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2018年4月

2018年4月29日 (日)

Ludwig 3ply Reinforcement Drumの話し①

宅のLudwigは強打すると音が歪みます、嘘臭いけどこれホント。
「大音量で耳で歪んでんじゃないの?」と思うだろうけど左に非ず、チョットだけどそういう音色に変化するんだ。
歪ってもElectric Guitarみたいなのじゃないから分り難いけど、この太鼓の歪感は電気的に合成するのが困難なんだ。

生の太鼓って意図しなくても恐ろしく強弱が付いちゃうから、すぐに歪足りなくなったり歪み過ぎて違う音になっちまう。
極端に云えばまるで1音毎に極軽いOverdriveとFuzzを切替えてるみたいになって、全然「美味しい領域」が維持出来ない。
例え音響処理を綿密に施した後で歪ませるにしても、少なくとも自分は未だ成功した試しが無い。

昔現行セット入手前に何とかBeatlesのThe Endの太鼓(特にTom)みたいな音を出そうと色々捏ね繰り回してみたけれど、どうやっても「肝心な雰囲気」だけはちっとも近付けなかった。
それで本家使用のFairchild 670ってコンプレッサのせいじゃないかと思い込み、どうせ買えないからもういいやになっていた。

今にして分かったのは、この本来は放送送信用のの影響も当然あった。
んだけどもそれは主に音圧感の部分に対してであって、基本的な音色部分には殆ど作用してないみたいなのだ。
考えてもみれば用途的にはちっとも楽器用Effectorじゃないんだから当たり前の話しで、当時の自分がもう少し頭を使えてたなら気付けてそうなもんだ。

そして過去に記した如く偶然運良く手に入れて早速試奏してみたが、過去の経緯もあって先ずは
The Endのドラムソロの所を演ってみた。
!!!!!!!!ぬぬぬぬぬーっ、何だ何もしなくても只叩けば「あの音」になるんかい。
てっきり真空管のミキサやコンプで歪ませてたんだとずっと思ってたのに、出ましたバカの真骨頂だわさ。

今だって資金の関係もあって経験値はちっとも高くは無いけど、どうやら胴の厚いのだとこうならないらしいのは見えて来た。
但し従兄のTAMAの高級品みたいにどんなチューニングにしても常に目一杯鳴り響いたりとかは、胴が薄いと無理な相談だった。
小奇麗で精緻な音とは無縁なので好みが別れるが、一種人間臭さみたいなのでは勝ってると感じた。

自分の場合過去は叩けないから機械太鼓にしてただけだが、それでもドラムマシンの扱いにはお陰で変な自信を持っている。
叩けないのを何とか再現しようと躍起になってたんだから、変な裏技でも何でもござれだ。
そのせいか
いつの間にか生の太鼓には「生らしさ第一」になってて、どうも叩き方での音色等の変化が少ないのへは興味が湧かなくなった。

それとこの「生歪み」はRock等のうるさっぽさを演出するのにうってつけで、如何にも目一杯演ってますな感じになる。
尤も実際
ほぼ目一杯叩かないとこの音は出ないんだけど、それでも人が苦労してるのに綺麗過ぎる音しか出ないよりは報われる感じがするのだ。
厚胴の高級器がどんな演奏にも負けないの自体は優秀だが、場合によっては音色変化が付け難いとも感じられる。

最高の環境・奏者のを生で聴くなら良いけれど、庶民の普段の環境では音量の大小巾の制限がシビアになる。
となると「高級過ぎる器」の音の大きい方か小さい方、或はその両側のかなりが無効になって実際の表現巾は狭まってしまうのだ。
楽器は飽く迄お好み次第だけれど、この様な面での実用性を考えると「ある程度不完全」な方が却って操り易そうだ。

もう少し本件(
The EndのTomみたいな音になる)のデータ的な事を挙げて行くと、
ミュートしない程そうなり
②Micではその位置がOn Offの中間位が一番ニュアンスが強くなる様だった。
筆者は所謂○○サウンドマニアじゃないので厳密じゃないけれど、少なくとも一番は「どれのせい」って部分に大きな誤りは無いと思う。

現代一般の6~8Plyシェルとの相違点を、簡単に纏めて記す。
①音の柔らかさ・耳馴染みの良さ・音色変化の出し易さでは旧式が、
②極限環境下での音の通り・安定度・どんなチューニングでも鳴る等の点では新式に軍配が上がるだろう。
なので周囲の音色次第では音量等に自信が持てないと、明瞭度を保つのに苦労させられそうだ。

Acoustic Guitarなら対旧式比で新式はエレアコ、Bassなら旧式がAmp録りで新式がLine録りみたいな感じ。
なので最近のJazz太鼓屋さん等はどうしてるのか知らないが、アンサンブルが生楽器中心だと新式では浮足立ちそうだ。
上手いがあまりスイングしないドラマーだと、一瞬ドラムマシンで演ってるのかみたいになりそう。

もし1台のドラムセットだけでとすると、現代的ポピュラーしか演らないなら新式のの方が断然楽で確実だと思う。
でも時間軸やジャンルに節操の無い俺みたいなのには、旧式のじゃないと困るのだ。
旧式=不完全・原始的=未開発なので、こっちの料理次第で多少は今っぽい音も出せる筈だ。
しかし既に完成してしまっている新式では安定の代償で、「弄れる範囲」はどうしたって狭められるのは仕方無いし当然なのだ。

2018年4月28日 (土)

コンプレッサー(リミッター)の話し①

前回の年寄りの僻み的なのの要因のひとつ、現代本邦でのコンプの使われ方疑問に絡む話し。
放送業界ではなく音楽業界での使用となると、これもやはりBeatlesヌキには語れない。
何しろ「音色の為に意図的に」活用しだしたのは、この人達辺りからなんだから。
その中でも一番象徴的で効果が明白なのが太鼓だと思うが、あれは電気音響処理のみならず太鼓自体の出音もセットで演れないと成立しない。
本邦ではかなり誤認が多そうなRingoの演奏力だが、全く侮ってはならんぜよ。

そもそもコンプ・リミッタの登場の経緯は、ラジオ等の放送で無用に音が歪むのを防ぐ為だった。
昔のラジオ放送(AM)はダイナミックレンジが恐ろしく狭かったから、そのまま電波に乗せたら実に簡単に歪んでしまう。
しかも無歪時の歪率
すら元からかなり悪かったからそれより一寸でも上回ると激ウマアナウンサーでももう何喋ってるのかすら全然分からなくなるんだ。

それで音が変わって嫌だとしても聴き取れる為に、「仕方無く」
コンプ・リミッタを掛けてたのだ。
後年FM放送が始まってもまだアナログレコードよりダイナミックレンジは狭かったので、テレビ(アナログ時代の電波方式はFM)でもFMラジオでも継承された。
今の感覚に置換したらレコードが.waveでラジオは.mp3位かな、只絶対値で上回ってたレコードも音的にも不便さはあったよね。
ラジオにも雑音が入る時はあるけれど、レコードはかなり神経質に条件確保しないとずっと続くパチパチ(スクラッチノイズ)がうるさいからねぇ。

では
Beatlesは音の面白みもあっただろうが、放送局でもないのに何故掛ける事にしたか。
正確には知らないので結果論でしかないが
掛ければ録音物でも生に近い迫力を体感出来るのは確かだろう。
ポピュラー音楽=普段聴き要素が強いってのは、Rock系だと聴く時の音量は大抵生より小さくなる。
だから本来あった音量由来の迫力が、聴く段階で無効になってるのだ。

彼等が「積極的な音響処理」をし出した時期が、Live休止と重なってるのは単なる偶然だろうか!?。
もし偶然だとしても「歳とって大人になったら元気無くなった」に聴こえてたら、人気がもっと堕ちてたんじゃないかって気はする。
元の発想が何であれ「家でもLiveと同等の迫力」が得られる様になったのは確かで、他のとは全く違う音たったんだから皆それに気付くわな。

では単純に昔乍らの音作り
(特に太鼓)のままでコンプ・リミッタ掛けたらそれで行けるかっつうとダメで、今度は音の余韻部分が大きくなり過ぎて聴き取りが悪くなってしまう。
無造作に深くエコーを掛け過ぎて、歌詞が全然聴き取れなくなるのに似た感じ。
Liveだって響き過ぎる環境だと同様だが、そのままでプロは開催したりはしてないからね。
どうしても「邪魔になる」分だけは掛ける他にそれ用の処理、エキスパンダゲート等で不要部を削ぎ落すのも必要になって来るのだ。

かなり以前に記した人耳の「弁別能」や「自己保護機能」のせいで、生のに対しては人力耳コンプが元々掛っている。
けれども例えば「ギリギリ聴こえる」小音量時等だとこれが無効になるので、音源の方で処理するしかなくなるのだ。
本家Beatlesのでコンプ有・ミュート無のもあるけれど、聴くのに不都合の無い場合の限定版になっている。

偶然にしてもこれに太鼓音色ミュートは所謂ひとつの有効手段なのだが、これで当初の効果を得るには実は条件がある。
種明かしと言ったら大袈裟かも知れないが、誰でも擬似体験出来る方法はちゃんとあるんだわ。
では手順をご説明させて頂きますが、
 ①太鼓のどれもに徹底的なミュートを施す
 →余韻が無くなりアタック音しか出なくなる
 ②太鼓以外の楽器音を大きくする
 →僅かでも叩き損じれば太鼓が聴こえなくなる
これでこんな状態で安定して太鼓が聴こえる様に、さあさどうぞお叩きくださいませませ。

これには音量(パワー)が要るのも勿論だが、アタック音の太さがとてもモノをいう。
何分余韻が出せないんだからアタックがもし細過ぎたら、太鼓の音の「鳴ってる時間」自体が更に短くなる。
そうなると鳴ったのは辛うじて分かっても、もう音色なんか全然分かんなくなちゃう。
つまり超パワフルなドラマー(音色も含む)だからこそ大して音量に影響されず、音色だけの為のミュートって技が使えたって事。

確かにコンプ・リミッタのアタックタイムを遅らせれば「擬似的にアタック音の長さ」だけは同じ感じに出来るけど、その響きは全く別物になりスネアドラムだったら
バックビートの音なのにゴスートノート(皮や胴は鳴らさずにごく軽く響き線の音だけを出す感じ)みたいになちゃうよ。
皮や胴の鳴り不足を補おうとして深く掛けた処で、出音の響き線の音の割合迄は変えられないからだ。

今度はそれをEQで下手に補おうとしたりしてるおバカさんもいる様だが、完全に可能にするには皮・胴・響き線を「完全分離収音」(普通の演奏形態じゃ不可能)しなけりゃ成立しない。
つまり全部をバラバラに出して別々に録って個別音響処理するしかないが、それの全てを同時に演ってる様にするにはタイミングを完全に一致させなきゃならない。
今はデジタルのお陰で時間軸修正はほぼ無限に出来はするけど、非現実的な膨大な手間暇が掛かる。

でもどう頑張ってもごく一部の達人以外機械より「不正確」なのが当たり前の人の演奏に、わざととか無しに無理くり正確にして何の魅力が出るのか俺には全く分からないのだ。
小奇麗さ優先なら伴奏は機械でいいじゃん、歌だってボーカロイドで良いじゃない。
如何に流行りと云え元音が無関係になる程こねくり回すのの、何が一体楽しいんだがサッパリ分かんないんだよねえ。

世界一パワフルなのでも標榜するなら別だけど、どれもこれもにそこ迄何でもホンマに要るんかいってね。
それだってホントの力人に同じ事されれば全く別物の音になって、結局距離はちっとも縮まらないんだぜ。
そして最近パターン化してる「因みに」ですが…。

Beatles使用のコンプは音色は大袈裟に変わってるけど、科学・電気的には今のと比べたら本来機能の能力は実はとても脆弱なんです。
そもそものダイナミックレンジが狭隘なんだから、それ以上に「抑える」のは不可能。
本人の音源を今一度良く聴いてみなはれ、ピアニシモで演った音は決して聴き取り易くなんかなって無いですよ。
それが今の程は深く掛かって無い証拠で、皆音色に騙されちゃってんだわ。恥

<つづく>

2018年4月27日 (金)

困った(かも知れぬ)、J‐POPサウンドが苦手…。

近年日に日に苦手になって行くJ‐POPサウンド、加齢でいよいよ世間の流行から取残され出したんだろうか!?。
他人の例を見てみると若い時は何でもやってたのが、「ある時期」を境に「限定路線」みたいになってるのが多い。
けどだからってその人自体が必ずしも固定観念に囚われてる風でもないし、仕事は狭範囲でもプライベートは寧ろ何でも来いみたいになってたりもするみたいだ。
本人認識としては過剰な音の「画一化」に辟易しただけなのだが…。

誰だってどうせなら金メダルを目指したいので、突詰めればゴールは一点に集約されるのかも知れない。
だけど競技によって「どこが優れてるか」は違うので、音楽だってそう云う違いは自然ともっと出て来る筈なんだ。
それが下手するとテンポやアレンジでさえも妙に少ない種類にパターン化されてしまった感じで、幾ら流行りだとしても「またこの音かよ」になっちまったい。

結構以前から感じちゃいたがそれを今持ち出したのは、楽曲や奏者・リスナーとの整合性に疑問を持ったからだ。
もっと軽い・重いとかスッキリ・クドクドとか、それぞれに「持ち味」がある筈なんだよねえ。
洋楽だって昔程は個性が感じられなくなって来てるが、それでも一応どこそこ風とか何々式みたいなのは一聴しただけで分かる差は残ってる様ですよ。

本邦現代聴取環境は過去より格段に移動中等が多そうだから、それに対応させようとしてるのは分からないでもない。
だけど例えばカワイイBandの音が不釣り合いにヘビーにしといたりして、マイナス作用にならないのかと不思議になったりもするのだ。
或いはアルバム内とかレパートリー内で強調する為に、それ以外のは敢えてギリギリまで軽目の音にしておくとか考えないのか。

近年ゲーム音楽からの影響の大きさも分かるが、オジサンとしてはわざわざ負の要素まで律儀に継承しなくても良いのにと思ってしまったり。
ゲームでの音楽の多くはBGMだからダイナミックレンジ(音量の大小巾)を狭めとく必要があったりするが、「ゲームじゃない」のの時にそれは不要でしょ。
それと「音の隙間」が無さ過ぎるのも気になる処で、イントロはスカスカでもいざ本編が始まると一辺倒にどれでも満員ラッシュってのもどうもねぇ。

確かにPOPSだってかなり歴史が綴られ、「お初」の余地は殆ど残されてないとは思いますよ。
でもだからってここ迄やたらにコンプレッサーを何にでも深く掛けちゃって、イコライジングで兎に角ローもハイも出しちゃわなきゃイケナイ理由って一体何なのさ。
不自然に太過ぎる音のストラトキャスターにキンキラキンのレスポールとか、最初とかわざとの内なら少しはアリだけど。
下手にやり過ぎた日にゃ、最早楽器の種類が無関係ですわ。

そんならいっその事作曲は全部小室氏・作詞は全部秋元氏…ってな具合で、一番人気の以外は廃業しても同然じゃないの。
だけど妙なもんで極力一番人気のに他の全部を同化させたら、一番の人気度も低下・真似っこも売行き悪化で業界一家無理心中みたいになってるよ。
なるべくニーズの多いのが得意だったりやりたかったりするとラッキーだとは思うけど、それでも必ず全員に気に入られる事はまず無いんだからねぇ。

個人的には’60~’70年代のアメリカのレコード「レーベル毎の独自サウンド」が印象深いんだが、かと云ってそれの全てが好きな訳ではない。
偶然だろうがそれぞれの「個性の競演」みたいなのが、却ってお互いの存在価値を生じさせてた様に感じるのだ。
実情としては特に黒人系のは予算等の問題で彼ら本来の理想とは遠かっただろうけど、「厳しい制約の中」でひねり出した手法は金メダル級だ。

そもそも嗜好品たる音楽を皆が毎回一々隅々まで聴いてもいないだろうから、無理して「全部」をやる意味も無い筈だ。
また人の耳も「印象」の影響がとても大きいから、一口にヘビーな太鼓とか言っても「比較論」に過ぎない。
それも他曲というより「その曲の」「そのアルバム」
とか「その連中」の中ではどうかなのが一番響き、科学的にやっても聴く側は大抵そうじゃないんだよなぁ。

だから「100Hzが-10dB出てるからヘビー」とかではなくて、「低音が高音の倍位の音量があるからヘビー」とかなんですよ。
気持ちが分からなくも無いけど「全部ヘビー」とか「全部パワフル」とかやっても、「耳には」そうはなってくれない。
せいぜい「何かコレ、ちょっと聴いただけなのに結構疲れるね」位が関の山で、想定外(元の想定を知りませんけれど)にしかならないよ。

それに試合観戦とかドラマの山場を迎えた時なんかは、誰だってその一点に集中したくなるじゃないですか。
美人やイケメンのタイプがもしひとつしか無いのなら、この世に浮気は御座居ません。
ところがあれこれ素敵な方が一杯おいでになられますと、余程の成人君主様以外はついフラフラと…。
いやいや飽く迄「気持ち」だけの話しで、実行に移しちゃなりませんがね。

お好きな方・平気な方を決して揶揄するものではありませんが、そうだ勝手に今日からJ‐POPを「浦島太郎サウンド」と呼んでしまえ!?。

2018年4月26日 (木)

エレキのアンプの実際の音量

当ブログではスピーカの能率にご注目とうたって来てるが、電気楽器のAmpにどの様な影響を与えているか考察してみよう。
演奏者等の間ではW数とブランドでその最大音量を推定するの
一般的だが、実際はそれよりもスピーカの能率の方が影響力が大きいのだ。
これを極論するとAmp出力がもし何万Wあったとしても、スピーカを繋がなけりゃ音量ゼロですからね。

Ampのブランド毎に方向性はある程度はあるから、確かに何々社のは音の大きいのが多いとかはありますよ。
でも音量感は音色等の影響だってあるから、必ずしもAmp単体での感覚と実際の全てが一致してはいない。
しかも各楽器とその奏者・使われ方によって、音量を要する周波数帯域も相違してるんです。

以前「実際的PAの話し①(何Wあれば聴こえる!?編)」に記した通り、スピーカユニット単体の能率と併せて数によって全体の能率も変わる。
数の部分だけに着目すると、実際の最大音量の大きさとリンクしてると言える。
またエンクロージャ(スピーカが入ってる箱)のサイズも低音の音量には大いに影響があり、これも正比例の関係にある。

これだけで済めば話しは簡単なんだが、そのスピーカの特徴が奏者の欲しい部分と一致しない事も多々出て来る。
またそもそも「スピーカ能率」等が市民権を得られて無いが如く、Ampのカタログ等に記載が無かったりもする。
国産の一部の等スピーカのメーカーや型番すら非公開のもあったりして、それだと苦労を厭わなくても最早調べようも無いと云う酷い有様。

俺がそれを残念に思うのは、それではマトモなプロに相手にされなさそうだからなのだ。
運良く何かのキッカケで世界的名声を得られる事があっても、偶然だけで定評が得られる程甘くはない。
楽に作ってテキトーに売るつもりか知らないが、それでは何時まで経っても二流止まりだろう。

テレビもそうだったがエレキギターの発明・開発にしても、実は日本もアメリカとほぼ同時進行していた。(何とレーダーすら!)
第二次大戦の悪影響と周囲の理解不足で半ば無かった事にされてるが、勿体無い話しだ。
こんな道具の段階から差があっては何時までも「後追い」になっちまって、言語のせいで日本の音楽が海外で売れない等と誤解してる場合ではないだろう。

さて話しを戻してエレキBassを例にとると、単体で大音量でも低域が少な目なのがアンサンブルに入るとどうなるか?。
大抵はどんなにBrightな音のBassでもCymbal等よりは高域の量が少ないので、Full Crashされればその影に隠れてしまうだろう。
結果的に単体だと凄いうるさいのに、アンサンブル内だと案外聴こえないねとなったりするのだ。

ここからAmp自体の具体例に入るが、大出力黎明期だとFenderとAmpegが有名だ。
理由は簡単「低音出るから」で、運ぶのが大変だがエンクロージャを思い切って大きくしたのが第1だろう。
MarshallとFender Bassmanのスピーカは1箱につき同サイズ30cmで同数4コ、にも拘らずエンクロージャの大きさは全く違う。

絶対的最大音量では物量作戦のМ社に軍配が上がるが、
同一エンクロージャ方式の「密閉式」では箱容量が大きい方が低い音域まで出せるのだ。
そして箱容量縮小の為に考案されたバスレフ式であっても、最低必要容量が少なくても済むだけで傾向自体は一緒なのである。
だから「運べる低音の出るの」とするには、1ユニットにつき1箱とするのが有力候補になる。
俺は低音部の好みでは
BassmanやAccoustic等も捨て難いのだが高価で重過ぎるので、現用がMusicman HD‐130+115RH‐65×2とそのタイプのになっている。

次にギター用で、英国系とアメリカ系の比較へ行ってみよう。
「エレキ使用の大衆音楽」として最初に大音響が必要になったのはBeatlesだと思うが、彼らは初めは英国庶民だったのでVOX使用だった。(舶来は高価)
その中でも今でも有名なのがVOX AC-30で出力33Wだが、やはり出音は小さかったのだろうか!?。
確かにMarshallの3段積には劣るけれど答えは×で、それはスピーカに大変高能率なのが載ってるからだ。(現行品だと一番高いのだけになったが)

拙ブログで「Ringo踏み」について触れてるが、我々の慣れてるイメージの
33WのAmpでそれをやったらGuitar類は殆ど聴こえなくなるだろう。
しかし過去記録動画(
録音設備がとてもプア=個別Micが無い)では、決して太鼓の音が大きくは無い。
つまり「並のAmp」より少なくとも倍の音量は出てる筈で、軽く歪んでも良ければ(実際リードパート等でそうなってたが)それより更に大きな音が出てた訳だ。


現在ではMarshall・Fender等でも能率高めが載ってるのがあるが、元の手法はM社はスピーカの数で・F社はAmpの出力自体を増強して音量増加を図っていた。
V社は音量増強の必然が他より早く訪れたので、コストより何より「兎に角聴こえる」を優先してた様に見える。
歴史ある国では古くからある舞台ともなると電源容量も少ないので最初はスピーカ能率を、それでも足りなくなってからAmp出力をと云う順番をとった様だ。


だから元の製造所(Celestion)は一緒でも初期のM社搭載品は並の能率ので、V社は高コストでも最高能率のが選択されている。
それでJTM-45は基本4コ・AC-50のそれが2コなのも、大体同W数で同音量が得られる様にした結果と考えられる。
1959が4×2=8・AC-100は高域用2コのホーンを除くと4コと、やはり同比率となっている。

現に調べてみると
V社御用達で有名なアルニコ磁石仕様のの能率は100dBで、M社選択の「普通のCelestion」は97dBとなっている。(単体音量差は2倍)
只低音の量に関しては「振動板の面積が広くなる程出せる」ので、スピーカとしては
M社のの方が出ると云う違いはある。
尤も
M社のAmpの音作りはキンキンの高音中心なので、実際は低域と云うより中域が太くなった様な感じと思った方が良いのだろう。

自宅PAの件で大失敗!?しといて云うのも何だけど、宅には45WのギターAmpしかないが、それと前出のBass Amp(130W)で現実には丁度バランスしている。
昔専門学校生時代に契約としては普通に部屋を借りただけなのに大家さんに「下宿」と言われたが、その人はプロのBig Band Jazz屋あがりのスピーカ屋(開発・製造)の社長の大菅 保氏だった。
しかも「強制弟子入り」って俺Rockなのにも問答無用で、今では貴重で有難い経験だが当時は大迷惑…は置いといてと。

当時のある日この専門家のオッサンに俺のFender Bandmaster Reverbのスピーカ箱の裏蓋を開けて見せろと言われ、面倒臭いけど部屋を追出されちゃ敵わないから仕方無く見せた事があった。
師曰く「オイお前はラッキーだ、Cerwin Vegaって良いのが入ってるぞ」で初めてこのメーカーを知り、「単体で多分耐入力100W以上・能率も100dB以上」と教わる。
Fenderってば一部がJBL以外はJensenやEminenceばかりと思ってたけど、業務用タイプだと最初からこう云うのが載ってるのもあるんだと学んだ。

そうは言われても耐入力に関してはOEMでは特別仕様で低い可能性もあるので、おっかないから元からのHead以外は未だ繋いでいない。
因みにこの45Wは117V仕様なので100Vのままでは33W位に減って、昇圧トランスを使う以前は「激しい系」時は流石に少し音量不足だった。
更に因みにこの時点では前述の様な法則を知らなかったから、これの箱は場所は取られるしなるべく運びたくない様な形状である。

結果論に過ぎないが要するに
100V使用時で丁度AC‐30と同じ位らしく、経験的には歌メインのを演るのなら寧ろ丁度良いと感じられる音量だった。
前出のに倣うと並のAmp比で倍音量位となるので、並の100W並の音量に実際はなってるからこれでいいのだ。

2018年4月24日 (火)

Rickenbacker Bassの話し⑥番外編

本シリーズはこれで一旦終了するが、今回は敢えて「偽物」についての奮戦記。
太古の昔!?俺がBassを始めて半年位で入手した物で、それ以前は大偽物のヴァイオリンベースだった。
後に居眠り運転タクシーに跳ねられてその時背負ってて壊された国産コピーモデルのPrecisionの代わりに、本物のヘフナーに化けたのは怪我の功名か。
しかしそれでひと月程入院してた間に徹夜して券を確保したJeff BeckのLiveがパーになり、John Lennonが撃ち殺されてしまった。

ここで「大偽物」の意味解説だが失礼な表現だが今でなら、模造でも国産のが偽・中韓辺りのが大偽って順列である。
しかし当時’70年代末頃は為替レートの関係か舶来は何でも一様に高価だったから、大偽も無名の国産だった。
国産有名なの(偽)との差は主に価格と高価な材料の部分だけで、
工作精度やパーツ・木材も「高くない」分のは割と原版に則られてて現在と状況は異なっていた。

当時の偽にはかなり高額なのも存在したが、これも為替レート等のなせる業。
ほぼ同じに作っても国内のは¥10万位で舶来の本家は¥30万位と、3倍の差になってたから成立する話し。
今では日本の人件費も本国近似になったりで、ちっとも商売にならないだろう。

無論現代より情報入手が困難な時世であるから’80年代初頭にTokaiが頑張る迄は忠実度に難はあったが、それを少しでも補おうとしたのか楽器としては値段の割には丁寧な作りだった。
高校生になったばかりの小僧だしヴァイオリンベースではハードロック等が演奏不可だから、早く入手出来るのを優先したので当然の結果だ。
価格的にはFresherってマイナーブランド(
親は名古屋の共和商会だが)なのもあって、¥4万弱だがコピーモデルとしての出来栄えはまあまあって代物だ。

本家との主な相違点を羅列すると
①ネックがデタッチャブル(ネジ止め)で指板材がカリンでフレットが小さい
②塗装が不透明単色で塗膜が薄め
③ボリウム・トーンの可変抵抗器の値
と云った感じ。
ボディ・ネック材は構造上の都合からか、本家同様メイプルで多分単板。
今借りっ放しの本物比較だとグレコ等の「偽」ですらやはり差が感じられるが、偽とこの大偽間の差は価格差の割には小さかった。

今になってみると兎に角色々なジャンルや奏法をトライ出来る様になったし、安いから惜しみなく改造等も試せたのは勉強になって良かった。
只改造と云っても偽Precision入手から事故までの間以外は弾けなくなっては困るので、弄ったのはほぼ得意の電気系統だけである。
今回この話しを持出したのはPickup変更と、アクティブ化(バッファー)した場合の変化の体験を述べてみようと思ったからだ。
一部の特異なプロを除きこの手の情報がリッケンでは僅少な様で、検体は偽物ではあるが参考にはなりそうと感じている。

最初の例はRoger GroverのJazz Bass Pickupへの変更についてだが、どうやら録音物には改造後の音は入って無い様で差がよく分からない。
たまたま俺大偽のRear PUを壊してしまった時、予算と弦間隔の関係でJazz BassのFront PU(Moon製)を代替搭載したのだ。
本家はPUを傾けて取付ける事で間隔合わせがなされているが、加工の手間と時間等を省く都合でこう云う選択になった。

結果としては音色に大した変化は無かったが、タッチ感は大幅に向上してかなりFender系っぽい音も出せる様になった。
但しリッケン型よりガッツが無く大人しいのと、拾える音の帯域は狭まった感じ。
最初ピック弾きだけだったのが当時指弾きに挑戦中だったので、その面では演奏力向上に相当貢献した気はする。
ひとつ不思議なのはFender系PUなのに超高域がお留守になった処で、本来なら寧ろ増加する筈だ。

Fender系っぽい音も出せてもリッケン系の音で無くなってはいないので、高域の目立つ倍音がボディ材・構成によってもたらされてるみたいだ。
ボリウム等の値に大差も無いので目立つ倍音に超高域が負けて、減った様に感じられたとしか
解釈の仕様がない。
つまりリッケンのPUはそれ程癖のある物では無い様で、音色の根幹部分は電気系以外で成り立ってるらしい。
Roger GroverのPU換装の意図は知らないが、「タッチ感に秀でたリッケン」にしたい場合この方法は有効そうだ。

アクティブ化の方の例はプリアンプではないが、Southern RockのAtlanta Rhythm Sectionってバンドのでも類型が聴ける。
俺が改造当時は知らなかったが同等な音色で、具体的には少し未来化した様な感じになった。
当時のアメリカの録音環境ではこの手の少々田舎臭い連中でも新技術の導入が積極的で、Line録りとその手法の向上にはアルバム毎に目覚ましいものがあった。

自分の場合は偽物が本家よりレンジが狭かったのと、構造差からの明瞭度の低さを補うのが主眼で当初の目的は達成されていた。
「らしい音」としては環境が良ければ本家のは弄り不要だが、真正直な楽器故弦がちょっと古くなっただけでもそれすら明確にさらけてしまう。
今細目弦でAmp録りをするとローエンドが少し軽くなってしまうので、外付けバッファ(なんてったって借物ですから)は既に基板は完成させている。

だが現所属Bandのギター氏が典型的エレキサウンドを強烈に所望するので、思案中で困惑気味だ。
アクティブサウンドは現代的でスマートになるが、無骨さや本来のらしさは留守がちとなるから好みの分かれる所だ。
しかし割と典型サウンドでしか使用されないリッケンで、新しい音を出したいなら例が少ないだけに有効なのではと思うのだ。

2018年4月23日 (月)

Rickenbacker Bassの話し⑤長所と活用編

他とはひと味違うBassが欲しい時等は、Rickenbackerは最適だ。
世に数多のBassあれどひとたび「基本構成」へ目を向けると、かなりFender系一辺倒なのだ。
ありきたりになるのは人気のある証拠だが、独自性を求めるのにはあまり都合の良い事ではない。
普遍的なのに基づくのは悪くないけれど、使い方へ余程神経が注げないと「本家の亜流」に成り下がる危険度も高いのだ。

どうせ偽物になる位なら本家を使うのが利口な気がして、「使い方」の方で何とか個性を演出するのが得策と思えてならない。
どの楽器も「違う音」はするんだけど、滅多な事で生がエレキに聴こえる様なのは簡単には起こせない。
ここで俺が気に留めてるのは「アンサンブル内」でどうなのかで、単体時みたいに必ずしも全貌を明確には捉えられなくてもどうかな点だ。

リードギターみたいに何時も音が大き目だったり、必要に応じて周りの他の音が抑えさせられるなら別だ。
それが小さ目音量だったりすると「微妙な差」は埋没したり、かと言って目立つにしても他を阻害するのも駄目。
更にBassの場合「それと聴こえる」為には、普通は低音が勝ってなけりゃ駄目。
「ピアノの左手(低音部)がしっかり入っててもそこにBassが加わると違う」なんてのが良い例で、低域の「量」が全く違うからなのだ。

さてRickenbackerの音色の特徴だが、一般的には「硬い」と称される事がとても多い。
一見ならぬ一聴では
確かに硬質な印象はするけれど、実際はJazz Bassの両Pickupで鳴らすのよりはかなり柔らかいのだ。
Jazz Bassは「木由来」のそれは柔らかいが、Front・RearのミックスやRear Pickupでの「電気由来」の高域はダイヤモンド並。
Precisionですら高域ではかなり刺激的だが、この領域は原設計時の組合せAmpではカットされて出て来ていない。

ここで言う高域とはAmpでならBright SWの領域の事で、エレキベース無歪サウンドでは殆ど「タッチノイズ」の領域だ。
近年みたいにBassでもBrightな音色が多用され、Ampの方もそれ対応でツゥイータが搭載されて来ると従前と状況が変わる。
スラッピングにはFender系の特性は適してるが、楽器としての「目立つ倍音」がエレキベースとしては超高域の
この部分には含まれて無いのだ。

なのでFender系だと超高域が折角豊富でも、特有の太さを活かすには制限を掛けなくてはならない。
またやはりFender系特有の優れたタッチ感も中域にあるので減らすにも限度があり、結果として全体の音色の自由度は低くなってしまう。
良く言えば馴染みもあってそれもBassらしい音ではあるが、周囲の楽器音がどんどん明瞭化して来ると厳しい面も拭えない感じがする。

その点Rickenbackerはどんな環境下・奏法・音色が欲しい場合でも対応してくれるので、俺としては手放せない。
好みにどれ位合致するかを別とすれば、不可能が無いと云っても過言ではない。
それどころかFront PUで指板エンドで指弾きすると、かなりウッドベースに近似な感じも出せる位だ。

また着目点にもよるけれど「リッケンは音が硬い」と思い込んでるそこのアナタ、そう云う方はオールドタイプの電気系アッセンブリ―のを試してみて欲しい。
4001が出た当初から当分の間は、Rear PUにはずっとLow Cutコンデンサが付けられていた。
これはスピーカ等の2Wayと同発想で低域はFront・高域はRearで拾う様になっていて、これだと実は音が柔らかい。

普通に考えるとRearも低域を拾った方が少なくとも太くなりそうな処だが、2つのCoilを並列接続すると共振点が移動したりしてこんな現象が起きるのはJazz Bassでも同様だ。
音が混ざれば「耳的科学変化」だってあるけれどそれ以前にそれぞれのPU自体の出音も変化していて、硬さ等の面ではこちらの方が影響度が高い様だ。

これに気付いたのか最近のリッケンでは4000
の音・4001(4003)の音のどれもが得られる様に、ToneツマミのPush-Pullスイッチと云う形でLow Cutコンデンサの切替が可能とされている。
それとこれは極簡単な事なので「付いて無い」のに追加するのも簡単だし、どっちかのPUの音量を少し絞るだけでも「柔軟剤効果」は得られる。

因みに過去に存在したリッケンの4000ってのは木部は
4001と同一(ザグリを除く)で、4001(4003)だとRearの位置にだけPUが付いてるのが異なってた。
但し目立つ倍音がキッチリ拾えてる分Fender系比だと太さに劣ってしまい、それが後に「もっと前にもPUを」となって4001も出したと推察される。
しかしRearと云ってもPrecisionのPU位置に限りなく近く、Fender系並の低音の量は拾えている。

変な表現だが俺はリッケンでFender系の音の代用する場合、Rear PU(低域カットは無し)オンリーで指弾きとスラップとしている。
タッチ感では流石に本家には劣るが
、上記要因で実際かなり近付ける。
これも既述Billy Joel BandのBassが後年はFender系だったのもあってか、音だけではリッケンだと気付かれ難い原因にもなってる位だ。

一方Front PUオンリーのそれはGibson系等の代用に効果的で、どう弾いても太いが「散漫にならない」音色が出せる。
ここ迄
Frontオンリー散漫にならずに済むのは、俺経験ではリッケンだけで独壇場だろう。
Fender系でBassでは6弦のにしかない
PU位置だが、Fender系の「この位置のPU」は音が散漫になり勝ちで使用にはかなり工夫を要す処。

誤解の無い様述べておくが、俺はFender系の音も好きだ。
しかし以前述べたコスト・汎用性の事情で今はまだ不所持なだけで、誰かが本物をあげると言うなら何時でも喜んでいただきますよ。
だがスルーネックでもないのに「本来の音」がするヤツだと、近年ではリッケンよりも高価なのは承服し兼ねるのである。

2018年4月21日 (土)

Rickenbacker Bassの話し④短所と対処編(ネック)

演奏(特に左手)には大変好都合なRickenbackerのネックだが、良い事尽くめと思うのは虫が良過ぎた。
弱点はネックと云っても主に周辺部分だし、演奏に直接の影響も無いが少し気にはさせられる。
それはヘッドとボディ接合部の強度に対する若干の不安で、程度は軽いがFender系みたいに無頓着ではいられない処だ。

ヘッドの強度不安はFender系の強度を4として比較するとGibson系マホガニーネック補強コブ(ボリュート)無しは1、コブ有は2でリッケンが3って感じ。
リッケンのも現行品はコブ有・原形はコブ無しなのとトラスロッドの方式違いで、古い方は2程度かも知れない。
ネックの材はF系とR系は同じなんだが、太さ厚みとトラスロッド調整用のザグリの相違で
R系はかなり「木の量」が少なくなってるからだ。

F系のはヘッド部とグリップ部に段差のあるデザインの都合で、自動的にコブ有と同様な形状にしか出来ないのが功を奏したのか。
他の2社のだって弾くだけなら何の不都合も無いけれど、壊れにくくて困る事は無いからねえ。
無茶な扱いを絶対しない人にとっては少しでも軽かったり無駄は無いのが良い訳で、これは妥協点の問題と云えるのかも知れない。

Talepice1

少し内容が前後するが超省エネ!?概念図、左2つがリッケンのテールピースので右がFront Pickup周囲のザグリの様子(後部からの断面)。
テールピースの話しは前回触れた他に「ブリッジ裏の留めネジ」部にも若干問題があり、本体とボディの間に意味不な隙間があった。
どう云う事かっつうとそのままでネジを締め過ぎると、「ブリッジの為の窪み」部が狭くなるのだ。
最悪に到達したら多分ブリッジが嵌らなくなるが、この様な仕様にしてる理由が釈然としない。

図左が「捲れ」の様子で赤が元からの取付ネジ、図中が対策済み例で青は隙間を埋めるシム(薄い木板)・緑が追加ネジの積り。

裏思考すればネジの締め具合でブリッジの動け具合が加減出来るとも取れるが、最初からテールピース・ブリッジは鋳物でサイズ差が無いので微妙だ。
前述の通り追加ネジはテールピース自体に穴開け加工が要るから偽物のみ・一方シムの方は両方で実施してるが、余計な所だけ忠実に真似てるのが何とも日本的貧乏性の典型な感じがする。

図右は
ヘッドとボディ接合部の強度へ影響を及ぼしてる案件で、リッケン特有のしかも4001・4003だけの問題だ。(4004は体験無しで未明)
このボディスタイルは4000って云うSingle Pickupのが
原形で、恐らくFront Pickupのザグリが無ければ大した問題は無かった筈だ。
上に乗ってる「茶色のカマボコ」が指板の積りで、その下横3分割になってるのがボディ-ネック-ボディ。

リッケンのフロントPUはピックガードに隠れて小型に見えるが、実際の「ボディに対しての大きさ」は決して小さくは無い。
反対にリア
PUは大変大型に見えるが原形ホースシュー時代は未だしも、現行のは実質的なサイズはフロントとほぼ同一だったりする。
でこれの為のザグリがネック-ボディ接合部より広幅なのと、2本あるトラスロッドのナットの為のザグリも普通より広さを要している。

これが最終フレット迄の深いカッタウェイとの「悪の相乗効果」で、
ネック付け根のボディ接合部がかなり少面積になってしまってるのだ!!。
極論したら「フロントPUよりブリッジ寄りからだけで接合してる
様なもんなんだから、ひび割れとかズレが生じるのも当然そうなのだ。
「それより後ろ」でしっかり着いてるから「とれる心配」は無いけれど、気持ちの良いものでは無いのも確かだ。


原形
4000は問題が出なさそうに思えるのは、ロッド用ザグリだけならその幅が接合面に到達してないし深さが全然浅いからだ。
実際俺所有の偽物(
4001)は安物なので、寸法は全くそのままにネックがデタッチャブル(ねじ止め)式になっている。
如何に丈夫なメイプルでも取付部のボディ側が極薄なので強度が頼り無いが、少なくとも
ボディのこの部分に貼り合せは無いので何とか持ってる様だ。
無論サスティン等には大差が出てるが…。

毎度の因みにシリーズだがスルーネック(通し竿)が高級になるのは製作工程等のせいじゃなく、殆ど材料の都合で「必要な長さ」が長くなるからだ。
楽器として見た目以外での木目の問題があって、楽器全長分それが「真直ぐ」なのは結構見つかり難くなるのだ。
マホガニーみたいに木目が不鮮明なのはこれに値しないが、大体強度の高い木に限って明確な木目があるもんだ。

Rickenbackerはかつての主設計者はドイツ系の人だったので、ドイツ流極限設計で余裕が無いのだろう。
どうもドイツ流は何でも大変素晴らしいが「想定外は完全無視」で、アメリカとはそこが正反対だ。
しかしだから音自体と演奏面についてだけだと高級な訳で、オープンレーシングカーとファミリーセダンの違いみたいなもんだ。
そう語っとき乍ら自らは借物なのに結構無頓着な扱いをしてたりとイイ加減なんだが、
Gibson系マホガニーネック等のよりは丈夫な証拠と言って誤魔化しとく。

2018年4月19日 (木)

Rickenbacker Bassの話し③短所と対処編(ブリッジ)

どんな楽器も欠点があったりするものだが、それが「音の為の結果」だとしたら受け入れて行くしかない。
もし設計ミス等での致命的な欠点だと敵わないが、
現行のRickenbackerは明らかに音の為と分かるしそれ程重大な欠点は無い
だが「音の為」なので下手な改良は受け付けられず、却って面倒でもある。
今回は使い方に依らない部分からだ。

クラシックギター等ではすぐに弾かない時は木部の変形や悪癖が付くのを避ける目的で、弦をある程度緩めて措いたりする。
しかしトラスロッド付ネックの物は、却ってそのままを維持してる方が良い結果が得られたりする。
リッケンはトラスロッド付でしかも2本もあるのだから後者に属するが、一般標準的太さの弦を使用してる場合それだとテイルピースが少し捲れて来てしまう。

割かしゴツイダイキャストの金属製だが、見た目に反して結構柔らかいのだ。
それで一時期一部の物には、最初からテイルピース部に留めネジが2本追加されてるのもあった位だ。
俺も以前に常用してた安いコピーモデルのでは、自前で模倣してネジ追加をした結果捲れは解消したままで安定している。
音的にも少なくとも自分には何の変化も感じられず結構なのだが、現用のは「
借物」なのでそれが出来ず少し不自由してはいる。

これが為に本家でも後発の4004やかつて一部の者が「捲れない別タイプのブリッジ」にしてたりするが、4001(4003)の「あの感じ」を重視するならタイプ変更はお止しになるのがお勧めです。
我キャリアの中間点位で安偽から借本への大変革はあったけれど、「硬っぽいのに柔らかい」は共通でかなり肝みたいだからだ。
Fender系のオリジナルタイプブリッジだと丁度真逆で、軟っぽいのに案外丈夫だったりする。

Fender系オリジナルは実際「弾くだけ」だったら全然平気だが、
機械的強度は低いのでオクターヴや弦高調整時等かなり用心しないといけない。
ネジ山ナメはリッケンでも同様で要用心だが、ネジが曲がったり折れたりベースプレートに変な傷が付いたりはしない。
更に弦高調整用の六角ネジに至っては手垢等で錆て不動になったり、錆が深いとそれだけでやはり折れたりもある。

しかしギターのストラト等で一番顕著に表れてるが、ヤワでイイ加減なのじゃないとそれぞれの「あの音」にならないのだ。
いづれも結局は硬すぎると特有の共振がし辛くなるのが不味い様で、それは太鼓の胴でも同様な傾向がある処だ。
電気弦楽器のブリッジ周辺の強度ではGibson系は優れるが、Pickupがハムバッキングじゃないと「特有の個性」は不足気味に感じる。
特にボディに空洞の無いのだとそうで、「しっかりしてるが出汁入れるの忘れた!?」みたいな感じがしないでもない。

ブリッジ案件については現状では改造不可なので、仕方無く細目弦使用で凌いでいる。
実は最初は面倒でも弾き終わったら緩めてたんだが、どうもネックの安定に対して余り芳しくなかった。
演奏時の弦張力にしてすぐにネックが「所定の反り具合」にはならないし、その時の気候等によって安定位置が毎回変わってしまう。
張りっ放しだって変化は当然起こるけれど、それは急激でなく徐々にになるのが全く違うのだ。

またFender系のより演奏時のテンションが同一弦では強くなるが、たった1/2インチでも弦長が短い分だけ割合としては弦が太くなったのと同じ事だからね。
弦張力は弦長が短ければ同じ音程を得るのに対して引張りは弱まるのでこれは一見矛盾に見えるが、それは「弾かない場合」の話しなのだ。
どんな弦楽器でもブリッジ寄りを押さえた時の感触を思い出してみて、「弦が硬く」(相対的には)なって音が短くなっちゃうでしょ!?。
その音のベストポイントより弦が硬いと、硬さで弦振動が抑制されるからだ。

僅かでも短い分「張りが弱まらない」設定にしとかないと、折角の通しネックの効果が存分に堪能出来なくなる訳。
そもそも一寸考えれば「標準的エレキベース弦」の基準は、プレべ・ジャズベであってリッケンでは無かったね。
でも余りにスケールが近いもんだから、ついつい同じつもりになってたのよ。
ギターではF系でもG系でも同じ弦が割と「同じ」に感じられるけれど、ヘッド・ブリッジ部の角度等がかなりそれぞれで違ってたんだったけ。

現行使用弦は最安物なのでかローエンドに若干不足を感じるが、サスティンは寧ろ向上している。
実際本家の弦は寸法的にはFender系近似でも張力は控え目らしいが、貧民には価格的に厳しくて無理だ。
弦について奏者それぞれの美学はあろうが、基本的にはその状態の影響の方が大きい。
それとリッケンみたいに正直タイプのだとその差がハッキリ認識出来てしまうので、俺の場合はモノより状態を優先する事にしている。

2018年4月16日 (月)

Rickenbacker Bassの話し②比較編

木部での最大の特徴は基本メイプル製で、尚且つスルーネック構造な所だろう。
そのせいで見掛けに依らず意外と重いが、特に低音域での基本波がFender系より微妙に短いのに綺麗に出て来る。
ハイポジションでもそのまま移行可能なデザインも、
ボディの材質からの強度のお陰で何の無理も無い。
塗装は昔のGibsonみたいにベタベタになる心配が無くて良いが、若干特殊な塗料の様でFender系より補修が面倒に感じる。
但し4003になってからのだと、どうやらひび割れの心配は無い様だ。

数年前現行BANDのGuitar氏が所有してたYAMAHA BB‐3000ってのが偶然スルーネックので、材質・電気系統はFender系なのと弾き比べる機会が得られた。
これはFender系であってもネック接続部の「重なり」不要な為、ボディ厚みもリッケンとの差が小さい。
共通項の多いせいか弾き心地は結構近似だったが、音のニュアンスはかなり異なっていた。

前回辺りからの俺ブームで先に結論を語ると、BBはかなり良いBassだが中途半端さも感じたのが正直な処だ。
弦の感触や基本的な音色はFenderと殆ど一緒で、良く言えば扱い易く感じる人が多そうではある。
でもそれなら本家のの方が良いし、「Fender社じゃないのの個性」が全く足りないのだ。

近代的な外観に反して音色自体は旧態依然なのにも、少し戸惑わされたのかも知れない。
部分グレードアップされたFenderと捉えたら、好み次第では価値はあるのだろう。
折角アクセスの向上したハイポジも幅が広いのはそのままだから、相当手の大きい人以外には効果が低い。
この幅広はスラッププル時には明かにご利益があるが、これも指板後端で常用する人だと自動的に最高音フレット近辺は使えなくなる。

Bass_pickup1

ここで前回述べたPickupのタッチ感への影響の概念図だが、上段がFender系で下段がRickenbackerの弦とPickup高さ方向の位置関係。
恐ろしく雑に説明すると中が薄い水色ぽい大きさの違う丸が弦で、薄いオレンジとも薄茶とも形容し難い色のがCoil。
銀色のつもりで実際は灰色っぽいのが磁石やポールピース。
濃い目の灰色はポールピースと別になってる磁石で…、まあ後は適当にお察し下さい。
ってのも今回の要点が主にCoilと弦の位置関係についてですから。

ここでの前提条件は距離が近い程感度は上がるが、設計値を越すと音が歪む処だ。
但しそれにも傾向があって
①磁力系(磁石やポールピース)では「拾うのより出す方」に影響し
→近過ぎたら弦振動を阻害し
②電気系(Coil)だとその逆になる。

元がアウトローなスラップ奏法だから「歪んでも聴ける音」になるなら、却ってその方が普段との差別化が図れて好都合なのだ。
それは「打ちつけ」はするが必ずしも「大きく弾いて」はいない部分にご注目、つまり歪むのは弦が当たった一瞬だけなのだ。
美味く歪めば倍音増加にも繋がる訳で、スネアドラムのスナッピー(響き線)と似た様な効果になる。

Coilがどれだけ「無理無く」弦に近寄れるか眺めてみて、特に「どの弦に対しても」とするとPrecisionの方式だけだよね。
因みに前出のYAMAHA BBは前後方向の位置がPrecisionとは逆になってたが、フロントPUは同系の所謂スプリットコイル式だった。
リアPUは上段右のタイプだが位置やボディ材等との関係で、音的には殆どJazz Bassのリアと一緒だった。

多くのFender系スプリットコイルPUはケースがプラ製だが、これも俺みたいな乱暴者にはお助けアイテムとなる。
ワイルドな話しだがプラスチックは金属より直に弦がぶっても割合その音が気にならない。
金属で特に板状だと強風で階段を転がり落ちる空き缶みたいなもんで、特有の倍音が一杯出るので耳障りなのだ。

一方ポールピース等は金属でもカバーよりは気にならないが、「Coil近し効果!?」には直接は無縁なので余り近付ける意味が見出せないでいる。
どぅわぁがしかぁしスラップ時以外だとどうなるか、かなり気を付けないとここぞの時に限って歪んで低音が削がれる代償もあるのだよ。
例えスラップでも「アンサンブルでの低音は絶対」と思ってたか、本家大御所系の師匠方はそれで単に叩くだけじゃなく同時に少し「えぐって」る。
「スラップの音」らしいのはぶつだけで「Bassらしい音」ははじくのだけ、結構永遠の課題ではある。

ここでリッケンへ戻るが下段左を見て何か気にならないかい?、これは所謂トースタートップと呼ばれる旧式ので何とギターと全く共用なのだ。
宅の借物のは最初からそこだけ特別仕様のだったんだそうで、ちょっとした修理・清掃時に実見して引っ繰り返ったわ。
'90年代の新品だったから外見は兎も角、まさか本当にやらかしてるとは夢にも思わなかった。

だけと音的には問題無いどころか、下手すりゃウッドベースみたいな重い低音が出るのである。
元来リッケンのPickupはワイドレンジな処が
売りなので可能な芸当なのかも知れないが、音色だけじゃなくダイナミックレンジが異様な程広い。
それで一時期Pickup高さを色々試したものの音量が少し変化するだけで、音色はほぼ無変化だったのでギリギリ弦がぶたない程度に落着いている。

これらの特徴で助かるのは太鼓等が想定外の強アクセントになった時で、Fender系比だと割と「低音を損なわずに」こっちも強く出れる処だ。
反面「演奏に正直」なのでこっちがやらかしたのも全部そのまま出ちまうから、腕を問われるとも取れる。
スルーネックのせいで鳴りが良いのも欲しい時には好都合だが、うっかり不要弦ミュートが雑になればそれも濁ってアウトだ。

けれども太鼓も本格化させてみると思うのは、生楽器だったらもっとどれだって全てが「手加減次第」な処。
最初は少し戸惑いがあったけど、慣れてみればどうって程の事には感じなくなって来た。
普段から便利だったり楽だったりの方が良いに決まっちゃいるが、本当にいざって時に助けられる方が有難いと云う様な感じだ。

また俺が常用するのには勿論音色も含まれてるが、その最大点は決して安っぽくならない処だ。
これも前回述べた通りFender系は元が云わば分業式なので、Amp如何では大袈裟に安っぽい音になってしまう時がある。
ギリギリでプロ!?の分際では常にAmp指定をするのは不可なので、楽器本体だけでいつもの音が得られるのも大事なのだ。

2018年4月14日 (土)

Rickenbacker Bassの話し①

一部コア層からしか評価されないRickenbacker Bassは昔から、そして今でもまだ俺には基本になっている。
自分がそうなった(なってる)のは奏法上やジャンルの際限無さの都合も大いにあって、単なる好みだけが理由では無い。
ピック・指(も色々)・スラップ(昔ならチョッパーと言われてた)等「万遍無く」演るのに、「無用な音色差」が出るのが不都合だからだ。

使い方次第で他社Bassだって何とかなりはするんだが、その為の制約のシビアさには不便を感じる。
用途上の都合の例としてはもう亡くなってしまったがMoterheadの
Lemmy Kilmister等が最右翼で、Bassなのに普段がChord弾きだからだ。
そもそも低音域では楽器の種類に無関係に和音は音が濁り易くて厳しいが、中域の強いFenderやGibsonではほぼ不可能な芸当だからね。

この
Rickenbacker Bassは元々本邦ではほぼ趣味的扱いに終始してる様だが、'70年代の西洋では結構広範囲で活用されていたりした。
日本は「皆一緒」に対し欧米では「個性命」だったからか、少しでも他と違う音が求められた結果だろう。
だから
Rickenbacker Bass(特に4000番台)の奇抜な見た目がとても合いそうには無いジャンル等でも、目立たない様に!?意外な所で多用されてた。

俺的に真っ先に思い当たるのが全盛期のBilly JoelのBANDで、それ程如何にもな音色では無いが
'70年代中のは多分全部リッケンだ。
Bassの音色にどの弦のどの位置でも太さを求めるなら適さなさそうだが、アンサンブル全体としてだと
Bassの「太過ぎる高音」が邪魔になるケースも多い。
他楽器の主要音域と被るからで、ある意味でこれはBassに於けるナルシズムとも云えよう。
この辺も「意外な所で」の原因と、勝手に推察している。

逆に他楽器では得難い低域の重さを重視するなら、他の選択肢は少なく感じられる。
色んなのが他にあると云っても元祖且つエレキベースの手本たるFenderの発展系が多いので、どうしても低域の深みでは及ばない様だ。
楽器単体でならやはりFender系が主にPickupの構造と位置(弦へのCoilの近さ)がモノを言って、
タッチ感やスラップ音色のフィーリングは独壇場に違いない

この時点でだとFender系が無難ではないかと思われるかも知れないが、実は別の面からの難点が内包されている。
ポピュラー故にピンキリで「マトモな音」のする個体は超高価だったり、選別を誤ればハイそれま~ぁでぇよぉになったりするからだ。
よっぽど「違い」に敏感になれないと少なくとも大当たりは無理で、尚且つ俺みたいに「折角判れても高くて無理」では夢も希望も無いじゃないですか。

初期の想定より売れてしまうと材料供給や選別が苦しくなって来たリもするから、中々原設計は維持出来なくなって来るのは仕方がない。
逆に不人気だから余り安価に出来ないのだと、売る為にはせめて高品質位は要るって寸法になる。

更に別側面として現代ではLive時はBassはLineで拾われるのが主で、Pre AmpやEffector無しでだと意図した充分な低音が保障されない心配がある。
Fender Bassは設計思想として楽器は倍音中心・Ampで低音をとされてる様で、その当時低音より高音を上手く出す方が困難だったのに由来してる様だ。
一見汎用に見えても本来の姿とするには低音豊富なAmpもセットにしないと駄目で、常にそれが可能でないと想定外の結果への覚悟も要るだろう。

近年は一時期程では無くなったみたいだが「Bassも高域倍音ドシドシ」が流行った時、FenderのBass Ampはかなり衰退した。
全盛期のFender Bassmanは低音重視の為に
スピーカユニットが黎明期のからタイプ変更され、正にWooferとなってたから高域が出る筈も無い。
大流行だっただけに一度廃れると復活が厳しくなるもんで、少なくとも低価格化が困難だから亜流となって久しい。

また様々な曲でピック弾きしようとするとPrecisionでは柔過ぎて頼り無くなったり、Jazz Bassでは薄っぺらくなって不都合が生じたりもする。
俺は当初ギターから転向したのもあって
ピック弾きがメインだったから、看過出来ない相違点なのだ。
今ではそれは違って来てるが、やはり指よりピックの音色が劣化するのでは困るのだ。

「指で弾けないからピック持った!?」と思われるのが心外で、こっちとしては飽く迄音色やニュアンスの為に選択してるので。
どんな奏法にも長所・短所はそれぞれあって、向き不向きもある。
でも「アンサンブル内」では必ずしもそれが「順当」にならない場合も多々で、他楽器の音色に左右されたりだってするのだ。

ここ迄語っといて悲しい性か毎度のズッコケ落ちが付くのだが、現用の
Rickenbacker Bassは借物だ。
それが7歳も年下の人から20年以上も無償でで、本職の道具なのに酷い話しではある。
只個人的には本職じゃない楽器の方が腕の不足で物を選ぶ必要があったので、こんな結果になってしまったのだ。

車載Sub Wooferに思う事

スピーカが小型になって来て便利になったが、手放しで喜ぶのはまだ早かったか!?。
本職がBass屋の俺としては場合によって不満で、それが却って昔よりなのだ。
スピーカの性能は今の方が進化してるのは間違い無く、低音だって今の方が出てはいるのに。
だけど条件等如何では何か質と云うか量と云うか、「低音出てるけど違う音」みたいに感じてしまう。

もう10年も昔だがそれまで粘りに粘って乗ってた機材車!?(只の2Boxバン)を、寿命で買換えた時
の話し。
カーオーディオは友人の廃車からの貰い物から始まったが、グレードアップの最初は少し高級なドアスピーカだった。
確かに音質自体は向上したが、如何せん「低音」が無理感満載な上に帯域がどうにも足りなかった。

そこで最終的に荷物空間の広さを活かし!?、貰い物の普通の家庭用オーディオスピーカを
リア用として追加しメインで鳴らしていた。
荷物満載時は後ろスピーカは家に置いてけぼりにするしかないが、そこまでじゃない時は割と傾斜のキツイ側窓のお陰で隙間が出来てそこから聴こえた。
その代り商用車のせいか車室の割に後席が狭く、特に背もたれの角度が不自然に立っていた。
2人+荷物とかなら案外快適だったが、一応5人乗りなのに後席ではエアコンの効きも悪かったりしていた。

それで現車は子供が生まれた後で大きくなってくのも目に見えてたしで、機材には少々劣化するが乗用タイプ5ナンバーにした。
元からのだけだと4つあっても
ドアスピーカだけで低音が貧相だったが、旧車の様な空間が無く丁度手頃になり出した小型Sub Woofer追加を考えた。
今度の環境では余裕のあるのが前席の下で、これが広目だったのでそこへ収まるのを選んで購入した。

もしかしてそろそろまた失敗談かぁと思ってるアナタ、えーえーどうせご名答ですよ。
確かに聴こえなかったバスドラは分かる様にはなったけど、ボワンと響くだけで音程も何もあったもんじゃない😢。
しかも「加減」がとても難しくて、下手すりゃ曲単位で再調整しないと駄目。
でも妙なのは車室の残響は商用→乗用もあって減ったし、そもそもかなり静かになってるのにだ。

珍しくサッサと結論に入ると、聴こえると「聴ける」は違うんだって事でした。
大昔から個人的に低音には興味と拘りがあったけど、経済事情で経験機材が古過ぎたのね。
大昔のは当時裏技的技術使用は困難だったので、今思うと見た目と音が割と一致するのしか無かった様だ。
それがいきなり最新のへ飛んだもんだから、実情をサッパリ知らなかったんだね。

今の車内は大昔の高速道路走行中等より格段に静かになったが、それでも住宅街の夜の室内よりはうるさい。
近年の電気自動車では知らないが内燃機関(エンジン)のあるヤツは、どうしたってそれ由来の低域雑音は無くせない。
だから低音に限ると案外そこそこの音量も必要で、こうなって来ると前述PAの場合に条件が近付いて来る様なのだ。

Rock用PA程では無くとも「出せさえすれば良い」ユニットサイズでは役不足で、これも前述の理由で音量を要求すると音色的に破綻するからだ。
ここで若干脱線するがドアスピーカ自体の研究!?はどうなったかと云うと、庶民車では20cm以上のユニットを搭載する空間が取れない。
しかも衝撃吸収と軽量化の為に、「低音迄扱えるエンクロージャ」としてはその剛性確保も不可能の様だった。

しかも側窓隙間対応での水抜穴は「外部」に向かってるので、折角漸く鳴った低音が残念にも「車外だけ」へ行ってしまうのだ。
ドア内に「別箱」とも考えてはみたものの、それだと容量が凄く減少してしまう。
窓開閉が必要な限りドア厚み方向の真ん中ら辺に、窓ガラスが下がって来る時があって分断されるからだ。
更に箱内吸音も同理由で制約のオンパレードと来りゃ、低音を出せた処で聴ける音にはなり得ないので追及中止。

結局の処最新Sub Wooferと云った処で音響の原理自体は大昔から不変なので、やはり「正規の低音」だとそれなりの大きさは未だ必要らしい。
又特定の環境や条件下ではそれなりに小型Sub Wooferも存在意義はあるが、
条件が不利で厳しいのもある。
貧民代表!?としちゃ短寿命は追加出費を要するから問題で、理に反した小型ではスピーカエッジにゴムやウレタン等劣化必須の材を用いるしか無いのも苦しい。

修理の手間は経費削減に繋がるなら厭わぬ構えで居ても、部品供給とその価格が割高では消費者サイドは実質無策化する。
物にもよるが音程に対して無理の無いサイズのユニットでは、エッジ部が紙や布等長寿命且つ低コスト材で充分な性能が得られる。
しかも車内の様に気温が瞬時に乱高下する環境では、一層劣化に拍車が掛るから尚更割が悪い。

だから場合によっては、「只の並のスピーカ」利用は案外良かったみたいだ。
但し呉々も注意されたいのは固定方法とその強度で、これを誤ると凶器と化すから誰にでも勧められた物では無い。
尤も経費が賄えるなら現代では手段は無数に有ると言って良く、わざわざこんな妙な真似をする必要は無いのだ。

因みに順序が前後するが小型低音用スピーカが特別「柔らかいエッジ」を要するのは、唯でさえ狭い振動板(音を出す所)の広さをなるべく保ち乍らストロークを稼ぐ為。
もしエッジ材料を優先すると能率が更に下がり、その分も大入力に耐える様にしたりと又別の問題が発生して来る。
寿命が延びても物凄く高出力なAmpだって入用になって、普通の車では電源の対応が厳しい上にコストも掛ると堂々巡りだ。

2018年4月10日 (火)

実際的PAの話し④(狭隘空間での爆音の悩み)

何が辛いって狭い程「防振対策」は大変で、結局は妥協点を見出すしか無さそうだ。
しかも単独楽器の録音に対しては、その時は不使用の他楽器が共振源になったりもする。
今回の発端はベースのAmp録り由来で、最初はスピーカユニットの不具合だった。
さっき漸く修理が終わりそれ自体は良かったんだが、結局は…。

不調の原因を最初は外部(今もそれは残ったままだが😓)で探し続けたが埒が明かず、本体と箱のどちらが原因かを調べる為
ユニットを取り外してテストしてみた。
実はこのスピーカユニットはハズレを引いたのか、使用開始から間もなく雑音が出る様になって一度修理している。
このユニットは可動部と磁石部がボルト締結式ので、普通のよりは分解再組立が可能な方式のだ。
しかしボイスコイルのリード線を受ける「
内部」の金具が折れて外れたのが原因で、センタキャップを一度剥がして処置後貼り直している。

運悪く購入から使用開始迄に時間が掛ったので無償修理が利かず、普通ならこの構造を活かしてユニット可動部を買って取替える処。
でも幾らも使ってなかったしコイルが焼切れたとかじゃ無いので、出費を惜しんで挑戦してみたのだ。
今回も最初はそこを疑ったが素材が紙なので、流石に
センタキャップの再剥がし貼り直しは厳しそうで覚悟はさせられた。
今度は不幸中の幸いか懸念はハズレてくれたが、何とも情けない原因が判明してそれはそれで中々複雑な心境に追いやられた。

Sp22

以前掲出の概念図と似てるかは気にせず、左が元の・中が不具合中・右が処置後の断面である。
スピーカ真ん中下に穴があるが、これが無いとコーン紙の動きに「空気ブレーキ」が掛ってしまうからだ。
余計な所に隙間があれば埃侵入等で不都合だが、下手に「完全密封」されるのも上記の如くで困る。

そこでこの穴に金網(丸みのある方)とスポンジ(赤)が嵌め込まれてて、空気だけを通す様になっていた。
ところがスポンジが経年劣化で縮んで穴から外れ(中図)、内部で暴れて雑音を発していたのだ。
これのキッカケが又特異でユニット上向き(下に物を挟んで隙間は確保)でテスト中、「何か音出すと中からゴミが落ちて来る」で分解してみたらばだった。

今回は構造のご利益が漸く利いたのは良かったが、見た事も訊いた事も無い現象でつまらん話しであった。
特殊なので無い限り又劣化の可能性があるのでそのまま更新はせず、金網の外側へ手持ち品を周囲をボンドで固定した(左図の黄)。

単体テストに合格し気を取り直していざ箱へ。
で、全体としての音はあっちでビリビリそっちでガタガタ…、部屋のそこら中が震えて雑音だらけ😢。
狭さの都合でスピーカの箱が床置きじゃないのも不利だが、この狭い処でこの音量(生太鼓と釣合う)となりゃ「細けぇ事」何ぞお構いなしなのだ。

それで私は人間辞めましたじゃなくて、半強制的に方針変更です。
一部のマニアの方なら徹底追及・強制改善も可能かも知れませんがねぇ、音楽の実演を主とするには音響ばかりを優先しては居られませぬ。
何かが「動かせる」状態で置かれていれば、振動が来れば必ずそれなりの音を出してしまう。
それとこれは「継続的大音量低音」限定で、それ以外の爆音なら是程の問題にはなっていない。

Bassの単体Amp録りの必要性が皆無じゃないので、雑音対策は続けるけれどどうにも困難そうだ。
Ampらしさの為には歪む寸前位の状態が一番象徴的な音色になるから、単に音量をツマミで下げるのでは目的から遠のくだけだ。
しかも大音量機な程高音質な傾向があって悩ましいし、音響屋としてはS/N比(音と雑音の割合)的にも「元音」は大きいのが歓迎される。
「狭さ」改善が不可な以上
宅ではBassはLine録りの範疇で工夫する方が効果的なんだろう。

本件もBANDメンバーからの強い要望からだが、パートが違うと理解を得難いものだ。
しかし電気楽器本来の音としてはAmpからのが正統派なのは確かで、「Amp臭いLine」をもっと追及してみるしかなさそうだ。
大した腕でも無いけれどどんなAmpだったら満足出来るかは分かってる積りで、俺だとスピーカに最近ではマイナーな18インチが
先ずは欲しい処だ。
だがしかしとても俺では空間にも経済にも全く整合性が無く、とてもじゃないが購入不可能だ

PAの項でも述べたが何かと「低音は大変」で、コストもかなり掛けない事には仕方無い。
お馴染み変な例えだが、「ロクでも無い録音」でバスドラがそれらしく聴こえるのはどんな物か!?。
答えは単純に「なるべく大きいの」で、低音が拾えなくてもアタックが鈍目とか皮の揺れる感じが大きいのっぽいとかで雰囲気が出せるからだ。

これは
最高の録音でも再生時がどうかは不明な場合にも有効で、「ものの分かってる」技師ならこの要素を大抵は盛込んでるみたいだ。
Bassにも共通要素はあるが困った事に太鼓より倍音だけでは表現出来ず、しかも何せ「皮」が無い。
弦はあっても長さの種類は限られ、演奏上の制約も大きい。
せいぜいわざと緩く張って「ベロンベロン」言わせる位が関の山、これだってGuitarでの方がより効果的だしねえ。

低音はスピーカの箱を大きく出来れば有利だが、
PA以上に「低音中心」となると箱容積ももっと入用だ。
それも録音を考慮すると雑音源から距離を取れるのが現実的には有効なので、部屋の広さも要求される。
Amp録りしろってんなら広い部屋よこせってな感じ!?、分かるかなぁ~分かんねえだろうなぁ他パートの人にゃ…。

2018年4月 4日 (水)

実際的PAの話し③(一番省スペースなのは)

音楽人からしたら無いと困るが邪魔なPA、一番省スペースになるのはどんなのだろうか!?。
但しそこは「爆音」かつ「低域再生が減らない」前提のについてで、爆音不要ならパワーアンプ等の方だけで今は対応出来る様になった。
高音用のスピーカは元から低音用よりかなり小型で、それだけでよけりゃ小さくするのはいとも簡単だ。

俺自身空間の都合で「小型を多数」を試したが、前回の如く失敗した。
一番問題になったのは超低音を出そうとすれば音量不足になり、音量を出すと超低音が出せなくなった処でこの2つは相反している。
家庭や自動車内でならとっくに小型化が実現してるのに何故かと云うと、やはりスピーカの構造と音の原理から来ている。

1

更にその前段階として音そのものについてだが、極度に省略した概念図1で済まぬが上図の左・中をご覧あれ。
左は弦楽器の弦の震えを最低限に表した積りで、赤が開放弦・青が真ん中(Guitar・Bassなら12フレット)
を押さえた時の弦の様子。
中はそれをそのまま電気信号に変換した時の様子で、右は後で。

ここで俺が指摘したいのは同じ楽器の同じ弦を同じ強さで弾いた時、どこを押さえても「同じ音量に聴こえる」事だ。

「同じ大きさ」からすると弦の振れ幅も同じと思っちまうが実際は音程が高い程振れ幅は狭くなっていて、実験すればすぐ分かると思うよ。
図の中の通り音の高さ(音程)次第で、耳に同音量でも音波形の高さは違う。
つまり低音になる程、スピーカ振動板のストロークも長く必要になるのだ。


次にスピーカユニットの大きさから来る違いで、極限省略描画(振動板のイメージのみ)だが図1右をご参照。
同音量が得られるってのは「空気を震えさせる量」が同じって事で、スピーカ直径が半分になるとストロークは4倍必要になるのを描いた。
実際30cmのスピーカ1個と15cmのなら4個で取付けられる板の大きさは一緒なので、低音じゃないなら却って4個の方が高能率(=音量増加)になる場合だってある。

だが上記の通り低音はストロークが要るのでこれが小さいと、高音ならまだまだ出せるのに頭打ちで打ち止めだ。
少し纏めると
①大き過ぎると細かい「震え」が間に合わなくなって来る→高音が出せない
②小さ過ぎるとその逆で→低音が物凄く小さくしか出せない

さて
能率は小型でも低音を出せる様にしたり大入力を入れられる様にするとどんどん下がって行くが、これを例によって概念図2化。

Sp1
一応図表示の説明をするが、今回は場所と様子だけ分かっとけば後はテキトーでOK。
 赤   :振動板(音が出る所)[可動]
 銀   :フレーム[固定]
 青+黒 :磁気回路(青は磁気を通しやすい鉄・黒が磁石)[固定]
 オレンジ:コイル[可動]
 黄土  :ボビン(コイルを巻く為の筒で振動板につなぐ役割も)[可動]
 緑+桃 :エッヂとダンパ(伸縮して動けながら振動系を支える)[半固定]


①「青+黒」と「オレンジ・黄土」の『隙間』が狭い程高能率になる
②可動部が軽く「赤」の
割合が広い程高能率になる
③「緑+桃」が柔らかい程低音が出せる
④全体が大きくなれば自然とストロークは大きくなって低音の音量は上がる

ここで理想的には図2で「完全に」上下のみに動いてくれれば良いが、
爆音が出せる様にした物や特に小型のだとそうは行ってくれない。
同音量を前提にすると図1右と前述の如くストロークを伸ばすしかないが、大きく動かす程「ブレてしまった」時の余裕が余計に必要になって来る。
しかもそれには上記③となるが、支えが柔らかければその分もブレ易くなる。
それでも雑音が出ないように(接触を避ける)には、どうしても隙間(①)が広がり能率が犠牲になるのだ。

逆に支えの硬さを保たせたまま長ストロークとするなら
ヒダの数を増やせば良いが、「桃」は「赤」に無関係に巾を増やせる。
でも「緑」の方は
巾を増やすとその分「赤」が狭くなり、「音を出す所」が小さくなるのでやはり能率が下がるのだ。

結局小型化すると低音の出が低下する上能率も下がるので、数が大量に要る上アンプ出力も余計に必要となるのだ。
それも能率低下があるので、半分の大きさで上述の4個は現実じゃ足りない。
単体が小さい分廉価でもこれ程大量となれば高価になるし、総専有面積自体は
実は増加してしまうのだ。

だから設置場所には苦労させられるが、細かいの多数より性能的に最適な大きいのの最小数とするのが省スペースになるのだ。

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