿勢」について補足ざんす。
曲によって「座り直す」のが不可な場合もあるので、「1つの座り方」(位置)で様々な踏み方が可能な状態を考えてみよう。
脚の重さが掛る理想は脛が垂直ではあるが前出の関節角度の件等も加味すると、実質的には足首が少しだけ膝より前にある位が基準位置だろう。
フットボードの一番手前を使う時でも余計な違和感を避けるには、膝が足首より前に出ない方が演り易いと思う。

でお題へ戻るが簡単な見分け方としては、カカトが上がりっ放しかどうかがポイントで着地しないのが足首由来系だ。

これの土台は足首ダブルで必要な高速を得る為に、それに少しスライドを加えたと考えて良い。

長所は普段からカカトを上げて踏んでたり、足首ダブルの方が得意な人にはやり易い。

また脚の様々な部分を総動員する代わり、各部の動作は相対的にかなり小さくて済む。

短所は速度・パワーの絶対値が純スライドに明確に劣る処で、この方法で連続スライドを演ってる人も俺は知らない。
また強グリップの履物・フットボードでも実施自体に支障はないが、うっかりすると履物とフットボードが擦れて異音を発する懸念が高い。
これは接触面が狭く角度も付いてるので、「接地圧」がどうしても高目となるからだ。
足首系・膝系の両方を同じ軽負担で演れる様になった身からすると、「意識的カカト上げ」は負荷が重いだけで利用価値が無くなっている。

ここでカカト上げ踏みの方がパワフルと多くの人が勘違いしてるが、これに有効性があるとしたら前出俺言い「突っ張り棒効果」程度に限られるだろう。

第1は音色の印象のせいで第2はペダルバネがその奏者の適正に対し実は強過ぎてて、それを邪道な方法で補おうとしている様に見受けられる。

カカト上げっ放しに慣れているととても気付き難いだろうが、完全脱力では上げ続けていられない。


これの程度が軽いにせよ、ダブルを踏む時どうなるのか辿ってみよう。

「カカト上げ用力」を脚上げと同時位に一旦抜いて、短時間の内にもう一度「力を入れ直す」となってるでしょう。

これって往って還って
ってになってる訳で、完全脱力から唯瞬時に力を込める方が合理的だし余力も充分になるのは自明の理で御座居。
そして何よりこの差が限界最高速となれば如実に反映し、それは西洋太鼓の場合「速度反応式」なんで最大音量にも関係するんだよね。


そもそも強く「踏み付ける」にしても「踏む脚の重さ」は掛けられるが、意識と違って「圧力を力によってフットボードに掛ける
のは不可能なのだ。
真にそれを望むなら「腕で天井を押える」でもしないと、「圧力」を支える所が無いんだからさ。
つまり「力を入れる」と云っても高速化の為であって、
割合的に結構な重さのある脚を素早く動作させるのに必要なだけだ。

フットボードとの位置関係上の問題もありそうだが、既にかなりの労力を要してるのも連続スライドへ行けないのと無関係ではあるまい。

だからって俺は必ずしも否定してはいなくて、その人がしたい演奏に充分なのならこの方法を選択するのに何の問題も無いです。

強いて言うならお疲れさんのご苦労さんって位で、何とかカカトを上げ続けなくても所望の音が得られる様になれれば多分その方が楽になれるでしょうけれど。


ここでお馴染みプチ脱線シリーズだが、バスドラの押付け止めに本来どれ位の力が要るのかだ。

音程が低いので皮の振幅(震え巾)は決して小さくはないが、それでもベースの低音弦等と比べたらたかが知れてるのだ。

バスドラは大抵「中心部」へビータで脚でだが、ベースでこの為に一々12フレット(弦の真ん中)の所でミュートしてるのなんか見た事無いんだけど。


現実的には多くの場合
手がどっちも「弦の両端寄り」にある事が多く、真ん中はまず大抵は無理なんだ。
それで
仕方無く弾く方ので抑えるのと同時に、押さえてる方も浮かしたりと苦心惨憺してるのだ。
この浮かすは手と弦はしっかり触れてるが、弦とフレット(フレットレスなら指板)は確実に離さなきゃアカンと中々加減も要する。


それからしたらバスドラ何ぞいとも簡単なもんで、強いて挙げればビータは指より硬いから「跳ね易い」処か。

俺もSpeedking常用前は一時期「止め」に下手に拘って、脚・足まで硬直させたら却ってびり付きが出たって失敗をやらかしてた。
手のバズロールの時「わざと強く押付け」るので細かくバウンドさせてるが、足でだって押付けが強過ぎるとやはり「バズる」のであった。

これの回避にも「ベタ足」は大変有効で、フットボードがSpeedking等でヒール部連動だと尚更だ。
フットボードに対する向きがどっちだろうと「動かなきゃ音は出ない」ので、案外「カカト側」が押さえられるのも活きてるみたいだ。
このタイプじゃない場合でも足裏全体と広範囲で受けられる程柔らかくなり、「余力の吸収」効率が上がる様だ。

そこで俺言い「カカト降ろし」を最近従兄が連呼してる「閉じた柔らかい手」に倣えば、差し詰め「降りた柔らかい脚」と云えよう。

「閉じた柔らかい手」については専門家たるStudioliteのTwitterを見て貰うとして、現時点の俺が感じた最大の利点はバチを落し難くなったと感じている。

要はバチは自由にしてやってるが野放しにはしてないので、必要時に即操縦可能だからなんだろう。


同じ様に足についても足首が自由であれる程、それを「操縦」の為にもっと使える様になるんだよね。

足首ダブル系の場合「足首で鳴らす時」のパワー・速度の向上が見込めて、脚で鳴らすのとの音量差をほぼ解消させられる。
これと脚・足負荷の軽減によって、初めて「連続」も可能になって来る。
更にこれの限界領域に近づいた場合、ホントに「爪先とカカト」で踏む意識にしないと演れなくなる位なのだ。

純スライドの場合「脚は蹴るだけ」でしかも「1回こっきり」なので、1打目後に「自然に爪先が滑る感じ
になってくんなきゃ困る。
もし動作数が増えればその分時間だって掛るから、肝心な「1動作で2音」が無効化して最高速度が低下しちまう。
意識としては先述「足指に多少力を入れ」で「引っ掛かり」の加減をしてて、足首は寧ろ「引っ掛かったのを抜く」方等を担っていると云える。


物理的には蹴る為に足が「空中にある」から「重さが掛ってない」のと、足甲とフットボードの「角度変化」等で抜けている。
であるから足首に余計な力が入ってると、
折角移動してくれてるフットボードに恐らく爪先が付いて行っちゃうだろう。
こうなると角度は鋭角になるし摩擦は減らないしで滑らなくて困るが、最大の難点はフットボードが戻らないからそもそも2打目へ行けない。


詳細では1打目に入る足首力として足甲位置の維持には僅かに使われてそうだが、奏者意識は飽く迄爪先のみである。

鉄砲で標的を撃つのに引き金の指への力何かほぼ無意識で、銃の向きとそれを維持するのに全力を尽くすのと似てる。

足甲とフットボードの実際の角度は履物やペダル等の兼合いで必ずしも固定では無いが、少なくともかなり浅目じゃないと突っかかる。

<つづく>

2018年5月27日 (日)

Bass Drum Pedalの踏み方⑥必読・必見「スライド奏法」

今回漸くスライド奏法とペダルの適正へ入るが、リバウンド活用の観点を含めた検証だ。
俺が文章力に乏しいので重複も多いかも知れぬが、どんなに大幅脱線してても一応無関係では無いのだけご承知頂きたい。
前回最後に記した2打目のフットボードの位置の件だが、超高速連打の為にはバネ力だけではペダルの戻りは間に合わない。

これが手の話しなら誰でも簡単に納得してる筈で、バチの返りは手より皮の反動の方が遥かに速いでしょ。
これ最初に手自体は振り下ろすのに絶対使ってるので、瞬間的に逆転させるのが困難なのもあるよね。
で足ともなるとフットボードを足で「掴む」のは先ず不可能なんだから、実は手より大問題なのはこっちなのだ。

ここから冒頭の重複全開かも知れぬが、大抵はバネが強めの方が戻りも速いと多くの皆さんが誤解されている。
誤解の最大・問題点は「叩いて無い時」の状態しか見て無い処で、予め押しといたフットボードを開放して動きを見てたりしてるでしょ。(普段は俺も!?)
かなりゆっくりとしか踏まないのならばそれも多少は当たりだが、大抵の楽曲内で要する速度ではバネ力等殆ど無意味も同然の速度しか持ち合わせていない。

ペダルにバネが要る理由は飽く迄「1打目の準備」で、それ以降にはホントは寧ろ邪魔者な位なのである。
バスドラヘッドの張りはスネア等より遥かに弱いが、角度が90°近く異なるのにご注意だ。
もう1つビータの角度も
打点時はほぼ垂直で、その重量の殆どはペダルに乗っていてヘッドに影響しない点だ。
要は思いの外リバウンドの影響が大きい、これを先ずは踏まえておこう。

これの「音による」証拠を挙げておくと、指に依らない手の2連よりスライドダブルの方が断然楽々大音量ですな。
手だって究極の脱力が出来てたらかなりの音量が出せるけど、理論的に裏技(指による補助等)無しで1打目より2打目を大きくするのはほぼ無理だ。
だが踏み方もあるにせよ普通の足ダブルは大抵は2打目を大きくするし、その音量も単打と同等だ。

これに先ず必要なのはペダルの充分な戻りで、急ぐので足のストロークが稼げない分余計にビータストロークも必要なのだ。
極論(得意の!?)すれば戻ってないと、そもそも2打目が不可能だしね。
勿論1打目後の脚・足脱力は必然重要だが、それにしたってフットボードに与えられた自由時間はとてつもなく短い。

では超強力バネで戻りを早めるのはどうか!?、これは未検証ではあるが多分「踏む」の自体が遅くなり過ぎで駄目だと思う。
更にクローズで確実に止めるのも困難になるだろうし、恐ろしい怪力の持ち主ですら足首ダブルで難儀するだろう。
是又以前語った気がするが最速は、完全脱力からが鉄則だ。

これらから紐解くとペダル動作は滑らかに越した事は無いが、それより駆動系の重量とバネ強さが問題になる。
加えて極端な強グリップや、短過ぎるフットボードもスライド奏法には向かない。
Speedkingは強グリップと記したが、基本底がツルツルの革靴での使用が前提と思ってしかるべき。
この組合せではグリップは至って普通で、それが為そもそもスライド奏法の実用もSpeedkingに依るのが多い訳だ。

近年のペダルは脚上げ苦手な現代人に忖度してか、はたまた脚が乗ったままでもオープンに出来る為かバネ強が多い。
しかし決して全てと云う訳では無く、物によってはスライド奏法を強く考慮したらしき設計のも存在している。
残念乍らバネの具体的強度については、俺と奇特な読者諸君との環境整合が難しそうなので上手く提示出来ない。

これについては今後要望があれば足太鼓教室何ぞ実施する積りでいるが、取敢えずの基準としてなら普通設定のSpeedkingと比較するのも手だ。
かなり大雑把だがバネ強さが似たり寄ったりならそれはスライド可能なペダルで、幾らバネを弱めても倍以上だったら不向きだ。
繰返しになってしまうが個人差も大きいが、リバウンド活用に脱力が重要なのは何も手だけでは無い。

足もそうだしペダルもそうで、これは国際共通規格みたいなもんだ。
バスドラペダルの「普通のショット」を今一度振返ると、音を鳴らす寸前にペダルはどういう位置にあるかだ。
ニュートラル位置からではなく、反位(打点と正反対)からの始動だ。
この時バネ力は脚に加担してくれるが今はスライドの話しなので、今度はその2打目寸前の状況へ目を向けてみよう。

バネの強過ぎはリバウンドには抵抗勢力でしか無くお邪魔虫、クドさついでで「手やスティックにバネなんか付いてるかよ」でありんす。
通常単打時の脚上げによる反位化は不可能だしね、大体極短時間にせよ足とフットボードは離ればなれの他人の関係。
奏者なのにこの時は一切操作に関与出来ないと云う…。

更にダメ押し気味だが体験を披露しとくと、
①並設定Speedking(友達の)+初心者の俺=スライドのキッカケ掴む
②スライド可能初期は
他ペダルのバネ強めが良さげに感じたが
③マトモに踏める様になってみたらバネ最弱一択
と云った経路を辿った。

<つづく>

2018年5月26日 (土)

Bass Drum Pedalの踏み方➄必読・必見「スライド奏法」

スライド奏法に適した環境とはどんなものか、今回はこれの内イス高さについてだ。
現代の多くのドラマーは手に関してはリバウンド活用がお盛んな様だが、足に関しては消極的と俺には感じられる。
筆者は本職がエレキベースのせいか、それの勿体無さをより強く感じてしまう。
他の多くの楽器では多少の反発力があっても演奏に活用するのは殆ど不可で、リバウンドは太鼓の特権かも知れない。

俺言い「膝由来のスライド」はある意味で、足のリバウンド活用の登竜門の様に思えるのだ。

さて普通はペダルの適正から語られる処だが、敢えてイスと姿勢の詳細について先に述べるとしよう。
実は個人的に50になる迄はイスはずっと低目で、太股がほぼ水平位であった。
だが手の指活用即ちリバウンド活用の為には不都合な姿勢で、従兄の先生の指導から思い切って高くしている。
とは言っても足首を目一杯上げた時に腿が水平になる程度で、「旧標準!?的高さ」としただけだ。

以前何処かで書いた気もするので重複気味だがそう、丁度Johnny吉長位で
カカトを降ろしっ放しにしてる様なもんだ。
彼は何時
もカカトを目一杯上げてるのをずっと見落してたので、低いと勘違いしてたアレだ。
Ian PaiceやJeff Porcaro等も常時カカト上げスタイルの様だが、その場合余程の胴長体型とかじゃない限り低過ぎたら肘と膝がケンカするだけだ。

BONZOや俺(並記に違和感もお有りでせうが…)みたいに通常時カカト降りの場合上記よりは低くても平気だが、連続スライドや連続足首ダブルの都合に合わせると結局は先述「旧標準」位の高さが具合が良い。
これは脚を上げてる時間が長くなるのと、膝の角度が90°より大きいままで済む方が楽な事によっている。
例によって個人差は不明だがしゃがんだのから中腰へより、イスから立ち上がる方が楽なのに近いとでも思って貰えればかな。

膝由来スライドは最初の内は太鼓から遠目に座るのがやり易く感じられる人が多そうで、大昔の自分もその口だった。
しかしそれだと腕長な俺でも上体が前傾気味となり、「脚上げ時間の延長」には不利となる。
また限界速連続足首ダブルはフットボードの奥で踏める程有利なので、これも遠目に座っていてはとても困難となる。

これらを纏めると低く遠くより高く近くの方が足には好都合な様で、とどのつまり「足はスティックを持って無い」からと思うのが良さそうだ。
また座り位置にはペダルの形状も影響するが、Speedkingみたいにコンパクトだと自動的により太鼓に近づく事になる。
尤も「細かい事」もしたいのなら巨大でヘヴィ―なペダルは不向きなので、どの道「近目」になるだろう。

この「
ヘヴィ―さ」の度合いについては強い大きい音の方の絶対値は微妙だが、技術があれば大抵はカバー出来る。
問題は弱いとか極端に速いのの方で、これはバスはバイクみたいにスリ抜けたり小回りが利かないのを思い浮かべて欲しい。
これはある程度ビータにも言える事で、
ヘヴィ―なビータが有効なのは「速度が遅い内」だけだ。
西洋太鼓はバチだろうがビータだろうが、所詮和太鼓のそれと比べたら「わざわざライト」にしてあるのも思い出すのだ。

元の設計が「元は」パワーは速度でと云う仕様なのだから、圧力的力より速度的力に磨きを掛ける方が有効性が高そうだ。
以前の拙ブログでの「リンゴ踏み」等が、足でのこれの証拠だ。
Speedkingでだと踏み方に若干のコツは要るが、非力な従兄が彼所持の他のゴツイペダルでよりいとも簡単に爆音化したんだからね。

そしてパワーの点でも膝は縮まりよりは伸び気味の方が実は有利で、
大凡90°を境に俺言い「突っ張り棒効果」とでもしとこうか。
90°以下だと関節の「その角度」自体の維持にも力が要るが、90°以上だと殆ど要らなくなる感じがしませんか!?。
なので膝を使うには広角の方が有利で、特に頻度か高い場合だったらほぼ絶対的と言っても過言でない。

スライド奏法も充分な習得がなされればこの「イス制限!?」も緩和しそうだし、更に十二分ともなれたらどんな状態でも可能かも知れない。
それでも「その時点での最高速・最多回数」を発揮させるとなれば、多分どんなに上手く成れてても「振出しに戻る」となる。
だから少なくともスライド奏法の練習開始時はイス低過ぎを避けるのが賢明で、もしかしたらそのせいで何時まで経っても上手く出来てない可能性がある。

話の順番としては大分おかしくなってしまうが、スライド奏法の何処がリバウンドを使っているか明かしておこう。
それはズバリ、
2打目寸前のフットボードの位置だ
詳細は次回へ譲るが、実際俺はバネ最弱じゃなければデモ動画の程速くは出来ないのだ。
この面からも「脚が逃げ易い」方が有利で、イスは低目より高目推奨となる。

<つづく>

2018年5月24日 (木)

Bass Drum Pedalの踏み方④必読・必見「スライド奏法」

今回は履物とフットボードにフォーカスするが、最初はSpeedkingからだ。
俺の体験で最初にスライド奏法のキッカケを掴んだのがコレだったが、実際に所有出来るのには30年弱も掛かってしまった。
ペダルの方は主に色が変った程度だったが、人間の方は中学生が50絡みのオヤジへと別人並の劇的変貌を遂げていた。
導入当初はそのせいで踏み難くなったのかと勘違いした位だが、実際は他ペダルで付いた癖と履物が原因だったと判明した。

前回提示した「履物グリップ度の変貌」だが、これの根原を俺は「履き替え省略」だと勝手な推察をしてる。
昔だって全く滑らないのとか完全防水の靴もあったけれど、今との最大差は全く滑るのとか湿るのさえ駄目なのもあった処と感じる。
今スーツのサラリーマンは台風でも普段と大差ない格好が多いが、かつてそんな時はスーツにゴム長靴なんてのも結構居たんだ。

俺の現宅完成当時は私道だったのもあるにしても、家の前の道路が無舗装の砂利道だったんだ。
これでも東京杉並で京王線・井の頭線沿線だし、環8と中央・首都高も手が届きそうな位近くで轟音を発してる様な立地なのにだ。
こんな具合だったから例え完全防水でも、土砂降り等の日は泥汚れは免れない。
なのでオフィス等泥と無縁の場所へこれの持込みを避けるには、履き替えてしまうのが効果的だったのだ。

またオフィスのピカピカの床で滑るのは恰好悪いが、大袈裟なギザギザ模様の靴底は「未舗装用」を想像させて不都合だったりもしたのだ。
だからスーツにリュックなんか背負ってるのや、スポーツ系自転車に乗るのも昔だったらアウト。
服は背広(スーツの旧称・死語!?)でもそれはどっかで拾ったばっかりで、ホントはコイツ浮浪者(ホームレスの旧称
・死語!?)か何かかと疑われ兼ねない雰囲気だった。

例の如く余計な前置きが長くなったが、それだけ履物全般が滑らなくなったと思う。
ペダル側の変遷はどうかと云うと、かなり最近迄は滑らない方向のが主だった感じだ。
中でもSpeedkingは誕生当時は舞台では正装が基準だった感じだから、滑り止めはペダル側だけでの設定だっただろう。
見た目以上に実はかなり滑り難いフットボードで、下手すると近年のオフロード車のタイヤみたいな模様のさえ上回っていそうだ。

俺の場合職業と経済の都合もあって底ツルツルの靴が未入手なので、宅外での使用時さえ遂に裸足となっている。
しかし
Speedkingは上記の如く滑らなくても凹凸は浅いので、足裏にダメージが出る事は現況一切発生していない。
痛くするとしたら無理して踏み損ねた時足指を他のペダルより間隔の狭い支柱にぶつけた時とか、フットボードの穴部分に引っ掛けちゃった時位だ。
それでも支柱は丸いしフットボードは動けるから、力が逃げてくれ突き指等の心配は無い。

次に
Speedking以外ののフットボードについてだが、若者にとっての昔位の時期のだと靴側での対応が要りそうだ。
近年のだと物によってスライドを想定した設計のもあるみたいで、Jo Jo Mayerの等は言わばツルッパゲになっている。
スライドには基本的にどちらかが完全グリップ仕様だと厳しく、面倒でもグリップは足指力に頼るのが適してる様だ。

そうしとかないと加減可能巾が減る訳で、スライドの中でだってそれなりに速度差があったりするからなのだ。
湿度等の環境条件が一般的な場合、速度によって引っ掛かり具合も変化する。
速い程フットボードは良く動いてくれるし、自然と滑らせ易くなる。
逆にスライドが適さない程の遅速ともなるとフットボードは殆ど動かないし、最早滑らなくなってそこで止まってそれっきりだ。

現況でスライドが苦手な人は、先ずは「底が滑りそう」な履物の入手がお勧めだし出発点と思って欲しい。
爪先が完全脱力でも引っ掛かるんだとスライドは不可能で、それは人のせいでは無く1に履物2にペダルが原因だと断言出来る。
太鼓のブラシを使った奏法にツルツルヘッドでは駄目なのと逆向きに似てて、スライドにザラザラゴツゴツは流石に無理だ。

最後に速度について記しておくが、普通の練習と違いゆっくり過ぎたら絶対に出来ない。
手だと
バズロール(プッシュロール)何かがやはりゆっくり過ぎたら無理で、1打目とそれ以降の間隔がある程度以下の短時間内でしか成立せんのでね。
遅く出来るのはスライドダブルではテンポじゃなく頻度、つまり登場間隔なら幾ら長くしても大丈夫だぁ~。

<まだしつこくつづく>

Bass Drum Pedalの踏み方③必読・必見「スライド奏法」

毎度何でも偶然の発見ばかりだけれど、兎に角スライドダブルは「膝と脚」で鳴らしてるのが判明して来た。
ペダルに触れるのは爪先でも「動かす元は膝」が欠けてたせいで、これまでスライド奏法を不明確にしてたと思われる。
爪先をフットボードに触れさせようとする時、普通は足首を使って足の甲を下げる方が簡単だものね。
だけどそれじゃあ俺言い「足首ダブル」になるだけで、飛躍的高速化は困難だ。

さてここでそれでも問題となるのは脚とフットボードの「向きの違い」で、膝で脛から下を動かして「足は前へ蹴る」がフットボードは「上下にしか動かせない」処だ。
フットボードに大抵は「奥上がり」の傾斜が付いてるから、「当てる」のだけなら何とか可能だ。
でも下じゃなく前へだけだと幾らも動かない筈で、何故「前蹴り」でフットボードを押下げられるかの検証が要る。

第一ポイント:爪先は「何処から来るか」
奏者本人意識は飽く迄「前へ」であるが、実際は少し斜め上から爪先はやって来る。
スライドさせるにはその為のマージンが要るので、多くの場合は通常踏む位置より手前を狙う。
この時
「マトモな座り位置」が確保出来てたなら、通常踏み位置が「単純に脚を落したら踏める」様な位置関係となってるだろう。

そもそもこの「姿勢」は脚の重さを無駄無く全部フットボードに掛けるのに大切で、脛が垂直にならず傾く程「パワーロス」が生じるのだ。
なので「膝はいつもと同じ場所」から踏む場所を「普段より手前・意図的に爪先」としたなら、「足」は自動的に斜め上の後ろから発進する事になるのだ。

第二ポイント:1打目後は滑らせるが…
1打目を鳴らすには、瞬間的に爪先がフットボードに「引っ掛かる」のが必要。
そもそも力学的ベクトル方向からすれば「前へ」で「下へ」は異常で、この辺もスライドを難解にしてると思われる。
少々理屈に反した作用だが、兎に角「わざとちょっと引っ掛ける」のだ。
この時の引っ掛かって生じたエネルギーの行く末はと云うと、結果的に「動ける方へ」流れるしか無くフットボードの押下げとなって表れるのだ。

3種類の踏み方が一応でも出来る様になると良く分って来るんだが、基本的にスライドは高速用だ。
低速時は単打の連続で賄え、中速時にはタイミングの取り易さから足首ダブルが適している。
だからスライドは「蹴り」も高速で、爪先からフットボードへ掛る力も
「衝撃的」となる。
つまり「速度由来のパワー」で勢いが凄いから直には止まらなく、これが2打目への布石に繋がっている。

ではどうやって「引っ掛ける」かだが、結論的には「足指の力」によっている。
人が何かを足の爪先で「突こう」とした時、普通は自然と爪先に少し力が入ってる筈だ。
もし爪先ヘロヘロだったら「突いた力」を、足指関節が動いて「吸収」し無効化しちまうからだ。
ペダル相手では必要に応じてそれだけでは不足な場合もあるが、基本としては爪先が他の動きに負けず「形を保つ」処にある。

足裏の状態とフットボードのデザイン等次第で「摩擦係数」は千差万別だが、スライドに必要なのは「引っ掛かるが滑る」という加減だ。
但しこの「滑る」はフットボードが少し下へ動いたらで、「押付け圧力」によって「一時的」に引っ掛かってるって事だ。
また爪先力の意識は極力「演奏の加減」のみへ振向けたいので、先ずは「最適摩擦係数」環境の構築・模索が大前提となる。

現代で一番考慮を要するのは足側で、どんな履物でも最近はどれも「滑り難く」なってるからだ。
歩いたり走ったりするのにはこれは通常必須だが、特定条件下では不便を来すものだ。
バスドラ以外でも自動車のペダル等も実は該当部分があり、横滑りは困るが「縦不要グリップ」は微妙な加減をするのには不具合なのだ。

ラリードライバーのヒール&トウは例外だが、普通は履物カカト支点で爪先稼働で踏みを加減するからだ。
今の多くの車では余程強く踏む時以外は、脚の重さまでペダルに掛っては「踏み過ぎ」になっちまう。
それには重さは床へ逃がす必要があるし、太鼓より低く座っててペダル操作の度に脚を空中へ上げるのは困難極まりない。

ところで多くの車ペダルは支点が上となってるので、人足とは真逆になる。
なので余計にペダル踏面と履物裏の上下
方向変位が拡大し、爪先側がスライドさせられないとカカト支点が保持出来なくなる。
無理にスライドさせるには本来より余計な力を要し、そうなると今度は踏み過ぎとなって加減がし辛くなるのだ。

近年頻発してる車の「踏み間違い事故」も、もしかしたらグリップし過ぎるペダルと履物のせいかも知れぬ。
足位置の少しのズレで「意図せぬペダル」に引っ掛かり、滑らなさ過ぎるせいでそのまま踏まれている様なケースもあったりしそうな気がする。

<つづく>

Bass Drum Pedalの踏み方②必読・必見「スライド奏法」

今回は新たな観点からスライド奏法の演り方を解説、人によって向き不向きはあるけれどご参考にどうぞ。
その前に以前に触れたと思うけど、一口に
スライド奏法と言っても大まかに2種類の原理があるのをお忘れなく。
1つは足首と脚で
それぞれ1打の俺言い「足首ダブル」、もう1つがかなり大袈裟に足を奥へ滑らせる感じの「スライド」だが今一度この種類関連から行ってみよう。

最初はどちらか一方がやり易い場合が多い様で、前回比較した手の場合とそこも似てると感じる。
俺は以前「足首ダブル」(足首と脚でそれぞれ1打)は不可だったが、スライドは最初から簡単に楽に出来た。
人によっては逆もある様で従兄の太鼓の先生がそうだが、彼は両利きだが本来の左でだとそうなっている。

手も俺は指を使うのが苦手で従兄は大得意、彼のIan Paiceばりの超速シングルストロークは未だに羨ましい限りだ。
身内のよしみで只で教わり練習だってそれなりにしているが、悲しいかな手首や腕だけで叩くのと幾らも違いやしない。
それが脚になると逆転して今更の連続スライドなんぞが偶然出来ちまったもんだから、下剋上極まりないが最近俺が従兄にスライドを教える羽目になった。

だがこっちは彼と比べたら教師業の経験がとても浅いし、とりたててやろうとしなくても出来ちゃったスライドだ。
自分にとってスライドは単に速い連打をしようとした結果で、Speedking以前は寧ろそれ以外が不可だった。
世間を見回してもスライドは足首ダブルと違って、確かに誰にでもハッキリ分かる説明が見当たらない。

そこでせめて「脚の動かす感覚」だけでも伝えようとして、先週から次の図の様な方法を従兄に実験台になって貰っている。
従兄の場合は足首が得意なせいかどうしてもそっち寄りになってて、これを脱却し無い限り俺言い「純スライド」へは辿り着けない。
それで全然詳しく無いが確かタップダンスでこんなのがあった気がして、そこからやって貰っている。

1

例によって妙ちくりんな略図だが赤点が支点で水丸が何故か膝、大事なのは床と足の「当たる」場所である。
最初は敢えてペダルからは離れて平らな固目の床に立ちますが、姿勢は「自然体の気を付け」位に真直ぐで。
タップが好きな方ツーバスの方は別として今回のはダンスじゃないから、通常はバスドラ側の脚だけで結構です。

①1打目:単に爪先で床を蹴る
②2打目:その体勢のままからカカトで床を蹴る
本人意識はたったこれだけだから、とっても簡単でしょう!?。
でそれが傍目にはどうなってるかってぇのが上図で、爪先時は足の甲の長さのせいで自然と膝が少し上がってるね。
でもカカトの時は体を支えてる反対の脚とほぼ同じ長さになるので、自然と膝は下がってるな。

これを着席してペダル上で上手く再現出来たれば、あら不思議「
スライド奏法」の完成だなんてね。(怪しげですがこれが真実なので御座居ます)
「スライド由来の」スライド奏法は一見「滑らせる」でそれは間違いじゃないけど、最大の
特徴は脚は1踏みなのに音が2つ。(膝は1回しか動かない)
これが「足首由来の」スライドなら僅かだが、
膝が2回上下するのが決定的な相違・判別点だす。

そして前回手比較を論じたのは各奏法の「使い分け」も同様だからで、それぞれに適否があるがそれは拙ブログ「50歳からのSpeedking(ペダルの話)」も参照願います。

今回はメカニズム的視点から解析するが、それにはどうしたら連打間隔を短く出来るのかを考える事になる。

人の手足の速度等幾ら個人差があると云っても、ロボットのそれと比べりゃタカが知れてるのだ。


ではどうするかってぇと極力「1つの動作」を小さくして、開始から終了までの掛る時間を縮小して行くしかない。

それが手であれば「なるべくバチにだけ沢山動いて貰う」で、足のそれだとビータさえブンブン振れてくれれば良いとなる。

だが極論だと手持ちなら持ち方変更等で「バチの有効長」を変化させられるが、足ではせいぜいフットボードの位置でそのストロークを変える位しか不可能だ。


それで仕方無いから脚の色々な場所を同時にちょっとづつ動かして補ってるのが、足首ダブル由来のスライドなのだ。

つまり脚と膝の微動が足首に加担した形と言う按配で真に結構な高等技術であるが、「同じ場所」を使う事となっている。

一方で勘の良い方はもうお気付きかも知れんですが
「純スライド」は膝と脚をそれぞれ1回づつ「単独で」動かしてるのでありんす。

これが足首オンリーだと回数は楽に稼げるが、どうしたって「時間が割と掛る」からだ。

これホントに「足首を1回下げる」
だけだとそうでもないが、脚と足首のどちらが先にせよ「足首じゃない時」の為に「上げなきゃならない」からなのよ。
だってもし「足首下がりっ放し」だとフットボードも下がりっ放しで、次が踏めなくなるからねえ。

<つづく>

2018年5月20日 (日)

Bass Drum Pedalの踏み方①「手との比較」

概述の如く俺はSpeedkingの使用によって、自分では勝手に開眼したと思っている。
ぐらい本当に今迄見えてなかった事が一気に見えて来て、右足(筆者太鼓は右利き)に関しては所謂スイベル奏法以外は不自由せずに済む様になれた。
瓢箪から駒状態の
偶然でしかないので偉そうに語ってはオカシイけれども、取敢えず気が付いてしまったのは確かなのだ。
今一度もう少し系統立てて、脚奏法と手の奏法を比べてみたい。

太鼓の演奏では基本的には「手と足は一緒」としつこく唱えてるが、そのきっかけこそが「やたらと軽い」Speedkingなのだ。
難しいのとか速いのでなく「普通に叩く」時、普通のバチを振るのに一々重いとか誰も感じないですよねぇ。
それって自由に叩ける様になるべく「無意識で扱える様なスティック」を選んでるのも大いにある筈で、慣れだけのせいで労力レスに感じてるんじゃないと思うんだよねえ。

これを踏まえて手足比較に入るが最初は相違点で、手と皮の間はスティックだけだが足の方は間が1つ多いともみなせる処。
ペダルとビータをまとめて捉えるか否かによっては、ここが違っている。
次に肉体側をみると今度は逆で手との比較だと、足指だけでは殆ど音は出せないのでこっちが1つ少ないともみなせる。
肉体と物体の違いはあるが、結局奏者本体と皮の間に「2つ入る」のは一緒だ。

実際には幾らバネ最弱Speedkingでもバチ振りよりは力が要るが、ほぼ殆どの場合脚は腕の大凡3倍の力があるんだそうだ。
指については長さも随分違うけれど、それ以上に腿や脛の力に対してだと足指力等微々たるもんなのの影響が大きいだろう。
なので「音を出せる物」としては足指はノーカウントで、その代役がペダル本体と考えると両者メカニズムはかなり類似とみなせるのだ。

更に深読み!?して行くと
Speedkingの誕生前夜頃は、「大太鼓も手で叩く」方が当たり前だった点が気になる。
「脚で演る」にしても「使う人」はそれ迄「手でしか」演った事が無いんだから、何がやれるかの基準は必然的に「手で」になるのだ。
つまり多少の慣れを要するにせよ「大体一通り演れそう」な感じじゃないと、誰にも買っては貰え無さそうだった筈なのである。

ここから奏法の比較へ進むが、この様な視点から眺めてみたら見事に相当するのが両者にあるのに気付いてしまった。
では手の方を基に簡単に羅列してみるので、ご覧あれ。
 ①タップストローク:スティックを打面に落すだけ
  →フットボードから足が離れない短距離で踏む:人や場合によって足首
   だけ・脚だけ・両方を僅かづつの差はありそうだが、踏むと言うより
   ちょっとだけ足又は脚を浮かすだけ。
 ②フィンガーストローク:皮の反動を利用するが指でバチを操る
  →出せる最大音量の観点からだと個人差はあるにしても、これはやはり
   足首踏みだろう。
 ③ダブルストローク(腕振り一回で2音):基本的なのは腕と手首で1回ずつ
  →脚と足首で1回ずつで、俺言い「足首ダブル」。(順不同)
 ④短間隔の2つ打ち(指では間に合わないもの):バチを皮に押付けて極短時
  間に「バウンド」させる
  →爪先をフットボードに
押付けて極短時間に「バウンド」させる、俺言
   い「スライドダブル」。


現在では一般的にどう解釈されてるのかは知らないが、足技のルーツに
Speedkingが大いに関与してるのは疑い様の無い事実であろう。
同じゴールを目指しても途中経路は人それぞれ、多岐多様なので誰にでも当て嵌まるとは言切れ無い。
でも少なくとも俺にとってはこの発想が画期的に役立っていて、しかも右足のみならず太鼓演奏法全体に影響してる様に感じる。

例によって順番が変態的
かも知れないが、イスに迄それが及んだ。
宅には古くて表面がひび割れ・クッションが薄くて硬く・座面が小さ目のしかなくて、ずっとグレードアップの機会を伺っていた。
演奏姿勢や一時期は適正体重超過等の問題があったせいかも知れんが、兎に角居住性を何とかしたかったのだ。

ところが
Speedking導入から色々試行して行くと、是又少なくとも俺にはひび割れ以外は却ってこの古安イスの方が好都合になったのだ。
じっとして動かない場合は現代的なリッチなイスは快適そのものだし、重心位置が何処へ行っても影響が少ないのも優れてはいる。
だが
Speedkingの都合と長目腕とセットの整合性の為「腿の傾斜」がハッキリ見て取れる高さにしたら、大きい座面が腿裏に干渉して駄目になった。

この件の最初は俺の変な体系がキッカケで、「手の都合」に合わすなら上げないと無理と従兄から教わった処からだった。
胴が短く肩が下がってる割に腕が長いので、座ると腰骨と肘の間が殆ど無いッ!。
その上ちっとも細く無いので、極力腿と肘を遠ざける必要があったんだわ。
脚も
Speedkingになって以前より少し高く上げる事が増えたもんだから、尚更マージンが要る様になって来た。

従兄の所の今のイスの座面は微動だにしない設定も可能なんで、最初は腿裏干渉が無くなる位置へ浅く掛ける策を講じてみた。
だがクッションからの反力がどうしても「後ろから前」への方が強くなり、脚上げ負担が増加するし重心がグラつく。
連続スライドを安定して演るには脚が上がりっ放しになるから、
極力イスの「軸上」へ重心が保てないと困るのだ。

じっとしてるならフカフカで自由な座り方が出来るのが良いが、「作業の為の土台」としては居住性より作業性が優先って事らしい。
つまり座り心地は最低限で我慢してでも、「基準点」の絶対安定確保が必須って訳だ。
今更だが考えてみりゃ高さ自在のピアノ用のイス、あれのクッションなんかパイプイスより薄くて小さいのにこれと云って文句を耳にした試しは無かったっけね。

<つづく>

2018年5月14日 (月)

COMODO Internet Security Premium 10 Update ErrorⅡ

宅のXPでのCOMODO運用は取敢えず白旗挫折、自分なりに色々試行したけれど結局Updateが不能だった。
8.1とのデュアルOS機ではそれ以前で上書き不能・正規のアンインストールも不能、原因不明で
仕方無く「人力削除」を実施。
もう1台のXP単独機では上書き再入れは無事に出来たが、どうやってもやはりUpdateが機能せず仕舞い。

詳しい人だともっとやり様もありそうだけど、俺的には何時までもそれだけに取り掛かってもいられないので一旦終りにしとこう。
それと言うのも何か1つでも「普通の事が普通に行かなくなった」場合、経験的に大抵他も「タダでは済まなくなって来てる」だろうからだ。
これらXP機は極一部のソフトウェア更新以外は、「外部不接続」使用も
前提としてあるし。

現状単独機の方はウイルスデータベースが古いままでは無意味なのでInternet Securityはアンインストールし、Firewallのみを残す。
宅内若しくは更新のみだと通信先が特定ののみなので
「それ以外」はシャットアウトにと、この程度なら俺でも問題無く設定出来て機能が保たれるからね。
デュアルOS機の方はそもそも「COMODO物」の出し入れ不能状態から脱せずにいるので降参したが、これも気になった時は8.1側からスキャンしたり出来る前提があっての事だ。

参考としてここに至った経緯概略を記すが、宅では経済事情等でOSは割とサポート期限ギリギリ迄の使用となっている。
OS自体は過去に偽物を掴まされ2年しか使用出来なかった失敗もあり、少なくとも販売中のは「正規購入」一押しだ。
しかしPC導入が中古機からだった流れもあってハード側が最新非対応だったりして、「併売」期間中は非効率でも古い方にせざるを得ない事も多々だった。

それでMeから始まりXP時代が長かったので、言わばその残り物活用なのだ。
今のWeb環境ではセキュリティ面のみならず動画(広告含む)の重さもあって、XPでのネット閲覧は色々と無理がある。
だがスマホ全盛なのもあってか特に音楽関係の「本格的に使える」ソフトが、現行OS対応のフリー物に良いのが余り見つからないのだ。
しかも道具として有効化するにはかなり習熟時間も要るので、お金を掛けて悪戦苦闘してる間に新OSへなんてのに巻き込まれちゃたまんない。

また「普通のPC」はホームコンピュータだから音楽で業務用とするには通常使用では何かと不都合も多く、ネットに繋がってて便利なのは録ったのを送る時位だけ。
下手に通信可能状態にしてるとその関係で不要動作を勝手にしたりするから、精神衛生上も落ち着かないのだ。
それには「邪魔が入る余地」を廃するのが一番で、裏を返せば「繋がらない」位の方が好都合なのだ。

フルHD動画でも撮ろうとすれば今でもネットに繋げる位の性能が必要だが、それさえ妥協すれば「お古」でも事足りるのである。
被写体が汚いチビオヤジなので現況そこへコストを掛けても、残念だがYouTuber生活等夢のまた夢なのは自明の理。
しかしかつてはXPでネットもだったので入れられるフリー物がある内は、継続的にセキュリティソフトも入れてたってのが実情だ。

ネット接続機には多少はハードの知識が要るけれど、上手く中古PCを探せれば結構安価で購入可能だ。
現に宅の家族用のはAMDだがクワッドコアCPUの中古品で、本体自体は3万位で充分実用になっている。
それより注意が必要と思うのはOSのインストール
メディアがあるかどうかで、そのままでは運用に部品不足があるかどうか等より大問題だ。
またこの
メディアは内容が内容なので、CDやDVDのROM等の様に「間違っても消せない」方が良い。

普通OS付属PCにはその分の値段が含まれてるが、運悪く短期間でハード側が逝った時にメディア無しだとそれも一緒にパーになるからだ。
しかも悪い業者提供品だとOSの再認証が不可な場合も想定されるので、ハードは格安中古でも現行OSならそっちは新品正規品購入がお勧め。
先に少し触れた俺失敗はXP終了時の際の事故!?で、まだ本家で販売中の8.1を2台目のだからとケチった結果だった。

で事故内容は買ってすぐの時認証されたのが、2年後には認証が通らなくなった。
後で詳しく調べたらどうやら違法複製品だったらしく、ディスクの細かいディテールが本家の違ってたッ!!。
でも購入時点では本家の詳細画像掲載されたページが未発見かまだ無くて、確実に見極める手段が無かったのだ。
しかも最初はスンナリ認証が通ってたので、ちっとも疑わ(え)なかったんだ。

まあとても苦しい言い訳に過ぎないがそれでもディスクで買ったので、入れられるかどうかのテスト位にはまだ少しは使えそうだ。
もし偽造コピー等の上ディスクも無かったら不慮の故障等で入れ直したい時それが無理だし、PCを複数所持してても転用も一切効かない。
だが大抵「OS付属価格」はそれに見合う程安く無く、「入れる手間賃」も含まれてるからだろう。

資金があればこんなのは余計な苦労だろうが、こう云う理由でハードよりソフトよりもOSだけはケチっちゃ駄目と知った。
場合によって再認証が要るけれどハードは後からでも更新可能だし、元々HDDや電源等は本体程は長持ちしないもんだ。
土地をOS・マザーボードを母屋と例えると、土地持ちで母屋さえしっかりしてれば増改築も自由になるって寸法に御座居。

2018年5月11日 (金)

COMODO Internet Security Premium 10 Update Error

ネット検索で記事が皆無だったので、勇気を出して記すとした。
宅ではWINDOWS 10と8.1とXPでこれを利用中で特に問題無かったのが、
8.1とXPで5/10(木)になって突如Update Errorが出た。
現状まだXPの分は未解決だが、8.1は最新版のインストーラを本家から入手・上書きで何とか機能が復活した様だ。
フリーソフトなのでこれ自体も微妙だが、タイミング的にはMicrosoftの更新後なのでこっちもかなり怪しい。

今回のMS更新がNetframework4のなので、ネット通信に大いに関係してるから怪しい。
Error内容としてはCOMODOのDatabase Siteへの接続が不可になったと出てて、当初はサイトのメンテナンスも疑ったので暫く様子を見ていた。
しかし日が暮れても一向に改善しないので、PC内の「プログラムと機能」からの修復を試したが宅では不可だった。

COMODO自体は前日も使用してて確実に「最新の状態」になってたが、どっちのせいにせよどうやらアドレスが不作為に書き換わったか消されたみたいだ。
詳しい人なら「その部分の修正」でも対処可能かも知れないが、残念乍らこっちはそこまで詳しくないので上書き入れ直しとなった。

因みに
XP機ではWeb閲覧等は一切しないが、PCネットワーク上の都合で10や8.1と共通のLANルータへ繋いでいる。
それと色々な更新関係では例えサポート終了OSでも、ほぼネット経由となるので
COMODOを入れている。
尤もそもそも
XPの内の1台は、8.1とデュアルブートになってるが…。

こちらの欲しい記事では無かったがMS更新の実情レポートみたいなのによれば、「外部からの安全優先」でまだ不完全なのでも取敢えず更新通知が来たりしてるらしい。
でも変な菌にうっかり感染しては手遅れなので、気乗りしなくても更新は躊躇しない事にしている。
「後の手間」に対しBeta版ならそう明記して欲しい処でMSの「悪いプライド」のせいと感じるが、敵に不完全なのがバレても困るのは確かだ。

今これを書いてるのが上記のデュアルOS機なので未だ未確認だが、これのXPへ何故か
Netframework4関連の更新通知があって一応実施はした。
確かXPへは3までしか入らないとどっかで読んだけど、兎に角一応は成功の表示が出ていた。
単独OSのには通知が来てないので、或はこのPC内に8.1関係のファイル等があったせいなのかも知れない。

この単独XP機にはネット接続の問題で本家最新
On Line版インストーラが不稼働で困ってるが、後日スタンドアローン版を試す積り。
デュアル機もまだ再投入は出来て無いのでどうなるか不明だが、出来れば無事に稼働して貰いたい処。
そう云えば以前COMODOはプログラム自体の大幅更新時に、やはり類似トラブルがあったのを思い出したよ。
あの時も結局「入れ直し」でしか解決しなかったっけねぇ。

2018年5月 7日 (月)

コンプレッサー(リミッター)の話し④

実際のコンプの「かかり具合」がどんなものか、どちらかと云うと音響屋の立場から経験談を記して行こう。
楽器Ampの手前若しくはLoopにコンプがある時なら平気なのが、録ったのに掛けるとなると様相が異なって来る。
加えてPAでの使用では更に違って来るが、それも常設のとそうでないのでもまた違う。
只基本としては前で掛けるの程一般的には音色目的だけでも良く、後ろで掛けるの程音量目的を重点としなくてはならなくなる。

今回は未出のPAでのを先に書くが、そもそもは「機材の破損防止」が最優先。
なのでコンプってより実質はリミッタとなるが、アナログだけの昔は今と比べたら「コンプ」な処への注意が必要だった。
前述の通りアナログではAttack Time0秒が不可なので、人耳では間に合ってる様に聴こえても電気的には「ど頭は漏れ」ちゃってたりするのだ。
限界に近い領域で鳴らしてる場合にこれだと、運が悪けりゃ死ぬだけさになる。

これが下手に録音の方を先に経験してると厄介で、同じリミッティングでも正反対に注意しないとならなかった。
アナログ録音だってレベルオーバーさせりゃ歪むけれど、記録媒体に「明確な限界点」が無いので多少は許容出来たからだ。
つまり限界点到達前から既に歪み始めてるし
遠くたって僅かにと比率は変動するが厳密には無歪状態がそもそも無いからだ。

音色的には却って好ましい位だし実用上大きな問題は無かったが、電気的限界領域で運用してる場合はちっとも許して貰えない。
スピーカは音的部分はアナログだが電気的部分つまりVoice Coilは昔でも案外デジタルチックで、一瞬でも超えたら駄目な物はダメなのだ。
例え保護回路等が内臓されてても、「音切れ」等を起こしそうだとやっぱし駄目。

デジタル全盛の今だと寧ろ逆の傾向かも知れないが、録音時の癖でPAで掛けるとかなり危険だった。
音楽パフォーマンスであるからには音色は重要だが、チープで脆弱なPAでは確実に音を出し続けようとすると殆どそれだけで精一杯だった。
破損回避の次に大切なのがハウリング防止でこれは今もだけど、これも厳密には特定部限定だが音色を崩す事に他ならない。

今でも同じなのがこのハウリング考慮で、下手に小さい音からコンプが効くようにするのがアウト。
相対的にMic感度を上げたのと同じになるからで、Line入力のしかそう云う掛け方は困難だ。
なので歌や生太鼓の音圧感をやたらとコンプで得たくても、余程音場環境等にでも恵まれてないと不可能だ。

尤もコンプの基本は「生の再現」由来だから、爆音時なら
寧ろ無しで同等な音と言える筈。
しかし録音で「無茶振りコンプ」して『嘘サウンド』にしたのを誤魔化そうとして、PAを無用爆音化するのはどうにも食えんですわ。
幾ら凄くったって不快にさせんならそんなの音楽じゃなくて「音苦」でんがな
、そんなにマゾな客ばっかりなのかよってね

さて録音コンプへ移るけど、ここで音に対する「カラクリ」をご披露しましょう。
奏者や現場の技師には無添加純正サウンドがまず聴こえるので、それをコンプすれば「音圧マッチョ」になったと感じるですね。
どぅわがしかぁ~しぃ、お茶の間のお客はんは「無添加純正」は知らない。
コンプしててももし「足りない音」であったなら、結局は却下されちゃうだけなのだよ。
だから気にすべきはコンプ具合じゃなく、そもそもの出音なんだよねえ。

この第一関門を上手く切り抜けられたとして、Liveでボロ出りゃそれまでの時間稼ぎにしかならない。
更にこの第二関門を通過する為にサンプリングしといたのを使う手等もあるが、それだと「生度」は大暴落だ。
そうしてどんどんサイボーグ化する位なら、最初から打込みで演った方が同じかそれ以上に仕上げられそうだよね。

実際に過去オープンリール8トラック時代に、俺は自作曲の録音で太鼓をコンプ「レス」で完成品とした事があった。
自身のパフォーマンスは若干怪しかったが、これの太鼓は従兄のドラム教室の先生担当だった。
とても粒は揃ってるし力感も申し分無かったので、Mixdown迄行っても全然OKだった。

今以上の安物コンプでチャンネル数分も無かったので、Effectを掛ける為に「ピンポン」すれば元音の鮮度は劣化してしまう。
このピンポンとは所用トラックを再生してEffectを掛け、それを同じテープの別トラックへ同時に録音する事だ。
もし音源数以上にEffectorを所持してたら「掛け録り」するか、2ChのDrum Mixとして一旦マスタレコーダで録る手もある。

だが何れにしても少なくとも専門家になら、明確に分かる音の劣化があった。
今のデジタル録音のをデジタルEffectだったら、必要部分だけの数値書換えだけだから本当に無劣化で済む。
で戻すけどこの時の彼の「鮮度」がとても素晴らしく、俺にとってその曲ではそこが肝と感じた。
どんな高級な醤油やワサビを持って来たって、魚が古けりゃ刺身は無理って訳だ。

この時もう1曲従兄の曲も録ってて、そっちにはコンプが掛ってる。
俺曲ではマルチMic要望を出してそうして貰ったが、これでは彼要望でMicは3点としたのでMTRのトラックに空きもまだあった。
タイミングとしては「Drumの」2Ch Mixへ落す時に掛けたので、「コンプの為の劣化」は存在しない。
この2曲はBandとしてのレパートリーなので何時も続けて聴く状態となってたが、録音方式による差以外に相違点は一切出なかったよ。

2018年5月 5日 (土)

Ludwig 3ply Reinforcement Drumの話し②

ボディ材の厚みで当然音色差が生じて来るが、エレキ弦楽器と太鼓ではどうも作用の方向が違う様だ。
エレキ弦楽器では「順当」なのだが、太鼓ではイメージに反して厚胴・深胴=太い音に余りならないと感じている。
確かに
厚胴・深胴だと音像はカッチリするんだけど、思いの外低音が目立たなくなった様に聴こえるのだ。
私的勝手な推測では、振動源と共鳴体の「振動方向」が違うせいではないかと思っている。

質量・剛性(硬さ)面等だけなら物理的に大きいの程共振周波数が下がる(より低い音に共振・共鳴)のだが、太鼓だと「余韻は確実に伸びる」んだがアタック音の低音割合は減ってしまうみたいなのだ。
エレキ弦楽器でもしっかりした音色になる程風情(独特固有な響き)は減るものだが、ローエンドは間違い無く増加しているんだがね。
こうなると上記の
相違点位しか「残り」は無く、方向しか考えられなくなって来る。
弦の場合は筐体は平行に存在してるので同一方向の共振となるが、太鼓の革と胴は垂直に存在してるからだ。

もう1つ思い当たるのは、大抵太鼓の革は弦より硬いのもあるかも知れない。
1つの音の中の一番音程的に低い成分つまり基音が、この「硬さ」のせいで弦のより短時間で減衰してそうだからだ。
音のアタック部分は多くの楽器で一番倍音の種類・量共最大になるので、人耳の印象では余韻のの方が低域(基音等)が目立つ。
でも余韻時に源でもう無くなってるんなら、幾ら共鳴率が高くたってそりぁ出る訳がないやね。

また
硬い方が倍音は凄く高いのまで出せるが、基音と倍音の比率では減少傾向にある。
これは薄胴のには振動源由来じゃない倍音もあるからで、振動源側からシビアに見れば半ば「雑音」と同義的とも言える様なもの。
もし普通のGuitarでシタールみたいな音がしたら、雑音が出てるかもみたいに思われるのと似た様なもんだ。
同じ弦楽器なのにシタールだけ故障とか演奏失敗と思われないのは、最初からわざとそうしてあるのを知ってるからだよね。

太鼓も本当はちゃんと音程はあるんだけど一般的にそう認識されてないから、余程ズレたり別種の音じゃなければ楽音と思われるだろう。
だから「聴くに堪え得る音」なら倍音豊富な程らしく思われそうで、BONZOなんかペダル類等の雑音をわざと出してた位だもんね。
するとその奏者が一生涯不要な保証があるの以外、生太鼓はなるべく倍音が何でもやたらと出る方が良さそうだ。

太鼓の音で俺の好みは割とミュートが効いてるのなので矛盾にみえそうだが、厚・深胴では只でさえ少ないのを更に削ると「残しときたいの」迄無くなる事があった。
逆説で
厚・深胴はノーミュートでも散漫にならずに済む良さはあるが、加減出来る範囲の狭さがあると思っとくのが良さそう。

この差が表へ現れたのが録音で、生耳と録音物ではそれぞれが意外に逆に聴こえたのだ。
ドラマーには低音豊富に聴こえる従兄の厚・深胴もいざ録ってみると、想像より案外迫力が無い感じだった。
逆に柔かいが若干軽薄なLudwig 3ply Reinforcementが、録音してみたら低音もたっぷりしっかり入っていたのだ。

どうも生耳で薄胴はその大音量と人耳の特性のせいで、
基音は豊富な倍音に隠されてたらしい。
更に
一番顕著になったのが「遮音型ヘッドホン」を被って薄胴を叩いた時で、「全く別の楽器か」って程生より劇的に重低音のオンパレードとなった事だ。
幾ら遮音型でも低い音になる程中々カット出来ないのは当然だが、それでも
従兄の厚・深胴では「別の」には決してならなかった。

弦より動きの小さい革で低音を出すには、どうやら革の振動特性だけを考えては不足と云う事の様だ。
弦はある程度長さがあれば動いたのが簡単に目視出来るが、太鼓ではかなり大口径かつチューニングが低いのでないと目に判り難い。
で革に大差無いのなら低音の差は胴しか無いとなり、胴自体が震え易いせいとしか思えない現象だ。

理屈的にはシェルの変形は無いのが理想だが、機械的に優れる物は出音も機械っぽくなるのか!?。
もし太鼓の胴が無変形で震えられたら別の結果になりそうだが、革を支える任務を果たすには自由に動かれては困る。
となると「その場」で震えて貰うしか無く、それには微妙な変形を許容するしか無い。

前述の「生での歪み」もどうやら胴のチープさのせいみたいで、胴が「ゆがんだ」からそれで音も当然ゆがんだ=歪んだらしい。
俺としてはこの特質は音色表現には好都合で、特にポピュラー系では音量での表現巾が広く取れないからね。
これもコンプので記した「源音」に関わるので、その面でも大きなアドバンテージだと思う。

これ機械的には間違いなのだが音楽的にはこっちが正解で、昔からのスタイルを堅持してる楽器も多い一因だと思うのだ。
現在までの体験で長所と感じたのは
 ①音色(表現力含む)
 ②軽さ
で短所は
 ③明瞭度
 ④堅牢性
と云った処。

②については俺がドラムラックにしてるのもあるが、バスドラペダルの付替え等が断然楽だ。
③は単純な聴き取り易さについてで、
合奏時の生耳ではそう感じた。
但し録音すると逆転するのは薄胴は他の奏者へ、厚胴は太鼓奏者に忖度でもしてる様なもんなのかも知れない。

2018年5月 2日 (水)

コンプレッサー(リミッター)の話し③

今度は各パラメータの設定の話しで、俺が未だ迷うのはAttack Timeの設定だ。
理屈を熟知して経験も長年積んでは来たが、まだ自分としての定番設定が定められずにいる。
斬新さや現代性を重んじると短めが良いが、音色面では案外長めの方が「コンプしたらしさ」が出るからだ。
人知れず掛けるには短めが良いがアナログ機ではデジタル程リニアで確実では無いので、それだったらマスタリング段階でのデジタルだけでも良い様な気もして来る。

元来
音色にはコンプ・音量にはリミッタ使用で、裏技利用は数多だがマトモなのだったら一応機器の名称が想定用途になっている。
かつては性能・価格の都合で庶民には使い分けが普通だったが、アナログも低廉化・高性能化で曖昧になって来た。
しかしリミッタ用途に関しては何と言ってもデジタルは有利で、音色は兎も角(失礼!)電気的には本当に正直に働いてくれる。

ここでの「音色は兎も角」は逆に云えば味が付かない・付き難い事で、純粋に音量だけを扱うならデジタルは最適だ。
お題のAttack Timeもソフト次第だが、アナログでは不可能な0秒だってデジタルなら難なくこなせてしまう。
だが逆に性能は程々で味が欲しい(ある意味リミッタよりコンプ)となると、前回同様綿密にシミュレートして高価になったデジタルのよりイイ加減なアナログの方が手っ取り早い。

そこで圧縮量や反応の速さより味となると、アナログのアナクロ度の高いのの出番となる。
Release Timeについては場合にもよるとしても、基本的に「最短音符間隔」を一つの目安にするのが望ましい。
これはもし単発時に物足りなくても、連続音時に余計な変化を出さない為には音の最短間隔より短くしとく必要があるからだ。

デジタルでは次の音が入ったと同時に、瞬時にEffect特性が初期化リセットされる。
しかしアナログでは音より速い電気指令と云っても
0秒よりは必ず遅くなるので、直前の音への指令の「残り」があればアタック部分には僅かでも影響が出てしまうのだ。
デジタルだって同じ電気なのに何で
0秒かっつうと、実は人耳にバレない程度にわざと音が出るのを遅らせている。

それはコンプに限らず通常全ての音に対してそうされてるが、その「少しの間」の内に色々な作業を全て済ませてしまう為の措置だ。
PC等で音を扱ってたらご存知の「レイテンシー」ってのがそれで、デジタルでは方式の都合上「作業量=作業時間」と為らざるを得ないからだ。
つまり音の量や種類が少なくても多くてもその出て来るタイミングが違ってはオカシイので、回避させるのにこの隠れ技を使っている。
だから
AttackもReleaseも0秒設定として、本当に過大音量だけを圧縮させるなんてのならデジタルだけが可能と云う訳だ。

Threshold Levelについては、欲しい「掛りの深さ」によって自動的に定まって来る。
但し俺嫌悪のJ-POPみたいな「小さいとか弱い音にも無駄な音圧」にならない程度にしとくのがお勧めで、これを「やらかす」と強弱が減るばかりか妙に聴き疲れする「みみっちい」感じの音になるだけで御座候。
最低でもその音源中のピアニシモ時にはコンプが殆ど掛らない位に留めておく方が、掛った時と良い意味で差別化されてより効果的だと思うんだよねぇ。

Ratioはアナログ機ではデジタルより通常選択巾が狭くなるので、どちらかと云うと歪みの都合に合わせる事が多くなるだろう。
ここでの歪みはGuitarのそれと同様なのの他に「ゆがみ」も含んでて、音が割れなくても無用な変化が出た場合のを指している。
真空管式と比べると石式(半導体)の通常使用時の歪は判り難いが、余程巧く歪ませない限りはLow-Fi化させるだけだ。

ここで歴史と経緯をみてみると、最初は記録媒体のダイナミックレンジ不足を補填する為の
Limitingだ。
音が割れて判別不能になるのを避けたもので、Beatles位以前は機器としてはリミッタしか存在しない。
Beatlesですら用途はコンプでも機器はリミッタで、
Fairchild 670のカタログ画像にはStereo Limiterとだけ表記されている。

誰も特には語って無いので不確かではあるけれど、「コンプ以前」のでも上記理由で多くはリミッティングが施されてる筈だ。
万一レコードやテープに掛って無くても放送時に必ず掛けられるので、生以外では掛ったのを何時もずっと聴かされてた事になる。
そしてここが最重要点になるんだがBeatlesにしても目的は飽く迄、「家庭でも生同然の迫力」を求めたに過ぎない処。

録音物が生よりパワフルじゃいけない法律等無いけれど、「気に入ったからLiveへ行ってみたら実際はショボかった」なんて惨めじゃないですか。
しかも前述の通り数字合わせだけやったって、元の出音の影響は最後まで何処かしらには残るんだ。
必要不十分な演奏だと基音が弱くなり過ぎたり、強く演奏した時にだけ出て来る倍音が欠けて来る。

これは私的思想かも知れないが例え最終的にはEffect満載サウンドとするにしても、録音時はなるべく裸でも耐え得るのが良いと思っている。
余計な装飾は少ない程「源の出音」の確認がし易い訳で、その方が確実にEffectのノリも良くなる。
また
「後掛け」だとEffect調整の時間や選択が自由になるので、奏者自体がネ申レベルの「使い手」でも無い限りはクウォリティに歴然とした差が出る筈だ。

コンプの場合そもそもの目的が上記に従うと「生時不要」となるから、広大なダイナミックレンジのあるデジタル録音なら余計後掛け一択なのだ。
これらも含めて考察すると「コンプが無い」状態で達者な演奏者程、結局掛けても良い音が出せるのだ。
音響屋ならまだしも少しでも奏者なんだったら、元音を向上させるのが「良いコンプ」になる近道なのだ。

俺みたいなスケベなオッサンになって来ると、どうしたって巧妙に仕込まれた胸パットのお姉さんにだってつい尻尾を振ってしまいがち。
でも流石に本職でそうなるのだけは避けたいし、只でさえ老い等とも戦わなきゃなんないのに知らぬ間に非力になってたりするのはご免なのだ。

2018年5月 1日 (火)

コンプレッサー(リミッター)の話し②

今回のお題はコンプはコンプでもデジタルかアナログかで、デジタルでもスタンドアローン・録音機内臓・PC内等の選択の仕方についてだ
とても良いorお気に入りのアナログ機材を持ってるなら通常迷わずアナログ機の利用がお勧めで、性能面で幾らデジタル機が良くても音色の点で一択だ。
マスタリング等なら意図的に特殊な癖でも付ける時以外は今ではデジタルの方が何かと良さそうだが、Mic収録した各楽器の基本的な部分に対してならアナログがお勧め。


特に奏法上の都合等で掛け録り(GuitarのFeedback奏法等)の時に残響系とかならまだしも、
音源がアナログならわざわざデジタルとの変換回数を増やすのは無駄でしかない。
でももし何も持ってなくてこれから取敢えず始めるんなら、特別な拘りが無いなら暫くはパソコン内のソフトウェアからがお勧めです。
音楽家(プロ・アマ問わず)だと余程の大金持ち以外は、普通は録音機材より担当楽器への投資を優先しなきゃなんないしね。

最近のスマホ
内のソフトウェアも一発録りのデモ等なら使えるが、最終的にCD化しても無問題とするにはMic収録の部分がそもそも厳しい。
スマホがあるからPC不所持の人だとオールインワンの録音機に目が行くんだろうけど、コスト・移動面等での絶対的制約が無い限りは俺は「およしなさい」と言っとこう。
一部Downloadサービスで別コンプを載せられるのもあるが、基本「元から入ってるの」中心で選択肢等が少ないからだ。

最初から必要なEffectなら太鼓や歌等の本生音の以外は大抵奏者がEffectorとして所持してるので、無理して加工するより録るだけにしたって結構平気だ。「今時そんな」と思われそうだがPA不使用の生楽器アンサンブルは、Liveなら会場の残響以外の「Effect」は今だって無しで皆聴いてるんだから。

ある程度以上凝りたいのなら中古のテキトーなので全然OKだから、PCとデジタルマルチトラック録音機を購入の方が賢い。
編集・加工には
PCの方が画面が大きいので表示面が大差で有利だし、余程の段階に到達しない限りは膨大な数のフリーソフト(VST Plugin等)で事足りる。
デジタル時代の今こそ注意すべきなのが「音源にはアナログがある」処で、割合は兎も角も完全デジタル化は端から不可能な点だ。

但しここでの俺言い
デジタルマルチトラック録音機とは「純然たる」のの事で、アナログ入出力数とトラック数が同一なタイプのを指している。
自分若しくは自分達だけで作業すると録る時はどうせ編集・加工は殆ど出来ないので、それなら録る時に操作を「間違え難い」方が良いのだ。

このタイプのは大抵Mic Preが付いて無いので一見不便だが、オールインワン機にトラック同数それを載せればサイズ・重量とも嵩んで可搬性が無くなる。
そして当然「お値段」もだからね。


今の最新手法だと
インターフェイス追加でPC自体を録音機にも出来るけど、1~8Ch程度迄のなら手頃で良いのが色々あるがそれ以上になると急に高価になって来る。
またこう云う場合ではPC自体が並の性能では足らずここでもコストアップするが、そうなると録音機レスの分を先ず確実に上回り結果的に「一つ減らしたら却って高く付いた」になってしまう。
つまり録るのは録音機で編集・加工はPCと大まかに分離しとくのが現況では良い様で、奏者と技師を兼業するなら尚更だと思う。

音楽は勝手好きずき趣味習慣だから手法も千差万別無限だが、手持ち活用以外で並のアナログコンプを使用するのはお勧め出来ない。

アナログでは機材等のコンディションの影響が大きく、しばしば「予期せぬ接触不良」等で台無しになる懸念がある。
リスクを上回る音がしないのなら手間暇掛ける分を、音楽家なら演奏・編曲等へ向けた方が好結果に繋がりそうだ。


前回記したが「Effectの乗り」も結局は音源の影響が最大で、後から色々加工したい時程実は余計元の音の影響も大きくなる。
体験談としては過去に太鼓が今より数段下手だった時、音響処理に今の何倍もの手間を掛けても「そんなに悪くは無いかな」程度にするので精一杯だった。
しかもCymbal用のコンデンサ・バスドラ等低音用のマイクを不所持だったので、良い悪い以前に金物が金物・低いのが低いのにするのだけでも難関一大事業と化した。

下手っぴが出した余り「らしくない音」を「らしくないので拾った」んだから、コンプだってちっとも想定通りになんか掛かりゃしなかった。
凄い速弾きは出来なくても「マトモな音」だけはなるべく出せる様にしとかないと、コンプの音だってそれに連れて下らなくなっちまうのだ。
どんな高級なコンプでも機械は人間と違って一切忖度無しだから、機器操縦以前に演奏時点で必要条件を満たすのが必要なのだ。

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